ラーメンのレシピ再現物語

たまに行くいつものラーメン店でいつもの一番人気のラーメンを食べた。会計時に「これ持って帰って食べてみて」と店主が言い、インスタントラーメンを差し出した。パッケージを見ると、いま平らげたラーメンと同じ名前が……。「これ、ひょっとして」と言いかけたら、「話せば長いのでまた今度」と返された。

ラーメンマニアではないので、さすがにその日の夜には食べず、二日後の休日の昼に作ってみた。店の麺は生麵、インスタントの方は蒸して乾燥させているだろうから、口当たりが違う。生麺に比べてやや細い。しかし驚いたのはスープのほうである。店のスープとの味の違いがぼくの舌ではわからなかった。

後日、客がひけた頃合いを見計らって店に行き、同じラーメンを注文し、スープを味わい、あらためてインスタントのスープの出来に感心した。だいたい見当はついていたが、「いったいどういう経緯でインスタントができたのか」と尋ねた。以下、店主の話。


数カ月前にうちのラーメンがこの地区でグランプリを受賞したのは知っての通り。それ以来、並ぶ人の列も長くなった。常連さん以外の見慣れない客も増えた。新しい客でよく通ってくれる人が何人もおり、その中にいつもスーツを着た若い女性がいた。

女性は昼のピーク時間を避けて遅めに来る。閉店の30分前くらい。ゆっくり食べ,スープもじっくり飲む。食べ終わる頃にメモ帳を取り出してすばやく何かを走り書きする。「ごちそうさま」とだけ言って店を出ていく。他の客とは雰囲気が違う。女性の一人客は多くないので目立った。

最近特によく来るなあと思っていたある日の会計の時に、「いつもありがとうございます。気に入っていただいているなら何より。それにしても、よく来られますねぇ」と聞いてみた。他店の偵察などと思っていたわけではない。ここまでよく足を運んでくる理由を単純に知りたかったから。

女性は恥じらうように「実は……」と言って名刺を差し出した。大手食品会社の商品開発担当者だった。仕事柄いろんな店で食事をし、これぞと思うメニューを味わい、うま味のもとや成分を想像するという。そして、こう切り出した。「いつもいただいているこのラーメンをインスタント商品として当社から発売したいと考えています」。

麺もスープもレシピと作り方は教えられないと言うと、「承知しています」。飲み残したスープの持ち帰りもお断りと言えば、「当然です。こちらのお店の名前と商品名を拝借するのですから、合格と言っていただけるまで試作してお持ちします。なにとぞよろしくお願いします」と女性は深く一礼した。オファーを受けることにした。


以上がおおよその店主の話。店で十数回食べ、記憶とわずかなメモを頼りに、麺とスープを再現する。店では化学調味料を使わないが、食品メーカーは材料に調味料や添加物を使って同じ味を作り出す。女性は何度も何度も試作品を持参した。店主は妥協せず厳しく品評したという。ついにある日、店主とスタッフは納得のスープを味わうことになる。「麺は生麺ではないから80点どまりでしかたがない。しかし、スープのほうは……うちの味に近づいた。すごい再現力だと驚いた」と店主。

その後ぼくもインスタントのほうを何袋か買って食べた。かれこれ20年前の話。店主は数年後に一身上の都合で別の仕事に就いたため、店は今はもうない。ちなみに、店主はぼくの実弟である。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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