地下鉄線に沿って

「へぇ、こんなものがあるのか」と驚いた。

大阪市外に住んだ時期も二十数年ほどあったが、ほんの数年間を除けばつねに大阪市内で働いていた。仕事は転々としたが、いつも市内の職場に通っていた。今は職住ともに大阪市中央区。自宅と職場は徒歩15分足らずなので、勤務に地下鉄は使っていない。数年前までは地下鉄に必ず乗っていたし、ライフスタイルは車を持たない主義なので、どこかへ行くとなれば最寄の地下鉄駅が起点になる。近くを谷町線、堺筋線、鶴見緑地線という三つの地下鉄が走り、自宅から徒歩5分圏内にそれぞれの路線の駅がある。

地下鉄をよく利用してきたし詳しいつもりでいた。だが、初めてそれを見て少し驚いた。「それ」とは、大阪市交通局が発行する『ノッテ オリテ』9月号。漫才師のような雑誌名だ。隔月刊のフリーマガジンらしいが、こんなものがあるとはまったく知らなかったのである。手にした9月号では「大阪旅 坂の町をゆく」と題した特集を編んでいて、上町、七坂、天王寺の風景が紹介されている。しょっちゅう散歩しているなじみの街並みだ。

大阪城から南方面に広がる一帯が高台の上町台地。山あり谷ありは大げさだとしても、起伏があるので坂の多い光景を呈している。天満橋てんまばしにあるぼくのオフィスのすぐそばを谷町筋が通り、大川の手前、土佐堀通とさぼりどおりの南側の傾斜が大阪の由来になった坂と言われている(大阪はかつて大坂、つまり「大きな坂」だった)。上町から見れば谷町たにまちは「谷」だから、狭い街中にあって高低感をよく表わす地名になっている。

さて、交通局が発行するその雑誌。巻頭に若手作家の万城目学まきめまなぶが『谷町線おもいで語り』と題してエッセイを書いている。谷町九丁目に住んでいた話、天満橋の小学校へ地下鉄で通っていた話、谷町線特有の紫のラインカラーの話などを懐かしく綴っている。次のくだりを読んで、思わずにんまりとしてしまった。

「(……)これまで数えきれぬほどの難解な漢字の組み合わせを見聞きしてきたであろうに、『いちばん難しい漢字四文字の組み合わせを答えよ』と問いかけられたなら、反射的に『喜連瓜破』の四文字が浮かぶ(……)」


ありきたりの文章だ。この文章に対して思わずにんまりしているのではない。「きれうりわり」と読ませる四文字の響きがたまらないのである。ここには何とも言えない、また知らない人には説明のしようのないおかしみがこもっている。喜連瓜破は、おそらく商売繁盛と並ぶほどの、大阪色たっぷりな四字熟語なのである。ちなみに、喜連瓜破は地下鉄谷町線の駅名の一つ。そして、この谷町線は、珍しいほど路線をくねらせて走っている。

谷町線を南から北へと辿ってみよう。八尾南やおみなみ長原ながはら出戸でとへと上がり、喜連瓜破きれうりわりで西へと向きを変え、平野ひらの駒川中野こまがわなかの(この近くに大学生頃まで住んでいた)、田辺たなべふみさと阿倍野あべの天王寺てんのうじへと達する。ここで再び北へと進路をとり、四天王寺前夕陽ヶ丘してんのうじまえゆうひがおか、谷町九丁目、谷町六丁目、谷町四丁目とくどい駅名が続き、天満橋へ。ここからまた西へ向き、南森町みなみもりまちを経て、息つく暇もなく、東梅田ひがしうめだ中崎町なかざきちょうと北上。天神橋筋てんじんばしすじ六丁目(日本最長で有名な商店街の最北地点)からは東へと走り、都島みやこじま野江内代のえうちんだい関目高殿せきめたかどの千林大宮せんばやしおおみや太子橋今市たいしばしいまいち守口もりぐち、そして終点の大日だいにちへと到る。実に四文字の駅名が五つもある。


喜連瓜破の他にも、生粋の大阪人が「おかしみのツボ」に嵌まる地名がある。さしずめ放出はなてん杭全くまた天下茶屋てんがちゃやはトップブランドだろう。「どうしておかしいのですか?」と他府県びとに聞かれても困る。おそらく語感と場所柄のイメージが複雑に絡み合ってそうなったはず。とにかく、これらの地名が脳内に響いただけで鼻から漏れそうな笑いの息をこらえたり実際に笑ってしまったりする人たちが少なからずいる。なお、今日の夕方、ぼくはさっき紹介した関目高殿で講演をおこなうが、一つ手前の駅の野江内代がちょっとやばい空気を醸し出しているのに気づいた。要注意だ。要注意とは、地下鉄の電車内で一人にんまりとすることへの警鐘という意味である。

消極的な選択

「高度情報化」には少々古めかしい響きを感じるようになったが、相変わらず油断も隙もない現象である。あっという間に話題やニュースを次から次へと急流に乗せて記憶の彼方へと追いやってしまう。もちろん、尖閣諸島問題のようなこじれた事件は日々更新されるので、日中関係という大きな水脈でとらえることはできる。しかし、国内の政治経済的な事柄は、たとえそれがマクロ的な類であっても、喉元過ぎれば何とやらの様相を呈する。

「消極的な選択」が取りざたされてからまだ一ヵ月も経っていない。にもかかわらず、ぼくがその話を持ちかけても周囲の誰も反応しなくなった。いや、反応どころか、すっかり忘れてしまっている。はるか遠い昔の思い出ですらかすかに再生できるというのに、つい先日の一件に対して「そんな話、あったっけ?」という具合なのである。

菅直人が民主党の代表に再選されてから今日で丸三週間が過ぎた。選挙の翌日、一部の新聞が「菅直人再選は消極的な選択」と書き、この論調を真似たのかどうか知らないが、テレビの報道でも同様のコメントが繰り返された。党員もサポーターも、地方議員も国会議員も、菅直人の支持者はみんな「やむなく投票」した、という主張である。これを「小沢一郎に対する積極的な拒否の裏返し」と分析していた紙面もあった。マスコミが事前におこなった世論調査も「菅のほうがまし」という結果だったのか。


ちょっと待てよ、とぼくは立ち止まる。消極的な選択に何か問題でもあるのだろうか。ぼくたちがやむなく――場合によっては、嫌々――何事かを決めるのは、なにも民主党の代表選に限った話ではない。ぼく自身の過去の投票実態を振り返ってみれば、積極的に選択したケースは圧倒的に少ないことがわかる。選挙を棄権すべきではないと殊勝な心掛けをしているので、選挙当日に投票会場に行くか期日前に投票を済ませる。そして、ほとんどの場合、消去法的に候補者を選んできた。

考えてみれば、そんなものなのである。自分が理想とする候補者がそこらじゅうにいるわけがないのだ。市長選や知事選になれば選択肢も減る。この人でなければいかんと言い得るのは後援団体に属する熱烈なシンパだからであって、無党派であれ特定の党の支持者であれ、平均的な有権者はたいていの場合、消極的な選択をしていると思われる。「五十歩百歩だが、それなら百歩のほうを選んでおくか」という決め方がだいたいの相場なのではないか。仕事上の決断でも、そんな選択が少なくない。

腹が減ったが、時間がない。後先考えずに飛び込んだ店のランチが三種類。解凍系のコロッケ定食に旬外れの煮魚定食、それに昨日も食べた豚の生姜焼き定食。こんなとき、入った手前、Uターンして出るに出れず、不承不承席に着いて「一番悪くなさそうなランチ」を消極的に選択するではないか。実際、そんな店で「ふ~ん」とため息ついて、「コロッケ定食でいいや、、、」と注文している客が案外多いのである。明らかに積極性はない。

それで、何か都合が悪いのだろうか。ぼくたちの日々の意思決定では諸手を上げて賛成という場面のほうがむしろ少ないのだ。とびきりの高望みをしているわけではないのに、やっぱりぼくたちにはそれなりの理想像があるし、あってしかるべきだろう。その理想像にぴったりの人物や食事に頻繁に出合えるものではない。居直るつもりはないが、消極的選択でいいのである。少なくともそれは拒絶ではなく、選択なのだから。 

表記と可読性の関係

何年か前の手書きノートを、脳内攪拌のつもりで時折り読み返す。同じく、一年前か半年前の自分の公開ブログを気まぐれに読む。近過去への郷愁からでもなければ、強度のナルシズムに酔うためでもない。この十年や数年というスパンでとらえてみれば、自分の思考軸の大きな傾きはよくわかっている。しかし、ほんの一年や半年となると、小さくてゆるやかな変化や変形には気づきにくいものだ。こんなとき、書いたものを振り返るのが一番よい気づきになってくれる。

虚々実々的に、何がホンネで何がタテマエかがわからぬまま適当に自分の考えを綴ることはめったにない。ぼくは遊び心で書くことが多いが、それはフィクションという形を取らない。どんな演出を凝らそうと、愚直なまでにホンネを書く。これが一部の読者に毒性の強い印象を与えているのは否めないが、今と過去のある時点との考え方の変化を知るうえで、自分自身で書いたものが恰好の証拠になってくれている。

昨日から遡ること、ちょうど半年前のブログでぼくはパラグラフ感覚と文章スタイルについて書いていた。二十代に刷り込み、強く意識してきた型を今も踏襲していると思っていたが、半年前のその記事を読んで、「いや、現在はここまで頑なではないだろう」と思った。実は、この半年でだいぶ型が崩れてきているのである。正確に言うと、ぼく自身はジャーナリストでもないわけだし、スタイルや表記の統一性に特に神経質になる必要はないと思い直して、型の崩れを気にしなくなったのだ。


かつてぼくは異様なほど表記の統一にこだわった。二冊の拙著でもそうだった。「わかる」と「分かる」の両方を使わないよう「わかる」に統一し、「……に限る」では漢字を使うが「かぎりなく……」はひらがなにするなど、随所で表記に神経を使った。かつては「言葉」と書くことが多かったが、いつ頃からか「ことば」とひらがなで書くことにこだわった。もし読んだ本から文章を引くとき、そこに「分かる」「限りなく」「言葉」と書かれていたら、そのまま正確に引用はするが、引用文を敷衍して自分が書く本文では表記を自分流に戻す。徹底してそうしていた。

ところが、遅ればせながらと言うべきか、最近は変わってきたのだ。気の向くままに――と言うよりも前後の語句との相性に目配りしたりもして――たとえば「いま」と書いたり「今」と書いたりすればいいではないか、などと思うようになった。表記よりも漢字の量や意味の硬軟、つまり可読性を重視すべきだろうと考えるのである。何十行前か何日前か何年前か知らないが、先にこれこれの表記をしたから今回も同じ表記をしなければならないという理由などない。このように、半年間で融通のある表記へと転向したきっかけはよくわからない。読み手への配慮からか、表記統一が面倒になったからか? もしかすると、酷暑のせいかもしれない。

先月末、ヤフーのトップ画面のトピックスに、「樽床議員に2社使いう回献金か」とあった。目は「使いう」という、変な箇所で分節してフリーズした。まさか「回献金」? こんなことばは見たことも聞いたこともない。数秒後には「2社使い、う回」と切って「迂回」が見えたので、意味がわかった。ここは「迂回」が読めなくても「う回」などという交ぜ書きすべきではないだろう。ついでに語順も変えて、「二社使い樽床議員に迂回献金か」とするほうが見やすく読みやすい。その時々の文章の可読性を優先して、表記を考えればいいのである。

メッセージを読む

今日の夕方は、去る87日以来の会読会である。参加予定は12名。全員が発表して少し意見を交えていると、あっという間に2時間やそこらが過ぎてしまう。読書の会だけにかぎらない。普段の会議でも打ち合わせでも、ことばをしっかりと駆使せねばならないときは、時間もエネルギーも大いに消費する。まさに言語行為は肉体的であり精神的だ。真剣に挑んだあとは心身ともに疲れ切っている。

ご存知のように書物には著者紹介欄がある。表紙裏や奥付の上覧や背表紙にプロフィールが載る。著者名もなくプロフィールもない本をぼくは読んだことがないが、少し想像してみよう。誰が書いたかわからない本。和歌では詠み人知らずはあるが、本ではないだろう。いや、無名な人たちが書いた文集を集めたものはある。あるにはあるが、「○○新聞文化部編」とか「□□の会編」などの編者が示されている。実名もなく仮名もなく匿名もない、著者名不在の本。雑誌やインターネット上の記事ならともかく、そんな、たとえば200ページくらいの本をぼくたちは懸命に読めるだろうか。

次の文章を読んであなたはどう感じて、どう評価するだろうか。

旅を楽しもう目的地は最重要ではない。一番たいせつなのは目的地に到達しようとする過程である。『目的地に行ければ幸せになるだろうな』とわたしたちは考える。だが、ふつうそうはならない。ゴールを定めることは重要だが、もっとも重要なのはゴールを達成することではなく、ゴールを目指す過程を楽しむことなのである。


「いいメッセージだ、誰が言ったか知らないが、共感する」、あるいは「つまらん、誰が言ったか知らないが、反対だ」とあなたは言いえるか。発信元不明のまま――権威筋であれ近所のぐうたらオヤジであれ――あなたは共感または拒絶の評価を下せるか。ぼくたちはことばによるメッセージに感動したり説得されたりするが、実はそこに発信者が誰なのかがわかっている状況がある。人の気分を強く支配するのは、メッセージそのものよりもむしろ、たとえば誰がどんな調子でそれを言ったかのほうなのである。そのくせに、発信者が定かでないインターネット上の情報につい信頼を置くという身勝手をしてしまう。

先の文章は、The Only 127 Things You Need―-A Guide to Life’s Essentials”からの引用(ぼくが訳したもの)。昨年渡米した折りに買った。未翻訳本だと思うが、直訳すれば『あなたに必要なたった127のこと――人生のエッセンスガイド』というような題名だ。ドンナ・ウィルキンソンという女性が著した本で、各界の著名人にインタビューし、健康から生き方に至るまでのメッセージを紹介し説明している。著者のキャリアやプロフィールと無関係に、あるいは当該文章がドクター何某という人物の言であることを知らずに、純粋にメッセージの意味と対峙するのは至難の業だ。

読書とはまさにかくのごとし。本の中身だけでなく、発信者のキャリア、権威、人格などを知らず知らずに読み込んでいる。同じメッセージでも、ニーチェが言ったか憎い知人が言ったかで響き方が変わるのだ。これが人間の本性。だからと言って、やむをえないというつもりはない。それはそれとして、付帯状況や背景にとらわれずにメッセージのみをじっくりと読んでやるという意地か抵抗を見せたいと思う。

ちなみにぼくは上記の引用文に大いに共感した。実際にそこで書かれている考え方を実践しているから。同時に、たとえば「成功とは旅である。目的地ではない」(ベン・スイートランド)ということばを覚えていて、二重写しのように読めた。このように、メッセージを読むことには、多分に読む側の知の都合が働くものなのである。

推論と「正答」について

「正答」という表現が妙に不思議に見えてくる。常識世界では〈11〉には一つの正答が存在する。正答のない問題を学校は出題しないし、また正答が複数あるような問題の採点に教師は苦労するだろう。極端なアマノジャクでないかぎり、〈112〉を認めざるをえない。だから、「11は?」と聞かれて「2」以外の答えを書いたら間違いとされる。

こんなふうにただ一つの答えを覚えたり導いたりする習慣を身につけてしまったのがわが国の大人たちだ。必然、「人生とは何か?」や「世界とは何か?」や「日本と中国の関係はどうあるべきか?」などにも唯一の正解が――自分のアタマで編み出されるのではなく、どこかにすでに――あるように錯覚してしまう。

一つの答えしかないという、学校時代と同じような場面は実社会ではめったに現われない。実社会ではふつう解は複数存在する。いや、解をどこかから探してくるというよりも、解を捻り出さねばならないのである(これは決断の一つ)。ある問いや課題を前に、ぼくたちはありったけの知識によって考え、何らかの答えを導く。このような導出は演繹的推論と呼ばれるが、答えは推論によって編み出される。自分の推論を他者に説得できれば、それがひとまず正解になのである(年初に正解創造について書いた)。

ところで、受講生の興味をくすぐるために、論理講座の冒頭でいくつかのクイズを出題することがある。以前、その一つに競馬の話があった(逢沢明著『論理力が身につく大人のクイズ』を参照してアレンジしたもの)。「アメリカの作家マーク・トウェインは、競馬を成立させているものは『これだ』と喝破した。いったい何が競馬を成立させているのだろうか?」という問いである。三択なのだが、選択肢を見ないでしばし考えていただきたい。


この問いは正解を求めているのではない。もとより正解など誰も決めることはできないし、仮に決めるにしてもたった一つではないだろう。ごく常識的に考えれば、競馬は馬、競馬場、調教師、騎手、厩務員、馬産地、馬主、競馬ファン、血統……など長いリストの複合要因で成り立っている。したがって、上記の問いがぼくたちに期待するのは、マーク・トウェイン自身が想定した競馬成立要因の最たるものを推論することである。では、もったいぶらずに三択を示すことにしよう。

競馬を成立させているのは、意見の相違だ。

競馬を成立させているのは、強欲な人間だ。

競馬を成立させているのは、勤勉な馬だ。

さあ、どれがマーク・トウェインの主張だったのだろうか(ちなみに、「辛辣な皮肉家マーク・トウェイン」と言っておけば、大勢が➁を選ぶようになる)。


まず、➂を検証してみよう。たとえば10頭の馬が走るレースの場合、ごく稀に同着があるものの、1着から10着までの着順が決まる。わが国には馬券の種類がいろいろあるが、いずれも3着までが配当対象。だから、1着、2着、3着さえはっきりすればいい。別に馬が勤勉だろうと怠けようと順位がつくのはほぼ間違いない。馬がまじめである必要などまったくないのである。

次に➁はどうか。これも強欲だろうが少欲だろうが無欲だろうがかまわない。馬券さえ買ってもらえればいいのである。本気か遊びかは問わない。

消去法的には、どうやら➀の「意見の相違」がマーク・トウェインの考えらしい。念のために推論してみよう。あるレースで馬券購入者全員がただ一頭の単勝馬券を買えば、的中しても儲けはなく、買った分だけの金額しか戻ってこない。これを「元返し」と呼ぶが、実際は馬券売上の25パーセントは控除され、残りの75パーセントが配当に振り分けられるので、もし全員的中などということがあれば、100円で的中しても75円しか返ってこないことになる(ぼくはこれ以上詳しくは知らない。そんなことが万が一あれば、主催者側は売上のすべてを還付するのかもしれない)。

もうお分かりだろう。競馬ファンにはそれぞれのお気に入りの馬や狙いの馬がいる。お気に入りと狙いが極端に集中した例としては、ディープインパクトの菊花賞での約80パーセントが記憶に新しいが、こんなケースは例外中の例外。そこそこ人気の馬でもめったに占有率50パーセントには届かないから、競馬ファンの意見は見事に分かれるようになっているのだ。すべてのレースでみんなが同じ馬券を買えば、競馬は破綻する。いや、運営する意味がなくなってしまう。意見の相違こそ競馬成立の要因なのである。

以上がぼくの推論である。三択でなければ、「競馬を成立させているものは、必勝法の不在」とぼくは答える。完全必勝法が誕生すれば、競馬は賭けの対象ではなくなるからだ。ともあれ、ぼくはこの問いを、民主主義と二重写しにして考える。「民主主義は意見の相違によって成り立っている」。

速読から「本との対話」へ

速読の話の第三話(最終回)。

前の二話で速読そのものを一度も否定していない。ぼくの批判点はただ一点、速読への安易な姿勢に向けたものである。まず、速読は読書キャリアがなければ無理だと書いた。また、自らの読書習慣を省みずに速読に飛びつくことに対して異議を唱えた。さらに、どんなに熱心な読書家であっても、まったく不案内のジャンルの本を神業のように速読することは不可能だと言っておこう。万に一つのケースが誰にでも当てはまるかのように喧伝したり吹聴したりするのは誤解を与える。

本をいろいろと読むのはいいことである。本は思考機会を増やし知のデータベースを大きくしてくれる。けれども、多種多様にわたって多読をこなそうとし、手っ取り早い方法として速読を選択するのは浅慮もはなはだしい。多種多様な本を多読したというのは結果である。それは何十年にもわたる日々の集積なのだ。知的好奇心に誘われて本を選び、そして読む。読むとは著者との対話にほかならない。形としては著者が一方的に書いた内容に向き合うのだが、一文一文を読みつつ分かったり分からなかったりしながら読者は問い、その問いへの著者の回答を他の文章の中に求めるという点で、読書は問答のある対話なのである。

読んだ本について誰かがぼくに語る。そこで、好奇心からぼくは聞く、「いい話だねぇ。いったい誰が書いたの? 何というタイトル?」 読んだはずのその人は著者名も書名もよく覚えていない。最近読んだはずなのに、覚えているのは結局「本のさわり」だけなのだ。それなら新聞や雑誌で書評を読んでおくほうがよほど時間の節約になる。その人は単に文字を読んだのであって、著者とは対話していなかった。こんな読書は何の役にも立たない。持続不可能な快楽にすぎない。一年や二年もすれば、その読書体験は跡形も残っていないだろう。


先日新聞を読んでいたら、『知の巨人ドラッカー自伝』(日経ビジネス人文庫)が書評で取り上げられていた。関心のある向きは買って読むだろう。なにしろピーター・F・ドラッカー本人の自伝である。この本を読む人は著者も書名も忘れないだろう。おそらくドラッカー目当てに読むからだ。他方、その書評の下か別のページだったか忘れたが、新書の広告が掲載されていた。それは見事に浅知恵を暴露するものだった。書名は忘れたが、ほんの90秒で丸ごと朝刊が読めるというような本だった。これが真ならば、もうぼくたちは読書で悩むことはない。いや、読書以外の情報処理でも苦しまない。理論化できれば、その著者はノーベル賞受賞に値する。ノーベル何賞? みんなハッピーになるから、平和賞だろうか。

朝刊は平均すると2832ページである。文庫本を繰るのとはわけが違って、新聞を広げてめくるのに1ページ1秒はかかる。つまり、30ページなら30秒を要する。残り1分で30ページを読むためには、あの大きな紙面1ページを2秒で読まねばならないのである。さっき試してみたが、一番大きな記事の見出しをスキャンしただけでタイムアップだ。「ろくに本も読まずに極論するな」と著者や取り巻きに叱られそうだが、著者も極論しているだろうし、その本を読まない人に対しては多分にデフォルメになっているはずだ。おあいこである。

現時点で有効なように見えても、一過性の俗書は俗書である。他方、時代が求める即効的ノウハウ面では色褪せていても、良書は良書である。そこで説かれたメッセージは普遍的な知としてぼくたちに響く。長い歴史は書物の内容に対して厳しい検証を繰り返すものだが、どんなに後世の賢人に叩かれようとも、たとえば古代ギリシアの古典もブッダのことばも論語や老荘思想も大いなるヒントを授け続けてきた。そして、間違いなく、本との対話、ひいては著者との対話が溌剌としている。 

速読と大量刷り込み

速読の話の続き。本をまともに読んだキャリアのない人が、一念発起して読書に向かうとする。このとき、誰かに教わって速読を試みても、ほとんど読めないだろう。何もアタマに入ってこない。文字を読んで培った知識の受容器が小さいから、文字情報を高速処理できないのである。これはコンピュータの処理能力によく似ていて、結局は容量に応じた情報量しか処理できないのである。理解と記憶の度合いは、自前の受容器の大きさにほぼ比例する。

その人が速読の訓練を積み重ねても、見開きページ上での眼球の動きが速くなるだけで、アタマがついていくようにはならない。しかも、理解しなければと焦るほどに読む速度にブレーキがかかってしまう。今さら嘆いてもしかたがないが、結局は「もっと幼少年時代に本を読んでおけばよかった」という述懐に落ち着く。「四十歳からのやり直し読書」のような本がすでに世に出ているに違いないが、四十歳からやり直すなら、「何のために本を読むのか」をしっかりと問い、じっくりと読むしかない。つまり、精読。

ところで、十代前半までの読書習慣はもっぱら環境に左右される。親自身がよく読むとか、親が物語を読んで聞かせるとか、自宅の書棚に本がたくさんあるとかだ。仮に家庭にそんな環境がなくても、友人に本好きがいたり国語の先生が読書を大いに薦めたりしてくれたら、本を読む癖がつきやすい。図書館や町内の書店なども環境要因になる。こうして、幼少年時代の読書は好奇心に突き動かされて、大きな楽しみとなる。楽しいから手当たり次第に読み、速読など意識せずとも、自然と速く読め、かつよく覚えるようになる。これは、ある意味で、脱意識的な大量刷り込みを可能とし、知識や思考の受容器を発達させてくれる。


以上のことは、ことばを覚えるプロセスと同じだ。ぼくたちは人の話を耳から大量に聴き、概念と意味を推理してことばを習得してきた。このような会話における音声と聴覚の関係が、読書では文字と視覚の関係に置き換わる。概念知識と言語体系の中で意味理解が進むのだから、このような習慣を身につけてきた人は、初めて読む内容であっても類推が働く。つまり、アタマの中に理解の手掛かりとなる知と言語がすでに備わっているのだ。密な蜘蛛の巣と疎な蜘蛛の巣とでは、前者のほうが餌となる虫を捕獲しやすいのと同じ理屈である。

読書のスピードは徐々に加速してくるものだ。決してある日突然速読できるようにはならない。幼少時から本に親しんできた人は、速読トレーニングなど積まなくても緩急自在に本を読める。やさしい本なら時速100キロメートルで飛ばすように読み、手強い本なら狭い路地をゆっくり歩くように読む。読書習慣に乏しかった人ほど速読の功を焦る。いきなり高速運転をしてもただ目的地に到着するだけで、理解し楽しむなどの余裕はない。誰もが速読上手な読書人になれるとはかぎらない。

手遅れを自認するのなら、そして義務や見栄で読書をするのではなく、必要や好奇心から読書習慣を身につけようと思うなら、急いで「読後」へと向かうのではなく、「読中」、つまり読むというプロセスそのものにじっくりと浸ることだろう。傍線を引いたり囲んだりとマーキングし、いい話だ、ためになる、おもしろいと思えばそこに付箋紙をくっつけておけばいい。このような精読を続ければ、徐々にスピードが速まっていく。やがて、広角的に文章を拾えるようになり知が起動してアタマが活性化するはずである。きついことはきついが、中年以降の読書習慣の始まりはおそらくこれしかない。

速読は「読み方」なのか

昨年一月に会読会を始めてから、読書について考える機会が増えた。「同じ本を二度読むほうがいいのか」、「読みながら傍線を引き付箋紙を貼るべきか」、あるいはもっと根本的な「どんな本をどのように読むか」などを問うては答え、その答えの理由も考える。とりわけ、古典的な「速読か精読か」という問いを無視できない。今のところ、平均的読書人が本を速く読む必要などないという立場を取る。速読とは本の内容に向けられた行為ではなく、本の冊数をこなす行為にほかならない、と考えるからである。

趣味が多読なら、浅く広く速く読めばよろしい。また、特定テーマにすでに詳しい職業人の場合は、関連図書をいくらでも速読できるに違いない。あるいは、課題として読書を迫られている人は、とりあえず急いで通読しておきたいだろう。速読はこれらの人々の願望やニーズに応えることができそうだ。ここで言う速読とは「速やかに目を通すこと」であって、よく理解することまでは約束しない。まったく知らないことが書かれた本を30分やそこらで読むことはできない。ある程度理解できている内容なら、知識量に応じた速度で読めるのである。

英文ライティングを生業とし始めた二十代の後半に英語上達の方法をいろいろと独学していた。文章スタイルも英文雑誌のエディトリアルも広告コピーの勉強もした。その勉強の一つに速読があった。アルファベットという26の表音文字だけの文章と日本語の文章の速読をまったく同列で語ることはできない。また、外国語と母語という相違も決定的である。しかし、視野を広げてパターンを認識するという点はまったく同じだ。

英語では速読をスキミング(skimming)とスキャニング(scanning)に大きく分ける。スキミングは要点の読み取りであり、重要な記述とそうでない記述を嗅ぎ分ける作業である。要点や重要な箇所は読者それぞれだから、スキミングという速読の結果、読み取った内容も読者それぞれである(このことは読書行為の特性であって、速読や精読とは無関係だ)。他方、スキャニングは検索型の読み取りである。パソコンのウィルスソフトと同じで、スキャンしてウィルスを探すように、ある特定のキーワードや目当ての用語をさっと見つけ出す。いずれも速読のための技術としてトレーニングも考えられている。


速読は精読よりも理解と記憶にすぐれているという説もある。これには一理ある。たとえば、ゆっくり喋る人の話が分りやすいとはかぎらない。意味はことばのつながりや文脈において成されるので、間が空くと理解に時間を要する。音声を聴き取れさえすれば、早口のほうが理解しやすく記憶に残りやすいという側面もたしかにあるのだ。しかし、他者ペースの話を聞くにせよ自分ペースで本を読むにせよ、結局はスピードの遅速ではなく、頭がついていくかどうかの問題になってくる。

功罪という点では、速読そのものに「罪」などない。過ちは人に起こる。それまでの自分の読書体験の貧しさを顧みず、ただひたすら速読すれば本の内容がよく理解できるという早とちりである。「功」については、先にも書いた、見える文章群の範囲を広げるという点が最大だろう。しかし、広角認識ができるから速読できるのか、それとも速読するから広角認識が得られるのかのどちらが真なのか判然としない。まるでニワトリとタマゴの関係に思えてくる。

速読するために別の訓練があるのか、あるいは速読そのものが何かの訓練なのかという問い方もできる。ぼくにとっては、広角認識もスキミングも、速読がらみのスキルはすべてトレーニングに思えてくる。しかも読書のためではなく、スピード思考のためのトレーニングなのである。速読は本の読み方の一つのメソッドと言うよりも、思考や言語の活性化に役立つのではないか。本の理解と記憶を保証はできないが、頭を働かせる功ならありそうなのである。

速読は「読み飛ばし」の技術でもある。読み飛ばせるのは、内容をある程度分かっているからだ。ある方面の本を何冊も読んでいれば、類似の本ならば要点も分かるだろうし読み飛ばしもできる。しかし、断言してもいいが、まったく知らないことをハイスピードで読むことはできない。仮に速読できたとしても、理解はいい加減、後日記憶にも残っていない。いや、理解も記憶も完璧だと言うのなら、その御仁はモーツァルト級の天才に違いないのである。

記憶の中の魚

魚について語ることなどめったにないが、昨日取り上げたついでに魚にまつわる記憶を少しまさぐってみた。小学生まで遡ったら、魚の記憶が肉の記憶を圧倒していた。記憶領域の狭い肉の大半は鯨肉で、臭みの強かった豚肉がそれに次ぐ。牛肉は「ハレの日」のすき焼きとして登場するくらい。日々の食卓には、脳に良いと言われるDHAを豊富に含んだ、安価な青魚が並んでいた。同じものばかりで飽きるから、どこの家でも調理に工夫を凝らしていた。

肉が魚に追いついたのは肉じゃがやカレーライスをよく食べるようになってからか。やがてトンカツ、少し贅沢になって、ビフカツにビフテキ。もちろん常食からは程遠かったが、肉と魚の記憶がほぼ互角になるのが中学生から高校生にかけての頃だ。やがて一気に肉食時代がやってきた。二十歳になる前に羊肉も食べ始めていた(ラムではなく、くせの強いマトン)。気がつけば肉を好むようになっていた。定食屋のメニューも肉が優位になったのだろう。回転寿司などない頃、二十代にとっては高級化した寿司や刺身に手が届かなくなった。

庶民的な大阪の下町で育った。近所にまだ田んぼがあってザリガニがいた。あまり衛生的ではない川も流れていたが、そこにフナがいた。近所のオヤジがその川の鮒を食べて肺ジストマにかかったという話を聞いた。あの川の生き物を口に入れるのは相当勇気があったか、よほど腹が減っていたかのどちらかだろう。十分加熱しなかったのに違いない。ちなみに、鮒の洗いは今でも鰻屋で出すところがある。食材豊富な現在、わざわざ鮒やコイを食べる人は少なくなった。ぼくは鮒ずしはまったく平気だが、本場近江以外での愛食家をほとんど知らない。


小学生の頃、父のバイクに乗せられて南紀へよく行った。目当てはアジである。バケツ一杯などと粗っぽく勘定するほど、いくらでも小鯵が釣れた。細かくタタキにしたり南蛮漬けにしたりフライにしたり。一週間は鯵づくしになった。

そんなある日、父がスズキを釣って帰ってきた。ぼくにとっては「スズキ」は人名でしかなく、まさか魚にそんな種類があるとは知らなかった。悪戦苦闘しながら父は友人に手伝ってもらって魚拓を取った。なにしろ優に1メートルを超える大物だから墨を塗るのも一苦労だったに違いない。しかし、今にして思えば、鱸というのはだいたいそんな大きさなのである。これは刺身と洗いにして食べた。洗いは新鮮さが勝負なのだが、魚拓に手間取ってからの味はどうだったのか。鮮やかな白身だったのは覚えているが、残念ながら味の記憶はない。鱸はフレンチで食べる機会のほうが多くなった気がする。

その鱸が出世魚だと聞いたのは後年のことである。出世。何と懐かしく響くことばだろう。立身出世にあるように、人は誰でも将来大人になったら出世するものだと思っていた。世間では「早く大きくなって出世して親を楽にしてあげなさい」などと普通に言っていたものだ。だが、これは切ない願いであって、大きくなってもダメな奴はダメということもやがて学ぶ。社会的に高い地位に到ることと成長は違う。実際、ブリがワカシやツバスの出世形であると誰が断言できるだろう。

関西では成長するごとに〈ツバス→ハマチ→メジロ→ブリ〉と名称が変わる。関東での名変わりはぼくにはあまり馴染みのない、〈ワカシ→イナダ→ワラサ→ブリ〉となる。たしか富山だったろうか、「がんど」と書いてあって、聞けばハマチのことだった。さてさて、鰤は実際に出世しているのだろうか。もちろん鰤には出世の自覚はないだろう。気の毒なことに、鰤がどんな体長であっても出世前でも、人は釣り上げて食ってしまうのだ。

落語や歌舞伎の世界だけでなく、ビジネスの世界でも成長とともに改名してみてはどうか。少なくとも出世した気にはなるかもしれない。ブランドを築いた成功者は改名を好まないだろうが、歴史的には明治の頃までは名前をよく変えたのはご存知の通りだ。幼名が日吉丸で、元服後に藤吉郎という通称まであったのが秀吉だ。苗字のほうはもっと改姓を重ね、木下、羽柴、平、藤原、そして豊臣に到った。今では姓を頻繁に変えてしまうと怪しまれる。

旨い魚は旨い

「旨いものは、やっぱり旨いねぇ」と誰かが言い、自分もよくそう言うことがある。どんな商品か店か忘れたが、「旨いもんは旨い」という関西弁のコマーシャルがあったのを覚えている。この種の文章は同語反復文と呼ばれる。英語ではギリシア語源のトートロジー(tautology)という表現を使う。論理的にはまったく意味を成さないものの、主語と述語に同じ用語を使うのだから、どこから見ても完璧に自明になるのは当たり前だ。

けれども、完璧に自明なほど、ただ旨いと言うしかない料理がある。「旨いもんは旨い」の「もん」の箇所は、食べるものなら、肉でも野菜でも中華でも何でもよい。一昨日の土曜日、金沢でいただいた刺身盛はまさに「旨い魚は旨い」であった。五月にご馳走になった、山間やまあいの茶屋でのイワナ会席も絶品だったが、いずれも「旨い」の右に出る形容詞は思い浮かばなかった。

いくらかは表現力もあるつもりだが、旨いものに出合ってしまうと品評のためのことばを失ってしまう。食材を絶賛するときのぼくたちの語彙不足ときたら、何というていたらくだ。「旨い」か、それに近い褒めことばか、あるいは、唸るか無言かのいずれかだろう。グルメレポーターのように「お口の中が宝石箱」のようなコメントは現実的にはありえない。もし「舌が抱腹絶倒の幸福感に浸っています」などと冷静に語れるならば、それは未だ美味に到っていない何よりの証拠である。


しかし、旨い魚は実に旨いのである。ほんの十年ほど前は「旨い肉は旨い」だったのだが、肉の上限は見えてきた。別に最高級の肉を極めたからではない。自分の懐具合における極上にはほぼ出合った気がしている。それには理由があって、ぼくにとっての旨い肉は「とろけそうなほど柔らかい肉」ではないからだ。柔らかい肉が旨い肉ではありえず、むしろ「頼りない肉」なのである。口に入れた瞬間とろける肉を食べるために大枚をはたく気はない。予算内で楽々済ませられ、野趣溢れる肉汁が広がり、しっかりした歯応えのある肉にぼくは十分に満足できている。

ところが、魚ときたら、いくらでも上には上がある。たとえば、「これは究極のブリだ」と感嘆したと思ったら、翌年に別の場所で別のブリを絶賛することになる。刺身が旨いと思ったら、ブリカマがもっと旨かったりもする。年齢のせいかもしれないが、魚のほうに奥行きを感じる今日この頃だ。

ここまで旨い魚を絶賛してきたくせに、少々興ざめなことを書こうとしている。「旨い魚は旨い」というのは不正確で、実は「旨い魚」などないのである。生のままであろうと焼こうと干そうと煮ようと、魚が旨いのではない。旨さは魚側の属性ではなく、人間側の、味覚を含む五感と価値観によって捻出される。昨今用いられることばでは〈知覚品質〉が近い。「旨い」とは、ぼくたちが「認めていて好んでいる価値の表現」なのである。裏返せば、「不味まずい」は、「認めるどころか、嫌っている価値の表現」だ。だから、「旨い魚は旨い」と「不味い魚は不味い」のいずれもが成り立つ。しかも、同じ魚料理について二様に評されるのである。