写真からの連想

目まぐるしく過ぎたこの一週間。しかし、隙間の時間はあるものだ。ちょっとした隙間にメモしたり写真を撮ったりしている。なぜこれを書いたのか。記憶を再生できないメモはあるが、写真には記憶がくっついていることが多い。記憶がよみがえり、それだけで終わらずあれこれと連想することがある。


衝動で買って手元にあるのだから、これが何かはわかっている。わかっているが、今こうして見てもすでに知ってしまったその名前となかなか一致しない。以前誰かにもらってまだ封を開けていないヒノキのチップにそっくり。風呂に入れたら大変なことになる。これはキャラメル味のココナツである。見た目以上に美味だ。小皿にいくつか置いて「お一つどうぞ」以外に何も言わずに差し出してみよう。いったい何割の人が一粒つまんで口に放り込むだろうか。キャラメルコーンを食べるのに勇気はいらない。キャラメルココナツには、いる。


パワーポイントのクリップアート素材を漁っていたらカジュアルな読書人の写真に出合った。いや、これは読書ではなくて朗読しているのではないかと思い直す。そうだ、書評会で朗読をしてもらおうとひらめいた。不定期で主宰している書評会では一冊の本を読んでまとめることになっている。読めなかったら発表はできない。しかし、朗読ならできるだろう。本の気に入った一節、1ページだけ選んで読めばいいのだから。見開き2ページなら3分もかからない。聴く方も飽きない。たとえば森鴎外の短編『牛鍋』の歯切れのいい冒頭だけなら30秒で朗読できる。但し、噛んでばかりで流暢さを欠いては台無しである。

鍋はぐつぐつ煮える。
牛肉の紅くれないは男のすばしこい箸で反かえされる。白くなった方が上になる。 斜に薄く切られた、ざくと云う名の葱は、白い処が段々に黄いろくなって、褐色の汁の中へ沈む。 箸のすばしこい男は、三十前後であろう。晴着らしい印半纏しるしばんてんを着ている。傍そばに折鞄おりかばんが置いてある。 酒を飲んでは肉を反す。肉を反しては酒を飲む。


ディベートの試合の審査では「バロットシート」なるものを使う。議論の内容の要点をメモし、争点の攻防をわかりやすくフローの形で再現する。何週間も準備をして試合に臨んでいる人たちのことを思うと、安易な聞き方はできない。全身を耳にして傾聴する。話すスピードは書くスピードよりも速いのが常であるから、書き味のよい筆記具を選ぶ。

ディベート大会では数種類の万年筆と水性ボールペンを用意する。その日の調子と気分に応じてこの一本を選ぶ。これと決めれば一筆入魂である。一昨日の大会では左から二本目のブルーブラックインクのボールペンで書き込んだ。


久々に行きつけの古書店を覗いた。全集のうちの一冊『文体』が新品かつ格安だったので、なまくらにページをめくっただけでさっさと買って帰った。文体というのはすでに比喩された術語である。なにしろ「文の身体」なのだから。自分の姿勢、身体つきを知らないわけではないが、後日講演している写真を見て、奇怪な立居に驚くことがある。文体になると紙に書かれたものと自覚との間にはかなりの落差があるに違いない。自分の文体を意識したことはほとんどなく、またテーマによってスタイルが変わるのを承知しているから、自分流の文体などあるはずがないと思っている。

しかし、ぼくの拙い文章をよく読んでくれている人は、テーマに関係なく、文体があると言う。喜ぶべきかどうか悩む。他人様の文章を読んでいて、退屈するのは文体にではない。明けても暮れても同じような話にうんざりするのである。文体が織り成す文章の中身がマンネリズムに陥らないように気をつけておきたいと思う。

食卓考

食事、食事の場、食文化、共食などのことを書こうとして、ひとくくりにするぴったりのことばが思い浮かばなかったので、食卓としてみた。「食卓考」だがテーブルの話ではない。

イタリアで始まったスローフード運動の前から、仕事は早く食事はゆっくりという主義を貫いていた。男子四人集まってテーブルを囲んだら、食べるのはたいてい一番ゆっくりである。普段は饒舌、しかし食事中は案外寡黙である。好き嫌いはまったくない。ぼくをよく知る人はぼくを食事に誘うにあたって余計な気遣いをするには及ばない。出されたものは、たとえそれが見た目グロテスクな初体験の料理であっても、食べる。残さないで食べ尽くす。食材に対して傲慢になってはいけないと心している。ゆえに、好き嫌いの激しい人と食卓を囲まないわけではないが、眼前で好き嫌いを露わにする人を快く思わない。それを感知する人たちはぼくとの食卓から離れていく。来る者拒まず、去る者追わず。

食事はみんなで和気藹藹と語らいながら食べるほうがおいしいという定説がある。必ずしもそうではない。話が弾んだのはいいが、何を食べたかうろ覚え、しかもせっかくの料理の味も十分に堪能できなかったということがよくある。一緒に食べるからうまくなるのではない。一緒だから会話と場を楽しんでいるにすぎない。小雪舞い散る寒い日に、今夜はみんなで鍋を囲もうと思う。こっちがご馳走するのだから、何鍋にするか自分で決めればいいが、先に書いたように、人には好き嫌いがある。温情をほどこすつもりで聞いてみると、あれは苦手、それは嫌い、これがいいと好みが割れる。ならば別の機会にということになり、結局、捌き立ての旬の真鱈の一人鍋を食べる。鱈で腹が膨らんでたらふくになる。


ろくに喋りもしないのに打ち合わせと懇親会の好きな男がいた。得意先に打ち合わせをしようと自分から声を掛ける。その後に親睦を兼ねて接待的な場を設ける。これが狙いだ。食事にはお疲れさまの意味もあるが、彼にとってはほっと溜息をつく「逃げ場」だった。仕事から離れるので雑談が交わされるが、適当に聞き流しながら、時折り社交辞令的なうなずきと作り笑いを挟みつつ、黙々とビールを飲み箸を動かすばかり。接待などしていなかった。食事は自分を労う息抜きの場であった。

続いて腹一杯の状態で二次会へと向かう。六千円のリーズナブルな会席料理の後に、ピーナツとおかきをつまみながらカラオケ三昧。支払いが会席料理の倍額というのも稀ではない。「親が死んでも食じき休み」という言い回しがある。次に何があろうと、たとえどんなに忙しかろうと、食べた後は一休みせよという教えである。この原義の他に、ご馳走の食後感という余韻に浸るという解釈を付け加えておきたい。食事前の「おいしそう」、食事中の「おいしい」、そして食後の「おいしかった」で食卓の満足が完結する。ぼくはそう考えている。

食卓の味わいは料理への集中力によって深まる。五感を研ぎ澄ますべきである。会話を交わすことを排除しない。しかし、料理の価値を減殺するようなお粗末なお喋りは集中力の邪魔になる。年に数回、十数人に囲まれる懇親会に出席する。主賓の栄誉に浴するものの、矢継ぎ早の質問に答えるばかりで、ろくに食事を楽しめない。豪華な料理の下手な共食は一人の粗食に劣ると実感する瞬間である。

ブリコラージュ雑記

文化人類学者レヴィ=ストロースは、日頃から寄せ集めてきた材料を使ってものを作ることを〈ブリコラージュ〉と呼んだ。ぼくは日頃からいろんなことを断片的に書いてまかない風に文章を綴っている。言ってみれば、ブリコラージュ雑記のようなものが元になっている。


敬虔な寡黙  寒空のもと、堀の水面にただ影を落として沈黙する城の石垣。ぼくはと言えば、すっかり疲れているにもかかわらず、語りえぬものを今もなお饒舌に語り続けていて、まだ懲りない。やむをえない。居合わせた人間がみんな敬虔な寡黙を貫けば、何も動かないだろう。威風堂々とした巨石は黙って動じないが、ちっぽけなぼくたちは喋って動くのがお似合いだ。

翻訳不能性  年末に贈られたあんぽ柿がちょうど食べ頃になってきた。調べたわけではないが、あんぽ柿は日本の特産に違いない。英語圏に存在しないものは英語に訳せない。「いや、ネットで調べたら、あんぽ柿は“partially dried Japanese persimmon”と書いてありましたよ」。きみ、いちいち「パーシャリィ ドライド ジャパニーズ パーシモン」と言うのかね。長ったらしいから、頭文字をつなげてPDJPとでも呼ぶ? 「部分的に乾燥させた日本の柿」などというのは単なる説明に過ぎないではないか。「では、どう言えばいいんですか?」 きみ、見たことのないものはどう説明しても、どんなに巧妙に訳しても伝わらないのだよ。だから、“anpo gaki”と言うだけで済む。

幸せは少しずつ  先日観た映画『皆さま、ごきげんよう』はシュールなコメディで、ぼく好みだった。パンフレットに「幸せは少しずつ」とあり、これに異議はない。続く文章が「寒い冬の後に花咲く春がやって来るように、明日は今日よりも良いことが待っている」。皆さまの明日がそうなることを願ってやまないが、現実を直視してみよう。そんな都合のよい展開ばかりではない。

『欲望の資本主義』  BSのこの番組は出色の内容だった。とりわけ経済の諸現象をコンパクトにあぶり出す表現に大いに関心した。たとえば「現代は成長を得るために安定を売り払ってしまった」……「見えざる手などない。ないものは見えない」……。拙い詩を書いてみた。

それは明るいのか
それは暗いのか
それは見えるのか
それは見えないのか
それは過去なのか
いや、近くに忍び寄る未来

午前11時50分  電池の切れている腕時計があるのを思い出し、電池交換しようと引き出しを開けた。とある土曜日、時刻は午前11時50分。取り出した時計、きっかり11時50分を指していた。「おや、修理したのだったか……」。記憶が危うくなっているのではと少々不安になる。秒針は動いていないが、この時計は秒針を止める省エネ機能付き。なので、分針の動きを1分間じっと見つめた。左手首の腕時計と交互に見比べ、やはり電池切れだと確認できた。記憶に間違いがなかったことに安堵して出掛けたが、電池交換するのを忘れた。引き出しの中から机の上に場所を変え、その時計は今も長期休暇続行中である。

タクシードライバー

昨日、あまりなじみのない場所に所用で行くことになった。スマートフォンでチェックすると駅から1.2キロメートル。タクシーを拾おうかと思ったが、行き先を間違う恐れはないし急ぐ必要もなかったから、歩くことにした。約15分。途中「タキシーメーター」と書かれた、年季の入った看板が目に入る。タキシードみたいに見えて可笑しかったが、誤字ではない。かつてタキシーメーターという表記が標準とされた時代があったのだ。

ぼくは車を所有したことがない。それどころか、運転免許証がない。だから、車を運転しない。徒歩か自転車か公共交通機関で移動する。これらの手段で賄えない場合はタクシーを利用する。タクシーにはよく乗るほうだと思う。タクシーに乗れば、タクシードライバーと狭い空間でしばらく時間を過ごすことになる。ドライバーは初対面の客に背中を向けている。よく考えてみると、異様な構図だ。いくら経験を積んだ人でも緊張感を免れないだろう。

対人関係の仕事は大変である。その最たる職業がタクシードライバーではないか。マニュアルではいかんともしがたい融通性が求められる。あの狭い空間で、水先案内、会話、金銭授受、安全配慮など一人何役もこなさねばならない。乗車から降車までのサービスに合格点を出せるケースがほとんどだが、それで当り前だと思っているからめったに感謝感激することはない。むしろ、気分を害した経験ばかりが悪い印象となって残る。善良なるタクシードライバーには気の毒な話だが……。


タクシードライバーと言えば、ロバート・デ・ニーロ主演の同名の映画を連想する。腐敗した街を、荒すさんだ心の人を浄化しようと行動する男の話。デ・ニーロ扮するドライバーは無口だった。喋り過ぎも困るが、無口はもっと困る。初対面の二人だけの狭小空間の数秒は恐ろしく長い。お喋りか無口かというのは変えづらい性格であるが、そのつどの相手によっても変わる。話題によっては無口がよく喋り、お喋りが黙ることになる。先日、関西有数の観光地でタクシーに乗った。「どうです、観光客は増えていますか?」と尋ねたら、「さぁ~」とドライバー(福原愛か!?) 客に仕事のことを聞かれて「さぁ~」はない。よろしい、そう応じるのなら、目的地に着くまで話し掛けないぞと決め、ずっと黙り通した。ドライバーのほうが沈黙空間の苦痛を味わったはずである。

十数年前の話。大阪の中心街Aでタクシーに乗った。ドライバーは40歳前後。当時住んでいた郊外のCを告げた。声が消え入りそうな生返事。走り始めて間もなく、「Cかぁ……Cねぇ……」とドライバーが独り言でつぶやく。しばらくして、また同じようにつぶやく。そうか、C方面への客を歓迎していないのだと察知する。こんなドライバーとあと半時間以上走るのはまっぴらだ。「Cに行っても帰りの客はないだろうし、行きたくないのなら、ちょっと先のBで降ろしてもらってもいい」と言った。瞬時に喜色満面になり、「そうなんですよ、Cは帰りがねぇ……」とドライバー。人生初のタクシー乗り継ぎとなった。

「ありがとう」も「すみません」もないので、リベンジだけして降りることにした。千円札を二枚渡し、釣銭を受け取る時にわざと取り損ねるという企み。数枚の硬貨が手のひらから落ちた。間髪を入れず、「おい、気を付けろ!」と威喝気味に叱責した。おとなしい客だと見てなめていたのだろうが、かなり怯えた様子がうかがえた。ドライバー、恐る恐る「すみませんでした」と言った。

降車したBのタクシー乗場へ移動して並ぶ。次は初老のドライバーだった。今しがたの一部始終を話したら呆れ果てていた。お客にも同業者にも迷惑をかける存在だと嘆いていた。ところで、その夜、めったにないことが起こった。タクシーに向かって手を挙げる人の姿が目に入ったのだ。「運転手さん、ほら、お客さんですよ」と言い、自宅マンションの手前だったが、そこで降ろしてもらった。客捨てるドライバーあり、客拾うドライバーあり。

時間の自浄作用

何ヵ月か前に故障していたフランス製の掛け時計が偶然動き出し、機嫌よく動いていたが、数日前から時の刻みが遅れ出した。現在37分の遅れである。何に対して遅れているのかと言えば、「正規の時間」に対してである。しかし、この時計、遅れていることを気にしているようには見えない。堂々とした遅れぶりである。

今日は月曜日。自宅にいて養生している。先週水曜日の出張明けに喉の痛みがあり、大事に到らないようにと在宅で仕事をすることにした。翌日の木曜日、オフィスで仕事をして早々に帰宅した。金曜日に休み、土曜日と日曜日を挟んで今日である。大した症状でもないのに、これほど自宅で時間を過ごすのは何年ぶりだろうか。仕事は職場のほうがはかどる。しかし、在宅ワークには、疲れたら横になれるという長所がある。

ふだんとは違う時間がある。「時間が流れる」という表現があるが、時間に目盛りなど付いていない。時計は時間の流れを感知できない人間の発明品である。数日間独りの時間に向き合うと、時間感覚の変化を体験する。時計による時間経過の確認ではなく、たとえば窓外の明から暗への移り変わりに時間を認識する。そして、「ああ、あっという間に時間が過ぎた」などとも思わず、また、ろくに仕事ができなかった数日間への悔悛の念もなく、時間が時間そのものを自浄していることに気づく。常日頃正規品の時間に生きている者が自分の時間に救われるかのようだ。


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先日古本屋で買った『時の本』をめくってみた。文章1に対して写真やコラージュが2という、絵本のような構成である。中身は絵本とはほど遠く、小難しい理屈が綴られる。「過去はもう去ってしまった。未来はまだ来ていない。この今は短すぎる。時間はいったい何を残してくれるのだろう」というアリストテレスの言がいきなり出てくるという具合。今日は理屈を読み解くほどの熱意がないから、写真やコラージュばかり眺め、時折り各章の冒頭の数行だけ読む。シティローストしたインドモンスーンの濃厚なコーヒーを淹れてみた。

語り続けるには情熱がいる。しかし、独りの時間にあっては語ることはない。自覚したことはないが、たぶん独り言をつぶやいたりしていないだろう。語ることに比べれば、書くための情熱は小量でよい。その代わり、集中力を高めなければならない。集中力は時間を忘れさせるだろうか。いや、逆に時間を意識することになる。意識した時間は整い始める。ちょうど姿勢を意識すると背筋がピンと伸びるように。時間が整った気がする時点で、書いていた文章が終わりかける。コーヒーと時間には強い関係がありそうだ。

アリストテレス風に言えば、書いていた時間はもう去ったし、この先の時間がどうなるのかは分からない。しかし、アリストテレスと違って、この今の時間を短いとは思わなかった。ましてや、今過ぎた時間がいったい何を残してくれるのだろうかなどと問いもしない。ただ、一つの自浄作用が完了したことを実感している。コーヒーカップが空になり、文章が打ち止めとなる。

ひげの話

ひげを漢字に変換すると、髭、髯、鬚の三つが出てくる。どれを使ってもよいのだろうと思っていたが、念のために調べた辞書には、髭は口ひげに、髯は頬ひげに、鬚はあごひげに使うと書いてある。よく似たことばがあるのは、それぞれに他とは違う意味や用途があるということだ。ともあれ、いずれも難字だから書くのは面倒、しかも読んでもらえなければ意味がないので、「ひげ」か「ヒゲ」としておくのがよさそうだ。

昨年暮れまで一緒に仕事をしていたスタッフはひげが濃く、休みの日に二日剃らずに放置しておくと、髭・髯・鬚が生え揃って顔の80パーセントが青黒くなると言っていた。彼からすればぼくなどは薄いのだろうが、一週間ほどあればひげをたくわえることはできる。二十代前半に約2年間、三十代から四十代にまたいで3、4年間生やしていた。現在の「第三世代」はかれこれ7、8年になるだろうか。

このご時世でもひげがご法度の職業やコミュニティがある。幸い、ひげが理由で仕事を拒絶されたことはない。仕事の依頼があったものの、しばらくして断りがあったケースは何度かある。もしかすると、ひげのせいだったかもしれないが、知る由はない。古今東西、ざくっと言えば、ひげは「威信の象徴」だった。ヨーロッパに「ひげがすべてならヤギでも牧師」という諺がある。そうそう、「ひげは哲学者をつくらない」というのもあった。人は見かけによらない。ひげを生やしているからと言って偉くなんかないぞと言うことだろう。言われなくてもわかっている。手持ちぶさたな時になにげなく文具をいじったりするように、所在なさそうな顔になにげなく印をつけているようなものだ。


もう四半世紀も前の話。久々に会った学生時代の友人がひげをアラブ系の男のように立派にたくわえていた。彼は大手電機メーカーに勤めていて、数年間のサウジアラビア駐在から帰国したばかりだった。今の事情は知らないが、当時は中近東に駐在する日本人は国内での直前研修の間にひげを伸ばし、ひげをたくわえてから現地に赴任した。友人のように数日もあれば体裁が整う人はいい。しかし、欧米人やインド人、アラブ人に比べれば日本男子のひげは薄いから、生やしたくても生えない悩みの駐在員もいたに違いない。

ひげを生やして何が変化するのか。いろいろあるのだろうが、あまり気にならない。ただ一つ、大きな変化に気づいている。それはひげの剃り方である。ひげを満面生やしていても、頭髪と同じように手入れしなければならない。口ひげとあごひげだけの顔にも細やかな手入れが必要なのである。生えぎわに沿ってカミソリをあて、生やしているひげ以外の部分を毎朝剃らねばならない。生やしていない時にはカミソリとシェービングクリームを適当に買って使っていた。しかし、生やすようになると、きわを剃るトリマー付きのカミソリが変わった。そして、クリームも変わった。どう変わったか。高級なものになったのである。

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ひげを生やしていなければ、極端な話、花王石鹸でもいい。今使っているのは写真のシェービングクリーム。英国製だ。なんと2,000円もする。ピーナツ一粒分を指で取り、手のひらの上で水でなじませて伸ばしてやると細かな泡になる。きわがきれいに剃れるばかりでなく、剃り心地がとてもいいのである。毎朝、ていねいに5、6分かける。そのわずかな時間はリフレッシュのひと時だ。至福の時間などと言うと大げさかもしれないが、一日の始まりに欠かせないルーティーンになっている。そうだ、ひげを生やしているのは、威信のためなどではなく、このプライムタイムのためなのだ。

何杯のコーヒー?

以前、コーヒーに関するアンケートの中に「あなたはコーヒーをよく飲みますか?」という質問があった。これはよくない質問の代表例なので、論理思考の講義で取り上げたことがある。

「よく」というのが曲者の曖昧語だ。一日10杯なら「よく飲む」ということに誰も異論はないだろう。では、3、4杯ならどうか。よく飲むと言えそうだし、いや、その程度ならよく飲むレベルではないとも言えそうだ。まったく飲まないか、飲んでも1、2杯の人たちに囲まれていれば、3、4杯はよく飲む派に属する。他方、周囲も自分と同程度に飲んでいるなら、よく飲むと回答しないかもしれない。

調査というものに疎いので、集まったデータの生かし方がぼくにはよくわからない。アンケートを実施した当事者にはどんな人がどれだけコーヒーを飲んでいるのかというデータは役に立つのだろう。それなら、もう少し上手に問いを立てるべきだった。「よく飲みますか?」ではなくて、「一日に何杯飲みますか?」のほうがよかった。これでもなお、集まるデータの生かし方のイメージは依然湧かないが、少なくとも答える側は考え込まずに即答できる。

しっかり目覚めているように、
日に四〇杯のコーヒーを飲む。
そして、暴君や愚かな者どもといかに戦うかを、
考えて、考えて、考えるのである。

『バール、コーヒー、イタリア人』(島村菜津)から引用した。哲学者ヴォルテール自身が綴った文章だから間違いはないのだろう。一日40杯は尋常ではない。と言うか、強度のコーヒー中毒である。ある本にはヴォルテールの一日の最高記録は72杯と書かれていた。呆れ果てるしかない。ヴォルテールの尺度に照らしてみれば、この世の中にコーヒーをよく飲む人などは存在しないことになる。


ベートーベンは日に5杯程度らしかったが、一つのこだわりがあった。一杯のコーヒーに使う豆を60粒と決めていたのである。この数が多いのか少ないのか、ぼくにはわからない。なにしろ挽く前に豆を数えたことなどないから。実は、これで出来上がりはやや薄めになるそうである。それにしても、飲むたびに60粒をきちんと数えたベートーベンに愚直なマニアの姿が重なる。コーヒーの愛好家はおおむね精度にうるさい。大げさに言えば、煎る時間や淹れる時間には秒単位で、湯温には1℃単位でこだわるのだ。

さて、ぼく自身は何杯飲んでいるのだろうか。あらためて振り返ってみた。多い日で5杯。朝の1杯だけという日もある。平均すると3杯というところか。目新しいカフェに足を運んでコーヒーの話をたまに書いたりもするけれど、豆をセレクトし焙煎する側に立てる身ではなく、あくまでも自前で挽いては淹れて飲むアマチュアである。もちろん、もっとおいしく飲むヒントはつねに求めているし、同じ飲むなら少し知識があるほうがいいと思っている。しかし、コーヒーにうるさい知人の凝りようを見ていると、ぼくなどはほんの少し味がわかる消費者に過ぎない。

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日課のように飲むコーヒーもあれば、なにげなく飲むコーヒーもある。その気はなかったが、縁あって飲むコーヒーもある。アンケートを取る人やヴォルテールには申し訳ないが、何杯飲むか、何杯飲んだかなどはどうでもいい。何杯も飲むことを前提にした飲み方ではなく、できれば「一杯一会いっぱいいちえ」とでも言うべき至福を喫してみたいと思う。同じ種類のコーヒーだけを飲み続けて香味の深遠に到るもよし、何種類かの豆を蓄えておいて飲み比べするもよし。後日に思い出せるような印象深い一杯をどう飲むかに意味を見出したい。

ところで、ぼくが思い出す一杯のコーヒーのほとんどは、ベートーベンの好んだのとは違って、深くて苦くて濃いものばかり。そういうのがコーヒーなんだといつかどこかで刷り込まれたに違いない。

オムニバス

フランス映画『アスファルト』を観た。オムニバス仕立てだが、知り慣れた構成とは少し違う。通常のオムニバスは、いくつかの独立した短編を順に並べて一つのテーマを貫く。『アスファルト』は三編をまとめながらも、その三編が関連付けられる。三編をA、B、Cと呼ぶなら、A→B→C→A→B→C→……という具合で、ミルフィーユのように繰り返し重ね合わされる。リーフレットに「愛は、突然降ってくる」と書いてある。たしかに宇宙飛行士が集合団地の屋上に降ってくる。彼は数日間居候させてもらう部屋の主、アルジェリア系フランス人の熟年女性に「(宇宙は)暗黒。暗黒の向こうに眩しい光がある」と語る。「愛」は「小さな喜び、小さな幸せ」に読み替えできそうだ。

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毎朝トーストを食べていて、バターと蜂蜜を塗る。ジャムはめったに使わない。ある日、トーストを齧りながらジャムのことを思い浮かべた。買ってきたばかりのイチゴのジャム。ジャムは壜入り、壜の蓋は強く閉まっているものと決まっている。蓋はなかなか開かない。壜を回しながら栓抜きで蓋のふちをトントンと叩いてやる。それでたいてい開く。それでも開かない時は、輪ゴムを二、三本蓋のふちに二重、三重に巻いてから試みる。これで開く。できなかったことが、一つか二つの工夫でできた時、小さな達成感が得られる。

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十数年前、水性マーカーを買い込んで数十種類の色を揃えたことがある。大きな絵を描くとあっという間にインクが減るので、もっぱらハガキ判の画用紙に描いた。自分でも驚くほど量産した。仕事が一番忙しい時期だったのに、よく描けたものだとつくづく思う。新しいマーカーを買ってきては色を試してみた。やがてマーカーの色試しだけでも愉快になった。そんな一枚が残っている。作意のない無造作な形と色の配置による模様。さっさと捨ててしまってもよかったはずなのに、残っているのが不思議である。

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昨日映画を観た帰りに古本屋で『それでも人生は美しい』という本を手にした。題名からはちょっと想像できない内容の本。著者太田浩一は物理学者。著者が十六人の物理学者とゆかりの街を実際に訪ねて綴ったエッセイ集だ。抑制のきいたモノクロの写真がふんだんに使われ、手抜きのない品格のある文章に好感が持てる。「それでも」という一語が、必ずしも満足ばかりでなかった人それぞれの昔日を彷彿とさせる。

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遅い朝食。トーストと卵焼きとハム以外に懐かしの蒸しパンも半分食べた。午後2時になっても空腹感がやって来ない。午後3時にようやく何かつまみたくなった。半分残しておいた蒸しパンがちょうどよい分量だった。

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久しぶりに水性マーカーを引っ張り出したが、半分以上は色がかすれる。と言うわけで、文章を書こうと思い、今書いている。絵を描くのと文を書くのはまったく別の行為のようだが、行為を下支えしている動機とテーマは案外似通っている。書くことには何らかの自壊作用が伴うが、自浄作用が上回るから書く気になれるのだ。

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やるせなさやせつなさは大きな悲しみの前段階なのか、それとも大きな悲しみが過ぎ去った後の余韻なのか……。やるせない、せつないと言う知人がいる。「それでも人生はまんざらでもない」と気付けばいいのに。小さな喜びに巡り合って人は救われる。仮に絶望的な陥穽に落ち込んだと思っても、何かをしているかぎり救われている。ごろごろだらだらの身に光は照り射さない。小さなことでもいいから没頭できる対象と、ほんのわずかでも没我できる時間があれば、アスファルトのような無機的な日々もそうではなくなってくる。

なんとなく木曜日

今日が金曜日であることを知っている。けれども、木曜日について書こうとしている。その前に……。

あることに気づき、縁を感じてしまって、なんとなくわくわくすることがある。特に理由があるわけではない。たとえば、今朝調べものをしていた時のこと。一冊目の本の索引で目当ての用語を探したら「131ページ」と出ていた。別の本で別の用語を索引で引いたら、そこに「46, 131, 139……」とページ番号が出ていた。ただこれだけのことで、もう131という数字に心が動いてしまうのである。帰路に「1丁目31番地」などの住所表示に出合ったらちょっと昂揚するかもしれない。

二十代前半に勤めていた職場に、東あずまさんと南みなみさんという女性がいて、「ここに西か北がいたらおもしろいなあ」と思っていたら、驚いたことに西にし君が入社してきた。「これで北がいたら麻雀ができる」と冗談を言っていたら、別の部署から喜多きたさんが配属された。揃ってしまったのである。わくわくしないはずがない。左近さこんさんという人と初めて会った日の夕方に行った整形外科が右近うこんだった時も愉快だった。


週間カレンダー

サラリーマン時代は休みが日曜日だけだったので、土曜日が待ち遠しかった。土曜日の朝、「今日一日頑張れば明日は休みだ」と言い聞かせて出社したものだ。

三十代半ばで独立し、二年目にスタッフも十数名になったので隔週土曜日を休日にした。次いで、出勤土曜日を半ドンにし、ほどなく完全週休二日制に移行した。すると、どうなったか。金曜日が「わくわく曜日」に変わったのだ。なお、「月曜日の憂鬱マンデーブルー」はサラリーマン時代にはひどいものだったが、自分で会社を興してからは、月曜日のイメージが激変した。自己責任と多忙の度合に反比例するかのように、新しい週を機嫌よく迎えることができるようになった。

多忙なのに余暇との棲み分けもうまくいく。わくわく曜日が土曜日から金曜日に繰り上がり、そして今、木曜日になんとなくわくわくするようになっている。終身現役を宣言しているので、この調子だと、やがてわくわく曜日は水曜日、火曜日へと移行する可能性がある。七日ごとにやってくる曜日への期待感が年を追って変わることに、まんざら悪い気がしない今日この頃である。

風流と野暮

三日月

何年か前に撮った三日月の写真がある。雲を引き連れて、見えない風が流れている。風の流れ、すなわち風流が感じられる。今夜も三日月だが、見えている三日月には少しぼかしが入っている。残念なことに、今夜のぼくの位置取りが三日月を風流と無縁にしてしまった。

眼が眩くらむドラッグストアの煌々こうこうと照る蛍光灯 三日月かすむ /  岡野勝志

街中の店の灯りに節操がない。目立てばいいのだと全店が利己的に思えば、黄昏時の景観も褪せる。眼を患うのではないかと思うほど眩しいだけである。とりわけドラッグストアの店の明るさには閉口する。あそこまで明るくするのは野暮ではないか。品性がなく、調和や周囲への気遣いを欠いて、ただひとり派手に酔っているかのようだ。

芭蕉が「わが門の風流を学ぶやから」(遺語集)ということをいっているが、風流とはいったいどういうことか。風流とは世俗に対していうことである。社会的日常性における世俗と断つことから出発しなければならぬ。風流は第一に離俗である。
(九鬼周造『風流に関する一考察』)

風流が日常の世俗から離れることであるなら、俗世界に留まるのが野暮だろう。ドラッグストアを便利に使う身ながら、足を運ぶたびに、軽めの世俗から重くて深い世俗に入り込む感覚に襲われる。


風流は「もの」の属性ではない。感受者の内に芽生えるみやびな趣である。団扇片手の浴衣姿に一応の風流を感じるにしても、浴衣と団扇の色や柄、手足の動きの一部始終がさらに観る者の心の動きに関わってくる。後ろ姿に風流を観た。しかし、前に回ればスマートフォンを操ってポケモンGOでは俗すぎる。

風物の風情は風流に通じる。暑い夏にはせめて精神の涼をとばかりに、平凡なものに向き合う時にも風流の演出に工夫を凝らしていた。西瓜などはその典型だ。何の変哲もない果物扱いしてもよかったはずだが、夏の風物詩には欠かせない存在となった。西瓜の切り方・食べ方も風流と野暮を線引きする。切って食べる前に品定めもある。ぼくの爺さんは八百屋の店主と一言二言交わしてから、西瓜をひょいと持ち上げて左手に乗せ、耳を当てがって右手で鼓を打つようにポンポンと叩いて音を聞き分けていた。子どもの目にさえ粋な所作に映った。爺さんの買ってきた西瓜にはずれはなかった。

古い時代の京都にも、避暑ついでに瓜うりの畑を見物する習わしがあったと聞く。今のように果物何でもありの時代と違って、瓜は貴重な夏の逸品だった。瓜畑を眺めることを「瓜見うりみ」と呼んだ。瓜見すれば、当然一口いただきたくもなる。避暑の道程から少し寄り道して一服。風流である。今日、俗っぽく生きるのはやむをえないが、心の持ち方をスパッと変えて、風流に感応する時と場を工夫してみるのがいい。