晩餐会の「食性」

西洋料理のコースの主菜をいただく時に、あるシーンがいつも頭をよぎる。時は19世紀後半、デンマークはユトランドの辺境の村を舞台にした映画『バベットの晩餐会』の一コマ。あの物語の主菜は「うずらのフォアグラ詰めパイケース」という、贅沢でアヴァンギャルドな料理だった。

ヨーロッパでは野生の山鶉が食べられる。フランスでは解禁が11月、食卓にのぼるのは年に2ヵ月足らずと聞いた。産地ではこの希少食材を地元民は珍重する。好きだ嫌いだなどとは言わない。しかし、鶉の主菜は世界から様々な食性を持つ人たちが集まる晩餐会では規格外。わが国でも忘年会で鶉料理のメインが出てきたら、幹事失格の烙印を押されること間違いなし。

スウェーデンのノーベル賞の晩餐会では、主菜はたいてい鴨か仔羊である。わが国ではいずれも苦手な人が少なくない。世界標準では宗教的理由から豚肉や牛肉は出しづらい。また、伊勢エビや蟹などの甲殻類も禁忌食材とされる国々がある。もし世界からセレブが集う晩餐会に招待されたら、鴨か羊を覚悟しておかねばならない。


前日に琵琶湖で狩猟された野生の鴨を丸一羽もらったことがある。宅配されて梱包を解いて仰天しそうになった。いっさい手が入っていない状態で、例の色鮮やかな羽毛付きのマガモ(真鴨)だった。苦手なクチなら嫌がらせだと思うだろう。捌きと下ごしらえに苦しみ、かなり時間を要したが、鍋料理と炙りに仕上げて少し癖のある野趣に富んだ肉を堪能した。

「鴨がねぎ背負しょってくる」と言う時、あの鴨は鍋の食材を想定している。葱さえあれば、他に白菜や豆腐などの具材がなくても、鴨鍋は成立する。話は牛鍋になるが、池波正太郎は牛肉と葱だけのすき焼きが絶品と言った。葱の切り方にも注文がつく。斜め切りではなく、ぶつ切りにして縦置きにして煮る。

閑話休題――。稀にマガモが売られているのを見るが、安上がりに自宅で鴨料理をするならアイガモ(合鴨)だ。元を辿れば、アイガモは野生のマガモとアヒルを交雑交配した家禽。アヒルそのものがマガモを品種改良したものなので、アイガモもマガモに分類される。大阪でアイガモと言えば河内かわち鴨がブランド。2019年のG20大阪サミットで供された。

その河内鴨の料理を出してくれる店が、オフィスから23分の所に2店ある。どちらの店もランチメニューになっている。一方がアイガモの鴨なんば、他方がアイガモの丼とラーメン。後者がひいきで、表面だけ軽く炙った、ほぼ刺身状態のたたき丼が目当て。これまで10人くらい誘ったが、乗ってくれたのは2人のみ。鍋や蕎麦ならいいが、たたき丼の敬遠率は高い。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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