語句の断章(71)こだわり

「何事にもこだわりをお持ちですねぇ」と言う人は悪気もなく相手を褒めているつもり。そう言われて素直に気分をよくする人もいるが、あまり褒められた気がしない人もいる。こだわりは「拘り」と書く。この文字は「拘泥こうでい」や「拘束」などに使われる。見た目の通り「とらわれている」感じがする。

他人から見ればどうでもいいことや意味のない瑣末なことになのに、当人には自分なりの理由や理屈があって必要以上に気にかけたり強い思い入れを示したりする――これがこだわり。「あの人は自説にこだわる、メンツにこだわる、枝葉末節にこだわる」は決して褒めことばではない。

「うちの魚は鮮度にこだわっています」は自店の強みのアピールであるが、プロとして当然の姿勢だ。「塩にこだわる焼肉店」もそれで結構。但し、「タレで食べたい」と言う客に対して血相を変えて「いや、塩しか出さない」と言い出すと、こだわりが度を過ぎてしまう。どうやらプラスのこだわりとマイナスのこだわりがあるようだ。

『昭和の初めから鰻のタレを継ぎ足ししている」のもこだわりだが、継ぎ足ししないで毎日作るタレとの違いがわからない。店で流すBGMがいつもボサノバだったイタリアンの店があった。「イタリアンなのになぜボサノバ?」と聞いたら、オーナーシェフ曰く「好きだから」。これは一人よがりなこだわり。

イタリアはボローニャの画家、ジョルジオ・モランディ(1890 ― 1964)が描いた絵はほとんどがガラスや陶器の瓶を配置した静物画だった。ほとんどの絵が「静物」と命名されていて戸惑ったことがある。こだわりの画家であり、最初はあまり好印象を抱かなかったが、やがて慣れてきて、まっすぐに自己流の芸術を探求した人なのだと納得するようになった。

あることにこだわりがあっても、それ以外のありようやその他のオプションを認めるのなら、それは決して思わしくないこだわりではない。「郷に入っては郷に従え」は強いこだわりのある主張だが、己の流儀を捨てる覚悟があるという意味では、懐の深い柔軟性のあるこだわりである。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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