休日の午後の心変わり

ミシェル・ビュトールに『心変わり』という作品がある。ローマ在住の愛人に会うために列車に乗り込んだ主人公。パリで同棲しようという話をするためだったが、長い時間を車中で過ごし、記憶をまさぐるうちに決意が変わる……。

人間誰しも心変わりはするものだが、ぼくの場合は人間関係とは無縁の心変わり。どちらかと言えば、たわいもない気まぐれに近い。

職住近接してからちょうど20年になる。自宅からオフィスまで1.2キロメートル、徒歩で123分。主な経路は3つ。家を出たらオフィスに向かうし、オフィスを出たら家に帰る。たまに往路ではドラッグストア、復路ではパン屋に寄る。それ以外に寄り道することはほとんどなく、心変わりも起きない。起こるとすれば、休日の午後の小さな心変わりだけだ。そんな心変わりが日曜日にあった。

正午前に自宅を出て大阪梅田まで歩くことにした。途中商店街でランチを挟んだので2時間弱かかったが、どこにも寄らなければ45分で行ける。人混みは苦手だが、梅田に行くと決心した時点で覚悟はできている。ホテルや阪急三番街とその周辺が再開発に入る。計画から完成まで10年かかると聞いた。

買物もせず、人をかき分けながら歩くので思い通りに進まない。シティバスに乗って帰ることにした。JR大阪駅前からは路線62の住吉車庫行きに乗り、難波宮跡公園近くで下りる。所要24分。いったんその路線に並んだが、すぐ隣の路線88が目に入った。天保山行きである。並んでいた62の列から離れ、まったく違う方向に行くバスに乗り込んだ。「テンポウザン」という懐かしの響きが気まぐれを起こした。

JR大阪駅前から天保山まで途中の停留所は31もあり、46分かかった。観光名所の海遊館に入るわけでもなく、観覧車に乗るわけでもなく、周辺を歩くでもなく……。マーケットプレイスでコーヒーを注文し、コーヒーだけでは頼りないのでドーナツを合わせる。デッキに出てみた。大阪港に来たのは久しぶりだ。反対側を向くと、まだ午後4時なのに、逆光が夕暮れを演出していた。

帰りは最寄のメトロ駅から自宅最寄駅まで乗り換えなし。大阪市は狭くて高密度、そして便利だ。自宅を出てからわずか4時間半の周遊なのに、心変わりのお陰でどこか遠くへ行ってきたような気分に浸れたのである。