二十四節気のごとく時は移ろう

指摘されて気づいたことがある。「最近、営業マンや店員のネタが少ないですね」。そう言われれば、そうかもしれない。指摘した彼は、ぼくのブログの営業マンや店員の話がお気に入りだそうである。ところが、ここしばらくぼくのテーマが小難しくて理屈っぽくなってきたと言うのである。

自分で書いているのだから、思い当たらぬこともない。昨年末からすれば今年、今からすれば3月、4月に向けてだが、ぼくはいろいろと考えているのである。つまり、現在は「観察モード」の時期ではなく、「思考モード」の時期なのである。いや、観察もしているのだが、目ぼしい観察対象に恵まれないし、ハッとする気づきもさほど多くない。感受性の劣化と言われればそれまでだが、ネタ(テーマ)がそこらじゅうに転がっているようには思えない。だから、ネタを考えて編み出さねばならない――そんな気分になっている。

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年単位の発想が春・夏・秋・冬という四半期単位になり、最近では月単位、いや場合によっては、さらに単位を細かくして折れ線グラフの変化を見なければならなくなった。マクロなGDPから身近なレシートに至るまで、油断することなく上下変動に目配りする必要がある。かつて四季折々の気候や風情を表現した二十四節気という「目盛」をご存知だろう。

【二十四節気】 立春、雨水、啓蟄、春分、清明、穀雨、立夏、小満、芒種、夏至、小暑、大暑、立秋、処暑、白露、秋分、寒露、霜降、立冬、小雪、大雪、冬至、小寒、大寒。

人間社会が仕掛けた政治や経済現象が、人間が想像し予測する以上のスピードで、四季の単位では計れない移り変わりを見せている。じっくり腰を落として観察していては間に合わず追いつかないかもしれない。二十四節気の移ろいを肌で感じていた、かつての「動体体感」なるものを取り戻さねばならないのか。

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また理屈を書いてしまった。要するに、ブログの記事内容に変化が生じたのは、観察環境が変わったからである。つまり、ここ二、三ヵ月の間に営業マンが飛び込みでやって来なくなった―ただそれだけのことだ。食事で店に行っても、店員の数が減っているような気がする。それが少数精鋭化を意味するのかどうかはわからないが、ぼくのネタになる失態や不躾にとんと出くわさなくなっているのである。

確約されたはずの仕事が翌週には「なかったことにして」となり、アポイントメントが当たり前のようにキャンセルされ、たしか先週そこにあったはずの店が今日は閉まっている。定休日だからではない。店を閉めたのだ。時が慌しく刻まれつつある。ボヤボヤしていてはいけない。感度のよいセンサーを増やさねばならない。しかし―だからこそ、目先の変化に一喜一憂しない「思考モード」があってもいいのではないか。たぶん、これからもしばらくの間は、小難しい理屈をほざくかもしれない。

米国というジレンマ

たしかソクラテスだったと思う。誰かに「結婚すべきか、独身であり続けるべきか?」と問われて、「いずれを選んでも、後悔する人生になるだろう」と答えたという話。三段論法の一つ、「ジレンマ」である。「もし結婚すれば後悔するだろう。また結婚しないで独身を貫いても後悔するだろう。人生は結婚するかしないかのどちらかである。ゆえに、「どちらを選んでも後悔する人生になる」という推論だ。

これは演繹的なアームチェア論理の結論である。可能性としては後悔しない結婚生活もバラ色の独身生活もありうるし、現にそうして生きている人々が大勢いるだろう。言うまでもなく、机上のジレンマが必ずしもそのまま実社会のジレンマになるわけではない。

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歴史的事実として、あるいは現実として、米国が政治的、社会的、経済的、国際的にジレンマを抱えてきたかどうかは諸説分かれる。ぼく自身、米国のジレンマ性について政治的、社会的、経済的、国際的に考えることはあるが、めったに誰かと意見交換をしようとは思わない。ぼくにとって語るに値する米国のジレンマは、ぼくの青春時代から今に至る心象風景に浮かび上がるそれである。

「米国に期待したら裏切られる。また失望しても裏切られる。米国への心理は期待するか失望するかの極端な二択である。ゆえに、米国はぼくを裏切り続けている」――これが、ソクラテス的演繹による、ぼくにとっての米国というジレンマである。

小学校でのローマ字学習を英語学習と錯覚していた。日本語をローマ字(アルファベット)で書いたら、そのまま「外人」に通じると思っていた。ここでいう外人とはアメリカ人である。中学に入って、ローマ字と英語が違うことを知って愕然とした。何のためにローマ字を学んだのか。二歳上の姉は中学一年のときに鼻高々でぼくに英語を見せびらかした。どうせ“Are you a boy?” 程度のことだったのだろう。中学の遠足では、奈良公園に観光に来ていた外人に近づき、サインをねだる同級生がいた。外人は「アメリカ人」であって、英語は「英国人」の言語ではなく「米国人」の言語であった。

日本が米国の州になればいいとジョークを装いながら、実は本心でそう思っていた連中がいた。帰国子女のネイティブばりの英語に度肝を抜かれ、国際派商社マンでなく土着商人のオヤジを恨んでいた友人もいた。そうそう「ああ、いっそのことアメリカ人に生まれたかった」という嘆きも聞いたことがある。ぼくが二十歳前後の頃、急激なアメリカ化が進み、生活も街も文化もアメリカ色で彩られていた。米国至上主義で幸せかに見えた時代だった。

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米国への期待と失望がいずれも裏切られるからといって、それは米国自体のジレンマではない。タイトルの「米国というジレンマ」は正しく表すと、「米国にまつわる、日本人のジレンマ」である。米国に夢や希望を一極集中させすぎたのである。ぼくのように英語とアメリカンカルチャーに精通しようと励んだ者ほど反動も大きい。自分勝手に期待して自分勝手に裏切られたのである。かつて米国に恋焦がれたぼくだが、未だにアメリカ大陸の土を踏んでいない。

米国に対してはやや失望気味のほうがジレンマに悩まなくてすむことをぼくは学習した。世界には多様な価値観が存在するのだ。大企業が苦戦するように大国も苦悩に喘ぐのである。警察官だって犯罪に手を染めるのである。正義も誤るのである。当たり前だ。

米国との関係性におけるジレンマにうろたえるよりも、そろそろ国家も個人も自分自身が直面している日本社会のジレンマを何とかすべきだろう。「欲望を強くすればやがて身を滅ぼす。また節度を守れば土足で踏みにじられる。欲望に走っても節度を守っても危うい生き方になってしまう」。さあ、どうする?

万歳! vs 頑張ろう!

オバマ大統領の就任演説を耳から聞いたのはニュース番組。もちろん、全文ではない。出張先のホテルでもらった夕刊に載っていた演説は25%くらいに凝縮した要約であった。あくる日、朝刊には全文が掲載されていた。翻訳のこなれ具合が気になった。その日、他の二紙も読んだ。微妙に翻訳文が違う。その二紙はいずれも英文も載せてくれていたので、英文も読んでみた。

ある大学教授が「具体策に乏しい」と批判していた。少し酷だ。所信演説なら方策が語られるべきだろうが、就任演説だからやむをえまい。むしろ、就任演説特有のステレオタイプな鼓舞がなく、真摯でさらりとした論理性を垣間見た。日本人にはなかなか共有しづらい多民族性、異質文化性を踏まえねばならないくだりにはやや高揚感を伴うことば遣いもある。だが、総じて冷静でありメッセージの論理は明快である。

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ぼくが指摘するほど、オバマ大統領が冷静で論理明快だと思わない人もいるだろう。ぼくの受けた「静かな理性」という印象がずれているのなら、それには思い当たる原因がある。就任演説の前週の金曜日に開催されたわが国の二つの政党の党大会を見たからである。その日、自民党と民主党は同日に党大会を開催した。時代が変わっても、攻守それぞれ相変わらず紋切り型のシュプレヒコールで閉会していた。一方が「万歳」、他方が「頑張ろう」。どちらの党にも「政治時代劇」に嫌悪する若手代議士も大勢いるはずだが、仲間内でそんなに鼓舞し合って何を考えている? と首を傾げた。

万歳。それは大勢で両手を勢いよく上げる動作を伴う。そして大勢で唱えることばである。ぼくの言語的知識からすれば、祝福の表れ、または勝負に勝利したときの雄叫びである。いったい自民党は何を祝福したのか、あるいはどんな勝負事に勝利して「万歳! 万歳! 万歳!」と三唱したのか?

頑張ろう。余力を残さずに持てる力を十分に出して努力するときの決意である。前途に困難があるかもしれない、しかし、それにめげずに最後までやり通すという意志の表明だろう。チャレンジャーとしてはいいし、「万歳」よりはましかもしれない。でも、「頑張ろう! 頑張ろう! 頑張ろう!」などという三唱はスマートではないのだ。発想も体質も古いのである。

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オバマ大統領の演説の締めくくりは、よく耳にする「神の祝福あれ」だった。だが、それに先行する最後のメッセージは感嘆符がつくような「空っぽのテンション」とは無縁だった。次のように自分流で訳してみた。

「子どもたちのそのまた子どもたちへも語り継ごうではありませんか――試練に直面しても、わたしたちは(建国以来の長い)旅路を終わらせなかったと。わたしたちは後戻りもせず、挫折もしなかったと。地平線と神の慈悲に目を据えて、自由という偉大なる贈り物を引き継いで、続く世代にしっかりと届けたと。」

どう解釈しても、そこに居合わせた200万人の人々に対する空元気なシュプレヒコールではない。「万歳! 頑張ろう!」なんて泥酔状態でも叫べるではないか。ぼくはアメリカのジレンマについてどちらかと言えば批判的だし、そのテーマについてブログで書こうと思っていた矢先だった。しかし、「万歳と頑張ろう」の国にとっては、お手本にせねばならないことがまだまだ多いと言わざるをえない。  

変える論理、変えない論理

「いつまでもお若いですね」は、変わっていないことを評価することば。「いつまで同じやり方をしているんだ!」は、不変に対する不満。「彼の仕事に対する姿勢は変わらない」は、たぶん褒めことば。しかし、「君、安易に目先を変えるな!」は、変化に対する批判。「殻を破れ、自己変革せよ!」は、変わることを奨励している。「変えてよし」あれば、「変えなくてよし」あり。変えるか変えないかの岐路でどう決断するかは、クイズミリオネアで「ファイナルアンサー?」と聞かれての対応に似ている。

直感的印象で恐縮だが、現在は「変える論理」が優勢な気がしている。まず、「変化とスピード」を謳う企業メッセージをよく耳にする。「時代や社会の変化に対応」というのは、人間が変化すべきことを示唆している。ぼくも、どちらかと言えば、変化礼賛派である。いや、それは「飽き性」をカモフラージュする看板だろうか。

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「万物は流転し、自然界は絶えず変化している」―これは古代ギリシャの哲学者ヘラクレイトスの根源的な考え。『方丈記』でおなじみの鴨長明は、「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」と人間世界を比喩した。構造人類学のレヴィ=ストロースは、「社会システムが変化に開かれるよう構造化されている」と喝破した。つまり、じっとしていると滅ぶ。

これらの思想に共通するのは、世界や社会が「変わる」という論理である。変わる世界の中にあって、人間だけが変わらない特権を有しているとは思えない。同じ状態にしがみついたまま、永続性だけを得ようともくろむのは厚かましい話だ。存続し維持したければ、変化し続けなければならないのである。人間は「変える論理」で生きなければならない。

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しかし、変える論理を認めたうえで、ぼくたちは一つの大きな苦労に突き当たる。ひとまず何を変えるのかという選択の苦労である。見方を変えれば、これは「何を変えないか」という選択とも言える。

本ブログで毎週イタリア紀行を書いているが、イタリアの各都市から「何を変えないか」について実に多くを学ぶ。いかなる不便を甘受しても、数世紀前の景観を変えないヴェネツィア。フィレンツェには何世紀も前の水道蛇口を在庫している、ただの古道具屋ではない、水道工事屋があった。愚直なまでに変化しないことが必ずしも滅亡に至るわけではないという証である。

ぼくたちの社会は、便利という価値へと変化した結果、少なからず景観や伝統という価値を犠牲にしてきた。変えなくてもいいものすら変えてきてしまったのではないか。他動詞「変える」には「何を」が必要だ。変える論理は「何」という客語とセットでのみ成立する。

さりげなさと極論のはざま

大分むぎ焼酎二階堂。時々たしなむが、特に熱狂的な愛飲者というわけではない。昭和レトロの空気を醸し出し、ちょっぴりノスタルジーに嵌まってしまう例のテレビコマーシャルがいい。何がいいかと言うと、二番煎じやステレオタイプな構成ものや大声・雑音ばかりの広告が続いた後にほっとする瞬間があるからだ。

 「イエスとノー。その二つの間には、何もないのだろうか。」

このせりふを耳にするたびに、「いやいや、そんなことはない」と心中つぶやくぼくである。肯定側と否定側に分かれて激論を交わすディベート指導をしてきた立場からすれば、イエスとノーで二律背反的に割り切ったらどうかと言いそうなものだが、そこまでディベート馬鹿ではない。だいいち、イエスとノーという二つの選択肢だけでは窮屈で、世の中を生きていくことなどできない。

逆説的に言えば、イエスとノーの間に命題の落としどころを見つけるために、イエスとノーのいずれかを極論するのである。振り子は、一番左に振れたあとに一番右にもやってくる。その中間に真理というものがあるはずだ。つまり、一番左と一番右に振れた地点をよく見つめれば、そのはざまにある領域にも目配りができる。もっとも、その振り子が振れる範囲に真理があるという前提での話だが……。人間が想定した範囲以外に人知を超えた真理がある場合には、イエスもノーも、はたまたその中間もまったく意味を持たない。

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「筆を走らせたのは、宙ぶらりんの想いでした。 想いのかけらは朽ちることなく、ざわざわと心を揺らします」とくだんのコマーシャルは続く。なかなかいいではないか。悲しくはならないが、しみじみとした哀愁が漂ってくる。

イエスとノーの分別ができるから何でも断言したり結論づけたりできるのではない。イエスとノーを明言してからこそが、悩みの始まりなのだ。そう、まさに「宙ぶらりん」の状態が続く。ところが、イエスとノーをはっきりさせない者ほど、すでに腹が決まっているなんてこともある。口先で「五分五分です」とか「ケースバイケースです」とか「どちらとも言えません」とか「肯定も否定もしません」という輩にかぎって、心が醒めているものなのだ。

イエスとノーという二律背反と、その中間にあるグレーゾーンは決して矛盾しない。「白黒をつける」と言うとき、白と黒は相反しているが、グレーゾーンを少しずつ辿っていくと白はやがて黒になり、黒もやがて白になる。イエスとノーの間のグレーゾーン、あるいは宙ぶらりんが「さりげなさ」というものだろう。「曖昧さ」と言ってもよい。これに対して、イエスとノーは極論である。グレーゾーンを排除するという点においては「明快さ」と言ってもよい。

極論と明快さが必要な重要局面でずる賢くさりげない振る舞いを見せ、さりげなく済ませればいいことに対して白黒をつけたがる。そんな風潮が支配的になってきた昨今、一献を傾けながら、「イエスとノー。その二つの間には、何もないのだろうか」と時には自問自答してみるのも悪くない。

幸せな気分になる話

微細なところまで正確には覚えていないが、ユダヤにこんな笑話があった。

その昔、貧しい家族があった。狭い家屋に大所帯。我慢が限界に達して主がラビ(ユダヤ教の聖職者)のところに相談に行く。ラビは言う、「明日から家の中に騾馬を入れなさい」。どう考えても解せない助言だったが、主はこれに従い、一週間ばかり騾馬との生活に耐えた。

案の定、耐えきれない。再びラビのところに赴き、「家族だけでも大変なのに、騾馬との生活なんて無理です」と吐露した。「では、騾馬を家の外に出しなさい」とラビは助言した。言われた通りの生活を送り、しばらくして主はラビを訪ねた。「ラビさま、ありがとうございます! 家族だけの幸せな生活が取り戻せました。」

うまくいって当たり前なはずなのに、ひょんな悪運や失敗が邪魔してうまくいかない。うまくいかないから落ち込んでいると、何かの拍子にうまくいき始める。感激して喜ぶ。ユダヤの別の笑話に、「貧乏人は、落としたお金を見つけて、それを拾ったときに大喜びする」というのもある。貧乏人でなくても喜びはひとしおだろう。

「一万円札を落とす(マイナス)、それを見つける(プラス)」で実はプラス・マイナス・ゼロなのに、「一万円札を落とさずに財布に入っている状態」よりも喜ぶ。正しく言えば、喜びではなく安堵なのだが、ショックと安堵との大きな落差が幸福感を増幅させる。

ノーアウトでランナー一塁。次打者がバントをするも投手がすばやくさばいてランナーが二塁でホースアウト。その一瞬、観客は「あ~あ」とため息混じりに落胆。しかし、ダブルプレーを狙って二塁手が一塁へ悪送球。ボールが転々とする間にバントをミスったバッターが二塁へ。この瞬間、観客は一転して歓喜する。その歓喜ぶりは、バントを成功させてランナーを二塁へ送るときの声援どころではない。

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快適性や幸福感にどっぷり浸かる日々。日常の当たり前がいかに感受性を鈍らせているかという証である。もう一つは「地獄で仏」や「ピンチはチャンス」や「結果オーライ」という自浄作用だ。「不運の後の幸運」を収支トントンではなく、「幸福の黒字」と錯覚できるように人間のメカニズムは働くのだろう。その代わり、「幸運の後の不運」も収支トントンや赤字どころか、「幸福の倒産」にまで落ち込んでしまう。

柔道やレスリングでは、敗者復活戦を勝ち抜き三位決定戦に勝利する者は「銅メダル」を手にする。早々に負けて泣き、やがて「勝利して銅メダル」。ところが、ずっと勝ち続けて決勝戦まで進んで惜敗する者は「負けて銀メダル」。銅メダリストより上位の銀メダリストに笑顔はない。幸福な人生はバランスシートで説明できないのだろう。連敗の後の一勝をありがたいと感じ、「終わりよければすべてよし」と思いなすのだ。

ちなみに、最近のぼくは、小さなメモを見つけたときに幸せな気分になる。それは自分自身のメモでありながら、そこにはまったく記憶から抜け落ちている内容が記されているからだ。「ふむふむ、なかなかいいことを書いているもんだ」と十数年前の自分を賞賛するとき、気分は最高潮に達する。「それって、ただの自己陶酔ではないか!?」と言うなかれ。幸福には錯覚と陶酔が不可欠なのである。