イタリア紀行43 「サンタンジェロ地区」

ローマⅠ

20083月、パリに8日間滞在した後、ローマへと向かった。四度目のローマだ。それまでの訪問で名立たる観光地のほとんどに足を運んでいたが、何となく消化不良に終わっていた。自分が決めた予定にいつも急かされていたのである。それで、ゆっくり7泊することにした。ヴァチカンに近いサンタンジェロにいいアパートが見つかったので、そこに3泊。その後の4泊を市街地のほぼ中心にあたるヴェネツィア広場近くのホテルで過ごすつもりだった。予約は出発前にインターネットで済ませていた。

フィウミチーノ空港からレオナルド急行でテルミニ駅へ。スリの出没で悪名高いバス路線を遠慮して、ヴィットリオ・エマヌエーレⅡ世通りの路線を走るバスで終点ピア広場まで。そこから徒歩約10分のクレシェンツィオ通りに面してアパートがある。サンタンジェロ城と最高裁判所のすぐ北側という好立地だ。出迎えてくれたのはフランチェスコという四十歳前のオーナー代理人兼管理人。実はこのアパートの他の全室はすべて住居。一階のこの一部屋のみが連泊希望の観光客に民泊としてレンタルされている。オーナーはフランチェスコのお兄さん。

リビングに広い寝室、キッチン、シャワールーム。日本式なら1LDKなのだが、廊下もあり天井も高く、何よりも70平方㍍もあるのでゆったり広々としている。ここで3泊だけとはもったいないと内心思いながら、フランチェスコの説明を聞き滞在費用をキャッシュで用意しかけた。すると、彼のほうからこう尋ねてきた。「ローマの後はどういう予定なんだ? 日本へ帰るのか?」

少しばつが悪かったが、このアパートを出た後にさらに4日間ローマに滞在すると正直に答えた。「どこのホテル? 料金はいくらか?」とさらに聞いてくる。「アパートで3泊、ホテルで4泊」にさしたる理由がなかったから、淡々とぼくは説明した。彼は「気に入ってくれたのなら、残りの4泊もここにすればいいじゃないか。キャンセルは簡単だ。『シニョーレ・オカノのローマの友人だが、オカノは都合でローマに来れなくなった』とホテルにぼくが電話してあげよう」。そう言うなり、半ば強制的にぼくに「オーケー」を求め、すぐに携帯を取り出すとキャンセルしてしまった。ちょっと危ない人ではないか……。

宿泊約款により、一週間以内のキャンセルのためキャンセル料は1泊分。当時はユーロ高だったので、2万円近くになる勘定だ。少し落胆していると、「その損失分を値引きするから心配なく。狭いホテルよりこのアパートのほうが絶対にいい」とフランチェスコが言う。勝手なもので、なかなかいい人に思えてきた。オーブンや洗濯機、シャワーの使い方を説明し、彼は「今夜食事に出るなら……」と言って、パルラメント広場近くのトラットリアを紹介してくれた。

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ローマでのアパート生活。ホテルならスイート並みの広々とした居間。
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ダイニングキッチンには食器や什器のすべてが揃っている。
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アパート裏のサンタンジェロ城とサンタンジェロ橋。
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テヴェレ川対岸からの夕景。 
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サンタンジェロ城から。白亜の建物は最高裁判所。
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城からはヴァチカンのサンピエトロ寺院全景が見渡せる。 
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アパート管理人フランチェスコ一押しの”ジーノ”は庶民的で親しみやすい。
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お任せの前菜。これだけですでに腹八分目に達する。
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特製の手打パスタ。この黄み加減は見たことがない。ソース焼きそばの麺のよう。アルデンテとはまた違う独特の歯応えがあった。

何々「と」何々

タイトルの括弧の場所は間違いではない。意識的にを括弧で強調している。

意思決定とは「かORであり、「とANDではない――などとよく声を大にして言うので、ぼくはいろんな人に「OR人間」みたいに思われている。つまり二者択一を好む人間。これは極端志向、賛否決着型、対立好きの印象を醸し出す。決してありがたがっているのではない。とても心外なのである。これではまるで、折衷や止揚とは無縁の、単細胞な石頭ではないか。

「異種情報のAND」。これが本来あるべき発想の原点だ。何々と何々をくっつけたり対比させたりするから発想が広がる。何々が二つあるからほっとしたり救われたりする。「一項」だけに集中できている状態が悪いわけではないが、「一項しか見えない、一項しかできない」はマイナス寄りだ。攻め一本やり、ハンバーガーばかり、失敗続き、会議の連続……これではたまらない。


この一週間は「と」に意識が向き、また「と」が勝手に二項の間に入ってきたりした。京都での私塾では「テーマソリューション」。翌日からの香川への出張は、十数年ぶりに「ぼくスタッフ」。養鶏の現場を見学して「卵ニワトリ」の関係に注目。土曜日の半日マーケティングセミナーは「第12部」の構成。滞在3日間は「うどんづくし」ではなく、「焼鳥(夜)うどん(昼)」と交互に堪能。

「アポキャンセル」もこの一週間に集中した。こんなに約束を取り決め、こんなにキャンセルが発生したのも珍しい。まずアポがあり、実際に会ったものの契約は成立せず、翌週再会のアポに合意するも相手がキャンセル。このキャンセル対策のために知人から連絡があって再度アポ。別の一件は連休明けのアポだが、これもキャンセル。次なるアポを現在画策中。もう一件あった。こちらは心身が疲弊してしまうほど、アポ、黙殺、キャンセルが何度か繰り返されたケースである。

他人の時間や約束に対する変更には寛容である。ぼく自身も社内的には時間や約束に対して優柔不断なこともある。ただし、対外的には「先約主義」を愚直なまでに貫く。これは精神的にはきつい。とにかく「都合が悪くなった」と言い訳しない方向に自分を追い詰めるのだから。決めた時間を無視するという点で、遅刻もキャンセルの一種だと見なす。この一週間は、ぼくの責任によるキャンセルはゼロであるが、めったに経験しなかった「アポキャンセル」の日々だった。世の中の大半の仕事はこんなことに向けられているのだろうか。

アポとキャンセルの調整にエネルギーを費やして疲弊するくらいなら、いっそのこと、さっさと会ってしまったほうが楽だと思う。そして、アポにはなるべく「と」がつかないのが望ましい。