古本よもやま話

古道具や古着や古本には、かつて売られた定価よりも高値がついているものがある。手に入りにくくて希少であり、それを欲しがる人が多ければ高額になる。古物市場では〈需要>供給〉なら値段が上がり、〈供給>需要〉なら値段が下がる。後者の、値段が下がる場合にいいものが稀にあり、それを「掘出し物」と呼ぶ。

古本屋で手に入れたい本が見つかれば――見つからなくても同じジャンルでよさそうなものがあれば――たいてい買うようにしている。あまり迷わない。基本500円以下の安いものをいろいろ漁っているうちに掘出し物に出合う。稀覯本きこうぼん蒐集マニアではないので、高値のついているものはよほど欲しくてもめったに買わない。

夏目漱石の『心』『道草』『明暗』の3冊セットの復刻版(函入り)を岩波書店が創業70周年事業として41年前に発行した。これを見つけて買ったのがたぶん20年位前で、定価のない非売品である。文字通りpricelessプライスレスだが、古本屋がつけた値段プライス500円。この数字が高いか安いかは判断不能。価値のほどは読者が実感すればいい。


十代半ばから本は自分の小遣いで買うようになった。図書館で本を借りたのは小学生の頃までだ。十代の頃は古本を買わなかったし、古本を遠ざけていた。古書店で売られている本はどれも瑕疵や汚れがあって不潔そうだった。赤インクか血液かわからないような滲みのあるページを触った後に、その手で菓子はつまみづらかった。

比較的新品に近いと思って買ったものの、ページを繰ると意味不明な書き込みや傍線を見つけることがある。この本の前の読者が目を付けた「重点箇所」が刷り込まれるようで嫌だった。今では普通に古本を買うが、なるべくそういうシルシのないものを選ぶようにしている。新品同様の古本でも誰かが売り誰かが読んだはずだから、古本を読めば誰か知らない他人の指紋をなぞっていることになる。以前ほど神経質にはならない。


ずいぶん前に『芭蕉全句集』の単行本を300円で手に入れた。昭和51年(1976年)3月発行の初版本で、発売当時の値段は1,200円。作句年代順に配列され、一句ずつ丁寧な注釈が付いている。今は角川ソフィア文庫から現代語訳付きで出ているが、初版の単行本サイズの雰囲気には及ばない。よく精査して偽作や誤伝を除くと、芭蕉の生涯の句は976だそうである。固有名詞や季語さえわかればスイスイと読める。

ところで、先月頂戴した大島幸男氏の第一句集『雪解』に収められた作品は384。芭蕉の作品の約4割だが、芭蕉全句集の数倍以上の時間を費やして一巡目の味読(分析?)を終えた。秀句も多いが、風流な語彙と異文化に攻められて苦戦した。この半月は記録的によく辞書を引いたと思う。今日から二巡目に入ったが、慣れのせいか心持ち軽く感じている。