未成年状態ということ

「情報依存は親依存、友達依存、先輩依存に酷似している。その姿は独立独歩できない未熟な青少年そっくりだ」と、一昨日のブログの末尾に書いた。そして、こう書いてから、カントの啓蒙論にこれらしきものがあったのを思い出し、久しぶりに読んでみた。『啓蒙とは何か』。えらく難しそうな本のようだが、とてもわかりやすい話である。しかも、わずか15ページほどの小論なのだ。

少し前置きしておくと、現在「啓蒙」という用語は微妙な位置にある。これを上位者から下位者への高飛車な教え導きととらえる人たちがいるからだ。実際、ぼくのテキスト中の啓蒙を啓発に変えるよう主催者側から要請されたことがある。その啓発も「知識を増やして理解を深める」というニュアンスだが、これとて「自己啓発セミナー」などのイメージを引き摺っている(『ディベートで知的自己啓発』はぼくの著書のタイトルだ)。結論を言えば、啓蒙という語を使うときは、17世紀末に遡るヨーロッパ啓蒙思想の流れを汲んでおくのがいい。啓蒙に差別的ニュアンスを感じる人々にはそういう立場を見せておくべきだろう。

では、当時の啓蒙思想とはどうだったのか。古い価値観や旧弊を打破して人間的理性を尊ぼうとする革新的なものだったとされる。無知蒙昧はよくない、だからよく啓発すべく教えようというのが啓蒙の原初的意味だった。要するに、闇から光のある方へと導くことであり、無知ゆえの幼さから脱皮して理性的人間に至ろうとする考え方である。錚々たる啓蒙主義哲学者が名を連ねたが、カントもその一人だった。

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「人間が自分の未成年状態から抜け出ること」。これがカントによる啓蒙の定義である。カントが念頭に置いているのは、未成年ではなく成人である。成人になっているにもかかわらず、未だに未成年の状態にあるのは、誰のせいでもなく、お前さん自身が招いたものだよ、と言っているのである。いいおとなが幼稚なのは、悟性を用いないから。大雑把に悟性を理性と言い換えれば、未成年状態にある成人は、理性そのものを欠くのではなく、理性を用いようとする決意と勇気を欠いているのである。彼らは独力で未成年状態から脱することはできず、誰かの指導を必要とする。

今はカントの時代よりもさらに成人の幼児化が進んでいるように思われる。ぼくが少し小難しい話をするだけで、もっとやさしく説明してほしいと甘える。いいおとながわずか千語や二千語程度の語彙レベルで何を知ろうというのか。カントは言う、「身を終えるまで好んで未成年の状態にとどまり、(……)その原因は実に人間の怠惰と怯懦きょうだとにある。未成年でいることは、確かに気楽である」。はたして、こういう状態に居続けるとどうなるか。抜け出すどころか、安住し愛着すら抱くようになってしまう。ここにおいて、幼児性と理性は相反することがわかる。成人になっても一人歩きしないのは、カントの指摘するように、本人が責められることなのだが、一人歩きさせなかった取り巻きも遠因の一つに違いない。

「啓蒙を進歩せしめることこそ、人間性の根源的本分」とまで言い切るカント。成人が未成年状態であることは恥なのである。下位者に対しては成熟を示し、都合が悪くなると幼稚へと逃げ込む。理性の非運用は、思考状態に端的に表れる。まず自分で考えない、仮に考えるとしても陳腐な一つの正解探しに終始する。一つの正解を求める教育がいかに青少年を未成年状態に長く止めているかがわかるだろう。自ら解答をひねり出すべく理性を用い、そのつど暫定的な意思決定を下し、後日その判断を自己検証する―これら一連の思考習慣に啓蒙された成人の姿を見る。未成年状態の成人を大勢抱える社会的コストは大きいが、もっと憂うべきは集団的に危機や批判を疎隔してしまうことだろう。

きみの「わかる」がわからない

《書簡形式のモノローグ

私塾で取り上げた先日のテーマは決してやさしくありませんでした。ぼく自身、この一年ずっと構想してきたし、具体的な話の構成と内容についてもここ数ヵ月の間あれこれと考え探究して準備をしてきたけれど、未熟さもあって十分にこなれた講義ができたとは思っていません。

案の定、わかってもらえるだろうかとぼくが気になっていた箇所について、きみはぼくに問いを投げかけました。ぼくのさらなる説明を聞いて、しばらく考え、やがてきみは「ふ~む、やっぱりわからない」とため息をつきました。きみが「わからない」と吐露したことに、正直ぼくはほっとしたのです。ぼくにはきみの「わからない」がよくわかった。なぜなら、ぼくもあの箇所についてずっとわからない状態の日々を過ごしてきました。そしてその後、ようやく他者に話せる程度にわかったという確信を得たからです。つまり、ぼく自身がずっと「わからない」状態で苦悶していたからこそ、きみの「わからない」がまるで自分のことのようによくわかるのです。

実に不思議な感覚。ぼくが「やさしい」と感じていることを誰かが「むずかしい」と感じていることがわかる。誰かの「わからない」がわかる。おそらく「わかる」には「わからないということ」が下地になっているのに違いありません。恵まれて他者に何事かを説こうとする者は、少なくとも理解の難所をよくわきまえておくべきだと思うのです。学生時代、「お前たち、こんなやさしいことがわからんのか!? バカものが!」という教師に言い込められたことがあります。ぼくにとって反面的な教訓になっています。自分にとってやさしく理解できることが、他者にとってはそうでないこと、そのことをわかるデリカシーを失うまいと心に誓いました。

きみの「わからない」が「わかる」に変わるべく、ぼくはあの手この手を工夫してさらなる研鑽をしてみようと思います。

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《書簡形式のモノローグ2

ぼくがきみに伝えようとした事柄は少々むずかしかったかもしれません。なにしろ自分でもよく咀嚼できていたとは言えず、それゆえにぼく自身がよくわかったうえで伝えたと断言する自信がありません。にもかかわらず、物憂げになるどころか、きみは表情一つ変えずに「よくわかりました!」と言ってのけました。

仮にぼくもわかっていたとしましょう。そして、きみもわかった。要するに、ぼくたちはあの事柄について一定の理解に達したというわけです。ところで、「わかる」ということは「わからない」ということよりも多義的ですね。「わからない」はどこまで行っても「わからない」だけど、「わかる」には程度があると思うのです。いったいぼくはきみの「わかる」をどのように勘案すればいいのでしょうか。

ぼくときみは同じようにわかっているのでしょうか。そこに理解程度の一致はあるのでしょうか。ぼくはきみの「わからない」はわかるのですが、きみの「わかる」がわからないのです。きみの「わかる」はぼくの「わかる」と同程度であり同質であると、どうすれば言い切れるのでしょうか。誤解しないでください。きみに詰問しているわけではありません。ぼく自身への本質的な問いなのです。人に物事を説こうとする立場にあって、ぼくは「他者がわかる」ということを突き詰めずにパスすることはできません。

他者の「わからない」ことをわかる自分が、他者の「わかる」ことをわかってはいないのです。いったい「わかる」とは何なのか、それは懐疑の余地すらない「わかる」なのか。どうやら、このテーマは、ぼくが私塾で話し続けるかぎり、ついて回ってくる難題になりそうです。いや、滅入っているのではありません。むしろ、ぼくにとって追い求めがいのあるテーマに気づいたことを喜びとしている次第です。

小なるものへの回帰

このブログではカフェの話を雑文で綴っていて、少し前に岡倉天心の『茶の本』に触れた。原著は明治時代に英文で書かれている。初めて読んだとき、茶とワインとコーヒーとココアの差異的描写がえらく気に入った。同書には、よく知られた別の名言がある

「おのれに存する偉大なるものの小を感ずることのできない人は、他人に存する小なるものの偉大をみのがしがちである」

自分はこれができる、あれもやってきた、そして他人がすごいと褒めてくれもする。しかし、たとえすごくて偉大であるように思えても、たかが知れている、そんなものはまだまだ小さいことなのだ。こんなふうに自覚できない者は、他人に対して逆のことが見えない。つまり、あいつは大したことはなく、やっていることも小さいことばかりだと表層だけで評価して、深層に潜むすごいところに気づかない。自分の過大評価、他人の過小評価。人はともすれば不遜な自惚れに酔いしれる。困ったものだ。

これとは逆のコンプレックスを人は持ち合わせる。「隣りの芝は青い」がその典型を言い表している。「他人のものは何でもよく見えてしまうこと」の喩えだが、これも別の意味で理解不足、事実誤認にして、彼我の状況や現象を見抜けていないことが多い。絵を描いたら先生に褒められ、「もしかしてぼくはピカソになれるかも」と思った。この例などとても教訓的だ。「バカも休み休みに言え。お前がピカソになれるはずがない」と自惚れの芽を摘むか、「小さなお前の中には潜在的ピカソがいる」と持ち上げて育てるか―微妙である。「小さなドングリの実にはバーチャルな樫の木がある」という考え方、教え方をぼくは好む。

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偉大と思えたものが実は小さくて、取るに足らないほどちっぽけに見えたものが実はすごかったという思いや体験は身に覚えがあるだろう。大なるものを追いかけたが、そのお粗末さにがっかり。ちなみにわが国にはがっかり名所なるものがあるそうで、高知のはりまや橋、札幌の時計台などが上位にランクされている。落胆も感動も人それぞれだから一概に決めつけることはできないが、「名物にうまいものなし」はある程度正しく、ブランドや評判によって鑑定眼は曇ってしまうものだ。

「小なるものに大なるもの」を見いだしたときの喜びは格別である。いつぞやテレビでミニチュアの農機具や工具を作る鍛冶屋を紹介していた。いや、その番組だけではない。世間には小なるものに飽くなき視線を向ける情熱の系譜がある。ぼくはあのミニチュア工芸品を見て、その達人の、超のつく技に度肝を抜かれた。ピラミッドや万里の長城に匹敵する構想とエネルギーとテクノロジーではないかと感嘆しきりだった。

小なるものは来るべき時代の生き方を暗示している。小さな仕事、雑用、ちょっとした会話、ひいては腹八分目や資源節約など。何でもかんでも規模を拡大して破綻しては、結局縮減して小さく生きることの知恵を取り戻す。うまく機能し始めると調子に乗って、またぞろ貪欲に火をつけて大なるものへと指向してしまう。大都市、大組織、大事業……そんなにいいものなのだろうか。煽り立てられさえすれば、能力に疑問のつく人間だってその方面に向かうだろう。小なるものの見直しには知恵と賢慮を要する。「大きいことはいいことだ」はもう終っているはずなのである。

《いま・ここ》の明快さ

漠然とした明日に夢を託す習性が誰にもある。つらい今日を何とか凌げているのは、このつらさから解放してくれそうな明日を垣間見るからだ。いや、別にそれが現実の明日でなくてもよく、未来のいつかという意味の明日であってもいいのだろう。このような未来指向は「今日-明日」という時間軸だけにとどまらない。ぼくたちは場という空間軸に対しても同じように向き合う。すなわち、つらい「ここ」を通り過ぎれば、きっと満足できる「どこか」に辿り着けるだろうという期待である。そのどこかは、ほとんどの場合、「逃げ場」にもなっている。

今日が明日に、そしてこの場所が別の場所につながっているという、ある種の「持続感」がぼくたちを覆っている。ところが、たとえば「瞬間こそが時間の真の固有の性格である」(『瞬間と持続』)と語るバシュラールに耳を傾けるとき、時間軸には「いま」しかないことを思い知る。「持続は、持続しないいくつかの瞬間によって作られる」という彼のことばは、持続という観念が「この瞬間のありよう」と矛盾していることを示唆しているかのようだ。

この時間・この場所を《いま・ここ》、先の時間・別の場所を《いつか・どこか》と呼ぶことにしよう。ぼくたちが《いま・ここ》をまず主体的に生きなければならないことは明らかである。《いま・ここ》しかないという充実があってはじめて、《いつか・どこか》の充実もありえるだろう。逆に、《いま・ここ》に不満足なら、来るべき《いつか・どこか》にあっても不満足であり続ける確率は高い。《いつか・どこか》を幸福にするための最低限の条件は《いま・ここ》における幸福感に違いない。

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《いま・ここ》こそが、疑うことのできない、現実の直接的な経験なのである。《いま・ここ》はとても明快なのである。《いつか・どこか》ばかりに注意が向くあまり、《いま・ここ》がおろそかになっていては話にならない。未来の出番はつねに今日の次なのだ。未来を迎えるにあたっては誰も今日をパスすることはできない。ちょうど今日を迎えることができたのは、過去の一日たりとも、いや一瞬たりともパスしなかったからであるように。

書き綴っていながら呆れるほど、こんな当たり前のことを、なぜぼくたちはすぐに忘れてしまうのかと自問する。《いま・ここ》で残したツケは必ず《いつか・どこか》で回ってくる。《いま・ここ》で考えること、語ること、行動することは、《いつか・どこか》でそうすることよりも確実である。にもかかわらず、そういう生き方から逃避するかのごとく日々を送ってしまう。かつては「モラトリアム」という一語で表されたが、「《いま・ここ》リセット現象」と名づけたい。あるいは、「未来確約幻想症候群」と呼んでもいい。

あまり先人の言ばかりを典拠にしたくはないが、ぼくには思いつかない言い得て妙なので、再びバシュラールのことばを引く。「行為とは、何よりもまず瞬間における決心である」。その瞬間、誰もが「ここ」にいるから、「行為とは、何よりもまず《いま・ここ》における決心」と言い換えてもいいだろう。決心こそが行為と言い切っている点に注目したい。仕事であれ趣味であれ、その「決心-行為」の担い手は自分を除いて他にはない。

刻一刻の「追思考」

「追体験」ということばはすっかり定着していて、みんなよく知っている。誰かが体験したことを自分なりに解釈して、あたかも自分が体験したかのように再現してみせることだ。たとえば芭蕉の『奥の細道』やゲーテの『イタリア紀行』を読み、自分なりに解釈しながら旅を疑似体験してみるのが追体験。旅程を辿って実際に旅をするという意味は含まれない。あくまでも、誰かの体験を想像上ないし机上で追うことが追体験である。

ほとんど聞かないのが「追思考」というマニアックなことばだ。実を言うと、追体験よりも追思考のほうをぼくたちは日々頻繁におこなっている。今夜の会読会でぼくは小林秀雄を取り上げるが、読書という行為はまさしく追思考そのものなのだ。著者の考えたところをなぞるように、あるいは追っかけるように考えていく。原思考者と追思考者の間に絶対能力の差があれば追いつくことはなく、原思考をそっくり再現できるはずもない。結局は、自分の理解力の範囲内での追体験ということになる。

昨日「できる人の想像力」について書いた。その後、夜になって自宅でそのことについて考えてみた。偉い人の思考を辿るのも追思考なら、自分の考えたことをもう一度自分自身がトレースするように追ってみるのも追思考の一種だろう。なぜなら、今日考えている自分からすれば昨日考えていた自分はどこか他人のようでもあるからだ。自分による自分の追思考をしてみると、結果的に「再考」することになるが、いったんきちんと思考経路を追ってみて再生しようとするところに意味がある。

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昨日はプロフェッショナルを賛美するようなタッチで書き、専門性の源泉に想像力を求めた。自分で書いた記事を読み直し追思考した結果、想像力は源泉ではあるものの、それだけではやっぱり一流にはなれないことに気づいた。想像力豊かな専門バカもやっぱり存在するからである。日々良識をもって真偽や是非を感知する能力を実践しなければ、想像も根無し草のごとき空想で終ってしまうのだろう。

めったに先行開示はしないが、今夜ぼくは小林秀雄の『常識について』を取り上げることを敢えて明かしておく。そして、小林秀雄にはもう一編『常識』というエッセイもあることに気づき、本棚から引っ張り出して読み始めた。そこに次のような文章がある。

常識を守ることは難しいのである。文明が、やたらに専門家を要求しているからだ。私達常識人は、専門的知識に、おどかされ通しで、気が弱くなっている。

ここから読み取れるのは、専門家の知識によく見られる「良識の不在」への批評精神だ。

この時点で、ぼくの考えは想像力から離陸して、同じエッセイの中の別の箇所を追思考していた。少し長くなるが丸々引用するので、興味のある方は小林秀雄の追思考をしてみてはどうだろう。

生半可な知識でも、ともかく知識である事には変りはないという馬鹿な考えは捨てた方がいい。その点では、現代の知識人の多くが、どうにもならぬ科学軽信家になり下っているように思われる。少し常識を働かせて反省すれば、私達の置かれている実情ははっきりするであろう。どうしてどんな具合に利くのかは知らずにペニシリンの注射をして貰う私達の精神の実情は、未開地の土人の頭脳状態と、さしたる変りはない筈だ。一方、常識人をあなどり、何かと言えば専門家風を吹かしたがる専門家達にしてみても、専門外の学問については、無智蒙昧であるより他はあるまい。この不思議な傾向は、日々深刻になるであろう。

昭和34年のエッセイゆえ、言葉の狩人にいちゃもんをつけられそうな表現が一部あるが、そんな些細はさておき、プロフェッショナルと想像力と常識に関してぼくの眼前の視界はだいぶ広がったような気がしている。小林秀雄の炯眼には感服する。 

理想と現実のギャップ

「ある新聞記事を読んでいたら、『理想と現実にギャップがある』と批評しているのだけれど、言いっ放しで消化不良だった」

「どういうこと?」

「ざくっと理想は書いてあるんだ。そして理想を叶えるべく実行している現実の策も書いてある。しかし、そこにギャップがある! というわけ。読者にはそのギャップが何だかよくわからない」

「なるほど。ギャップって割れ目や隙間のことなんだが、落差や食い違いだよね。理想と現実のギャップとは、理想と現実が一致しないという意味だな。で、その記者はギャップが生じていることを書いてはいるが、ギャップを埋めるべきかどうかとは言っていないわけ?」

「まさしくその通り。ぼくは常々思うんだけれど、たとえば『意見の相違だ』とか『コミュニケーションギャップだ』などと言ってすました顔をしている書き手がいるけれど、それじゃ批評になっていないのではないか」

「その種の言いっ放し評論がないことはないだろうが、そもそも本人がギャップとは何かについてよくわかっていないのだと思う」

「と言うと……?」

「ギャップというのは、XYの差。人の場合なら、XさんとYさんの認識の相違とか。本来一致することを目指してはいるけれど、そこに埋められない差があるということ」

「人の場合ではなく、理想と現実の場合ならどう考えたらいいんだろう?」

「現実が理想に追いつくまでの距離になるのだろうね。やりたい趣味があって、長年ずっとやろうと思っているが、まだ着手できていない状況。これは理想と現実のギャップ。あるとき一念発起してその趣味を始めたら、理想に追いついたというわけだ。でも、追いついたら追いついたで、今度は上達したいという新たな理想が生まれるから、つねに何らかのギャップがそこには存在する」

「それなら、理想を低くすれば、理想と現実のギャップは小さくなるね。しかも、ギャップが存在する時間も短くなる」

「そうなんだ。朝出社する。3件のメールに返信をしなければならない。これは目標なりノルマと呼んでもいいが、一種の理想だ。まだ返信していない状態は理想と現実にギャップがある状態。しかし、ものの数分間も作業をすれば理想は叶う。こんな簡単な理想なら楽勝だ。けれども、ぼくたちが掲げる理想はふつう容易に実現できないことのほうが多い。だからこそ理想と呼ぶに値するわけだろう」

「たとえば婚活。理想の結婚相手が見つからないとギャップはあり続ける。埋めたければ、現実において見つける努力をするか、理想をうんと下ろしてくるかのどちらかと言うわけだ」

「ギャップが存在する原因を理想が高すぎることに求めるか、あるいは現実の策の不十分さや努力不足に求めるか……少なくともこのことをよく理解しておかないと、ギャップを埋めることはできない。また、絶対に一致しないXYを設定しても意味がない。死んでしまった愛犬を生き返らせるという理想に対しては、現代科学ではどんな現実的手段を講じることもできないからね」

「毎朝散歩をするとか毎日50ページ本を読むなどはほどよい理想と言えるかもしれない」

「たしかに。しかし、その場合は、『毎日』が重くなってくる。何かの本で読んだが、当時ケーニヒスベルクと呼ばれた小都市で生まれ育ったカントは、毎日きっかり午後3時半に家を出て、樹木の生い茂った『哲学者の小道』を8往復したそうだ。『明日小道を8往復する』という一度かぎりの理想なら現実的に可能だろうが、これが毎日となると気の遠くなるようなライフワークになる。カントは見事に理想と現実のギャップを埋め続け、『ケーニヒスベルクの歩く時計』とまで言われた。休んだのは生涯に二度だけだったらしい」

「その二回だけのギャップをカントはさぞかし悔しがったのだろうね」

「おそらく。話を結んでおこう。当たり前のことだが、ギャップが埋まるのは理想が達成されたときと、始めから理想と現実に差がないとき。後者は現実のみを生きているという状態だ。きみが読んだ新聞記事のように、理想と現実の間にギャップがあることをよからぬように評論する人が多いが、現実側から理想に近づこうと努力をしている過程ではいつでもギャップは存在する。ギャップがあるというのは、少なくとも何がしかの理想を目指しているという点では必ずしも悪いことではない」  

自己検証しない人々

相変わらず悪のささやきに騙される人たちが後を絶たない。手を変え品を変えての詐欺に悪徳商法。騙す側も懲りなければ、騙される側も懲りない。もしかすると、マスコミを定期的に賑わす事件はテーマは変われども同じ登場人物で繰り広げられているのではないか。オール前科数犯、オール被害数回という設定だ。道徳論的には騙すほうが悪いと言っておかねばならないが、騙される人たちの懐疑不足と検証不十分も大いに戒められるべきだろう。

ふと思う。騙されるためには、人的交流が前提となる。人付き合いしていなければ、他人に騙されることはない。「ネット上で知り合った」というのも新しい交際の形態にほかならない。ある種の「お人好し」には他人の影がちらほら見えてしまうものだ。他方、こういう人たちと対極を成す種族も今時の人間関係事情を照らし出す。直接的対人関係が希薄で、なおかつネットでの出会いも志さない人々。彼らは他人には冷ややかな視線を向けたり一言一句を懐疑したりする。まるで近世哲学のスーパースターだったデカルトの末裔のように、少しでも疑わしければ徹底的に疑う。

デカルトの演繹は、「明らかに真以外は認めない、小さく分けて考える、単純から複雑へと向かう、見落としがないかすべて見直す」の四つの規則にしたがう。疑って疑って疑い続ければどうなるか。最後に一つだけが残る。「疑っている精神」である。「何から何まで疑い、すべてが偽だと考えていても、そう考えている自分だけは確かな何かだ」とデカルトは思い至り、あの哲学史上もっとも有名なスーパーキャッチ、我思う、ゆえに我ありコギト・エルゴ・スム」を生み出した。

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デカルト懐疑主義はよく批判に上がる。「我思う、ゆえに我あり」なら「我食べる、ゆえに我あり」でもいいではないか、と。なぜ「我思う、ゆえに『思う』あり」というように導出しないのか、と。たしかに「コギト・エルゴ・スム」という響きのラテン語は17世紀の知性の心を過度に揺さぶったかもしれない。それでもなお、デカルト自身は幼い頃から身につけてきた自分の先入観や感覚をも排除して、肉体から何から何まで懐疑した。ここには強烈な自己検証も含まれていたことを忘れてはならない。

おそらくデカルトはすべてに辛かったのであろう。ところが、当世の懐疑主義者は「他人に辛く、自分に甘い人々」なのである。他人の失態は一事が万事とばかりに目こぼしすることはなく、自分のエラーは試行錯誤よろしく大いに許容する。言い換えれば、他人の過小評価、自分の過大評価……自分大好き、バーチャル完璧主義……。自分の回りに必ず一人や二人はいるし、自分自身の中にもそういう性向が少々あることに気づくだろう。

やむをえないことなのかもしれない。今こうしてキーボードを叩きPC画面上に文字を連ねている現実理解ほど、ぼくには確かな自己認識はできてはいないだろう。外に向けた鋭い懐疑の視線は、内に向けた瞬間矛先を鈍らせる。自己検証というものは不足気味かつ甘くなりがちな作業なのだ。こういう甘い習慣が形成されるとどうなるか。学ぶことができなくなり進化が止まる。では、どうすれば自己検証できるようになるか。相互検証を通じての自己検証というほかない。立場を入れ替えての論争術であるディベートにはその機能が備わっているのだが、そういう視点でおこなわれているのか、ぼくは懐疑的である。  

巨人の肩に乗っているか?

「巨人の肩」の話、知っている人なら読売ジャイアンツの豪腕投手の肩でないことはお分かりだろう。これは万有引力でおなじみのアイザック・ニュートンの言だ。「もし私がより遠くを眺めることができたとしたら、それは巨人の肩に乗ったからである」とニュートンは言った。巨人の肩とは、人類が引き継いできた知の集積の比喩である。

人はこの世界に手ぶらで生まれてくるが、まったくのゼロ状態ではない。すでに遺伝子の中に数百万年前の人類とは異なる、「進化した可能性」を秘めている。他の動物と大きく隔たる潜在能力を発揮できるかどうかは別問題としても、何がしかの踏み台を保有していることは間違いない。やがて、学習と経験を通じて知識を蓄え世界を少しずつ広げていく。具体的に言えば、学校にはカリキュラムという踏み台があり、図書館や書店には書物という踏み台がある。こうした踏み台は時代を追うごとに性能がよくなり高くなっていく。

この踏み台が巨人の肩なのである。ぼくたちは地面に立って世の中を見渡す必要はなく、先人たちの知をうまく活用して一気に高いところから展望する機会に恵まれている。江戸時代の寺小屋で学ぶ子どもたちも誰かの肩に乗っただろうが、肩の高さがだいぶ違う。いつの時代も、後世は前時代までの叡智を活用できる。しかも、巨人はどんどん大きくなり数も増えていくから、理屈の上では人類はより遠くより広く世界を眺望できるようになっていくはずだ。

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だが、話はそう簡単ではない。たとえば物理学の世界。なるほど相対性原理は人類史上最大級の巨人だから、その肩に乗れるアインシュタイン以後の物理学者の望遠力は、アインシュタイン以前の先輩を圧倒しているだろう。けれども、これら先輩たちは別の巨人の肩に乗っていたわけで、自分たちよりも後にさらに大きな巨人が現れることを想像することはできなかった。つまり、残念がりようがなかった。素人考えでは、アインシュタイン以前と以後で学徒の研究労力は天と地ほどの差があるように思える。

言語学ではソシュール、哲学ではデカルトなどのように、歴史の節目となる巨人があらゆる分野で出現した。発明なら、火薬、羅針盤、活版印刷、蒸気機関、自動車、コンピュータ……。そのたびにより大きな巨人の肩へと乗り移ってきたわけだが、そのように乗り移って際立った望遠力と視界を手に入れたのは、一握りの人々に過ぎないのではないだろうか。たとえば、書物を読まず文書も残さず、ただひたすら論争だけに明け暮れたソクラテスの肩をぼくたちはうまく乗りこなせていると言い切れるか。

いや、逆に、巨人の肩に乗ることによって知の重要な何かを落としてしまっているフシがある。人類全体に関してはニュートンの言う通りかもしれないが、個としての人間の能力はここ一万年、確実に高まったと言いうるかと問えば、ぼくは少し怪しい気がしている。すぐれた巨人の肩に乗れる後世の人々がつねに優勢であることを示す証拠は乏しい。ソクラテスばかりで恐縮だが、文字を通さずに誰が何を語ったかを逐一記憶して議論するなど、想像を絶する知力ではなかったか。

巨人がいても、肩に上らねばしかたがない。仮に肩に乗っても見渡さなければ意味がない。巨人の肩はいくらでもあるし、いつでも乗せてくれるのだが、乗ろうとしない時代のようである。現在、月平均読書量が一冊以下の人々が過半数を占めるらしい。本一冊読むのに重い腰を上げねばならないのだ。巨人の肩に乗って遠くを見晴らす以前に、現代人はまず肩に乗ることから始めなければならないようである。 

今日と明日のつながり

寝て目が覚めたら朝がくる。今日があって、昨日が過ぎて、おそらくまた明日がくる。こんなふうに日々が巡り、平均すると三万回前後繰り返すと、やがて朝のこないその日を迎える。大人なら誰もが重々承知しているはずの命の生滅の摂理。しかし、そのことを日々自覚して「今日この日」を憂いなきようしっかりと生きることは、頭で理解しているほどたやすくない。

「今日すべきこと、今日できることを明日に延ばすな」とよく教えられたものである。共感するに値する律儀な人生訓だが、根っからの怠け者やグズにとってはハードルが高い。おそらくこうした連中が「明日があるさ」と楽観的に今日から逃避し、分別ある良識人がわけの分かったような顔をして「あくせくしなくていいじゃないか」とグズを励ますことになる。♪Que sera sera (ケセラセラ)と歌おうが歌うまいが、「なるようになるもの」は勝手にそうなるし、「なるようにならないもの」はどうあがいてもどうにもならない。

のんびりとスローライフで日々を過ごせれば本望だ。だが、ぼくたちは社会の中で複雑に編み込まれた共生関係を生きている。そこには必然ルールが存在する。大半のルールは怠け者やグズを戒めるように作られているから、今日できることを今日済ませるほうが望ましく、今日できることをやみくもに明日に先送りすることを歓迎しない。そして、ぼくの観察であり経験からくる法則だが、今日できることを今日パスして、明日に何とかしようと目論む者ほどスローライフから程遠い日々を送っている。どちらかと言えば、自力を用いて潔く決断し、明日に仕事を持ち越さない心構えが余裕を生む。

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うつ病の人たちへの処方を元気な人間が都合よく利用する。「頑張らなくていいんだ、明日でいいじゃないか」――ぼくも自律神経が失調気味になった40代半ばから50前後にかけては、時折りそのように心身を緩めるようにした。だが、過度の頑張りもよくないが、都合の良すぎる弛緩も都合が悪い。そういう体験から、「きついリハーサル、楽々本番」をモットーにしてきた。人前では頑張らずに余裕綽々、しかし一人になれば緊張感を漲らせて仕事に励み大いに勉強する。

いずれにしても、何事も程々がいいのだろう。ぼくの知り合いに涙腺の甘い感動人間が何人かいるが、束の間の感動ぶりは見事である。ところが、今日の大いなる感動はなかなか明日に続かない。次の日には余燼すら消えうせて、昨日はまるで何事もなかったかのようにけろりとしている。今日を明日につなげることはままならない。ぼくたちは油断すると点を生きることに偏し、昨日を今日に、今日を明日にとうまく線的に生きることに不器用である。

今日なくして明日がないのは否定できない。「今日がダメなら明日があるさ」は慰めで、今日がダメならだいたい明日もダメだろうと、昨夜こんなことに考えを巡らしていて、次のようなアフォリズムを作ってみた。

一手間かけない怠け者。

一日の面倒惜しんで三日無駄にする。

怠け者は変化しないことによって怠け者であり続け、知恵ある者は変化し続けることによって知恵者であり続ける。

時間の不思議、不思議の時間

 時計を見て、「午後3時」と確認する。別に何時でもいい。毎日何度か時計を見る。いったい何を確認しているのだろうと思ったりするときがある。そうなると少しまずいことになる。

 二十歳前後を最初に、数年に一度の割合で「時間とは何か」に嵌まってしまう。誰もが一度は宇宙や人生に思いを巡らすらしいが、考えているうちに脳に何がしかの異変が起こるのを感じるだろう。あまり若いときに脳のキャパシティ以上の難しい命題を抱えこまないほうがいい。とか言いながら、若気の至りのごとく、ぼくはかつてその方面に足を踏み入れてしまった。そして、宇宙や人生以上にぼくのアタマを悩ませたのが、この時間というやつである。しかも、宇宙や人生とは違って、時間を意識することなしに日々を過ごせない。

 時間は曲者である。歴史上の錚々たる哲学者が軒並み「不思議がった」のだ。ぼくの齧った範囲ではカントもフッサールもハイデガーも時間の不思議を哲学した。ずっと遡れば古代ギリシアのヘラクレイトスが、「時間が存在するのではなく、人間が時間的に存在する」と言った(これがまたよくわからない)。少し似ているが、人間が存在するから時間が存在すると、アリストテレスは考えた。そして、時間特有の自己矛盾のことを「時間のアポリア」と名づけた。アポリアとは行き詰まりのことで、難題を前に困惑してアタマを抱える様子を表わしている。それもそのはず、時間という概念は矛盾を前提にしているかもしれないからだ。

 《今》はあるのだが、《今》は止まらない。感知し口にした瞬間《今》はすでにここにはない。では、いったい《今》はどこに行ってしまったのか(去ってしまったのか)。それは過去になったと言わざるをえない。では、過去とは何なのか、そして未来と何なのか・・・・・・という具合に、性悪な懐疑が次から次へと思考する者を苦しめる。途方に暮れるまで考えることなどさらさらない。だからぼくたちは疲れた時点で思考を停止すればよい。だが、世に名を残した哲学者たちはこの「臨界点」を突き進んだ。偉いことは偉いのだが、思考プロフェッショナルならではの一種の「意地」だとぼくは思う。

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 ちっぽけな知恵で考えた結果、今のところ(と書いて、すでに今でなくなったが)、未来に刻まれる時間を感覚的にわかることはできないと考えるようにした。未来を見据えるときと過去を振り返るときを比べたら、やっぱり後者のほうが時間を時系列的に鮮明に感知できているからである。そして、どんな偉い哲学者が何と考えようと、ぼく自身は「時間は《今》という一瞬の連続系」と思っている。《今》という一瞬一瞬が積まれてきたのが現在に至るまでの過去。過去を振り返れば、その時々の《今》を生きてきた自分を俯瞰できるというわけだ(未来にはこうしたおびただしい《今》が順番に並んで待ち構えていると想像できなくもない)。

 もちろん、感知できている過去は脳の記憶の中にしかない。記憶の中で再生できるものだけが過去になりえている。記憶の中にある過去に、次から次へと旬の《今》が送られていく。時間の尖端にあるのは現在進行形という《今》。それは、一度かぎりの《今》、生まれると同時に過去に蓄積される《今》である。ぼくたちは、過去から現在に至るまでの時間を時系列的に感知しながら生きていると言える。なお、記憶の中にある過去は体験されたものばかりではない。知識もそこに刻まれている。

 もうこれ以上考えるとパニックになってしまう。だから都合よくやめて、ここまでの思考の成果を何かに生かそうと思う。《人生における今》は一度しかなく、誕生と同時に過去になる―これはまるで《歴史における人生》のアナロジー(類比)ではないのか。こう考えてみると、月並みだが「時間の価値」に目覚めることになる。いや、煎じ詰めれば《今》の意味である。つまらない《今》ばかりを迎えていると、記憶の中の過去がつまらない体験や情報でいっぱいになる、ということだ。