玄関力 vs 奥座敷力

ホンネから言えば、最近はやりの「何々りょく」というのは考えものだと思っている。言語の悪しき造作だとも思う。言葉足らずな時の安易な穴埋めであり、説明責任を果たさずに「どうだ!」と言わんばかりの強引さも感じる。

しかしながら、大いなるためらいと罪悪感を押し殺して言ってしまおう。使ってみると、なんとこれが実に便利なのである。ありとあらゆるものと結びついて、あたかもそうであることが必然であるかのように収まってしまうのだ。

「灼熱の日のポカリスウェット力」 「なめらか水性ボールペンの書き味力」 「手さばき鮮やかなマウス力」 「冗談連発のオモロー力」 「ビュッフェスタイル朝食の大食い力」 「強いユーロに両替するたびに痛感する欧米力」……証明はこんなもんでもういいだろう。とにかく、何にでもくっつく万能瞬間接着剤だ。

あまり好ましくないと言いながら、ぼくもその便利さの甘い誘惑に時々落ちてしまう。いけないと思いながら、最近口走ったのが「玄関力」と「奥座敷力」である。くどいが、入り口力と客間力でもオーケーだし、エントランス力とリビングルーム力でもかまわない。

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何が言いたいのか? 来週末の私塾で取り上げるテーマ『情報編集の達人』で、情報は実体に先立つという話をする。具体的な例を挙げると、商品のデザイン・名称は実際の使い勝手や機能に先立ち、社名は事業ドメインに先立ち、自己紹介のしかたは本人の仕事の説明内容に先立つ。落語のマクラはオチよりも先に耳に入り、土用の丑のポスターは実物のうな重よりも先に目に入り、前菜はメインのステーキよりも先に口に入る。

一番の売りでありもっとも訴えたいことは奥座敷に置いてある。しかし、そこに至るまでに最初に玄関を通過せねばならない。玄関は目玉商品ではない。しかし、下駄箱の評価は床の間の評価よりも先に下される。従来から、こういうことに気づいた人々は、「第一印象」や「つかみ」の重要性を強調した。「はじめよければすべてよし」とも言い伝えてきた。

たしかに玄関よりも奥座敷のほうが実力上位だろう。だが、最初の印象がイマイチだったので、慌てて「実力はこんなものではありません」と弁明しても、その実力を認知するところまで来てくれなかったらそれまでだ。知己の関係ならともかく、初対面ともなれば一事が万事がよく起こる。

ここが情報化社会ならではの見え方なのだ。「情報≧実体」。情報という記号の表現と、それが醸し出すコンセプトの関係は神妙である。敢えて超極論するならば、ネーミングが外れれば製品には見向きもしない、一行目でつかみそこねたら本は読んでもらえない、靴が汚れていたら心も汚いと思われてしまう。

早とちりをして、「それなら玄関だけきれいにしておけばいいではないか」というくだらない反論はしないでほしい。それは論外なのだ。せっかくすばらしい奥座敷力があるのなら、それ相応に玄関力も磨こうという意味である。

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話はここで終わりたいが、終わらない。玄関力と奥座敷力の両方に自信があっても、「いい玄関ですねぇ、最高ですねぇ」とだけ褒めて帰ってしまうのが今時のユーザーだ。加速する情報化社会は想像を絶するほどの選択肢で溢れている。しかし、心配無用、料金無料。ぼくには温めてきた秘策がある。今日のブログを最後までお読みになった人にプレゼントしたい。

それは玄関と奥座敷を最初から一緒にしておくという奇策である。これなら誘導するのにもたつかなくていいし、「玄関開けたらすぐ奥座敷」で話が早い。名づけて「玄関奥座敷力」。ほら、うまくくっついた。  

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proconcept

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岡野勝志(おかのかつし) 1951年大阪生まれ 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター 岡野塾主宰 ヒューマンスキルをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。 マーケティング、コミュニケーションにまつわる企業や人

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