“It”の話 今年のゴールデンウィーク、キャサリン妃に女の子が生まれた。あの「街の告げ人」であるおじいさんは“It’s a girl!”と言った。赤ん坊と言えども人間だ、なのに“it”(それ)とは失礼な、とネイティブでない人たちは思ったらしい。女の子だから“She’s a girl.”ではないのかと。いやいや、赤ん坊は“it”でいいのである。この主語に特に意味はない。“It rains.”(雨が降る)の“it”みたいなもので、「それ」と言っているわけではない。だいいち「それは女の子!」だと言うはずもないだろう。「彼女は」とか「彼は」と言えば、もう性別は明らかになってしまう。“He’s a boy!”などは「一見、女の子に見えるけど、実は男の子なんだ!」というニュアンスになる。あのおじいさんは「赤ん坊は女の子!」と告げたのである。
定食屋の話 仕事柄いつどこにいても文字や表現を真剣に見る。看板も店員の名札もメニューも。注文の品が出てくるまでは壁に貼ってあるポスター類に目を配る。ある定食屋で壁に掲げたお品書きに気づいた。コロッケセット、いいだろう。ミニ冷しうどん、いいだろう。では、その下のミニホットうどんって何なのだ!? ふつう「うどん〈温・冷〉」と表記するが、「ミニホットうどん」なのである。「温」ではなく「ほっと」でもなく、カタカナで「ホット」なのである。これはおそらく日本初のアヴァンギャルドではないか。
傾聴力の話 傾聴力の話をしていたのに、誰かが「盗聴力」と言い間違えた。最初明らかに言い間違いだと思ったが、彼は傾聴と盗聴が同じだと思っていたかもしれない。両者には一所懸命に聴くという共通の意味がある。
ディベート活動をしていた頃、ホテルの会場を予約してくれた女性は電話口で「関西ディベート交流協会」と言った。「念のためにファックスしたほうがいいよ」と助言したが、彼女はそうしなかった。開催当日、会場前には「関西リベート協会」という貼り紙があった。以前、薬局で「眼精疲労」と言ったら、「男性疲労?」と聞き返された。欲しいのは目薬、精力剤ではない。言い間違いに聞き間違い、結構ある。
まさかと思うだろうが、従弟と徒弟、紅葉と紅茶、落葉と落第などの読み間違いも少なからずあるらしい。ワープロ全盛の今、手書きの書き間違いは枚挙にいとまがない。
鮨屋の話 今日ランチタイムのピークを過ぎた鮨屋に入った。店内25席だが、誰もいない。あいにくお目当ての海鮮丼は売り切れ。十貫の並にぎりを注文してしばし待つ。耳に入ってくるのは鮨屋らしくないBGM。曲が変わり、次はトワ・エ・モワ。♪ 今はもう秋 誰もいない海 ……。タイミングが良すぎる。「今はもう昼過ぎ、誰もいない店」と即興替え歌の一丁上がり。ちなみに、この曲を引き継いだのは加山雄三。茶化すネタはなかった。
翻訳の話 英仏伊の文章を読む時には面倒でも辞書を引くようにしている。自動翻訳システムが文法に弱いことを知っているので、決して頼ることはない。しかし、馬鹿げた日本文に苦笑することになるのだが、たまに腕前を見てやろうと思うことがある。先日、m(_ _)m という顔文字の下に「翻訳を見る」という表示があったので、クリックしてみた。初めて自動翻訳の完璧な訳にお目にかかった。訳された結果は m(_ _)m だった。