ルビを振る

こと書くことに関しては、日本語ほど表情豊かな言語は他にないだろう。漢字があり、ひらがながあり、カタカナがある。アルファベットも抱き込める。公式文書以外ならおびただしい種類の絵文字にも出番がある。

日本語特有の表記でもっとも特徴的なのは、横書きなら本文の上、縦書きなら右横に小さく文字を振る。読みにくい漢字に付けるのが「ふりがな」。書き手自らの創意による読み方も注釈代わりに入れることができる。「刑事」と表意しておいて「デカ」と表音させる芸当もできる。ふりがなも含めて、このような小さな文字を〈ルビ〉と呼ぶ。

以前はこのブログ上では直接ルビが振れなかった。たとえば「地位も名誉も放擲して隠棲の決意をしたことを男は拳拳服膺しなかった」などという文章の場合。本ブログのプラットフォームでは、「地位も名誉も放擲(ほうてき)して隠棲(いんせい)の決意をしたことを男は拳拳服膺(けんけんふくよう)しなかった」と、難読字の後に括弧内で表記するしかない。この一文などは漢字が読めても意味がわかる文章ではないが、傍線部の文字の上にひらがなのルビを振りたくなる衝動に駆られることがある。

最近ではプラグインというアプリの一種でルビが使えるようになった。

「地位も名誉も放擲ほうてきして隠棲いんせいの決意をしたことを男はけんけん服膺ふくようしなかった」

案外簡単である。但し、ルビはあくまでも補助であるし、そうそう頻繁に出番があるわけではない。ルビを振れども本文下手では話にならない。

ルビを振る

太宰治が書いた文章中に「文化にルビを振るなら、はにかみ」というくだりがあって、大いに感心したのを覚えている。「文化とはにかみだ」とは書きにくいが、「文化はにかみ」と表記すればさらりと言いのけて文章を綴れてしまう。子ども向けの本なら「ぶんか」、異文化交流の話なら「カルチャー」と読ませてもいい。

披露宴に「かねあつめ」とルビを振ったことがある。前段の結婚式を「かみだのみ」、後段の二次会を「かこあばき」と読ませた。首尾よく「か」で始まるひらがな五文字で表現できた三点セットである。

わずかなスペース内に日本語と英語を併記できるのもルビの利点だ。知識のひけらかしはいただけないが、読み手の理解と知識の一助となればという意図なら、これはコミュニケーションにおけるおもてなしの一つと言ってもいい。

以前、四字熟語にルビを振る演習を研修に取り入れたことがある。「一石二鳥」なら「コストパフォーマンス」のように。「十人十色」に「みんなちがっていいんだよ」と書けば、相田みつを調だ。ルビは日本語の書き手の特権だから、煩雑にならない程度にうまく行使すれば文に味が出る。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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