〈白〉の時間

青については少々饒舌気味にこれまで語ってきた。気温34℃の今日の昼下がり、〈白〉が浮かび上がる。机の上にずしりと置かれた広辞苑を繰る。「しろ【白】」の項の筆頭に「太陽の光線をあらゆる波長にわたって一様に反射することによって見える色」という説明が出てくる。

「あらゆる」とか「一様に反射」などと言われると、さっき歩いてきた道すがらの眩しさがよみがえる。脳が暑さを思い出す。しかし、広辞苑は、語釈の後に「雪のような色」と言わずもがなの形容を付け足す。これで相殺できるというわけか。

ここ数日間、ノートは「何も書いたり加工したりしていない」。これも〈白〉だという。何もないことが〈白〉。頭がパニックになることを「頭が真っ黒になった」とは言わない。気が動転しことばを失う時、「頭が真っ白になった」と言う。


オフィスの冷蔵庫にはいただきものの白ワインがある。ボトルを立てるスペース不足のため、一段目の棚に寝かせてある。よく冷えている。ふだん頻繁な来客が、この暑さのせいでここ半月めっきり減った。夕刻の訪問者はもしかするとこの白にありつけるかもしれない。

盆休み中のオフィスは静寂そのものだ。白い椅子に腰かけて順番待ちの本を拾い読む。拾い読みでないと、長蛇の列が続いてさばききれない。拾い読みだけして、熟読の要ありと判断した本は横にのけておく。

まったくノイズのない環境は、逆に落ち着かない。iTunesに取り込んでおいたCDの音楽を新しいiPadにインストールして流す。三局目に流れたのは『マルシェの白い熊』。ヨーロッパのどこかの市場――と言っても、都会のそれではなく、小さな街か村のマルシェ――を勝手にイメージする。メロディラインがその雰囲気にぴったり。

曲が流れると本読みに集中できない。今日もまた無為に半日が過ぎるのか……。白旗を上げる前にささやかな抵抗を試みる。それがこの一文。〈白〉という、あまり縁のないテーマだが、数日ぶりに白いページが埋まった。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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