語句の断章(45)「移民」

「他郷に移り住むこと。特に労働に従事する目的で海外に移住すること」(広辞苑)
「新しい生活や仕事の場を求めて故郷(故国)を離れて移住する人(こと)。移住者」(新明解国語辞典)

上記は辞典による「移民」の語義である。移民の目的は主として生活や仕事だが、移民それぞれには固有の事情があるはず。移民とは外国へ移住する人たち。異なった国の民がよその国に移る民となって、新たな国で再出発する民になるのである。移民の「民」の色は薄くなるが、それでいい。「移」にこそ本来の意味があるのだから。

移民と住民は同じではないし、いきなり同等にはならない。民族が違うゆえの差別もあるが、何よりもまずその国の「市民」としてのキャリアがないから、扱いや立場が異なるのである。職業のキャリアではない。先祖からその国に住み続けて貢献してきた諸々の実績などの経歴である。定住生活者と同じ待遇と権利を今日入国してきた移民が持てば、既得権者側に不公平感が生まれる。


「当局」からすれば、放浪する人間よりも一カ所に留まる人間のほうが安心できるし、住所不定よりも戸籍があるほうが信頼できる。移民や放浪の民に対する偏見は拭い難い。しかし、物理的な移り変わり以上に、人は精神的に価値観的に移ろいながら生きて行く。一つ所にいるにせよ、すべての人は昨日から今日への、今日から明日への移民なのだ。

同じ場所で遊んでいる子を見守るほうが親は楽だ。あちこちで動き回られるとコントロールしづらい。住民に対する当局の心理もこれに似ている。定住は統治する当局にとって都合がいい。身元もはっきりするし、安定した税収が期待できる。当局は、そこに生まれて育った人に生活者として居住し続けて欲しいのだ。

先住者が移住者に偏見の目を向けるのはやむをえない。流浪の民はどこに行っても定住できず、迫害を受けてきた。しかし、他方、移住者が先住者の土地を植民地化して、支配下に置いて属領とした時代も歴史の大半を占める。事例としてはそのほうが圧倒的に多い。移民問題はいつの時代も力関係に操られる。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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