請われる仕事人

彫金5月下旬、たまたまBSの『ヨーロッパの空中散歩』にチャンネルが合った。数か所の街巡りを終えて、最後の訪問地はイタリア北部のヴィチェンツァだった。

ジュエリーの工房にベテラン彫金師を訪ねる。彫金師は言った。

「こんなものが欲しいんだけれど、作ってもらえますか?――こう言われる時が一番幸せな時だ。自分にしかできない仕事を頼まれているのだからね」

固有名詞で指名される職人はそこらじゅうにいないし、「あなたでなければいけない」と言われる存在に誰もがなれるわけではない。しかし、かけがえのない存在になるのは、仕事人にとって最大のテーマであるだろう。もちろん、そうであっても、不特定多数に指名されることは望めそうにないが……。

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産業革命が加速させた大量生産方式は、消費を刺激し経済を爆発的に発展させた。他方、売り手と買い手、作り手と使い手は匿名の関係へと変貌した。大量生産型の日用品の売買では、売り手は自分たちの商品を誰が買っているのかをよく知らず、買い手も誰が作っているのかを知らない。特定の誰かの代わりがきくことは経済発展に欠かせない条件だったのだ。

そして今日、辞表が出され誰かが職場を去っても、ビジネスは遅延せず業績も悪化しない。「あなたがいなくなると困る」とか「あなたでなければならない」と言われる人は激減した。他方、わずかに存在する請われる仕事人は、ヴィチェンツァの彫金細工師のように、その地域・その分野において優位を誇るが、それに見合った報酬を必ずしも手にするわけではない。ただ、誇りに満ちて幸せな日々を過ごすだけである。そして、それで何か不都合があるはずもない。

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岡野勝志(おかのかつし) 1951年大阪生まれ 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター 岡野塾主宰 ヒューマンスキルをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。 マーケティング、コミュニケーションにまつわる企業や人

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