美術とカフェと街角

今年の32日のパリは格別な日だった。正確に言うと、そんな格別な日は毎月一回やってくる。もともと常時無料の美術館があちこちにあるのだが、加えて、毎月第一日曜日は有名美術館や博物館の多くが無料なのである。美術と歴史のファンにはありがたいサービスだ。

200610月には無料でルーヴル美術館に入場した。奇しくも引退した名馬ディープインパクトがロンシャン競馬場の凱旋門賞に出走した日である。

今年は午前にピカソ美術館、夕方の閉館前にオランジュリー美術館と決めた。ピカソのほうは開館前の930分に並ぶ。ルーヴルとは違い、その時間なら列は10数人程度だ。オランジュリーは一時間近く待たされた。みんな同じ思惑だったのだろうか。モネの睡蓮に人が集まるが、ここはそれ以外にもルノワール、セザンヌ、ユトリロ、モディリアニ、ゴーギャンなどの作品が居並ぶ。日本なら、これだけで十や二十の美術館ができてしまうだろう。

ピカソ美術館の後に予定外だったカルナヴァレ博物館へ。ここは年中無料の歴史資料館だが、もともとは貴族の住んでいた館。浅田次郎『王妃の館』のテーマになったヴォージュ広場は、ここから東へ200メートルのところにある。


閑話休題。長い前置きになってしまった。今日はパリ美術案内ではなく、粋なカフェの話。

昨日も紹介したが、ぼくはエスプレッソびいきだ。「苦くて濃くて少量」をめぐって好き嫌いが分かれる。自宅で淹れるエスプレッソも会社近くの店で飲むエスプレッソもおいしい。それでもやっぱり美術鑑賞の後のパリのエスプレッソは格別な気がする。

 フランスではcafé”と綴り「キャフェ」と発音する。イタリア語では“caffè”となり、fが一つ増えて「カッフェ」と音が変わる。見落としがちだが、eのアクセントの向きも違う。こんな薀蓄はさておき、予定外で訪れたカルナヴァレ博物館近くのカフェの佇まいが気に入った。

ピカソ美術館近くのバール.JPGのサムネール画像

自然の緑が織り成す色合いは美しいが、人工的な緑色のコーディネーションで感嘆する場面にはめったに出合わない。このカフェの緑は抑制がきいていた。何よりも「こちらでお召し上がりですか?」「お砂糖は一つでよろしいですか?」などと聞いてこない。ここで注文したのは、言うまでもない、エスプレッソである。店内でも飲める。しかし、少し肌寒いながらも屋外のテーブルに座ることにした。目の前は博物館の裏庭だ。

P1010749.JPGのサムネール画像のサムネール画像

グラスに入って運ばれてきた。パリのエスプレッソはイタリアのものより量は多く、ややマイルドだ。めったにないが、このカフェでは水も出してくれた。わが国のお店には、注文から出来上がりに至るまでのつまらぬ質問などやめて、時間と空間と芳醇な味わいを提供するカフェ文化を研究してもらいたい。そっとしておいてほしい珈琲党の願いである。

はい。はい。はい。

週に一回、出社前に近くのカフェに寄ることがある。自宅でも一杯飲んでいるので、注文するのはたいてい濃くて少量のエスプレッソかカフェラテである。ちなみに、カフェラテはエスプレッソコーヒーに泡立てたミルクを注ぎ、カフェオーレはふつうのコーヒーに温めたミルクを混ぜる。今朝はアイスカフェラテを注文した。

「アイスカフェラテ、ください」 (千円札を出す)
「店内でお召し上がりですか?」
「はい」 (一度目)
「千円からでよろしいですか?」 (「よろしかったですか」よりはマシか)
「はい」 (二度目)
「シロップはお付けしますか?」
「はい」 (三度目)


一人で来たので、さすがに「一杯ですね?」とは聞かれなかった。そう聞かれていたら、「はい。はい。はい。はい。」になっていたわけだ。四度でなく、三度で済んだことが「せめてもの慰め」とは情けない。こんなロボット仕掛けみたいなやりとりにうんざり。

職務質問時ですら、「はい」以外の会話はあるに違いない。熟年オヤジが朝から「はい。はい。はい。」を強制されて、これじゃまるで教師に諭されている小学生の気分だ。前の二つの「はい」には我慢しよう。しかし、ぼくもそうだが、ぼくの知り合いもシロップに関しては十中八九「はい」である。ホットコーヒーに砂糖を入れない人たちも、アイス系になるとシロップを使うことが多い。たぶんこの店でもきっとそうだろう。

いや、「うちでは十中八九までいかなくて、十中六七です」と言うかもしれない。それでもだ、シロップにイエスという頻度が過半数以上ならば、黙ってシロップをトレイに置けばいいではないか。そして、シロップを使わない人に「あ、それいらないよ」という一言をもらえばいい。ぼくはたまにそう言う。ぜひそうしていただきたい。これにより、ぼくは二回の「はい」で朝を過ごせるし、シロップのいらない人も「はい以外の会話」を楽しめるというものだ。

明日のブログでは、今年3月に体験したパリのカフェの粋を紹介したい。  

仕事の中の寄り道

あまりノスタルジーに浸るほうではないが、仕事に集中しつつも考えがまとまらないときには過去に遡ってしまう。何かを調べるのではなく自力で考えようとしたら、アタマに頼るのは当然だ。そして、そこにあるのは未来の情報ではなく、おびただしい過去の情報である。

過去を再生すると、切ない光景や思い出も混じってくる。すると、本題から脱線してしまって仕事が座礁する。机まわりを整理し始めたのはいいが、写真アルバムに見入ってしまう体験が誰にもあるだろう。懐かしさは仕事の邪魔になる。

脱線はよくない。特に夕方以降にこんな状態になると、精神的にも疲れる。翌朝にもストレスを持ち越してしまう。とはいえ、まったく寄り道もしないような仕事は愉快ではない。


その日の寄り道はキャラメルだった。時々飴を転がすが、無性にキャラメルを舐めたくなってわざわざ買ってきた。紙をめくって一個口に入れる。箱から手のひらに乗るような小さなカードが出てきた。おまけ? G社でなくM社だからおまけではないだろう。ずいぶん昔っぽい濁ったカラーの岩だらけの風景写真。写真の下には「過去と歴史の違いは、何?」と、なんだか哲学めいた問い。クイズだろうか? クイズ好きだからそう思ってしまう。

「過去は現在から切り離された時間であり、歴史とは現在に連なる時間」と自答してみた。行き詰まったあげく休憩を兼ねてキャラメルに寄り道したのに、なんというアタマの使わされ方だ。と思いながらも、カードを裏返してみる。

裏面にはキャラメル名が印刷されていて、8本の線が引いてある。メモ欄? 表面の問いに対応するような文字はいっさいない。もしかして、別紙に何か書いてあるのかもしれないと、念のためにもう一度箱の中を覗いてみた。何もない。

おいおい、何のための問いだったんだ? 岩だらけの風景との関係はどうなんだ? カードの「企画意図」は? 「これだけは言っておく」と吐き捨てて何も言わずに去っていく新喜劇ギャグとかぶる。キャラメルの箱に向かってぼやいた、「答えも教えろ!」 

ノスタルジーを色濃く練りこんであるキャラメルは気分転換によくないことがわかった。こんなことを思い出しながら、今日の寄り道は目薬にしておいた。  

謙虚なヒアリングと潔いアンサー

二十歳前からディベートを勉強し、三十歳前後から広報の仕事に身を置いた体験から、「PRと交渉」という、一見異なった二つのテーマを一本化して講演することがある。自分の中では同じ範疇のテーマとして折り合っているが、「なぜPRと交渉?」とピンとこない人もいるようだ。

PRというのはPublic Relations(パブリック・リレーションズ)のことで、「広報」と訳される。パブリックというのは不特定多数の一般大衆ではなく、「特定分衆」という意味に近い。共通の利害や関心などに応じて対象を「特定の層や特定のグループ」に絞り込むのがピーアール上手だ。だから、「広報」よりも「狭報」と呼ぶほうが本質をついている。

絞り込んだ各界各層に望ましいイメージを広めて好ましい関係を構築しておく。この点でPRはリスク回避やリスク軽減の基盤をつくるものだ。対照的に、交渉はリスク発生やリスク直面にあたっての処し方にかかわる。いずれも、企業(または行政)の対社会的組織活動である。ニコニコPRしてコワモテ交渉していたら矛盾する。一度イメージダウンすると交渉で失地回復するのはきわめて難しい。ぼくの中ではPRと交渉は一本の線でつながっている。


「話し下手だが聞き上手」という日本人を形容する言い回しは、まったくデタラメである。同質性の高い社会で生まれ育った人間は、人の話にあまり真剣に耳を傾けない。質問にもしっかりと答えない。

謝罪のことばもワンパターンだ。不祥事の当事者の謝罪の様子を見て、テレビの視聴者は「こんなことで共感が得られるはずがないのに……」と呆れ返る。しかし、当事者側に立ったら「申し訳ありませんでした」以外に選ぶことばはない。「頭が真っ白でした」というのは、新手の苦肉の策だったかもしれない。

商売人としてブランドに安住せず、ブランドを信用の証にする。顧客より上に行かない、かと言って、へりくだり過ぎることもない。つねに人々の暮らしをよく見つめ、人々の意見に耳を傾ける。質問を歓迎し的確に応答する。謙虚さと潔さのバランス。特定顧客におもねることなく、すべての顧客に等距離関係を保つ。こうした取り組みをしていないから、一部の人々から不評が広がる。一部の人々の大半は内部の人々だ。経営者と従業員の関係もパブリック・リレーションズなのである。

「世論を味方につければ、失敗することはない」とはアブラハム・リンカーンのことばだ。常連さんの意見よりも大きな概念――それが世論だ。

一部老舗の商売道では当たり前とされる「一見さんお断り」(ぼくの自宅の近くには「素人さんお断り」というのもある)。近未来ライフスタイルや今後の市場再編を冷静に予見したら、そんな偉そうなことをほざいている場合ではないだろう。  

思考軸が変わるきっかけ

人生には方向転換する契機というものがある。それまで慣れ親しんだ思考の地軸が揺らぐ瞬間だ。ひねくれたものの見方がまっとうになる場合もあれば、「清く正しく美しく」の欺瞞性に気づいてアマノジャクにシフトする場合もある。今回の話は後者だ。

いろいろと紆余曲折はあったものの、中学生時代までのぼくは「普通に」生きてきた。ここで言う普通というのは、常識に逆らわないで、流れに掉さす生活スタイルという意味である。それまでほぼ固定していた軸が、この一件以来、タテからヨコへの大変動を起こす。

中学の卒業式。道徳と常識をこねたらこんな人物が出来上がりそうな校長先生が、挨拶のスピーチで「諸君、私とジャンケンをしましょう」と言い出す。手を上にかざして「ジャンケン、ポン」。卒業生は条件反射のようにグーやチョキやパーを出す。いったい何事が始まるのかと、戸惑ったり興味津々になったりして次の先生の「オチ」に注目する(この歳の頃からオチへの期待感をつのらせるDNAが大阪人にはある)。

校長先生 「パーを出した人。その人は、これからの人生を寛容な包容力で生きていくでしょう。チョキを出した人は、目の前の困難を切り拓いていくはずです。そして、グーを出した人は、強い意志をもって自分自身を貫くのです。」

パーが包容力、チョキが開拓力、グーが意志力。これを聞いた直後、さほど斜めにものを見なかったぼくの思考軸がアマノジャク軸へと転化したのだ。「何、それ? 占い? 人生の美学? これから高校に進学して、その後に大学受験も控えて、そんなきれいごとで生きていけるのだろうか?」 これがぼくの批判精神の最初の芽生えだった。


 団塊世代の次世代であるぼくは、どちらかと言うとペシミスティックだった。これからの三年間は勉学の競争で明け暮れねばならないという不安心理に染まっていた。だからこそ、そんな美しい、みんなハッピーなんてありえない! と内心反発したのである。

しかし、結果的にぼくはこの転機に感謝している。他人のマネをしたり常識的考え方に安住しない発想を持ちえたからである。絵を描くのも鑑賞するのも好きだったぼくは、写実的な絵からシュールな抽象画に傾いていった。俳句から川柳へ、受験勉強から遠回りな独学へ、ベストセラーや推薦図書から一風変わった読書へ。このように正統軸から異端軸へと好奇心の矛先を変えた。

仕事柄、新しいものを次から次へと生み出さねばならない現在も、この姿勢を維持しようと努力はしている。歳を重ねるにつれ、気がつけば常識や正統側に回っていることもあるが、自らに警鐘を鳴らして、敢えて逆を行く場合もある。

中学卒業式で、ぼくはグー、チョキ、パーのどれを出しただろうか? 正直言って、覚えていない。もしかすると手を挙げていなかったかもしれない。出していたとすれば、間違いなくチョキだっただろう。理由? とっさにジャンケンを迫られたら、チョキを出す癖は今も変わっていないから。

二十年前の「異脳種交流の勉強会」

自分自身が中心となって立ち上げた最初の勉強会は〝Plan+Net”(プランネット)という、ワークショップ形式のレクチャラーズ・プログラムだった。スタートしたのは1988年で、約5年続いた。

当時と現在の時代テーマというか、関心事の相違をチェックするのに興味深い点があるので、順不同で列挙してみた。もちろんそのすべてのレクチャーをぼくが担当したのではない。ぼくが主宰したものには◎をつけておく。

人間細胞論  本当の自分と偽りの自分  僕の美術教師時代  賢い税金の話  速読のポイント  世相批評座談会  裁判のABC  ◎たとえれば楽し  女性能力開発法  ストラテジスト  生命と科学に感動  教育マーケティング  ◎ゲームのルール学  商業空間新情報  おでんパーティー  ビートルズの社会学  ◎英会話独習の秘術  バリ島の音楽論  家族関係の活性化  リカちゃん大研究  キリストと釈迦について考える  少女マンガ論  モータースポーツ文化論  フランスのロック・ポップス  お米が育つ過程  美しくボディビル  百人一首の魅力  ◎異端と正統の境界  流れを読む占星術  自己実現を設計する  ◎絵本の世界への誘い  ◎ディベートで知的武装する  無人島サバイバル報告  ◎十人十色の発想学  ダービー馬の誕生  必殺セールス術  スポーツに日米の違いを見た  意外に簡単、「個人輸入」  寺と町の栄枯盛衰  ああ、ユーゴスラビア旅情  インド、まるごと  若者心理を考える――曖昧さの研究  現代音楽史とその周辺  恐い、恐くない、成人病  1920年代の光と翳  模倣の美学  ◎大阪の下町情緒って何だろう  欧米建築レポート  人生の資金設計  ◎頭脳を爆発させる  フェミニストかく語りき  時代劇教壇  カルカッタの冒険  映画は最高!

驚かないでほしい。以上がすべてではない。総開催数のわずか4分の1である。なんと週一回というハイペースで開いた勉強会だったのである。テーマのバリエーションが豊富で、おもしろい切り口・着眼も垣間見える。会員には専門家もいればアマチュアもいた。会費はコーヒーがついて500円。レクチャラーは全員手弁当だ。あらためて、なかなかの人材に囲まれていたという実感を強くする。


この勉強会のユニークさは、「聴く・学ぶ」もさることながら、専門・趣味・自論について小一時間薀蓄を傾けてもらうことにあった。だからこそレクチャラーズ・プログラムなのである。話の内容については質問や批評も出る。和気藹々としたムードもあったが、挑発的な一言で真剣な空気に一変する場面もあった。

話してみて初めてわかることがある。話してみてこそ己の思考が明快になることがある。レクチャラーとしての立場がもっとも大きな学びになると信じて、有志が集まってお互いに発表の機会をつくったのだ。もちろん、これだけのテーマにくらいついて傾聴するのも相当なもの。だから聞き手にはボーダレスな知への、尋常でない好奇心が不可欠だった。賛同してくれた会員も最多で100名近くなり、常時20名近くの会員が出席した。

この趣旨に近い試みは今の時代も有効だと思っている。もはや週一というエネルギーはないが、月一、二回の時間ちょっとの勉強会なら再現できるかもしれない。

ところで、ぼく自身のテーマの本質に変遷はあっただろうか? 底辺に潜む考え方はあまり変わっていないような気がするが、「十人十色の発想学」で蒔いた種は現在も育てている。第3期を迎える私塾の大阪講座は明日開講するが、そのテーマが「発想(ひらめき)の極意」というのは決して偶然ではない。

たまには小銭――感傷編

アイスコーヒー代を支払って、午後への繰越金は759円。さっきまでズッシリ感があった小銭入れがいくぶん軽くなっている。札入れやキャッシュカードだけを使い、預金通帳の数字をにらんでいるだけでは、このアナログ感覚はわからない。

正午になった。この研修では講師用の弁当は出ない。弁当が出ないからこそ、少しばかり心配していたのである。ランチタイムの食事処を教えてもらい、かけうどん350円、きつねうどん450円、喫茶店のピラフ650円などとそろばんをはじきながら歩く。

「コンビニに行けば悩むことなし」。わかっている。一日くらいおにぎり2個で我慢することもできる(いや、ランチそのものをパスしてもいい)。しかし、そんなことをすれば、朝のあの小銭への安堵と執着の体験価値が半減してしまうではないか。ここまできたら、小銭と対話しながら、その有り難味を噛みしめるべきだろう……かたくなにこう考えた。

普段は千円ちょうどか、少しお釣りのある程度のランチをいただく。オフィス近辺では平均すると値段はそんなものだ。あまりにも慣れてしまっているので、高いとか安いという値踏みはいちいちしない。


レストラン街に行って、とても驚いた。ぼくが立ち止まったほとんどの店のランチは700円~1000円だった。いや、別に驚かなくても、普段通りである。しかし、759円からすればことごとく贅沢な品々に見えてきた。ちなみに、ハンバーグ定食850円、トンカツ定食780円、海鮮丼1000円。どれも超豪華ランチに見えてきた。

価格720円以上には目を向けないようにした。昨今メニューはすべて消費税込みというのは常識。だが、万が一730円のランチを頼んで、お勘定時に「消費税は別になります」と言われたら、766円になってしまう。買物ゲームは7円でも超えたら、ゲームオーバーだ。

というわけで、根気よくひたすら600円台を探す。そして、ついに「肉じゃが定食619円」を見つけた。ちゃんと税込みと書いてくれている。一目惚れである。肉じゃがとお惣菜一品にではなく、この619円に惚れた。中途半端な619円に「愛情とやさしさ」を感じた。お釣りの円に対してまたもや「儲けた」という気分になった。

ご馳走さま。残りは759619140円。食事だけして会場に引き返すのも切ない。自販機で120円の缶コーヒーを買う。残り20円(10円硬貨枚、5円硬貨枚、円硬貨5枚)。こんな至近距離で硬貨をまじまじと見つめたのは何年ぶりだろう。

研修指導も無事に終えた。朝から夕方までの小銭にまつわるいろんな思い。小銭をにぎりしめて駄菓子屋に通った昭和30年代の、あの懐かしい光景が帰途につく電車の中で甦ってきた。 

たまには小銭――安堵編

研修指導初日の朝、駅のホームに降り立った。しばらくして上着のポケットに財布がないのに気づく。一瞬ドキッがあったのは認めるが、沈着冷静なぼくは自宅に確認する。財布は自宅に忘れていた。すられたり落としたりしたのではないということがわかって、ひとまず安心している自分がいた。

まだ時間の余裕はあるが、引き返すと間に合わなくなる。「初対面だけど、先方の担当者に借りればいいか」とか「ICカードのおかげで帰路の乗車賃は心配なし」などと思いながら、目的地に到着する頃にはもう割り切っていた。「千円ほど貸してもらえますか? 実は……」と脳裏でリハーサルまでしている自分がいた。

「もしかして」と鞄の外側のポケットを覗いてみた。小銭入れが入っていた。「地獄で仏」という、場違いで大袈裟な比喩をしている。そこは駅のコンコースだ。午前845分頃で通勤ラッシュの終盤。小銭入れから小銭をこぼさぬよう、ていねいに取り扱いながら「概算見積」してみる。五百円硬貨が目に入り、その他いろいろある。やった、千円はあるぞ! 大人げなく喜んでいる自分がいた。

安堵。こうなると身勝手なもので、「開始までまだ半時間以上ある。アイスコーヒーでも」と欲望がよぎる。当然一杯200円ほどのチェーン店カフェを探す。だが、近くにそれらしき店は見当たらない。やむなく会場近くの喫茶店に入ることにする。表にディスプレイがなく値段は不明であるものの、400円までだろうと見立てをした。

アイスコーヒーを注文し、一口含み、置かれた伝票を見ると390の数字。ほくそ笑んで10円儲けた気になっている自分がいた。再び小銭入れを宝物を扱うように取り出して、正確に数えてみる。1149円。ランチもしのげそうだといい気になっている。「11493で割り切れる」とアホなことを考えて、すっかり余裕を取り戻していた。こういうのを「現金なやつ」と形容するのだろう。

(続く)

招かれざる通信

もう二年も前から付き合っている。付き合いたくて付き合っているのではなく、馬鹿げた対応をさせられている。人間ではない、「間違いファックス」である。ファックスの差出人も、送り状に書かれている宛先も名の知れた企業だ。しかし、縁も接点もまったくない。控え目に間違いファックスと言ったが、ぼくにとっては招いた覚えのない「スパムファックス」に等しい。

さっき帰宅したら、着信していた。しばらくごぶさただったが、宛先は同じ、差出人も「前科一犯」であった。宛先はいつも同じだが、差出人は数ヵ所ある。

内容は注文表だ。差出人が宛先のメーカーに注文しているのである。と書いているうちに、腹が立ってきたので、菓子メーカーというところまで暴露しておこう。たいてい「至急」というところにチェックが入っている。ごていねいにも差出人に電話をした。「宛先間違いです。ずっと迷惑しています。何度も電話したりファックスを送ったりして促しています。まったく改善されません。迅速に対応してください」。そっちも至急だろうが、こっちも気分的には至急だ。

こんな電話をして、自分らしくないと嘆いている。ぼくを知っている人は、「そんなもの、放っておけばいいのに」と諭すかもしれない。しかし、キャンペーンシーズンか何か知らないが、年に数回は何枚も、それこそ週に2回も3回もやってくるのである。放っておいて、「注文したのに届かないだろ、ハハハ」と高笑いするほどもはや余裕はない。我慢には限界というものがある。

最初の頃はファックスで注意を促していた。効果がないので、担当者に直接電話をして「間違いファックス」であることを告げた。電話では見えないが、平身低頭で謝罪したので、もう大丈夫だろうと思った。それでもやってくる。たちが悪い。差出人が複数なので、これでは間に合わないと考え、宛先にメールを送った。広報か苦情係みたいなところにである。一年半くらい前のことだが、いまだに返信はない。

まあ、有名企業の対応なんてこんなものなのかもしれない。紳士的クレームに対しては機敏な対応を取らないのである。少し脅し気味に怒気を込め、文字にできないような侮蔑語や罵倒語をふんだんに連発しないかぎり、効き目はないのだろう。「お客さまサービス」や「パブリックリレーションズ」などお題目にすぎない。

ここまでずっと親切に紳士的対応をしてきた者として、企業名公表というような幼稚なリベンジはしない。こんなことで、自分の品格を落とすわけにはいかない。迷惑ファックスにからむ全企業の商品を買わず、サービスも利用しない――こんな地味なレジスタンスはどうか。実は、この地味な作戦が積もり重なっていくのが企業にとっては一番の恐怖なのだ。 

「どちらとも言えない」と「わからない」

明日から二日間、行政での「ロジカルシンキング研修」を担当する。研修で使用するテキストの小演習の一つをご紹介しよう。効果的な設問に書き換えるのがこの演習のねらいである。

「あなたはコーヒーをよく飲みますか?」という問いがあり、回答欄が「はい」「いいえ」「どちらとも言えない」の三択になっている。アンケートにはよく「どちらとも言えない」とか「わからない」という、第三の選択肢が設けられているのはご存知の通り。これが問題で、極端な話、半分以上の回答者がこのボックスにチェックを入れたら、集計しても参考材料にならないのだ。

麦焼酎「二階堂」は、ぼくが気に入っているコマーシャルだ。「イエスとノー。その間にはなにもないのだろうか?」 この語りを耳にするたびに、「そんなことはない。何でもあるでしょう」と内言語でつぶやくぼくだ。しかし、こと上記のアンケートに関するかぎり、「はい」と「いいえ」の二者択一にしないと意味がない。もっと言えば、設問も「あなたはコーヒーを一日に3杯以上飲みますか?」と具体的にしたほうがよい。論理思考というのは、現実的には少々ありえなくても、あるいは少々ぎこちなくなっても、「どちらかと言えばイエス」「どちらかと言えばノー」と極論しないと成り立たないことがある。

イエスと答えたら「なぜ?」と、ノーと答えても「なぜ?」と、それぞれ説明を求められる。それが嫌だからイエス・ノーを避ける。「どちらとも言えない」なら説明を免れる。説明の責任から逃げたければ「わからない」がいい。だから、みんな「わからない」で済ませる。

「甲乙つけがたく、五分五分」――実は、この意見こそ、もっとも説明を要するものなのだ。そういう組織風土や社会的風潮をつくらないと、ロジカルシンキングに出番はない。