小さく縮めて考える

昨今は研修や講演を主な仕事にしているが、本業は企画である。ざくっと言うと、企画は価値を高めたり付け加えたりする仕事であるため、大きくとらえたり足し算で進めていくものだと思いがちだ。たしかに初期の段階ではそういう要素もある。マクロな見方の企画。それをぼくは”ANDの企画”と呼ぶ。

しかし、冷静に考えれば、ぼくたちのアタマはあまり遠大向きではない。天の川とアンドロメダ星雲が30億年後に一つになるという説を聞いてもピンと来ない。何億光年の未来が見えたらすばらしいだろうけど、一年、いや一寸先も怪しい視界しか持ち合わせないのが凡人だ。大きく構想するのはたいせつだが、小さなことを見失ってしまうリスクのほうが大きい。


今から78年前、アメリカのある中学の先生が発端となった、世界を100人の村に縮小する話を覚えているだろうか。この村は57人のアジア人、21人のヨーロッパ人、14人の南北アメリカ人、8人のアフリカ人で構成されている。有色人種が70人で白人が30人。この村の6人が富の59%を所有し、50人が栄養失調に苦しみ、1人が瀕死の状態にある。この村で大学教育を受けたのはわずか1人。周辺ではこんなに普及しているパソコンだが、実はこの村には一台しかないという話。

比喩ではあるが、現実を何かに大きくなぞらえる比喩ではない。現実よりも極端に縮小する比喩であり、これにより本質がより見えやすくなる。スポーツもゲームも起源においておそらく何かの象徴であり、縮小版だったのだろう。ある経済学者は麻雀を「閉じた経済における4ヵ国貿易」という具合にたとえていた。


少々粗っぽくても、何かを端折はしょって思い切りわかりやすくしてみる。足すのではなく引き、膨らますよりも縮めてみる。こういうミニチュア化を”ORの企画”と呼ぶ。この種の発想は比喩と相性がいい。

世界の669358万の人口(2008812日午前10時現在)を100人と仮定するように、地球の歴史46億年を1365日のカレンダーにたとえる。つまり、元旦に地球が誕生し、今がちょうど大晦日で、まもなく新年を迎えるところという設定。

人類の歴史500万年。これは地球の1年カレンダーの0.4日に相当する。人類は大晦日の午後2時~3時の間に生まれ、いま除夜の鐘を聞いている。新参者もいいとこだ。ちなみに恐竜の祖先は1210日前後の生まれで、1226日に滅びたことになる。

とてもマニアックなシミュレーションだ。しかし、漠然と大きなことを考えるよりはよく見える。発想のきっかけになってくれるかもしれない。「こんなことをして何の意味があるのか?」という問いを発する人は企画という仕事に不向きである。 

イタリア紀行5 「色で魅せるゴシック都市」

シエナⅡ

シエナを描写する表現に落ち着きがないのを自覚する。実感を的確に表せないもどかしさがあり、どこか空振りしているような気分だ。弁解させていただくならば、シエナに関する紀行や説明は、専門家の手になるものでも少し誇張されたような印象がある。

一観光客ならはしゃぎ気味に思いをしたためるのもやむをえないだろう。しかし、実ははしゃいでなどいない。むしろ神妙な心持ちからくる「詩的高揚」とでも言うべきものである。

お付き合いしてから四半世紀、高松在住のY氏は、平成19年の年賀状でシエナの思い出を綴られていた。その二年前にお会いした折に、ぼくはシエナの話を披露した。Y氏が刺激を受けて60歳半ばの身体に鞭打って出掛けられたのか、まったく別の好奇心だったのかは確かめていない。ぼくの高揚感にどこか似通っているその年賀状の文章を紹介してみたい。

シエナの街並は、中世の面影が色濃く残っている。赤煉瓦の幾何模様が美しいカンポ広場がそれだ。
この広場は貝殻の形をして、放射状に広がっており、しかも中心に向かって低く傾斜しているので、浅い巨大な半円のすり鉢に見える。この奇妙な形の広場の真ん中に立つと、夏の眩しいほどの光の乱舞と広場をとりまく、ドゥオモ・宮殿・塔の幻想的な美しさで酩酊する。そして、ここで毎年行われる、中世から伝わる騎馬競走に巻き込まれる幻想にとらわれた。
人々の歓声、馬のいななきの中で、私は中世の世界にタイムスリップした。
―イタリア・シエナのカンポ広場にて―

シエナの建造物の色合いは赤褐色でもなく茶褐色でもなく黄褐色でもない。それは、シエナブラウンという独特の土色である。現在ではいろんな商品にこのカラーが使われているが、それぞれ微妙に違うように思う。何が正真正銘のシエナ色か? それは写真を見て判断するしかないが、写真でも再現精度にバラツキもがある。いずれにせよ、光と影と色を絶妙に調和させる街と、後景としてその街を包み込むトスカーナの丘陵の趣には見とれてしまう。

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奥に向かってゆるやかに傾斜するカンポ広場には、赤褐色に見える煉瓦が敷き詰められている。
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画面右上の端に大聖堂を配した街並み。細い通りを隔てて建物が密集している。この濃いベージュがシエナの土色。
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少し靄のかかった街の周辺の丘陵地帯。まさに中世の空気そのもので満たされた幻想的な風景だ。
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マンジャの塔から見下ろすカンポ広場。修復を繰り返しながら、魅力ある街、絵になる街を保存する。シエナに「新築」はありえない。すべて”レスタウロ”(リフォーム、リノベーション)である。

ことばは尽き果てない?

昨日に続くことばの話。ことばが有限か無限かという学術論争があるらしいが、一個人からすれば答えは決まっている。一生涯で知り尽くせないだろうから無限である。

辞書の編纂者には当てはまらないかもしれないが、普通は知らないことばは知っていることばよりも圧倒的に多いだろう。二十代の頃、無職の時代があってよく本を読んだ。ついでに辞書も読んだ。引くのではなく「読む」。ア行から始めてサ行の途中までいく。当然挫折する。またしばらくして挑戦する。同じくへこたれる。だから、ぼくはア行からサ行までの語彙はタ行以降よりも多いはずである。

暇だからできたことだろう。だが、この習慣は意外に続いていて、何か調べるために辞書を使うというよりも、適当なページを繰って関連することばを渉猟したりする癖は今も染みついている。ビジュアル辞典や類語辞典の類はそんな行き当たりばったりの「ことばの海の遊泳」にぴったりだ。


何年か前に、「競馬場で走る馬」という表現を耳にした。テレビの手話ニュースだったと記憶している。これには腰が抜けるぼどびっくりした。「サラブレッド」の説明に使われたのではなく、唐突に出てきたからである。そこまで言わなくても、サラブレッドでいいではないか。このことばを知っているという前提は決して高いハードルではない。妥協するとしても、「競走馬」で十分である。

「陸上競技場で走る人」「柔道着で格闘する人」はいずれも人を説明する表現である。それぞれ陸上選手、柔道家という固有の言い回しがあり、まったく不満なく通じる。会社員を表現するのに「会社で働く人」では違和感があるし、「市役所で働く一番偉い人」といちいち言わずに、市長というほうが便利である。

相手はこのことばを知らないだろう、難しいと感じるだろう、それならあらかじめわかりやすく説明調でいくか――こんな配慮を親切心とは言わない。そもそも辞書の定義に近い表現を使ってわかりやすくなるのは稀である。

「太陽の光線をあらゆる波長にわたって一様に反射することによって見える色のワイシャツを着てお越しください」。これは「白いワイシャツ」のことだが、「白」がわからないだろうと予測してこんな言い回しをする人はいない。「黒の反対の色のシャツ」という人もいない。白を知らない人はたぶんワイシャツということばも知らないだろう。

話し手や書き手は傲慢になってはいけない。できることなら、聞き手や読み手が参照できる範囲のことばを使うのが望ましい。しかし、受け手側を甘えかせすぎるのも考えものだ。すべての人間は未知のことばと対峙して今までやってきた。「ママ」も「ワンワン」も未知だった。何度も使っているうちに意味や概念の輪郭がはっきりしてきて、「ママ」が自分の母親であり「パパ」とは異なること、「ワンワン」は四足で毛の生えた動物だが、どうやら「ニャンニャン」とは同じ仲間ではないことなどを知るに至るのである。

ことばは尽き果てない。知らないことばがいっぱい。だからこそ愉快なのであり、コミュニケーションは深遠なのである。

ことばを知れば視界良好

ぼくたちは知らないことを「ことば」や「体験」によって知る。体験できなければ、とりあえずことばで説明を受けて知ることになる。絶対とは言わないけれど、ことばの数と知識の量はおおむね比例する。意味のない多弁やおびただしい空言は批判されるべきだが、ことばが少なければ小さな世界観しか持てないだろう。

ある人が「たこ焼き」の話をしたら外国人に「それは何だ? 」と聞かれた。聞かれて、次のような内容を英語で説明しようと試みた。

水と出汁で溶かした小麦粉を鉄板の丸い凹の部分に流し込み、そこに小指の第一関節くらいの大きさに切った茹でた蛸、ネギ、揚げ玉、紅しょうがなどを入れてよく熱し、機を見計らってアイスピックみたいな道具でくるりとひっくり返し、球のごとく仕上げる。それにソースか醤油を刷毛で塗って青のりと鰹ぶしを振りかけて、やけどしないように食べる。

説明しようとすることばの中に、スライスした蛸、揚げ玉、紅しょうが、ネギ、青のり、鰹ぶしなどのわが国固有の名詞がふんだんに含まれ、英語で表現するにはいかんともしがたく、にっちもさっちもいかなくなってしまった。

ことばでは説明しきれない概念がある。たこ焼きは説明するものではなく、体験してもらうものである。好き嫌いはさておき、試食したうえで、それが「たこ焼き」であることを覚える。次回から誰かと会話するとき、わざわざ「水と出汁で溶かした……」と延々と語らなくても、「たこ焼き」という四字で済ますことができる。


話し手は極力わかりやすいことばを使うべし――これに異論はない。なるべく相手の辞書機能に合わせた説明をするべきだと思う。しかし、相手が知らないという理由でことばをどんどん因数分解していっても限度があるし、わかりやすくなるという保障もない。

あまり聞き手市場になってしまうと、話し手の持ち味が損なわれてしまう。テーマから話が逸脱して、ことばの定義ばかりしてしまうことになるのだ。たとえば、ぼくの私塾で「質と量」の話をするとき、ぼくはそれ以上は説明しない。質と量の概念をわかっているという前提で話をする。たこ焼きとお好み焼きの違いも取り上げない。そういう聞き手のボキャブラリー・レベルを想定して話をする(この”ボキャブラリー・レベル”ということばも微妙だ。かと言って、「語彙水準」と言い直しても、よけい分からなくなる人がいるだろう)。

わからないという理由だけで、初耳のことばを拒絶しないことだ。概念が不明であっても、とりあえずなじんでみる。子どもたちは意味がわかってからことばを覚えるのではなく、訳がわからないまま語感やリズムでまずことばを覚え、それから徐々に意味の輪郭をはっきりさせていく。大人も例外ではない。

シニフィアンとシニフィエ

難解なソシュール言語学の話をするつもりはない。ただ、マーケティングにおける記号(ひいてはネーミングやブランド)の意味について一考してみようと思う。

シニフィアンとシニフィエ? 響きは、児童文学に出てくる少年少女の名前みたいだ。実は、そうではない。シニフィアンとは記号表現、シニフィエとは記号内容のことであり、それぞれ専門的には「能記」、「所記」と呼ばれる。

ぼくはメガネをかけている。このメガネというものは、(1) 聴覚がとらえる「メ、ガ、ネ」という音(シニフィアン)と、(2) 「眼鏡」という概念(シニフィエ)の二つが一つの記号となって、実際に手に取ったり掛けたりする「👓(メガネ)」を表わしている。

身近なことばに置き換えると、ことばとモノが表裏一体ということ。「」という実体のモノを、日本語では「デ、ン、ワ」と発音することばで、英語では “telephone”(テレフォン)と発音することばで、それぞれ名付けている。元来、モノとしての「」と「デンワ」または「テレフォン」との間には、こうでなければいけないという理由などなかったはずだ。それでも長い歴史の中で繰り返され、さも必然であるかのようにモノに音声が染み渡っている。

御法川みのりかわ法男のりおと聞いて、その人物の顔が浮かばなかったらシニフィアンとシニフィエが表裏一体になっていない。顔をモノと言っては失礼だが、この場合、ことばからモノを参照できないのだ。「この名前の人、だ~あれ? えっ、みのもんた!? な~んだ」。これでやっと表裏一体になる。モノとことば、つまり人と名、場所と地名、商品とネーム、企業と社名などは、シニフィアンとシニフィエが一つの記号を醸し出している。


もともとは必然ではなかったのに、繰り返し使っているうちに内容と表現がしっくり融合してくる。いま椅子に座っているが、この「イ、ス」という音と物体の一体感はどうだ。とてもよくなじんでいる。「尻置き」でも「腰休め」でも「スワール」でも違和感がある。

使いこんでいるうちに名が体を表わすようになる成功パターンがある一方で、繰り返し使っても何年経ってもしっくりこない場合がある。マーケティング的にはネーミングやブランディングの失敗ということだ。男性かつらに「バレーヌ」や「ズレニクイーノ」はダメだろうし、「ゲリラ特攻隊」という整腸剤は遊びすぎだろうし、「酔ったついでに・・・」という焼酎はいろんな意味でよろしくない。

ユニークな記号が注意を喚起し訴求力をもつのは事実だが、同時にネーミングには共通DNAみたいなものがあって、そこから逸脱すると受け入れてもらえなくなるのだ。

シニフィエに対してこれ以上ないシニフィアンを探し当てる。これがコンセプトの言語化であり、商品のネーミングであり、メッセージのコピー表現なのである。とらわれぬ発想、すぐれた語感、そして膨大な語彙がこの仕事のバックボーンになる。 

やめてほしいことアラカルト

暑中見舞のシーズン。手書きの下手な文字で「暑ぅ~、お元気ですか?」という類のメッセージをしたためて毎年ハガキを送ってくれる人がいる。まず見舞ってくれることには感謝。それに字が下手なのも許せる。だが、誰かに念を押されなくても、暑さを重々承知しているので、猛暑や盛夏を倍増させるような「暑ぅ~」はやめてほしい。それに、その他大勢の方々にも一言。開口一番「お暑いですね」以外に何か挨拶のことばを交わしていただきたい。

たこ焼きや食いだおれを大阪の特徴の一つというニュアンスでPRするのなら許せる。だが、「たこ焼きイコール大阪名物」とか「食いだおれイコール大阪名物」などと、消すに消せない烙印を押すのはやめてほしい。大阪からはるか遠方に住んでいる知人は、「大阪人の主食はたこ焼き」という冗談を誰かに聞かされて鵜呑みにしているし、偽装された食品や衛生上お粗末なものを大阪人が食い、倒れることが「食いだおれ」の語源と信じている。

春先に道でばったり会った人がいる。数年ぶりの再会だった。久しぶりではあったが、特別に懐かしさを感じる相手ではない。だが、お茶に誘われた。別れ際に彼は右手の親指と小指を伸ばして耳にあてがい、いわゆる電話のポーズをしながら、「また、近いうちに連絡します」と告げた。それから数ヵ月経つが、電話もメールもない。愛想と儀礼の「連絡します」はまだ許せる。しかし、連絡する気もないのなら、あのとってつけたような大袈裟なポーズはやめてほしい。

たまに仲間と居酒屋に行くことがある。酒は強くも弱くもなくほどほどだが、一週間くらい飲まなくても平気だから酒好きの部類には入らない。居酒屋であれレストランであれ、「飲みに行く」のではなく「食べに行く」。ぼくに関して言えば、飲食ではなく「食飲」が正しい。だから「まずお飲み物のご注文からお願いします」はやめてほしい。食べたいものをじっくり選んでから、それに合った酒を決めたいのだ。食べ物も決めずに「とりあえずビール」なんていうのは食の文化度の低さを示すものだ。

プロ野球をテレビ観戦する。一打逆転という緊迫の場面。ピンチに交代した中継ぎ投手が手元を狂わせてデッドボール! そのとき十人中九人の解説者がこう言う、「当てられたバッターも痛いでしょうが、当てたほうのピッチャーはもっと痛いですね」。発想不足、表現不足、感性不足。あのコメント、やめてほしい。「解説者もマンネリでしょうが、聞いているほうはもっとマンネリです」。この言い方、おもしろくないでしょ?

イタリア紀行4 「トスカーナに独座する街」

シエナⅠ

諸説いろいろあるが、ぼくの読んだ本には「ヴェネツィアのサンマルコ広場、バチカンのサンピエトロ広場、シエナのカンポ広場がイタリアを代表する三大広場」と書かれてあった。ここにフィレンツェのミケランジェロ広場を付け足してもいいかもしれない。広場そのものはたいしたことはないが、街並みを美しく見せるという点ではひけを取らない。

当たり前のことだが、シエナを取り上げる観光ガイドや紀行文や歴史・文化の本はことごとく「シエナのカンポ広場がイタリア一、いや世界一美しい広場である」と絶賛する。美しさというものは、表現するにしても感知するにしても主観だから、目を見張る美しさ、理性的な美しさ、しっとりした美しさなど、どんな美しさであってもよい。ぼくは「比類なき美しさ」と形容しておきたい。

二度シエナを訪れているが、最初の2004年当時はモノクロのフィルムで光景を収めた。それはそれで間違いではなかったが、なんだかドキュメンタリーな空気を醸し出しすぎていて、シエナの夢想的な空間や上品な街並みが欠けてしまった。フィレンツェに約10日間滞在した20073月に再訪して撮ったのが今回の写真である。

食とワインと言えばトスカーナ。トスカーナと言えばフィレンツェ。そのフィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ駅そばのバスターミナルから南へ約1時間、城壁に囲まれた丘にシエナがある。ここは2キロメートル四方のこじんまりした街だ。他のイタリアの都市同様、ここにも目を見張るドゥオーモ(大聖堂)がある。ゴシック建築と床に張り巡らされたモザイクが有名だ。

しかし、シエナを取り上げるのはドゥオーモのためではない。やはりカンポ広場なのだ。そして、そのカンポ広場に聳え立つマンジャの塔からの景観である。そのパノラマ図は次回。

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ヴィーコロという薄暗い小さな街路の一つに入ると光の空間が借景のように姿を現わす。くぐり抜けるとカンポ広場だ。
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市庁舎に隣接するマンジャの塔。この塔の狭くて急な階段を400段上り詰めると、シエナの街の造形とトスカーナ地方の特徴的な山間農村の遠景がパノラマのように見渡せる。
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塔の前から振り返って見るカンポ広場。ゆるやかな傾斜が不思議な広がりを見せる。広場に砂を敷き詰め17地区が対抗して毎年7月と8月に競馬(パリオ)が開かれる。
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絵葉書。シエナの17地区はコントラーダと呼ばれ、すべての地区に動物を意匠したシンボルマークがある。 (上段左から)鷲、芋虫、かたつむり、フクロウ、竜。 (二段目左から)麒麟、ヤマアラシ、一角獣、雌狼、貝殻。 (三段目左から)ガチョウ、イルカ(波)、豹、サイ(森)、亀。 (下段左)象(塔)。(下段右)牡羊。

食事と薀蓄の密な関係

知人がブログで鰻に関する薀蓄を傾けていた。興味津々、文章を追ってみた。

「鰻は腹より尻尾が美味しい。そこで、うな重は左手前に鰻の腹、右奥に鰻の尻尾が来るように配膳する。そして左手前つまり腹から食べ始めて、最後に右奥つまり尻尾を食べるのが流儀だそうだ」と料理専門家の話を紹介する。

なるほど。しかし、そんなに尻尾が旨いなら、尻尾ばかり四切れほど乗せてあげるのが最上の顧客満足なのではないか。あまり上等な鰻を食べないので、尻尾は少し堅いというイメージがある。だからぼくなら尻尾は遠慮する。

紹介された話にケチをつけているのではない。鰻という食材はご飯との相性によって成り立っていると思う。「鰻巻うまき」というタマゴとのコラボレーション料理や、キュウリという意外な仲間と組む「うざく」や「細巻きのうな胡」というのもあるが、ウナギサラダやウナギ五目ラーメンなどにお目にかかったことはない。鰻を無理やりに使ったヌーベルの冒険レシピがないこともないが、たいていは失敗作だ。

要するに、うな丼であれうな重であれ、せいぜいお吸い物と漬物がつくだけで、ひたすら鰻とご飯を食すことを強いられる。しかも、値が張るわりにはあっという間に食べ終わる。遠目に見たら、チープな牛丼を食っているように見間違うかもしれない。

だからこそ、鰻は薀蓄を必要とする。背開きだの腹開きだの、やれ国産はこうだ、山椒はこう振れ、腹から始めて尻尾で終われ……となるのである。主役はもちろん鰻だが、共演して主役を引き立てるのが薀蓄だ。そう言えば、鰻のタレを自慢する店主が多いが、あのタレの主成分も「昭和初期からのつぎ足し」という薀蓄ではないか。


一週間前、敬愛するM先生とA先生、それにM先生の子息ご夫婦と、はも会席をいただく機会があった。M家とはよく会っているが、A先生にお会いするのはかれこれ五年ぶりである。二十年前に知り合って以来、まったく変わっていないのに驚いた。おそらく何か妙薬を使っておられるに違いない。

鱧のしゃぶしゃぶのほか、鱧づくしの小皿料理、ふぐのてっさなど色とりどりの味を堪能した。招待を受けていたので、さらに旨さが増したような気がする。一品目は三種盛り。「ハモと茄子のハーモニーです」と店の人。ダジャレでありイマイチの芸だが、ツッコミは入れずに口に入れた。鱧は淡白である。だから梅や酢味噌のほか、少し濃いめのタレや紅葉おろしやネギと合わせる。

この席でも薀蓄が名脇役、いや、先の鰻の話とは違って、こちらは「会席の薀蓄一番鱧二番」という風情で、薀蓄が堂々の主役を担った。昔の小さなエピソードから仕事観へ、遊びの話からジョークへと縦横無尽の談論風発にあっという間の2時間半。この夜にかぎって、鱧は地味な存在であった。

ことばが次なることばを呼び起こし、イメージが貪欲に広がる。ああ言えばこう言う、さわやかな負けず嫌い。笑いのフォンの大きさを競って記憶をまさぐり、あの手この手の話題を捻り出す。嫌味な自慢話の吹聴になるか、それともサービス精神に満ちた薀蓄の披露になるかは紙一重。そのギリギリの綱渡りが楽しい。非生産性的な生真面目に出番はない。食のシーンでは、愉快精神が「どうだ!」とばかりに旺盛な生産性を発揮してくれるのだ。

マーケティングの知恵

年に一回、楽しみにしている2日間の『ひろしま異業種交流セミナー』。官・民・NPOの合同セミナーで、一昨日終了した。目的は文字通り「交流」であるが、実習テーマは「ご当地の活性化案」をひねり出すというもの。約4時間かけてグループ内で企画討議しアイデアをまとめて発表する。

過去いろんなテーマの落とし込みがあった。多いのが、宮島をはじめとする観光、カープの戦力・魅力、筆・地酒など地場産品。NPOの方々が加わってからは、まちおこしや過疎地支援なども目につく。


演習に先立って数時間の講義をおこなう。内容はすべて任せてもらっているが、ここ3年はマーケティングに特化した話に絞り込んでいる。演習にすぐに役立つ事例をふんだんに盛り込んで、自分なりには工夫をしているつもりだ。

講義には8章から成るオリジナルのテキストを使うが、本編からこぼれたような、目立たない囲みがある。題して「マーケティングの知恵」。オーソドックスな理論も紹介しているが、大胆な(?)発想も三つ提言している。

一つ目のマーケティングの知恵は、「当面の売上がダウンしても、認知がアップすれば儲け」。この「認知」のところを「社員力」や「サービス」に置き換えてもよい。これは、マーケティングを短期戦略と考える愚を戒めるメッセージだ。他に、「競争相手が多ければ市場が大きい」とか「マーケッターは値引きしてはならない」など、マーケティングにはどこか逆説的・異端的発想が潜んでいる。

二つ目は、「マーケティングの上手下手は、品質の良し悪しよりも決め手になる」というもの。ジラードの「人は商品を買うのではなく、人を買う」を思い起こせばよい。購買決定因は、品物の機能や品質ではなく、マーケッターのスキルや品格、人間性にある。今回のセミナーの演習に応用すると、「地酒を売るな、ひろしまを売れ」となる。

最後の三つ目は、「つくるだけでは製品、価値をつけて売ってこそ商品」である。製品と商品の違いをよく理解してことばを使い分けているだろうか。一般的な辞書によれば、製品とは「製造した品物」。まだ市場に出ていない段階である。これに対して、商品は「商売の品物」であり、「売買の目的物たる財貨」と定義されている。


マーケティングの知恵の重要ポイントがこの三つ目だ。技術革新によって誕生した製品を値打ちのある商品に変換するのがマーケティングである。特徴ある製品をつくる、あるいは地場の特産をつくるだけでは、まだ市場で検証されていない状態。自己満足やこだわりの殻に閉じこもっている可能性すらある。

 の殻を破るには、市場をクールに眺めると同時に、マーケッターの人柄、中長期的視点、情報・記号・ブランドなどの価値を総合して「売買の目的物たる財貨」にまで育てなければならない。

製品が氾濫する今日、緻密なマーケティング努力が追いつかず、つくりっぱなしのまま市場に放り投げられるような状況が見られる。マーケティングの重要性が強調されるわりには、マーケティングそのものの影が薄くなっている。そう、顧客は製品ばかりを見せられ、商品にはあまり出会っていないのだ。さあ、マーケティングの勉強はそこそこにしておいて、製品を商品化するマーケティングの知恵を発揮しようではないか。チャンス到来である。  

ことばを素朴に発する

日曜日から広島に来ている。月曜日から木曜日まで二つの研修がそれぞれ二日間。出張で四日連続の研修というのは年に二、三度しかない。出張慣れしているが、夏場は想像以上に体力を消耗する。

関西圏以外での研修はたいてい前泊になる。日曜日は午前に大阪を発ち、昼過ぎにホテルにチェックインした。カツカレーを食べて早速向かった先はひろしま美術館。春からずっと楽しみにしていた美術展である。路面電車で行く手もあったが、35℃を超える猛暑。タクシーを利用した。会場前が渋滞していたので、運転手が美術館の手前で降りたほうがいいと言う。入り口まで100メートルちょっとの距離だったが、焦げつきそうな陽射しにすでに汗が吹き出る一歩手前だった。


さて、美術展は『芸術都市パリの100年展』で、日仏交流150年を記念しての開催。絵画にはいまいち興味がないという人でもよくご存知のルノワール、セザンヌ、ユトリロをはじめとする、パリにゆかりの画家たちの作品が相当数展示されている。じっくり見て回った後は膝から下がだるくなるありさま。そのくらい鑑賞に時間がかかった。

絵の話は作品を見せずして語ることはむずかしい。だから、見応えがあったということで終わることにする。しかし、アートよりももっとぼくの注意を喚起したのは素朴なことばだった。題名のことばでもなければ作品解説のことばでもない。それは、祖父に連れられてやって来ていた男の子が発したことばだ。

ピエール・オーギュスト・ルノワール(これがルノワールの正式名)の『ニニ・ロペスの肖像』という油絵を眺めていたちょうどその時、年格好8歳くらいの男の子がぼくの前に割って入った。そして、しばしその絵を睨んだかと思うと、こう祖父につぶやいた。

「絵具がこぼれて雑になっとるね」

勇気のいる作品評をケロリと言ってのけるこの子はなかなかのことばの使い手だ。ルノワール作品をそれほどひいきにしていないぼくは、ことばになる感想を浮かべていなかった。それだけにこの瞬間批評に反応してしまった。「こぼれる、雑……。なるほどなあ」と感嘆し、思わず口元が緩んでしまった。苦笑する祖父と目が合い、「そんなこと言ったらいけん」と孫を促して次の作品に移動した。

図録によれば、その肖像画の主役はルノワールお気に入りのモデルらしく、解説はさらにこう続く。「モデルの憂いを秘めた表情とポーズ、様々な色彩を反映する白い肌の取り合わせが、印象派時代のルノワールのテクニックを物語る」。

ルノワール大画伯の駆使した色彩感覚を「絵具がこぼれている」ととらえ、「印象派を代表するテクニック」を「雑になっとる」と言い放つ素直さ、純朴さ。下手な教訓を垂れたくはないが、イメージを見たまま感じたままストレートに発することを大人たちは忘れてしまっている。ルノワールだからいいのではなく、いいと感じるものがいいのである。

それにしても、やるじゃないか、広島の男の子。「雑になっとるね」ということばに大人びた古風を見た。絵が好きだろうけど、絵描きよりも評論家の適性があるかもしれない。