コロケーション考

「コロケーション」はれっきとした英語表現である(“collocation”)。念のために書くが、新しいタイプのコロッケのことではない。コロッケ(croquette)はフランス語源で、コロケーションとはまったく別物だ。ただ、おもしろいことに、コロケーションにはコロッケの本質と似たところがある。ポテトやミンチ肉を包むパン粉の衣が絶妙にマッチして上質なコロッケができるように、コロケーションも語と語のこなれた結び付きによって文の味わいを豊かにしてくれる。

英語には慣用句が多い。慣用句は変化を許さないコロケーションだから、意味を共有しやすい。別の見方をすると、英語という言語は誰が喋っても書いても、あることを伝える時の表現が同じになりやすい。だから、十代、二十代で英語を独習していた頃は、ペーパーバックの小説を読んでは慣用的な表現を熱心にノートに取り、それにこなれた日本語を付ける練習をしたものだ。ネイティブスピーカーが慣用的に使っている表現を覚えるのが英語学習のコツである。勝手に英語を発明してはいけない。

日本語にも慣用表現はいくらでもある。一例として、「手」と結び付く動詞を調べてみたら、60近くもあった。語につく助詞(が、に、も、と、を)によって動詞が変わる。手が足りない、手が届く。手に汗を握る、手に掛ける。手も足も出ない。手と身になる。手を染める、手をこまねく、等々。なかなか使いこなせていないし、慣用的な連語ということに横着でもある。実感と来れば「実感が湧く」か「実感がこもる」なのだが、「実感がある」とか「実感する」と言ってけろりとしている。片鱗は「示す」ものだが、「片鱗がある」で済ます。もっと言えば、「ある」とか「する」とか「なる」を名詞と助詞の後にくっつければ、コロケーションのことなど意識しなくても、たいていのことは言い表わせてしまう。語感や妙味は今ひとつだが、コミュニケーションに支障は来さない。名詞と動詞の豊富な慣用的表現に恵まれながらも、日本語の融通性に甘えて安易な文を綴ってしまうのが常である。


英語のコロケーション辞典や活用辞典は二十代の頃から何冊も手垢で染めてきた。それに比べて母語である日本語の語の結び付きには意を注いでこなかった。日本語のコロケーション辞典を初めて手にしたのはほんの十数年前である。オフィスでは2006年発行の『知っておきたい 日本語コロケーション辞典』を置いていて、たまに読んだり参照したりしている。どんな時に辞典を活用するかと言うと、語をフォローする動詞がしっくりこない時だ。文才に長けた書き手は動詞上手である。本来動詞が文章のトリを務めることが多い日本語なのに、「ある」や「する」や「なる」ばかりで終わっていてはつまらない。

コロケーションは「名詞+助詞+動詞」の慣用的な連語・結合である。定番になっているから、語呂がいい。あるいは、使い勝手と使い心地がよく、快く響くから生き残ってきたとも言える。快く響けば、文章が品格を漂わせる。「(品格のある日本語とは)しかるべきことばがしかるべき場所でしかるべき用法に従って使われている日本語」(別宮貞徳)という言は、適語が適所に配置されていることにほかならない。たとえば、「後釜にする」と書いた。しかし、何か物足りない。これは語彙の少なさのせいではなく、コロケーションに精通していないのが原因である。辞書を引けばいい。後釜に続くこなれた動詞は「据える」か「座る」であることがわかる。

コロケーションの構造

「流れ」という語のコロケーション構造を図示してみた。助詞を「に」と「を」に限れば、ぴったりくる動詞はおおむね三つ。もちろん、「流れに沿う」もありだし「流れが向いてきた」もありだろう。創意工夫の余地がないわけではない。これぞという新しいコロケーションが人口に膾炙すれば慣用化されることになる。ことばはそのようにして生き残り定番となってきた。但し、先に書いたように、語呂の良さとこなれは重要な条件である。

コロケーションなどという外来語を使って説明したわけではないが、丸谷才一は『文章読本』の中で次のように説いた。

文章の秘訣は孤立した語の選び方にあるのではなく(……)、語と語の関係にあると答へればそれですむ。言葉と言葉との組合せ方が趣味がよく、気品が高ければ、(……)品格の高い、優れた文章が出来るし、逆に、組合せ方の趣味が悪く、品がなければ、高尚で上品な言葉ばかり、雅語づくめで書いたとて、あまりぞっとしない文章になる。

言語の主役は動詞だと思っている。日本語であれ外国語であれ、動詞が機能しなければ文は体を成さない。人の語学力は動詞にありと言っても過言ではない。日記や小説では動詞に脈を打たせることはできるが、この拙文のように意見を開示したり説明を試みようとすれば動詞を生かすのに難儀する。丸谷才一の言うように、語と語の組み合わせ――とりわけ名詞と動詞の組み合わせ――が文章の秘訣であることを頭では重々承知しているが、ここまで書いてきた拙文を読み返して文末の仕上げに工夫の余地を感じる。追々推敲を重ねることにしよう。

投稿者:

アバター画像

proconcept

岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です