風土と緯度の話

地理に詳しいわけではないが、手を伸ばせば届くところに地図を置いていて、気が向けば眺めている。イタリアやフランスによく旅していた頃、街の2キロメートル四方程度がわかる地図を頼りにしていた。現地で国全体の地図を見ることはない。

ところが、帰国すると、旅した街を当該国の中で確認し、さらには世界地図を広げて旅を振り返る。ローマは3月だったのに暖かかったとか、パリの11月は朝夕はまずまず冷え込んでいたけれど、昼間はさほど寒くなかったとか……。「風土」という概念で納得しようとしたこともある。しかし、地図を見ているうちに緯度に目配りするようになった。

日本地図を欧州に置いてみたある日、日本とヨーロッパの縮尺率が同じ地図帳を持ち出してきて、マジックで透明フィルムに日本地図の輪郭をなぞり、緯度に合わせてヨーロッパの上に置いてみた。認識が根底から覆された。パリ、ロンドン、ベルリンと同緯度の都市は日本に存在しないのである。旅したミラノやヴェネツィアは、日本最北端の稚内の緯度とほぼ同じ。日本地図の上半分は南欧から地中海、下半分は北アフリカに位置していることになる。ぼくの中では日本はもっと高緯度にあるはずだった。

同じ緯度にある都市なのに、地勢的な条件や寒流・暖流の有無によって寒暖の差が生じる。気候、水質、地質、地形など、総じて風土と呼ばれる特性は、そこで暮らす人々の生活や考え方に大きく影響する。食い意地の張っているぼくは、風土のうち「食」に大いに関心を示し、日本では米と魚類、欧州では麦と肉類と大雑把に対比させたりしていた。学生時代に読んだ和辻哲郎の『風土――人間的考察』を取り出して再読したりもした。「食物の生産に最も関係の深いのは風土である。人間は獣肉と、魚肉のいずれを欲するかにしたがって牧畜か漁業かのいずれかを選んだわけではない」という指摘は実に興味深い。ヨーロッパの人たちはパンと肉が好きだったのではなく、麦作と牧畜に適した風土に食性を決定づけられて今に到っているのである。

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昨年の10月末、大リーグのロイヤルズ対メッツの試合をテレビで観戦していた。場所はニューヨーク。ニューヨークの冬は厳しく大雪に見舞われることがある。観客のほとんどはすでに冬装束だった。11月下旬にパリで目撃した服装に比べてスタジアムの人たちは極端に厚着だった。緯度に関心がなければ、ニューヨークのほうがパリよりもかなり北方に位置すると思うかもしれない。ニューヨークの緯度は40度、これは青森と同じ。パリはと言えば、稚内の45度よりもさらに高い48度だ。地理好きから言えば、別段驚くべき情報ではない。しかし、現地に旅しても自覚したり見えたりしないのに、不思議なことに地図の上で事実があぶり出されることがある。ロンドンに数十回も旅した知人は「ロンドンと札幌がだいたい同緯度だよ」と自信満々だった。地図で確認すればその認識が間違いだとわかる。

ヨーロッパは北大西洋海流という暖流の恩恵を受けている。特に北や西の気候が穏やかで安定しているのはそのせいだろう。札幌の冬の厳しさに比べれば、マルセーユやローマやバルセロナはほどよい気候に恵まれている。

都市の緯度比較日本は緯度が低い。ヨーロッパ、中東、北アフリカの主要都市と比べてみようと一覧表も作ったことがある。大阪に住むぼくはいったいどの都市と同じ緯度に住んでいるのか……。ナポリやマドリードよりも、アテネやシチリアのパレルモよりも低い。なんと北アフリカのカサブランカや中東のバグダッドとほぼ同じ位置だ。このことはもうすでに重々知っているのだが、あの日欧重ね地図を、そしてこの一覧表を見るたびに、まだ信じられない気分になる。ヨーロッパ内で大阪と同じ緯度の場所はクレタ島くらいしかない。本格的な夏間近、クールビズでは間に合わないくらい、亜熱帯大阪は暑くなるのだろうか。

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proconcept

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岡野勝志(おかのかつし) 1951年大阪生まれ 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター 岡野塾主宰 ヒューマンスキルをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。 マーケティング、コミュニケーションにまつわる企業や人

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