幼さと情報依存

企画の勉強の際にいつも注意することがある。これは先に言っておかないと、ほとんどの受講生が誤ってしまうことであり、企画の終盤になってから指南しても手遅れになるのだ。「企画の出発点において調べるな!」というのがそれである。昨今、企画らしい企画にお目にかからないのは、企画に占める調査の比重が大きくなっているからだろう。いや、実は、大きくなどなっているのではなく、企画者自身が勝手に重要視してしまっているのである。

企画が調査の同義語になってしまった。最重要な企画コンセプトをろくに煮詰めもせずに、せっせと情報で外堀を埋めてしまう。気がつけば先行企画事例やデータでがんじがらめになり、企画者の独自の視点、アイデア、思考が従属的もしくはお情け程度の付け足しになっているのである。誰もが企画の仕事に従事するわけではないだろう。だから、部分的には調査偏重の企画技法で事足りる人たちがいる。しかし、企画にはもう一つ見過ごせない学びがある。もう一つというどころか、それは根幹的命題にかかわるものだ。すなわち、「自分で考える」という能力である。

「自分で考えることは重要である」という、いかにもぼくたちの共通感覚であると思われる命題を、上滑りせずにいざ証明しようとすれば、事のほかむずかしいのである。たとえば、「考えなくっても、どこかの先行事例をちょいちょいとアレンジすればいい。どんなにあがいても、創造的な企画を考え抜くなど凡人には不可能なんだから」という、アンチテーゼになっていないお粗末な反論で自力思考の尊さが崩されてしまうのである。


企画には思考力が不可欠である。自分で考えなければ、誰かが考えたことを用いるしかない。つまり、思考を外部に依存するしかない。そして、それは情報を自分のアタマ以外のところで検索することを意味する。ろくに考えもせずに「考えてもわからない」とあきらめて、情報を取り込もうとするのは精神的幼さにほかならない。但し、幼児の場合は知性も教養も不十分であるから、それもやむをえない。そもそもそうして学習することによって彼らは自ら思考する習慣を身につけていくのである。いま問題にしているのは大人の話である。

どんなに力量を備えても、考える材料の不足はいつまでも付きまとう。だから、どこかで勇気を奮い「不足→調査」という流れを断ち切らねばならないのだ。さもなければ、「考えない」あるいは「考えなくてもいい」という習慣が繰り返され、やがて「考える」という習慣よりも強く形成されてしまうからである。これは親離れできない精神構造によく似ていて、努力しないかぎりひとりでに依存症が解消することはない。集めても集めても情報は尽きることはない。小さな池だと思って泳いでいたら知らないうちに大海で溺れていたということになる。

自力で考えるのはたやすくない。誰もが考え抜くために突破口を求める。その突破口が調べれば簡単に手に入るようになった。たいがいのことは検索すれば見つかるし、実際のところヒントにもなってくれるだろう。しかし、企画に唯一絶対の正解などないのに、調べれば答えらしきものに出合える、この「検索即解答」という便利さが、企画に不可欠な「勘」を奪ってしまう。勘とは、言い換えれば、自分で考えて蓋然性の高い方向で仮説を立てる力である。誤解なきよう。調べてもいいのだ。考えて苦悶し、勇気をもってひとまず自分なりの決断を下したあとに、ねらいを絞って情報を参照すればいい。

情報依存は親依存、友達依存、先輩依存に酷似している。その姿は独立独歩できない未熟な青少年そっくりだ。ここまで書き綴ってきて、ある書物を思い出した。カントの『啓蒙とは何か』である。機会を見つけて近いうちに続編をしたためたい。 

古(いにしえ)のことばの指針

半月前の金沢、私塾開講の日の朝にぶらりと武家屋敷界隈まで歩いた。二年ぶりである。足軽の旧屋敷を利用した足軽資料館に入ってみた。マンション住まいのぼくから見れば、下級武士の家とは思えぬ、ちょうどいい感じの広さ、間取りである。一室に展示してある『武道初心集』に目が止まる。これは享保年間(17161736年)に編まれた武士のための心得を記したものだ。次のように書いてあった。

乱世の武士の無筆文盲なるには一通りの申しわけもこれあり候。治世の武士の無筆文盲の申しわけは立ちかね申す義に候。

文中に「文盲」の一語がある。差別語だと騒ぐ、口うるさい向きがいるかもしれないが、昔の話だ、意に介さないでおく。さて、その無筆文盲はふつう「無学文盲」とされ、今風に言い換えれば「リテラシーのないこと」を意味する。つまり、読み書きのできない無学のことだ。「戦や騒乱続きの秩序なき時代なら、武士が無学であっても一応の言い訳が成り立つだろうが、何事もなく穏やかな時代であれば、武士の無学には弁解は許されるものではない」ほどの意味である。

現在の金融不安やデフレ経済の生活に及ぼす影響は軽視できないが、雑兵として出陣せねばならなかった時世は現況の比ではなかっただろう。したがって、今も一種の乱世だからリテラシー不足もやむなしとは言い訳できぬ。いや、当時とは違い、有事・平時を問わず、ぼくたちには時間があるのだ。常日頃よく筆を用い文を読むことを怠っていい理由はない。


金沢の一週間後に、毎日新聞に緒方洪庵の『扶氏医戒之略』からの一文が紹介されていた。私塾の構想のためにずいぶん前に洪庵の適塾の研究をしていたことがあって、記憶が甦ってきた。扶氏とはフーフェランド(17641836)というドイツ人の医学者で、洪庵は彼の『医学必携』オランダ語版を抄訳したのである。

医の世に生活するは人の為のみ、己が為にあらずといふことを其業の本旨とす。安逸を思わず、名利を顧みず、唯己を捨てて人を救わんことを希ふべし。人の生命を保全し、人の疾病を復治し、人の患苦を寛解するの外他事あるものにあらず。

医術の心得ではあるが、当世の医者のみならず、政治家、経営者、教育関係者など要職にあるプロフェッショナルは肝に銘じておくべきだろう。すべての職業に当てはまるよう超訳ししてみよう。

仕事人の本分は自分のためではなく人のためであり、気楽になろうとか名誉や利を求めようなどと考えず、ひたすら無私の精神で人の役に立とうと願いなさい。人の立場を守り、困っていることに手を差し伸べ問題を解決するべく一途に努めなさい。

江戸時代の読み書きの教えも仁愛の精神も色褪せず、ぶれもしていない。現代口語でよく似たことを諭すお偉方は五万といるが、当の本人たちがリテラシー向上に励み、仁愛を実践しているようには見えてこない。心構えであれ良識であれ、今という時代はだいぶ常軌を逸してしまったかのようである。

ヨーロッパの鑑定

ヨーロッパが悲鳴を上げている。誇張し過ぎなら、嘆いていると言い換えてもいい。ぼくは政治経済分野のヨーロッパ事情にさほど詳しくなく、現在の状況について確信的に語る資格はない。それでも、報道を通じて現状を察すれば、少なくとも二年前の「天」に対して今は「地」、まさに雲泥の差がある。ギリシアショックのだいぶ前から、さしたる根拠もなく変調の兆しを嗅ぎ取ってはいた。

パリとローマに10数日滞在していたのが二年前。ユーロが円に対してもっとも強かった時期で、ぼくの滞在中に1ユーロ165円のレートになった。安い航空券を手に入れて小躍りしていたが、現地に行ってからは毎日しょんぼりしていた。一万円札はどんどん財布から消えていくし、国際キャッシュカードの残高も心細くなっていった。それがいまではどうだ、昨日の時点で1ユーロ110円である。「散財」した当時との差は何と55円! 昨年118円のユーロ安の時に将来の旅行に備えてユーロを買っておいたが、差損になるとは思いもよらなかった。

数年前に『アメリカもアジアも欧州にかなわない』という本を読んだ。冒頭で「ヨーロッパにこそ、われわれがモデルとすべきものは多いはずだ」と強弁した著者は現在どんな思いだろう。欧州礼讃を展開し、おまけに「アメリカもアジアも敵わない」とまで断言したのだから、さぞかし心中穏やかであるはずはない。かく言うぼくも、ヨーロッパのコンパクトシティや文化芸術をよく持ち上げるので、他人のことをとやかく言える立場にはない。動態的な現象の鑑定は微妙かつ難しいものである。


最近ヨーロッパ史に関する書物を立て続けに二冊読んだ。いずれもヨーロッパが「小さい」ということを強調していた。ざくっと言えば、西端から東端まで飛行機で3時間ほどだし、面積は北アメリカの半分すらない。南極を除く世界の陸地のわずか8パーセント、そこに50もの国がひしめき合っているのである。

ヨーロッパと日本の地理を比較するとおもしろい。ぼくの住む大阪をヨーロッパに置けばどんな国と同じ緯度になるか。いわゆる南ヨーロッパの圏外にあって、ギリシアのクレタ島にかろうじてかかる位置。では、北海道の最北端は? リヨン、ミラノ、ヴェネティア、ブカレスト、ベオグラードあたりと同じ緯度である。ベルリンやロンドンに至っては、そこからさらに10°、およそ1,000キロメートルも北上した地点になる。日本の大半はトルコ、イラン、シリア、イラク、スペインの南からモロッコ、アルジェリア、チュニジアと同緯度なのだ。

地理や歴史について語っている分には、ヨーロッパの鑑定も大きく狂いはしないだろう。これに対して、政治経済についてのコメントは刻々と変化するのはやむをえない。数年前の断定は今日揺らぐし、いずれまたアメリカもアジアも敵わないヨーロッパが復活するかもしれない。ともあれ、ヨーロッパの語源は神話の女神エウロペだ。このことばがあれだけの数の国を一つに包み込んでいる。一つになろうとし、着実に現実化していったEU構想をどのように評価すればいいのか。結論は将来を待たねばならないなどと言うなかれ。企業経営の決算書と同じ感覚で、四半期毎の頻度でぼくたちもその時々に鑑定を下さねばならないと思う。

きみの「わかる」がわからない

《書簡形式のモノローグ

私塾で取り上げた先日のテーマは決してやさしくありませんでした。ぼく自身、この一年ずっと構想してきたし、具体的な話の構成と内容についてもここ数ヵ月の間あれこれと考え探究して準備をしてきたけれど、未熟さもあって十分にこなれた講義ができたとは思っていません。

案の定、わかってもらえるだろうかとぼくが気になっていた箇所について、きみはぼくに問いを投げかけました。ぼくのさらなる説明を聞いて、しばらく考え、やがてきみは「ふ~む、やっぱりわからない」とため息をつきました。きみが「わからない」と吐露したことに、正直ぼくはほっとしたのです。ぼくにはきみの「わからない」がよくわかった。なぜなら、ぼくもあの箇所についてずっとわからない状態の日々を過ごしてきました。そしてその後、ようやく他者に話せる程度にわかったという確信を得たからです。つまり、ぼく自身がずっと「わからない」状態で苦悶していたからこそ、きみの「わからない」がまるで自分のことのようによくわかるのです。

実に不思議な感覚。ぼくが「やさしい」と感じていることを誰かが「むずかしい」と感じていることがわかる。誰かの「わからない」がわかる。おそらく「わかる」には「わからないということ」が下地になっているのに違いありません。恵まれて他者に何事かを説こうとする者は、少なくとも理解の難所をよくわきまえておくべきだと思うのです。学生時代、「お前たち、こんなやさしいことがわからんのか!? バカものが!」という教師に言い込められたことがあります。ぼくにとって反面的な教訓になっています。自分にとってやさしく理解できることが、他者にとってはそうでないこと、そのことをわかるデリカシーを失うまいと心に誓いました。

きみの「わからない」が「わかる」に変わるべく、ぼくはあの手この手を工夫してさらなる研鑽をしてみようと思います。


《書簡形式のモノローグ2

ぼくがきみに伝えようとした事柄は少々むずかしかったかもしれません。なにしろ自分でもよく咀嚼できていたとは言えず、それゆえにぼく自身がよくわかったうえで伝えたと断言する自信がありません。にもかかわらず、物憂げになるどころか、きみは表情一つ変えずに「よくわかりました!」と言ってのけました。

仮にぼくもわかっていたとしましょう。そして、きみもわかった。要するに、ぼくたちはあの事柄について一定の理解に達したというわけです。ところで、「わかる」ということは「わからない」ということよりも多義的ですね。「わからない」はどこまで行っても「わからない」だけど、「わかる」には程度があると思うのです。いったいぼくはきみの「わかる」をどのように勘案すればいいのでしょうか。

ぼくときみは同じようにわかっているのでしょうか。そこに理解程度の一致はあるのでしょうか。ぼくはきみの「わからない」はわかるのですが、きみの「わかる」がわからないのです。きみの「わかる」はぼくの「わかる」と同程度であり同質であると、どうすれば言い切れるのでしょうか。誤解しないでください。きみに詰問しているわけではありません。ぼく自身への本質的な問いなのです。人に物事を説こうとする立場にあって、ぼくは「他者がわかる」ということを突き詰めずにパスすることはできません。

他者の「わからない」ことをわかる自分が、他者の「わかる」ことをわかってはいないのです。いったい「わかる」とは何なのか、それは懐疑の余地すらない「わかる」なのか。どうやら、このテーマは、ぼくが私塾で話し続けるかぎり、ついて回ってくる難題になりそうです。いや、滅入っているのではありません。むしろ、ぼくにとって追い求めがいのあるテーマに気づいたことを喜びとしている次第です。

多忙と多忙感の違い

今さら指摘するまでもなく、実態が「忙しい」ということと「気ぜわしい」ということは同じではない。後者は「多忙感」にすぎない。たとえば、師走を迎え、日々やるべきことが山積しているわけでもないのに、だいぶ先の年末年始の漠然とした予定を睨んで何となく落ち着かなくなっている。誰かに「どう、忙しい?」と聞かれれば、「うん、何だかんだあってね」とケロリと答えるかもしれないが、傍から見れば、多忙どころか時間を持て余していたりする。

数年前までは年に百数十の研修や講演をこなし、出張宿泊も月間で10泊になることもあった。しかも、合間には準備をせねばならないし、企画の仕事も手掛けていた。それでも精神的圧迫感はなかった。一日24時間というキャンバスを描かねばならないというよりも、すでに絵具が塗りたくられたキャンバスに向かうような印象であった。多忙には違いなかったが、意志を自在に貫く余地がないから、ある種の諦観の境地に入っていたのかもしれない。

多忙であることを選んでいるかぎり、精神的にも肉体的にもさほど問題は起こらない。ハードワークとノーワークを天秤にかけてみれば明らかだろう。仕事がなくて退屈極まりないほど辛いことはない。二十代後半に職場を数ヵ所変えたことがあったが、望む仕事にありつけず半年ほど無職を体験した。職を探しながらもなかなか叶わず、やむなく読書三昧の日々を過ごしていた。その時期の独学が財産になっていることは間違いないが、思い出すたびに過剰な有閑にはぞっとする。時間を潰さねばならない苦痛に比べれば、時間が埋まっている忙しさなど大したことはない。多忙はぼくにスローライフの意味を教えてくれた。


「忙」という漢字が「心を亡くす」という意であるのは広く知られている。仕事を追い、仕事に追われていれば、たしかに精神的にまいるだろう。しかし、好きな仕事に集中しているときの状態は心を亡くしているのではなく、心を意識していないと言うべきである。ほんとうに心を亡くしてしまっている人に仕事がやってくるわけがないではないか。実は、多忙よりも危なっかしいのが、仕事の量とは無関係に多忙感を漂わせることなのだ。こっちのほうが心を亡くしている状態に近い。

ふと、かの有名なパーキンソンの法則を思い出した。支出額が収入額を優に超えたり、金持ちほどケチが多いという現実があるので、第二法則の「支出額は収入額に達するまで膨張する」には首を傾げる。しかし、第一法則の「仕事量は、完成までに与えられる時間をすべて使い果たすまで膨張する」はほぼ正しい。官僚の仕事ぶりを観察・研究して導かれた法則だが、おおむねすべての組織や仕事に当てはまるように思われる。

組織における個人の仕事は、仕事の難易度や重要度とは無関係に、許容された時間をすべて食い潰す。わかりやすく言えば、仕事量ではなく時間量のほうが仕事ぶりを決定しているのである。効率よくやれば一時間でできる仕事も、半日与えられていれば半日かけてしまうのだ。したがって、当人はいつも仕事をしている気になっている。まったく多忙ではないのに、当人は多忙感を抱いている。新しい仕事を頼もうとしても、いっぱいいっぱいという状態なのである。多忙感はやがて「仕事のふり」へと変貌する。実際の仕事が減っているのに、忙しそうに見える職場が目立つのは気のせいではないだろう。 

メディア依存の日々

新聞を購読せずにインターネットだけで情報を得ている若者を何人も知っている。多様なリアルタイム情報の提供という点に関して、新聞はインターネットに太刀打ちできなくなった。一ヵ月の新聞購読料およそ4,000円。デフレの時代、この金額は学生にとっても若い社会人にとっても決して小さくはない。では、テレビはどうか。テレビならインターネットに対して好勝負ができているのではないか。いやいや、このように問うこと自体が白々しい。残念ながら、20世紀半ば生まれのぼくでさえテレビの大苦戦を認めざるをえない。

手早く何かを知りたいとき、情報源としての新聞もテレビもかつての輝きを失ってしまって久しい。今から30年ほど遡れば、まず百科事典が色褪せ、次いで年鑑の類い、季刊誌、月刊誌、週刊誌の順で優先度が低くなっていった。もちろん、緊急を争わなければ、つまり、何事かをじっくりと楽しんだり学んだりするのであるならば、そして対象が普遍知に近いものであるならば、ぼくが所有している1969年版のエンサイクロペディア・ブリタニカなどの百科事典にもいくばくかの使い道は残っている。古書も古い雑誌も、鮮度を競わないのであれば、何がしかの価値を湛えている。

昨日、「さかな検定」が実施されたとテレビのニュースで知った。ふと先週の金沢での晩餐を思い出す。塩焼きに田楽焼き、刺身に天ぷら、ぬたに調理した岩魚イワナ三昧を満喫した。一昨日はテレビでウグイ料理を見た。自宅に「川魚図鑑」などというシャレたものはない。ほんの少しばかり知っておきたいと思っただけで、図書館や書店に行くほどの動機づけもない。こうなると、やっぱりインターネットの簡単検索に頼らざるをえない。イワナがサケ科でありウグイがコイ科であることを知り、ついでにあれこれと読んでみる。ほんのわずか数分で、ついさっきよりももうひらかれている。


「マルチメディアの時代」ということばがまだ生きているとしても、もはや群雄割拠の様相ではなくて、インターネットが主役に躍り出ている状況である。ぼくの世代より上ではおそらく新聞、テレビが依然として主力情報源だろうが、下の世代ではほぼインターネットが拠り所になっている。もちろん、人間を有力情報源にしている人たちもいる。人はとてもありがたいソースだ。但し、情報の確かさ、ソースの信憑性については気をつけておかねばならない。人はよく勘違いするし、錯覚したまま情報をリレーする。そして、その種の誤謬推理はインターネット上でも頻繁におこなわれる。

情報、あるいは広く知識や事実のすべてをぼくたちは記憶に止めるわけではない。ほとんどの情報は一過性で、記憶領域での滞留時間はすこぶる短い。この意味では、テレビも新聞もインターネットも同質的である。これらのメディア間の特徴的差異は、情報の発生から発信までの時間の遅速にある。裏返せば、急がず慌てないのであれば、半日ないし一日遅れの新聞で十分なのだ。いや、新聞にはブログよりも信頼性の高そうな論評や解説が掲載されるから、知るだけでなく検証するきっかけにはなる。

周囲の人々に始まって、新聞、テレビ、インターネット、雑誌、書籍、講演・セミナーなど多種多様なメディアが情報生活を彩り、これらメディアなくして社会と自分の位置関係を見極めることはむずかしくなった。かつて世間のことは何一つ知らずともせっせと本を読んでいればいい時代もあったし、新聞も本も読まずとも古典落語の与太郎のように雑談を情報源として日々を送れる時代もあった。もはやぼくたちに選択の余地はないように思われる。ぼく自身のメディア依存の日々も当分続きそうだが、時代や世界に最先端で向き合っているのは五感にほかならない。どんなマルチメディアの時代になろうとも、マイメディアとしての五感の感度が問われるのだろう。 

理屈を通すべき時

口うるさいオヤジが見当たらない。なるほど、軽い気持で若者に注意したら、車中やコンビニの前で逆切れされて身に危険が及びかねないご時勢だから、誰彼ともなくやみくもに注意したり説教を垂れたりするわけにはいかない。彼らにも人を諭しにくい事情がある。いまここで言う「口うるさい」とは、そんな見ず知らずの、わけのわからぬ連中への小言のことではない。ここぞと言うときの筋の通し方についての話である。

旧勉強会で幹事を務めてくれたS氏のブログにおもしろい話が載っていた。おおよそこんな話である。ある機構の巡回指導員が会社にやって来て、ひとしきりチェックをした後で「だいたいは出来ているので、特に指導する内容はない。今後も引き続き重点的にコンプライアンスに取り組んでいただきたい」という所感があったという。その会社の代表であるS氏は、「だいたい」ということばに鋭く反応して、「『だいたい』の意味がわからない。判断は出来ているか出来ていないかのどちらかのはずだ!」と少々語気を荒げて、「だいたい」ならばどこかに改善の余地があるはずだから教えてほしいと食らいついたのだ。

「ことばのアヤじゃないか、大人気ない」と言い放つのは簡単である。ぼく自身はS氏のようにアグレッシブには反応しないと思うが、彼の「事は出来ているか出来ていないかのどちらか」という言い分には筋が通っている。なるほど100パーセントなどというものはなかなかないだろう。だから指導員が90点と判断して、それが自分の合格基準を満たしていれば、「よく出来ています」と総括すべきなのである。「だいたい出来ている」という寸評に対して、真面目に取り組んでいる職場であればあるほど、その「だいたい」ということばで示された足りない部分を聞きたくなるのは当然のことである。


指導員の「だいたい」は、責め立てるには気の毒な、あどけないことばの弾みなのか。そうではない。何事に関してもそんなふうに物事を中途半端に片付ける性向をもつ人なのだ。「70点です。足りない30点はこれこれのポイントです」と言うのが良識というもので、「だいたい」ということばは何か奥歯にモノを挟んでいる。実際、このような灰色的言動で御座なりに生きている連中がそこらじゅうにいる。誰かを紹介するときに「こちら、○○さん、一応・・本会の会長です」などと平然と言ってのける者がいる。失礼もはなはだしい。人を「とりあえずビール」のように扱っているではないか。その人を紹介した男に対して、ぼくは即刻「一応などという言い方はやめなさい!」と叱責する。

繰り返すが、ちょっとしたことばのアヤだとか舌が滑ったのではない。それは口癖であり、口癖は長年の習慣によって形作られた性格、ひいては人間関係の処し方をありのままに反映するものなのだ。何かにつけて「そう、変ですよねぇ~」と言う知人に「何が変?」とぼくが聞き返して、まともに返事が戻ってきたためしはない。それはただの場つなぎ、または同調目的の口癖であって、何かをよく考えた結果の相槌などではない。軽はずみにこのような形骸語をつい洩らしてしまうのは責任感の欠如にほかならない。

しかも、不幸なことに、こういう連中に一言注意しようとする理屈を通すオヤジがめっきり少なくなった。そっぽを向かれたり嫌われたりするのを恐れるオヤジどもが増えたのだろうか。それとも理屈派が棲息しにくい世の中になったのか。ところで、一世を風靡した「だいたいやねぇ~」をトレードマークにしていた評論家がいたが、冷静に考えれば「だいたい」ということばには反論を未然に防ごうとする思惑が隠されている。なにしろ「だいたい」なのだから、反論しようにも狙いが絞り切れない。「だいたいやねぇ~」を怒りではなく笑いの対象にしたのはしたたかな老獪ぶりだ。しかし、S氏の前に登場した男の「だいたい」には笑えない。イエスかノーしかない場面で「だいたいイエス」という発言に怒りを覚えるのは正常なのである。

ただ、理屈を通す側も自制を忘れてはならない。自らの品格をおとしめてまで激昂しないことである。理屈にはエスプリが欠かせない。叱りつけても最終的には笑い話として仕上げるのが小言オヤジの生き残り方法であると思う。「理屈がだいたい通った」と判断したら、さっさと切り上げるのが正しい。

何をどう読むか

ぼくが会読会〈Savilnaサビルナを主宰していることはこのブログでも何度か紹介してきた。サビルナとは「錆びるな!」という叱咤激励である。本を読み誰かに評を聞いてもらっているかぎり、アタマは錆びないだろうという仮説に基づく命名だ。登録メンバーは20数名いて、毎回10名前後が参加している。前回などは二人のオブザーバーも含めて14名だったので、発表時間が少なくなった。せっかく読了して仲間に紹介しようとするのだから、最低でも10分の持ち時間は欲しいが、少人数では寂しく、また、賑わうこと必ずしも充実につながるものではないので、少々悩む。

今のところ年に8回をめどにしている。あまり本を読まない人でも、皆勤ならば8冊は読むことになるわけだ。この会読会では書評をレジュメ2枚以内にまとめることを一応義務づけている。そして、新聞雑誌での著名人による書評が当該図書の推薦であるのに対して、この勉強会の書評と発表は「自分が上手に読んだから、話を聞いてレジュメを読んでもらえれば、わざわざこの本を読むまでもない。いや、すでにあなたはこの本を読んだのに等しい」と胸を張ることを特徴としている。なお、ネタバレになるので詩や小説を取り上げないという約束がある。それ以外の書物であれば、時事でも古典でもいいし、洋の東西も問わない。

なぜ書評を書くか。これはぼくの「本は二度読み」という考えを反映している。娯楽や慰みで読む本を別として、読書には何がしかのインプット行為が意図される。そして、インプットというものは一度きりでは記憶として定着しないから、できれば再読するのがいいのである。しかし、一冊読むのに数日を要し、再読に同じ時間を費やすくらいなら、別の本を読むほうがましだと考えてしまう。結果的には、「論語読みの論語知らず」と同じく、「多読家の物知らず」の一丁上がりとなる。本に傍線を引き、欄外メモを書き、付箋紙を貼っておけば、200ページ程度の本なら再読するのに1時間もかからない。読書の後に書評を書くという行為には再読を促す効果があるのだ。


さて、書評で何を書くか。実は、これこそが重要なのである。まず、決して要約で終ってはならない。要約で学んだ知は教養にもならなければ、人に自慢することすらできない。一冊の本を読んで、要約的な知を身につけた人間と、その本の一箇所だけ読んで具体的な一行を開示する人間を比較すれば、後者のほうがその書物を読んだと言いうるかもしれない。そう、具体的な箇所を明らかにせずに読後感想を述べるだけに終始してはいけないのである。したがって、引用すべきはきちんと引用し、読者として評するべきところをきちんと評するのが正しい。誰も他人の漠然とした読後感想文に興味を抱きはしない。

きちんと引用しておけば、書評に耳を傾けてくれる仲間にその書物の「臨場感」を与えることができる。引用には書物の凹凸があるが、感想はすべての凹凸をフラットにならしてしまう。これぞという氷山の一角を学べる前者のほうがすぐれているのだ。何よりも、引用こそが知のインプットの源泉にほかならない。ともあれ、ルールという強い縛りではないが、以上のような目論見があれば、10人集まる会読会では、仲間の9冊の本を読むのと同じ効果がある。少なくとも読んだ気にはなれる。

どんな本をどのように読むか。強制された調べものを除けば、原則は好きな本を楽しく読むのだろう。世には万巻の書があるから、好奇心を広く全開しておくのが望ましい。食わず嫌い的に狭い嗜好範囲で小さな読書世界に閉じこもっているのはもったいない。ぼくの読書はわかりやすい。知識の補給としての書物と、発想や思考を触発する書物の二つに分けている。前者と後者の割合は2:8程度。前者には苦痛の読書も一部あるが、後者は嬉々として著者と対話をする読書である。対話だから真っ向から反論も唱える。今は亡き古今東西の偉人たちとの対話が個別にできるほどの愉快はない。たとえば、『歎異抄』を読むということは、親鸞の知と言について唯円と対話するということなのだ。

これまで、取り上げる書物については、文学作品以外に制限はなかった。次回6月の会読会では、初めての試みとして「読書論、読書術」にまつわる本を読んでくるという課題を設けることにした。会読会メンバーの最年少がたしか37歳なので、今さらハウツーでもないのだが、自分の読み方を客観的な座標軸の上に置いてみるのも悪くないと思った次第。ぼくは二十代半ばまでに50冊以上の読書論、読書術、文章読本の類を読んだ。大いに勉強にはなったが、中年以降になったら読書術の本を読む暇があったら、せっせと読書をすればいいと考えている。ゆえに、今回のハウツーものの課題は一度きりでおしまい。 

自信と力量のはかり方

ABがいる。趣味が同じである。その趣味が腕を競う類のものだとしておく。評者はABの趣味に打ち込む情熱についても力量についても知らない。そこで、評者は両者に自信のほどを尋ねる。「お二人は趣味の腕前に自信をお持ちですか?」と、少しありていな質問を投げかけた。

サッカーでは「オレにPKを打たせろ」とばかりに自信を誇示し合う場面があるが、上記の場面では、Aが「自信あります」と答え、Bは「あまり自信がありません」と言ったとしよう。自信の有無は自己評価であり、両者を比較検討しうる指標にはならない。しかし、一方が自信あり、他方が自信なし、と言明したら、しかもAが声高らかに毅然と、Bが消え入るような声で弱々しかったなら、自信度の現われによって評者は力量を判断してしまうかもしれない。自信のほどを聞く一問のみしか許されないならば、現実的には、自信ありそうなAを優位に見積もってしまうのが常だろう。

以上の話を趣味から仕事に、自信からキャリアに変えても大同小異である。しかし、仕事に対する自信の度合いとキャリアによって、Aの力量がBのそれを上回るなどと即断するわけにはいかないのだ。自信にしてもキャリアにしても、ABが同じ土俵に上がって実力を競っているわけではない。Aの自信とキャリア、Bの自信とキャリアは拮抗的にぶつかり合ってはいない。確実に言えることは、Aは仕事に自信を持ち、かつキャリアを誇り、Bは仕事に自信がなく、かつキャリアがない、ということだけである。新たな、同じ課題を前にして、両者がどのように力量を発揮するかは別問題なのである。


わかりやすい例で繰り返そう。ペーパーテストでAが100点、Bが50点であることは、ほとんどの場合、しかるべき知識の領域の多寡を示しているにすぎない。知識イコール力量と断定することができるならともかく、ペーパーテストの結果が示すのはおおむねその分野についてどちらがよく知っているかということに限定される。その知は発揮される力量と必ずしも正比例するものではない。

ぼくたちは何度も人を見誤る。「自信あり!」という者に希望を託し、「キャリアあり!」に仕事を任せる。これは、現役チャンピオンが挑戦者に絶対に負けないという法則を信じることにほかならない。だが、実際の力量は両者が攻守交える拮抗状況の中で明らかになる。ペーパーテストやリハーサルの出来は、ぼくたちが常識として想像しているほど、実践や本番に結びつかないものなのだ。

個人の力量は、人間どうしの拮抗的アドバーサリーな関係においてしかはかりようがない。人との協同、人との対話、人との交渉で発揮される成果のみが真の力量である。他者との接点、他者との関係性における力量以外に力量などというものはありえないのだ。自信とキャリアによって評価されてきた人々が繰り広げる痴態と非生産性にそろそろ気づくべきだし、そのような尺度によって力量を見定める努力しかしないぼくたちの想像力の無さを大いに嘆くべきだろう。

モノローグの中のダイアローグ

T 「ツイッターは、まだ? 岡野さん、時代に取り残されますよ。」
F 「あ、そう。それなら、ぜひ時代に取り残されたいもんだよ。」

T 「怠け者が『来週中に』と言えば、月曜日であることはまずなく、たいてい金曜日の夜中を意味している。」
F 「そいつは未熟な怠け者だな。ベテランの怠け者は約束もしないし守りもしない。さらに怠惰道を極めた師になると、もはやぼくらと同じ浮世にはいない。」

T 「淡々と語り振る舞えば、お前は醒め過ぎだと評される。」
F 「ならばとばかりに、熱弁を振るい活気に溢れた動きを見せれば、テンションだけ高くて空回りとのそしりを受ける。」

T 「あなたの悪口を言っている人がいますよ。」
F 「ありがたいことです。存在意義がなければ誰も悪口すら言ってくれなくなりますからね。」 


わざわざツイートフォローしなくても、上記のようにぼくたちは独白モノローグの中で知らず知らずのうちに一人二役でツイッターをしているものだ。自分がつぶやき、もう一人の自分がつぶやく。主客相対するダイアローグである必要はない。所詮つぶやきだから、そこに主観と客観の対比がなくてもいいだろう。

元来相手を特定せずに、ぽつんと独り言をこぼすのがつぶやきだ。このつぶやきに不特定多数という誰かを想定するのがツイッターである。純粋な独り言なら発信したり公開したりするに及ばないから、どう考えても特定せぬ相手を考えているのはたしかだろう。すると、これはどうやら演劇の舞台のモノローグと似てはいないか。役者が一人で語る台詞せりふは一種のつぶやきで、その心中の思いをことばにした語りは居合わせる観客に向けられている。要するに、聞かれたい知られたいつぶやきなのである。

聞かれたい知られたいと思い、さらにフォローをしてほしいと願い、その結果、何らかのやりとりが成立すれば、それはまさしく初歩的なダイアローグの様相を呈する。モノローグという形式の中でおこなわれるダイアローグ。自分一人でこなすダイアローグは文字も音声もともなわず、思考する内言語として現れる。自分の日常茶飯事のツイートをフォローできていないし、目の前の対話相手のツイートの面倒を見るのに精一杯のぼくだ、大海原のようなツイッターの世界に飛び込むのは容易でない。

こんなことをつぶやいたら、「そんな理屈っぽい世界ではなくて、もっと軽やかですって!」と諭された。「軽やかで理屈っぽくないから、相性が合わないのだよ」と返事しておいた。