なくてもよい饒舌な情報

饒舌な情報を批評すると、「お前が書いていることが一番ジョーゼツだ」と反発を食らいそうだ。言わぬが花か? しかし、言っておきたい。よく遭遇するのは、どうでもよいことについて多弁で情報過多であり、由々しきことについては寡黙で情報不足という場面である。

雄弁な虚礼というのがある。「このたびはご多忙中にもかかわりませず、また、あいにくの雨にもかかわりませず、遠方よりお越しいただき、私どものために貴重なお時間を賜りまして心より感謝申し上げます」という類の、腹の中と落差のあるメッセージ。あまり誠意も感じないが、むしろ何かのパロディのようでつい笑ってしまいそう。これを聞いているあいだは目のやり場に困る。

さらに。軽い好奇心から「これ何ですか?」と料理の隅っこにある素材を尋ねたら、地産地消の話から有機栽培の話へ、料理人になった経緯から生い立ちまで延々と聞かされ、箸はじっと止まったまま。聞きたいのは素材の名前と添える一言のことばだ。

まだある。在来の特急に乗ってから数分間続く車内アナウンス。ただいま沿線でキャンペーンをしていますとか、何とかカードをご利用くださいとかのコマーシャルメッセージはいい。営利の鉄道会社だから軽く宣伝するくらいは許容範囲としておこう。

しかし、駆け込み乗車はいけない、タバコは遠慮しろ、携帯はマナーモードだ、網棚に手荷物を置き忘れるな、トイレは何号車へ、ご用があれば車掌へ、どこどこへ行くなら次の駅で乗り換えよと続き、挙句の果ては「本日はご乗車いただきましてありがとうございます。ごゆっくりおくつろぎください」。これでは、くつろげない。

☆     ☆     ☆

自己責任というものがある。社会は「知っていて当然」という前提で動かねばならない面もある。すべての人々に均一なメッセージを押し付けることはないだろう。わからなければ聞けばいい。同時に、マナー違反という例外に対してはそのつど注意すればいい。

饒舌とまではいかないが、「列車は5分遅れて到着しました。お急ぎのところ、みなさまにはご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます」もなくてもよい。所要23時間のうち5分なんて許される誤差ではないか。少なくとも、ぼくには謝ってもらわなくてもよろしい。

対照的な話だが、ローマからパリへの飛行機が強風で運休したとき、カウンターで受けた説明は「ローマからアムステルダムに行ってもらう。トランジットは30分だから急げ! アムステルダムからは上海へ。上海から関空。はい、これがチケット」でおしまい。「お気の毒」と同情はしてくれたが、「申し訳ない」とは決して言わなかった。

話を戻す。饒舌のきわめつけは、「当列車はただいま三河駅を定刻通りに通過いたしました」。いらない、聞きたくない、興味がない。この情報はマイク経由客席行きではなく、どうかスタッフ間の確認で済ましてほしい。

日本人は寡黙? いや、世の中は饒舌な人々で溢れているではないか。その彼らが都合が悪くなったり、会議での決議になるとダンマリを決めこんでしまうのだ。

今日から新幹線で出張。きっとジョーゼツの旅になる。

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proconcept

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岡野勝志(おかのかつし) 1951年大阪生まれ 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター 岡野塾主宰 ヒューマンスキルをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。 マーケティング、コミュニケーションにまつわる企業や人

「なくてもよい饒舌な情報」への2件のフィードバック

  1.  訪日した外国人が日本の電車に乗ってまず驚くのは、微に入り細を穿つ車内アナウンスだとか。駆け込み乗車に気をつけろだとか、次駅でどちら側のドアが開くだとか…。おそらく彼の国では子供を諭すような程度の低い内容ばかりなのだろう。
     鉄道にかかわらず、このところ気になる「饒舌な」アナウンスや注意事項の羅列は、クレーマーやモンスターカスタマーへの消極的対策のように思えてならない。少しのことでも己の利益に結びつけようとする小賢しい輩と、反対に無理難題に毅然とした態度のとれない商品・サービス提供者とのせめぎ合いが、普通の神経を持った小市民の生活を徐々に息苦しくさせる。
     最近、つくづく嘆息するのはタクシーに乗り込み、行き先を告げると、運転手さんから必ず返ってくる「どの道を通って行きましょう?」の言葉。この言葉を聞く度、料金を払う段になってもめている運転手さんとわがままな客の姿が目に浮かぶ。
     しかし、こっちだって言わせて欲しい。「どの道を通るか指図するって、オレは人間ナビじゃないっつーの。道を選ぶんなら、自分で車を運転するがな」と。
     そして今日も自分が選んだ道で渋滞に嵌り、自己責任の御旗の下に憂鬱度がダブルになるのだ。

  2. コメントに感謝(ブログ不案内のため、拒否の設定になっていたみたい。これまでコメントいただいていたのなら、陳謝します)。さて、ぼくと同じ空気をもつ(ような気がする)あなたの見方に共感。タクシーもそうだけど、理髪店でも同じようなことがある。「今日はこれからどうされるんですか?」 本当に聞きたい? 聞きたいなら答えるけど、お愛想なら別に答えたくない。そう内心つぶやく。この間、奈良でタクシーに乗って講演会場の名を告げたら、「聞いたことがない。どこですか?」と尋ねてくる。駅から近いとは聞いていたけど、地理に不案内だからタクシーを拾ったわけ。あなたは地元のプロのタクシードライバーでしょ。ぼくは大阪から来た、奈良に関しては素人。ぼくにナビさせるなよ、と喉元まで出かけた。相手がコメントに値する人間なら口に出しただろうけど、こんなプロ根性のない運転手にそんなこと言ってもはじまらない。自己責任の話。たしかに自己責任は厳しい。でも、そうでなければ誰も鍛えられない。日本人の脆弱性はこの自己責任から来ていると断言してもいいくらい。このテーマはまた取り上げてみたい。

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