自分特有のことばの盲点

タイトルに「盲点」と書いて、一瞬ドキッとしてしまう。「まさかこれは差別用語ではないだろうな」と。講演業においては、この種の「基本的人権にかかわる諸問題の一つ」に神経をピリピリさせねばならない。とりわけ、ぼくのような「言いたいことをストレートに表現するタイプ」は気を遣う。

何かの本で「エスキモーは避けたほうがいい」と書いてあったので、「イヌイット」と言い換えて講義していた(いったい何の講義かと思われるかもしれないが、たわいもない文例である)。一人の受講生が手を挙げて「イヌイットって何ですか?」と聞くから、「あ、エスキモーですよ」と答えた。重罪ではないだろうが、簡単に口を割ってしまった。これではわざわざ避けた意味がまったくない。

論理的思考研修の中で「私の家内は……」という、これまたさりげない例文がある。講義の休憩時間中に運営担当者から一言あった。「家内ということばはお使いにならないほうがよろしいでしょう」と丁重に注意され、重罪ではないものの「諸問題の一つ」を逆撫ですることもあると説明を受けた。「私の妻は……」と言うところらしい。

しつこいが、「教授の奥さまは……」という引用文が出てくる箇所もある。これもダメらしい。「えっ? 奥さまがダメなら何と言えばいいんですか?」と聞いたら、「教授の妻です」とおっしゃるので、「う~ん、それは勇気がいるぅ~」と唸っておいた。差別用語か何か知らないが、用語に敏感になる前に、使い手に悪意ある差別心があるかどうかを見極める眼力を身につけていただきたい。


さすがに「片手落ち」とはぼくも言わない。しかし、「手短に」というのは相当性根を入れないと、ふと洩らしてしまう。「要約すると」とか「かいつまむと」ということばが使えないわけではないが、英語をよく勉強した時代に“briefly” “in brief”を「手短に」と覚えてしまっているのだ。完全に刷り込まれているので、ブレーキをかけるのが難しい。

個々人には「語彙の地図」があって、あるところはものすごく詳しく、別のところは漠然としているのだろう。あることばに神経質になったりへっちゃらになったり、丁寧になったり乱暴になったり、よく知っていたり知らなかったりと、様々な濃淡や陰影があるに違いない。

差別用語とは無関係だが、二十代までのぼくは午前と午後を使い分けて12時間で時間を認識していた。午後7時と言うのが常で、19:00を使うことはなかった。いきおい、「13時に」と告げられて、午後3時と錯覚することはよくあったものだ。

以来30年近く経ったので、さすがに大きな混乱はしない。13:0014:0015:00も、それぞれ午後1時、午後2時、午後3時と当然判読し、何の不自由もない。19:00から22:00までも何の問題もない。ところが、ぼくには一つ盲点がある。どういうわけか「17:00」に弱いのだ。たいてい午後5時と瞬時に理解するのだが、少し油断をしたり集中力が欠けているときは「午後7時」と思い込んでしまう。

研修タイムテーブルはおおむね「9:00始まりの17:00終了」であるが、この17:00を勘違いする。「おっと、あと1時間で17:00だ。これは午後5時であって、午後7時ではないぞ」と言い聞かせるときがある。何かのきっかけでトラウマになったのだろうか。

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proconcept

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岡野勝志(おかのかつし) 1951年大阪生まれ 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター 岡野塾主宰 ヒューマンスキルをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。 マーケティング、コミュニケーションにまつわる企業や人

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