ゴールデンステート滞在記 ロサンゼルス④ 透明な空気

聖書やキリスト教についてまったく無知ではない。歴史についても少しは勉強してきた。だが、クリスチャンではない。そのぼくが旅行のたびに教会を訪れるのは、山がそこにあるから登るように、そこに教会があるからだ。決してギャグのつもりではない。教会があるから教会を訪れる――これは、欧米の地では教会を避けて街歩きしたり佇んだりすることが不可能であることを意味している。とりわけ教会を中心に都市の構造が形成されているヨーロッパでは、教会を抜きにしては街への理解は進まない。

日曜日、ローリング・ヒルズの教会(Rolling Hills Covenant Church)に行ってみた。もちろん教会だから多少の儀式色はあるが、空気はフランクである。ペテロの第一の手紙第3章の7「夫たる者よ。あなたがたも同じように、女は自分よりも弱い器であることを認めて、知識に従って妻と共に住み、……」に始まり、途中エペソ人への手紙第5章の22「妻たる者よ。主に仕えるように自分の夫に仕えなさい。」から、同33「いずれにしても、あなたがたは、それぞれ、自分の妻を自分自身のように愛しなさい。妻もまた夫を敬いなさい」までの話を関連づける。

空気を変えるのは場か、自分自身か、他人か、それとも自然か。いや、これらだけでもない。時間というのもあるしテーマもある。しかし、その教会でぼくが感じた空気の変化は明らかに牧師(pastor)のことばによるものであった。スピーチではなく語りかけである。強弱もあり緩急自在。総じて早口なのだが、絶妙な話しぶりだ。頭脳明晰、ユーモア、教養はことばに現れる。誰かに何かを説くことに関して新たな勉強になった。

写真撮影を控えたので教会の写真はなし。その代わりというのも変だが、車で15分圏内のマリンランドとその近郊のシーンを紹介したい。お世話になっていたパロス・ヴェルデスの住宅街にはあちこちに白い柵があり、馬道がつくられている。乗馬センターの馬ではない。このあたりの住民は自宅で馬を飼っている。道路を渡るときの信号押しボタンも、歩行者用の位置と馬上から押せる位置の両方にある。

P1020917.JPG
壁が住宅地一帯を囲む「〇〇が丘団地」。Gated Communityと呼ばれる。
P1030086.JPG
馬のお散歩。
P1020922.JPG
近くのモールの書店。全ページ総カラー512ページの”The Every Day CHICKEN Cookbook”(毎日のチキン料理集) と、これまた総カラー544ページの”501 Must-Read Books”(501冊の推薦図書)を買った。
P1020931.JPG
土・日曜日に開催されるカーニバルフェア。
P1020932.JPG
遊園地は駐車場に特設される。子どもだましではなく、本格的なものだ。
P1030280.JPG
クジラがやって来るマリンランドの岬と灯台。
P1030286.JPG
海の青が濃さが際立っている。
P1030297.JPG
遠くに見える海岸線を辿っていくとサンタモニカに達する。
P1030293.JPG
マリンランドから北方面を見る。
P1030301.JPG
岸壁から数十メートルのところに高級住宅地が居並ぶ。一本の木を挟んで、左手にやや懐古趣味的な住宅、右手に対照的なガラス張りのモダンな家。

イタリア紀行37 「サン・ピエトロづくし」

ペルージャⅡ

初めての土地で一晩だけ過ごすとなると、貧乏性のせいか、見所に迷う。これは、国内でも海外でも同じこと。ホテルでじっとしているだけなら、どこにいても同じだ。旅はその土地限定のものに触れることに意味があり、ホテルは二の次。快適でゴージャスなホテルは世界中のどこにでもある。お金さえ惜しまなければ宿泊するチャンスもあるかもしれない。だが、何々美術館や何々教会や何々広場はホテルよりも固有性が高い。そこに行かなければ見ることができない。

ホテルのチェックアウトは午前11時。荷物は預かってくれるが、とりあえず部屋を出なければならない。午前中自由になるのは23時間。ホテル近くのプリオーリ宮に行き、「公証人の間」の寄せ木細工の天井を見て、国立ウンブリア美術館の名作を鑑賞するか……それとも、市街の外れまで歩いてみるか……前日の夜から悩んでいたが、早朝に晴天の空を見て腹を決めた。屋内ではなく、歩こうと。屋内より屋外がいい。では、どこに向かうか。中心街から一番遠くに位置する――とは言っても2キロメートル程度だが――サン・ピエトロ教会を選んだ。

教会を選んだのに特別の理由はない。サン・ベルナルディーノ、マッテオッティ、サン・セヴェーロ、サンタンジェロ、サン・ドメニコなど他にも教会はいくらでもある。その中からサン・ピエトロ教会を選んだことにも、これという動機はない。地図に視線を落としたら一等最初に目が捕まえたという、ただそれだけの「縁」である。

一つの選択は、その他すべての候補の非選択。だから、行かなかった他の場所と比較するすべはないが、サン・ピエトロ教会という選択は、「ここしかなかったのではないか」と思わせてくれた。こんなにじっくりと教会の敷地で時間を過ごしたことはない。創建されたのが千年前と聞けば、なるほどとうなずける歴史の風合いを感じる。

フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ教会に付属する同名の薬局があるように、その昔、教会と薬には深い関係があった。教会が管理する敷地内にはハーブ園があり、隣接する「化学実験室」で薬効成分の分析や調合をしていたのである。教会と言えば、聖堂の内部見学だけで終わるのが常だが、ここサン・ピエトロ教会では敷地内を散策する初めての体験に恵まれた。

pe (28).JPG
やわらかな光が射す通り。辻ごとに微妙に表情が変わる。
pe (32).JPG
カヴール通りの店を覗きながら歩く。
pe (38).JPG
サン・ピエトロ教会の鐘楼は高さ70メートル。
pe (53).JPG
六角形の尖塔部。
pe (50).JPG
中庭を囲む回廊。
pe (48).JPG
現在も使われているハーブ園。 
pe (47).JPG
ハーブ園の日時計。
pe (49).JPG
中世にあった門の跡地。
pe (43).JPG
ハーブの研究をしていた、牢屋のような化学室。
pe (46).JPG
教会裏手のハーブ園からの風景。