たいやきとエスプレッソ

何を食べ何を飲むかという併せ技はもちろんのこと、何を食べてから何を飲むか、その逆に、何を飲んでから何を食べるかという時間差飲食も願望通りにはいかず、偶然の流れに委ねることが多い。思いと裏腹の後先になると、食べものと飲みものの味覚と印象は大いに異なってくる。出汁までたいらげたきつねうどんの後にコーヒーは飲みづらい。

あの日の昼下がり、腹八分目だったら話は変わっていたかもしれない。昼食で十分に満たされていた。いわゆる別腹デザートを受け入れる余地はなかった。それどころか、腹ごなしに歩かねばならないと思ったほど。だから歩くことにした。まったく不案内の場所ではなかったが、方向感覚は頼りない。街並みに視線を投げながら半時間ほど歩いたところで、「これはすぐれものだろう」と直感した店の前に出た。たいやきの店である。前の客がいくつか包んでもらった直後、焼き上がるまで数分待つ。

焼きたてがうまいに決まっている。半時間ほど歩いたので大丈夫だろうと思って買ったわけだが、熱々のたいやきを手にして、どうもあんこは喉を通りそうにない。買い食いを断念して、さらに半時間かけて帰路につくことにした。


真っ直ぐ帰ればいいのに、たまたま通りがかったカフェに誘惑される。以前飲んだこの店のエスプレッソが本場に引けを取らないのを知っている。ところで、エスプレッソを飲み慣れている人ならわかると思うが、ケーキやクッキーと相性のよい通常のレギュラーコーヒーとは違って、エスプレッソを飲む時は原則茶菓子は不要だ。せいぜい小さなチョコレートひとかけらである。エスプレッソのダブル、約60㎖を注文して三口ほどで飲み干す。仮に「店内でたいやきの持ち込みオーケー」と言われても無理だ。ここから自宅まで徒歩20分弱。苦味を口内に残しながら帰ってきた。

3時のおやつ」にちょうどよい頃に、日本茶を淹れ、オーブントースターでたいやきを焼き直して食べるつもりだった。しかし、エスプレッソの余韻がまだ残っていて一向にその気にならない。店の前に続いて二度目のパス。たいやきの存在を思い出したのは、その日の夜ではなく、なんと翌日の夕方になってからだった。焼き上がり直後の味を知らないが、おそらくうまさは半減していたに違いない。

飲食の組み合わせや順序はデリケートにして、かつ、大げさに言えば、深淵である。たいやきにはお茶でなければならない。実際、くだんのたいやき店の店内には、自由にどうぞとお茶を置いてあった。「エスプレッソとたいやきセット」という異端を思いつく店は現れないだろう。以前、某コーヒー会社が「和食の後のコーヒー」というスローガンを掲げたことがあるが、和食の献立次第である。鍋をつついて雑炊でしめた直後のホットコーヒーはどうなんだろう。エスプレッソも料理を選ぶ。肉料理とワインの食事だからこそ絶妙の仕上げになる。

なお、イタリアの朝のバールでは、小さなパンもつままずに、空きっ腹に砂糖たっぷりのエスプレッソを一気に注ぐのはありふれた光景だ。エスプレッソびいきのぼくもあの真似はできない。旅先では必ず小さな甘いパンをつまんでいた。しかし、パンと一緒ならエスプレッソでなく、普通のコーヒーのほうがいい。冷めたたいやき、朝のレギュラーコーヒーには合うかもしれない。あんぱん感覚で食べればいい。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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