聞き違い

「聞き間違い」というのが一般的だが、「聞き違い」ということばもある。『新明解』によれば、【聞き間違い】は「相手の意図と違った聞き取り方をすること」と説明されている。ノーという意味の「結構です」をイエスに解釈するなどが一例。他方、【聞き違い】は「話し手が言ったことを、聞き手が内容をちがえて聞いてしまうこと」とある。一を七と聞いてしまうという例が挙がっている。語釈に素直に従えば、【聞き間違い】には聞き手の思い込みや勝手な解釈が暗示され、【聞き違い】には話し手の発音や話し方も一因になっているニュアンスがありそうだ。

誰かが何かを言い、それを聞き手が意図や発音と異なって聞いてしまう。話し聞くという関係につきまとう意思疎通不全である。「聞き間違い」と決めつけてしまうと、一方的に聞き手の問題になる。コミュニケーションは話し手と聞き手相互の共有化努力であるから、誤解や間違いも両者の責任に帰することが多いはずだ。喧嘩両成敗であってみれば、「聞き違い」と言うのが妥当な気がする。

喫茶店でコーヒーを飲んでいたら、隣りのテーブルに年の頃アラフォーの女性が座り「伊達巻アートください」と言った。喫茶店で伊達巻アートなる奇怪な品を注文することはない。だから、そうは言っていない。しかし、ぼくの耳にはそう聞こえたし、それ以外のどんなものにも聞こえなかった。注文を取った店主は理解したらしく、聞き返さなかった。しばらくして、注文の品がテーブルに運ばれた。「こちらカフェ・マキアートです」と店主は告げた。「ミルクをたらしたコーヒー」という意味のイタリア語だった。「ダテマキ・アート」ではなかった。ともあれ、カフェという音に対してぼくは寛容を欠いていたようである。けれども、隣席の客にカフェをダテと聞き違いされたのだから発音の問題無きにしもあらずではないか。


以前勤めていたスタッフで奇想天外な聞き間違いをする女性がいた。「田中さんからお電話です」と内線があり、出たら「中田さん」だったことなどは朝飯前。ひどい時になると、「綾小路さんからお電話です」などと告げられ、そんな人知らないなあと思いながら電話に出ると「有田さん」だったことがあった。自分の知っている範囲内で知らないことを分かろうとする人で、知らないことを背伸びして理解しようとはしなかった。耳慣れない音も自分の認識できる音で聞いたのだろう。このレベルになると、わざと聞き間違っているのではないかといぶかってしまう。

聞き違い

話し手の発音に問題もなく、また聞き手もきちんと聞き分けたが、音の問題ではなくダブルミーニングによって起こる聞き違いがある。俗に「ぎなた読み」というのがそれ。「お食事券」を意図した「おしょくじけん」という発音が「汚職事件」と解釈されるケース。「朝が楽しみ」と言ったのに「朝方のシミ」に意味が化ける。ワープロ時代に使っていた機種は、「絞り込んだ」と書くつもりで入力したら「思慕離婚だ」とシャレた誤変換をしてくれた。

先日、関東の知人から聞いた体験談。焼肉の「叙々苑」で食事をした。会計の際に、店員が「領収書はいかがいたしましょう?」と尋ねたが、知人は「なくていいっすよ」と言った。支払いを済ませて店を出ようとしたら、店員が「あのう、領収書ですが……」とまた言うから、「だから、なくていいっすよ」と繰り返した。落ち着かない様子でボールペンを走らせた店員が領収書を差し出した。「なくていいと言っているのに……」とつぶやきながら受け取った領収書には「ラクティス様」と書いてあった。「なくていいっすよ」が「株式会社ラクティス」に変身した瞬間である。まるで作り話のようだが、聞き違いにまつわる話はめったにすべらない。

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proconcept

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岡野勝志(おかのかつし) 1951年大阪生まれ 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター 岡野塾主宰 ヒューマンスキルをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。 マーケティング、コミュニケーションにまつわる企業や人

「聞き違い」への1件のフィードバック

  1. 喫茶店の話で昔を思い出したので、又出てきてしまいました。
    おばさん4人でアメリカ旅行をした時の話です。
    友人二人は海外旅行に夫と毎年出かけているので言葉は大丈夫、と言うので安心して付いていきましたが、何故かどこでも通じません。
    私の気合いを込めた身振り手振りの英語混じりの日本語で過ごしましたが、
    帰国日、ニューヨークの空港で友人がコーヒーを頼んだらコーラが出てきて、若い頃にジョークで聞いていたけれど本当だった!と驚きました。
    帰国した日が2000年9月10日。エンパイアビルの屋上?から撮った写真のバックにはツインタワーが写っています。

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