大笑いするほどではないけれど……

発想のヒントになるエピソードはどこにでも転がっている。エピソードのほとんどはことばを介してやって来る。だから、ことばへの好奇心のアンテナを折り畳みさえしなければ、意識のほうが勝手に拾ってくれるものだ。別の見方をすれば、愛用のノートに採集したエピソードの数がその時々の意識の強弱に正比例する。この一か月、線の加工を施さねばならない硬派なテーマ――たとえばギリシアや国立競技場など――には何度か立ち止まったが、点のまま書き出せるようなレアな小ネタとの縁は希薄だった。それでも、そのいくつかを書き出してみることにする。


魚の話  テレビの番組でハマフエフキという魚が紹介された。こいつが何目の何科かを調べようと思って魚の分類表をネットで調べようとした。「ハマフエフキ」でよかったのに、どういうわけか、「サカナ」と入力して検索ボタンをクリックした。おびただしい魚介類を尻目に、あの「サカナくん」が一番最初に出てきた。もうハマフエフキのことなどどうでもよくなるほど驚いた。

けれども、めげずにハマフエフキを調べた。鯛の種で、鯛はスズキ目。ついでに、イワシはニシン。マグロはスズキ目のサバ科……。目、科、属などのレベルで、これとあれが仲間だと初めて知る。魚だけに「目から鱗」が落ちる。

回文の話  〈知遊亭〉というオンラインの大喜利のイベントで「回文づくり」を出題した。回文とは上下同読のことば遊び。「たけやぶやけた竹藪焼けた」の類い。出題者のぼくもエキシビションとして長文の作品を投稿した。回文づくりにいそしむと、数日間は尾を引く。後日、「ちじのじち知事の自治」や「さんかんびはびんかんさ参観日は敏感さ」などが勝手に浮かんできた。高じてしまうと知恵熱が出たりする。

エッフェル塔

エッフェル塔の話  今では間違いなくパリ観光の集客の目玉であるエッフェル塔だが、建設当時は賛否両論で火花が散った。モーパッサン(1850-1893)は嫌悪していた。それでもパリで生活するかぎり、嫌でも巨大な塔は目に入ってくる。モーパッサンは考えた挙句、ついに塔を見なくてもいい場所を見つけた。「エッフェル塔のレストランで食事をしていれば醜い鉄塔を見なくてすむ」。こう言って、毎日エッフェル塔で食事をしたという。

ニュースの話  ほとんど毎日のように聞くNHK7時のニュース。「7時になりました」という言い方を奇妙に感じた83日(別にその日に意味はない)。どういう経緯で7時になったのか。勝手になったのか。いやいや、人間が便宜上7時にしているだけだ。しかし、ニュース番組のイントロは「7時です」ではなく「7時になりました」で始まる。英語では”It’s seven o’clock.“と言い、形式主語の”it“で暗に時刻を示す。つまり、「時刻は7時です」と言っている。それでいいはずなのに、「7時になりました」なのである。

わが国では(そして、たぶん日本語の特質でもあるのだろうが)、「何々はこれこれである」のように言うよりも「何々はこれこれになった」のほうが共感性が高い。学会でも「こういう結論を導きました」よりも「こういう結論になりました」と言うほうが収まりがいいと言われる。居酒屋の「こちら、焼酎のお湯割りになります」というのもこの亜流だろうか。

インド人の話  同じマンションの5階にインド人が住んでいる。一昨日の朝、エレベーターに彼が乗ってきた。「おはようございます」と挨拶を交わした後、彼のほうからぼくに声を掛けてきた。長年日本に住んでいるから流暢な日本語で「今日も暑くなりそうですなあ」と言う。「この時期の日本はインドより暑いんじゃないですか?」とぼく。「そうそう! インドはこの暑さの七、八分どまりですわ」と彼。「七、八分どまり」という達者な表現に感心した。なお、彼は大阪弁も堪能である。「今日はえらい暑うおまんなあ」とひねることもある。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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