コンセプトと連想力(1)

コンセプトと連想力

『コンセプトと連想力』について何回かにわたって話したいと思います。〈コンセプト〉ということばを随所で使います。別の文脈では〈概念〉と言い換えることもあります。まず、その概念という術語についておさらいをしておくことにしましょう。

コンセプト(concept)は動詞”conceive“(考える)から派生したので、やまとことばの「おもひ」と訳してもよかったはずです。あながち外れているわけでもないですから。しかし、コンセプトということばに出合った明治時代の知識人は、「おもひ」では意味にズレが生じると考えたせいでしょうか、あるいは、当時の訳語(love→恋愛、society→社会、nature→自然など)のほとんどが漢字の二字熟語だったからでしょうか、おもひと言い換えずに、中国の古い文献にあった「がい」に注目して「概念」という和製漢語を発案しました。ちなみに、「概」とは粉や穀物を升に入れて計量する際に、升の上に盛り上がった部分をかき落とす棒のことです。なお、conceiveには「はらむ」という意味もあり、現代では「アイデアを宿す」という意味への転用もあります。

概念は哲学で頻出することが多く、決してわかりやすいとは言えませんが、まずまずよくできた翻訳語だと思います。なぜなら、コンセプトには知覚した対象のイメージや属性から性質の違うものを「捨象」し、その代わりに、共通のイメージや属性を「抽象」するという意味があるからです。抽象などと言うと、わかりにくいとか曖昧だと決めつけられがちですが、抽出液などと同じで、元々はいらないものを捨てて必要なものを取り出すという意味です。要素を絞り込むという感じでしょうか。


ジェスチャーをしてもイメージを描いてもコンセプトはなかなか他人には伝わりません。コンセプトはことばによって表現するしかないのです。もっとも、ことばにしても、伝わる保障はありません。いずれにせよ、意識に浮かぶ感覚的なイメージである表象をことばで仕立ててはじめてコンセプトが生まれます。たとえば、「はさみ、鋏、ハサミ」などの文字を見たり耳で“ha-sa-mi”という発音を聞いたりする時、意識に[✂]が浮かびます。この逆に、まず表象として[👓]が浮かぶとき、「めがね、眼鏡、メガネ」などのことばに置き換えます。ことばは音声と文字とイメージを一つにしたコンセプトの表現になっているのです。ポツンと[☁]という図を示されるよりは「雲」と言ってもらうほうが伝わりやすいでしょう。そのコンセプトをどんなふうにイメージ再生するかは、もちろん人それぞれです。

「感性でうけとったものを、知性でとらえなおす。対象を右手から左手へともちかえるようなこのプロセスで〈概念〉が生まれてくる」と中山元は『思考の用語辞典』で述べています。つまり、表象による認識を「感性的」とするなら、表象をことばによって概念化するのが「知性的」と呼べるでしょう。対象を概念として摑むということは、ことばで言い表わすことにほかなりません。

人にはそれぞれの参照体系があります。「知のリファレンス」です。あることを簡潔に言い表わすにあたって――もちろん外部から新たに仕入れることもありますが――まずは、自前のリファレンスを探っていくことになります。コンセプトをどんな表現で包み込もうかと創意工夫する習慣を身につければ、知のリファレンスは活性化し連想力も高まってきます。一つのことばやイメージから連想されることを列挙し要素化して概念を形づくる……表現を縦横無尽に連想する以外に目前の対象や、ひいては現実世界をよく把握するすべは見当たらないのです。

《続く》

投稿者:

アバター画像

proconcept

岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です