まだまだ残暑が厳しい。夏場の読書は苦行である。部屋を涼しくしても、この時期はすでに6月頃からの高温多湿の積算に心身が嫌気をさしている。仕事は他人様との約束なので何とかこなせるが、読書は自分ごとなので、夏場は読書量がかなり減る。中座したり未読したりしている本を本棚から引っ張り出しはするが、今月もあまり読んでいない。
📖 『人生の実りの言葉』(中野孝次)
題名よりも先に「美しい〈老い〉を生きるための珠玉の名句・名文40選」という帯文に釣られて、古本屋で手にした一冊。
『閑吟集』の「しゃっとしたこそ人は好けれ」という歌謡が新鮮に響く。関西でよく使われる、スマートさを意味する「しゅっとした」とは異なる。
この句は女の目から見て好ましい男の姿を言ったもので、いかにも頼もしげできりりとした態度ふるまいの中に、ねちっこくないさっぱりした愛情表現をする人のことを言ったもの。(……)中世の女の美意識を単純な言葉でみごとに表現してみせた。
どうやら能力があっても、さわやかさや粋に欠けていては日本男子の理想像にはなれないらしい。とは言え、男の理想像になろうとして生きるつもりがないのなら、好ましいと思われなくても別に困ることはない。
📖 『はずれ者が進化をつくる 生き物をめぐる個性の秘密』(稲垣栄洋)
個性、ふつう、区別、多様性、らしさ、勝つ、強さ、大切なもの、生きる……などの生物界のキーワードを見直して新しく意味づけしているのが興味深い。「境界を引いて区別する」の項から引用。
皆さんはクジラを知っていますか?
イルカは知っていますか?
クジラとイルカは同じ海にすむ哺乳類の仲間です。
それでは、クジラとイルカはどこが違うのでしょうか。
「クジラは大きくて、イルカは小さい」
そんな単純なものではありません……と言いたいところですが、じつはそれが正解です。
専門的な分類学によると、3メートルより小さいのをイルカ、それよりも大きなのをクジラと呼んでいるらしい。とても単純なので驚く。この伝で言うと、3メートル1センチがクジラで、2メートル99センチがイルカということになる。その差はわずか2センチ。人間は「区別したいという、ただその理由で分類している」ようなのだ。
📖 『辞書から消えたことわざ』(時田昌瑞)
辞書からまだ消えていないことわざなら結構いろいろと知っているが、すでに消えて久しいものをよく知っているはずがない。本書で知っているのはわずか3つだけだった。消えたことわざの中にあって、記憶にかろうじて残り、ぎりぎり生き長らえている希少種である。
「松のことは松に習え、竹のことは竹に習え」
わからないことはその道のプロに聞いて教わるのがいいという意味。このことわざを知ったのは先輩が口癖だったからだ。何十回も聞いた。あの人、お前より頭のいいオレに聞け、オレに学べと言っていたような気がする。
「三つ叱って五つ褒め七つ教えて子は育つ」
文字通りのわかりやすいことわざだが、こういう道徳観のことわざは消える運命にある。これも文字で見たのではなく、耳から何度か入ってきたと思う。七五調なので覚えやすい。日本のことわざは抽象的な語句を避けて比喩や具体的な表現を使うので数詞の出番が多いと、著者は言う。
「雨の降る日は天気が悪い」
辞書からは消えたかもしれないが、おなじみのフレーズなので稀に今も使う人がいる。
「晴れの日は天気がいい」と言ったらどうなるだろう。たぶん、当たり前なことを言うな、とでも言われるのがせいぜいだろう。(……)類語は特に多くないが、比較的よく知られるのが「犬が西向きゃ尾は東」。その他、「鶏は裸足」「北に近けりゃ南に遠い」「親父は俺より年が上」(……)
当たり前のこと言って、小馬鹿にされる時と、おもしろおかしく感心してもらえる時がある。ウケるためには、当たり前の中に新しい発見の仕掛けがいるのだろう。