一見の客として店を選ぶ基準に「味」を置けない。誰かに教えてもらう情報も食べログでの評判も味に関しては半信半疑だ。と言うわけで、入店前に得られる情報は店名、店構え、メニュー/値段だけである。店名は重要だ。そば処なのにカフェのような名前、インドネパール料理なのに漢字の店名はセンスを疑う。メニューに誤植を見つけたらだいたいアウトだ。
月に2度ほど行く中華料理店の地下にインド料理店ができた。オフィスを構えるエリアは欧風カレーもインドカレーもスパイスカレーも激戦区だが、インドネパールカレーの店は徒歩数分以内にすでに5店もある。そのうちの2店はかなりの有名店だ。新規オープンのインド料理店ではいい勝負に持ち込めそうにない。
その店の前を通り掛かった。インド人と高年の女性がチラシを配っている。女性が「ランチいかがですか?」と声を掛けてくる。「今週はカレーを2度食べているので……」と言えば、「カレー以外にもいろいろありますよ」と食い下がる。「ビリヤニは?」と、たぶんあるはずがないと見て、言ってみた。「ビリヤニ、あります! セット900円ですが、100円引かせてもらいますよ」。ま、いいかという感じで店に入った。
いろんな有名店で食べてきた自称ビリヤニ通だから、期待薄の覚悟で注文した。待つ間にチラシをじっくり見たら、こう書いてある。
インド人シェフが腕を振るうスパイス豊かな本格インドカレーと日本の粋を感じる本格和そば(茶そば)。全く違う二つの本格料理を一度に楽しめる新しいスタイルのレストランです。
カレーとナンとサラダと茶そばを一度に楽しむ理由がわからない。まさかまさかのコンセプトに驚く。チラシを裏返して他のメニューを見た。もっと驚いた。
〈パスタ〉ペペロンチーノ、ボロネーゼ、明太子。
〈ピラフ〉ナシゴレン、神戸そばめし、高菜チャーハン
〈そば〉温そば、ざるそば、茶そば
この店でカレーセットやビリヤニを注文してよいのかと検証する前に、チキンビリヤニが出てきた。見た目、バスマティライスにしっかりスパイスの味がついているように見える。スプーンで一口食べた。うん? おかしいぞ、まあまあいけるじゃないか。いや、これはうまい部類に入るかもしれない。ヨーグルトソースのライタもビリヤニによく合う。
おかしい、いや、まずまずおいしい……を繰り返し一皿平らげたら、ぼくを案内した女性とは別の高齢女性が「お口直しのデザートです」と言って、プチかき氷を持ってきた。スパイスまみれの口の中がさっぱりした。
ハズレを覚悟して入店し、「おかしい」と感じ、次に悪くない、いや「おいしい」と思い、勘定を済ませて店を出る頃には「おもしろい」になっていた。ぼくの後に8人の客。このおもしろい食事処に誰かをお連れしたいと思えば再訪もありえるが、何が売りで何がおすすめかがわかりづらい店で、何を注文すればいいか……それが悩ましい。
