語句の断章(24) 言い訳

「母がニワトリに襲われた」、「ボウリングの玉から指が抜けなくなった」……。

数年前、アメリカのウェブサイトがアンケートを取ったら、このようなずる休みの言い訳が判明したらしい。仮病を装うのは日常茶飯事だが、ニワトリやボウリングはあたらしいネタ。よくもこんな見え見えの言い訳をしたものでだ。こうなると、言い訳と嘘の境目が見分けにくくなる。

言い訳は口実であり言い逃れであり弁解である。英語の“excuse”をラテン語の起源にまで遡ると「罪を解除する」という意味だった。つまり、言い訳をする時点で本人に罪の意識があるということにほかならない。

サラリーマン時代の同僚に、お通夜と葬式を口実に休む男がいた。ぼくの在籍中に親族がほぼ全滅したはずである。最初の頃は、えらく叔父さんや伯母さんの多い奴だなと思っていたが、やがてでっち上げだということに気がついた。言い訳しようとする魂胆が嘘を生む。

「言い分ける」という動詞があって、これ自体は道理をつまびらかにする弁別であり説明である。ところが、表記が「言い訳」に転じてカモフラージュの意味合いが強くなった。人の言動にミステイクはつきものである。また、人は疲れるものである。土・日に休んでおきながら月曜日も休んでしまうと罪悪感にさいなまれる。そこで仮病を演じるかフィクションを仕立てることになる。

上司には「連休の翌日にまだ疲れが残っているのは情けないことです。どうか一日お休みを下さい」と正直に告げればいいのである。言い訳に潔さはない。たいていの場合、墓穴を掘ることになる。

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岡野勝志(おかのかつし) 1951年大阪生まれ 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター 岡野塾主宰 ヒューマンスキルをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。 マーケティング、コミュニケーションにまつわる企業や人

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