閑古鳥がおびただしい

「閑古鳥」とはカッコウのことらしいが、言い得て妙である。さびれている様子がにじみ出ている。貧乏神と同じく閑古鳥は招かれざる客なので、そこかしこで毎日毎日啼かれては困る。ところが、この閑古鳥、最近目立って繁殖しているようなのだ。ぼくの住むマンション近くにはどこからか追いやられてきたムクドリが群れているが、オフィス街に棲息しはじめた閑古鳥の数はムクドリの比ではない。

週末に大阪の目ぼしい繁華街を散策し、デパートや専門店にも立ち寄って人出や賑わいをチェックする。不景気や金融不安などどこ吹く風、どんどん皆さん買っているし飲食している。心斎橋の有名ブランド店の一つなど、百均ショップではないかと見間違うくらい混んでいた。ニーズ(必要性)を満たすために消費しているとはとても思えない。緊急性などまったくないウォンツ(願望)がコンスピキュアス・コンサンプション(見せびらかし・目立ちたがりの消費)へと加速している。

このように景気をまったく気にせずにせっせと消費できる人々がいつの時代にもいる。どのくらいの人口比なのかは知るすべもないが、ぼくの周辺では五人に一人というところか。この20%の人たちは必ずしもセレブばかりではない。収入の多少や肩書きの上下や消費額の大小とは無関係に存在する。誰一人として景気と無縁に暮らせる者などいないはずなのだが、不思議なことに、この連中は景気に鈍感であり続けることができる。五人のうち景気に敏感な残りの四人はどうしているのだろう。迫り来る不況の影に怯えながら財布を握りしめタンスの引き出しを押さえているのだろうか。


一昨日の夜8時頃、自宅へ帰る途中にオフィス街の飲食店を外から覗き見して歩いた。想像以上に閑古鳥の占拠地帯が広がっていた。しゃぶしゃぶの店、中華料理店、イタリアン、フレンチ、寿司割烹など軒並みチェックしたが、惨憺たる状況だった。オフィス近辺で午後8時前後に客がいないようならその日はほぼアウトだ。飲食業ではないものの、「明日はわが身か……」と現実を直視する。

夏以降、続々と店が閉店に追い込まれて、わずか一ヵ月ほどすると別のオーナーがそっくり新装してオープンする。最初の数ヵ月は新しさ・珍しさゆえ、口コミで人が人を呼んでくれる。だが、昔に比べて選択肢が圧倒的に多い現在、その店でなければならない理由などそう多くはない。週一回や月二回と足を運ぶには他店と一線を画する決定的な差異が必要だ。そんな特徴的な店にはめったに出くわさない。

夜、どこかで飲食する。どなたにも行きつけの店があるだろう。しかし、そこが満員であれば別の店でも代用がきく場合が多いのだ。ぼくなど常連になるのを好まないし、常連ゆえに求められる立ち居振る舞いが面倒なので、行きつけの店でもせいぜい年に6回まで。二、三ヵ月空くことになるから、次回行くときには新参者。ゆえにめったなことでは顔なじみにまでは至らない。


他方、閑古鳥とは無縁の一握りのエリート店がある。「行列の並ぶ店」とか「なかなか予約の取れない店」と聞いて、さあどうする? ここが食にまつわる消費行動の岐路である。

「一度でいいから、何時間並んでも行って見たいし半年先でも予約しておきたい」と思う。実はこんな人たちは少数派なのだが、マスコミがこぞって取り上げるために、「世の中、そんな連中が多いんだなあ」と思い込まされるのである。どんなにうまい焼鳥屋であっても、2時間も3時間も待つことなんかない。近場を探せば、遜色なくてリーズナブルな店が必ずあるものだ。どんなに有名でミシュランガイドで取り上げられていようとも、予約してから半年間も待ち続けることなどない。

ぼくの店選びはとても簡単である。いい店なら客を待たせてはいけない。これが顧客満足というものだろう。「行列ができる」というのは世間の評価であって、ぼく自身にとってはまったくありがたくない現象である。さっきまで並んでいた客が入店する時、後ろに列をつくっている客たちに投げかける、あの「勝ち誇ったような一瞥」の嫌らしさはどうだ。「予約のむずかしい店」など論外である。そんな店はぼくの中では存在しない。その店をなかったことにしておいて何一つ困ることなどない。

弱者発想のぼくとしては、人気店の動向にはあまり関心がない。それよりも、オフィス街でランチを提供してくれている、無名だが一工夫があってリーズナブルなお店を潰しては気の毒だと思う。だから、グルメガイドに頼って遠方まで出掛けず、近くの店を食べ歩きしてみる。気に入った店にはちょくちょく通ってあげる。こうして一羽でも閑古鳥を減らしてあげたい。

とか何とかキレイごとを言いながら、ぼく自身、最近めっきり外食機会が減った。年齢のせいだけではないだろう。わざわざそこに行かねばならないという情熱も薄らぎ、魅了してやまない特徴的な店も少なくなった。何よりも、忍び寄る不機嫌な時代の空気に知らず知らずのうちに備えているのかもしれない。   

省略を避ける無難な習慣

昨日の話の続きである。省略という行為を「奇妙な習慣」と言ってはみたが、よくよく考えると、省略しない、すなわち敢えて面倒な形式的手順を踏むことも奇妙な習慣に思えてくる。正確に言えば、無難な習慣ということになるだろうか。

フォーマルな手紙のあいさつ表現に「拝啓-敬具」というセットがある。「こんにちは」と言うほど親しくもなく、かといって共通の話題もない。そんなとき、さしさわりなく始めさりげなく終えるのにもってこいの常套手段である。手紙の文章が「拝啓」で始まる――それは、次に続く「貴下益々ご清祥……」や「師走の候……」にはほとんど意味がないことを書くほうも読むほうも了解済み、ということだ。したがって、拝啓の次はしばらく飛ばして「さて」まで行けばいいことになっている。

ぼくもやむなく「拝啓」で始めなければならない手紙をしたためることがある。しかし、拝啓で始めたにもかかわらず、その後に書くべき定型文のどれもが相手にふさわしくなくて困り果てる。そんなとき、「拝啓」の後に何となく「前略」と書きたくなるのだが、この衝動は例外か。


心にもないことを書き、それを相手が読みもしないのだから、「前略」一つですべてをまかなえばどうだろう。前略とは手紙文の文章の前の部分を省略することである。それは、冒頭の時候のあいさつも省いてしまってもよいという約束の上に成り立っている便利な記号だ。つまり、「儀礼的な挨拶はしません」とか「用件のみ」とか「すぐに本題に入ります」とか「冗談抜きで」という合図であり予告である。

ところが、前略に続いて「大変ご無沙汰しておりますが、日を追って寒さが厳しくなる今日この頃、いかがお過ごしでしょうか」という変則をよく見かける。これは、「拝啓 貴下益々ご清祥」ほどフォーマルではないにせよ、「カジュアル・ヌーヴォー」と呼ぶべき新ジャンルだ。この形式においても、「さて」が来るのは数行先である。前略だけではない。だいたい「略儀ながら」と書かれてある手紙で形式的な手続きが略されているものにはめったにお目にかからない。そして、このような奇妙な習慣は電子メールにも継承されている。

いっそのこと「前略-草々」というセットもやめてしまってはどうだろうか。前略なのに往生際が悪く、何一つ略していないではないか。ぼくの場合、メールであいさつが面倒なとき「用件のみ」と書くことがある。反省すれば、あれだって一種の言い訳だ。唐突感を避けて本題を少しでも先送りしようとする魂胆がある。同様に、前略も言い訳に等しい。そんな言い訳を一言もしたためず、いきなり用件からズバッと入る。一切の飾りや虚礼がないからぶっきらぼうである。まるでウォームアップなしにいきなり水に飛び込むようなもので、危険なことこのうえない。書き手には尋常でない勇気がいる。と同時に、そんな手紙やメールを受け取る読み手の器量と度量も試される。

昨日地名の話から始めた「省略」の主題が、変な方向に脱線してしまったかのようだ。中途半端でオチもない。ゆえに「後略」とする。  

省略という奇妙な習慣

ぼくのオフィスは、府関連の庁舎が多い大阪市中央区谷町界隈の一角にある。その昔、この谷町に住んでいた医者だか呉服問屋の主人だかが大の相撲好きで力士に手厚いもてなしをしたとか。真偽のほどは不明だが、タニマチの語源がここ谷町だとはよく言われる話だ。

市内を南北に走る谷町筋に沿って最北の谷町一丁目から谷町九丁目まで番地が付いている。この区間を走る地下鉄線にも谷町四丁目、谷町六丁目、谷町九丁目という駅名がある。多数の市民もしくは界隈の勝手をよく知る人々は、これらの駅名をフルネームで呼ぶことはまずない。それぞれ谷四たによん谷六たにろく谷九たにきゅうと略す。

谷町九丁目までが中央区。これに隣接するのが天王寺区の上本町である。この町名にも一丁目から九丁目までの番地があり、もっとも有名なのが上本町六丁目。上六うえろくと呼ぶ。幼少の頃、一番早く知った略称地名がこれだ。もちろん当時は略称とは知らず、「うえろく」というれっきとした地名だと思っていた。あまりにも上六が有名になったため、上本町イコール上六という錯覚も生じる。「うえろく三丁目はどこですか? と聞いてきた乗客がいた」と父親が苦笑いしていたのを覚えている(父は大阪市交通局に勤務していた)。

そうそう、大阪にはもう一つ超弩級の略名がある。長い長い商店街で有名な「天六てんろく」。「天神橋六丁目」が正式名だが、駅名「天神橋筋六丁目」も「てんろく」と呼ぶ(地名にはない「筋」が駅名には付いている)。


略称は地名だけにとどまらない。会社を創業した21年前、プロコンセプト研究所とフルネームで呼ばれたのは当初の数日で、その後は「プロコンさん」である。「さん」など付けてもらわなくて結構だから、「プロコンセプト」と呼んでほしいと願ったものだ。

クリームソーダを「クリソー」、トマトジュースを「トマジュー」、チーズたこ焼きを「チータコ」と縮める土地柄ゆえ、少々長めの名称だと省略の対象になることを覚悟せねばならない。5文字以上あると何かが省かれてしまうのがナニワ流だ。フルネームで呼んでもらいたければ、社名や商品名は4文字以内にしておくべきである。  

本来あるべきものを省いたり略したりするのは何かの都合によるのだろう。想像するに、第一の都合は発音のしやすさだと思う。「てんじんばしすじろくちょうめ」と言うのに驚異的な滑舌は不要だが、「てんろく」のほうがはるかに発音しやすい。そして、たぶん第二の都合は親しみやすさではないだろうか。長い正式名を短いニックネームで互いに呼び合うのは、関係がぎこちなくないことを示している。ある日突然、親しい人から「岡野勝志さん」とあらたまって声をかけられたら、とてもぎこちない。いや、それどころか、たぶん一大事であるに違いない。

第三の都合でありもっとも重要なのが、単純に面倒くさいことであると思われる。そもそも「略」のつくことばには面倒で邪魔くさそうな共通イメージがある。たとえば略式、略図、簡略、中略などからは、一部始終を示したり形式を踏まえたりするしんどさから逃れたいという気持ちが伝わってくる(白川静の「略」についての漢字始原説を調べたわけではないが……)。

親しき中にも礼儀ありという関係にあっても、話しことばなら地名を「たによん」と略し社名を「プロコンさん」と略して平気でいられる。ところが、書きことばになったとたんに省略にブレーキがかかる。手紙文では「谷町四丁目駅徒歩5分」となり、「株式会社プロコンセプト研究所御中」となる。

書くという行為では発音のしやすさを気にしなくてもよい。また、話しにくいことを書くのだから親密感もやや薄いかもしれない。しかし、第三の都合である面倒で邪魔くさいのは話しことばも書きことばも同じなのではないか。にもかかわらず、どんなに気さくな大阪人でも手紙の始まりに「毎度」と書いてよこしてきた者はいない。

省略は奇妙な習慣だが、省略すべきところをしないのも不思議である。この話は明日。

イタリア紀行19 「一期一会が似合う」

サン・ジミニャーノⅢ

滞在時間は3時間と少し。フィレンツェ⇔ポッジボンシ⇔サン・ジミニャーノ往復に要した時間とほぼ同じ。街が小さいのに加えて自慢できる知識などまったくないから、何が見所なのかもよくわかっていない。おまけにシーズンオフだ。正直言って、3回にわたって書くだけの話題を持ち合わせていない。

四十いくつの数の世界遺産を誇るイタリアにあって、サン・ジミニャーノは1990年に7番目の早さで登録されている。城壁に囲まれた街。石畳と古色蒼然とした壁の間から中世以来生き延びてきた塔が背伸びをしてみせる。よく目を見張ると、石畳や壁が修復されているのがわかる。石の文化は強靭だが、それでもなお数百年の年月は街を劣化させる。

錆びたような黄土色の建物、時には寒々しいグレーの石畳や赤っぽい石畳、くすんだこげ茶色の屋根、窮屈そうで人影もまばらな通り。この街に決してマイナスイメージを抱いたわけではないが、見るもの感じるものすべてが寂寥の色合いに染まる。ルチアーノ・パヴァロッティが歌いあげるイタリア民謡、たとえば『はるかなるサンタ・ルチア』が流れてきたりすると、哀愁がただよい感傷的な気分になること間違いない。

世界中から観光客がやってきてこの小さな街がにぎわう季節なら、哀愁や寂寞に襲われることはないだろう。ガイドブックの教えにしたがって名物の白ワイン“Vernaccia di San Gimignano”も楽しみ、土産物もしこたま買い込んでほろ酔い気分で帰路につくかもしれない。しかし、それはそれ。旅は季節によって街の顔を変える。それを一期一会の縁と受け止めるのが潔い。 《サン・ジミニャーノ完》

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足の向くまま街外れへ。
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城壁の外はさらに閑静な風情。
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城壁外の田園風景。
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塔の上からの風景。
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一戸建て住宅。ホテルが少なく、民家が部屋を貸す、いわゆる民泊が多い。
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聳える塔を後景に置く住宅地。街に絵になる躍動感を与えている。

牛肉の口当たりと値打ち

どうでもいいことを真剣に考察してみたいと思う。そして、この考察は、ぼくの数ヵ月間のブログ記事史上もっとも賛否が際立つ争点になるだろう(ちょっと大げさか)。このテーマを取り上げたきっかけは次の二点。

昨今、テレビのグルメ番組では上等の焼肉やステーキへの最大級の賛辞が「おいしい、やわらかい、とろけそう」であり、耳にタコができるほど繰り返される。「おいしい」は人それぞれなので何とも言えないが、はたして「やわらかい」と「とろけそう」は褒め言葉なのだろうか。これが一つ目の動機。

もう一つは、今年の2月から3月にかけてパリとローマでアパート暮らしをし、市場で安い肉を買って自炊の日々を送ったこと。人生で初めて半月にわたって毎日欠かさず牛肉、豚肉、羊肉を食べた。塩・胡椒・ハーブで肉を味付けし野菜を添えてオーブンで焼くという、ワンパターンなレシピだ。どの肉も多くの日本人が好むような「やわらかさ」に乏しく、ぼくの了解を得ずに肉が舌の上で勝手にいきなり溶け出すこともなかった。


よくテレビで紹介される100グラム5万円か10万円の幻の大田原牛。噛まなくてもいいほどやわらかくて、口の中に放り込んだ瞬間サシの部分から溶けていくらしい。栃木にはよく行くし知人も多いが、未だご馳走してくれた人はいないので、ぼくにはそのやわらかさと口どけ感は知る由もない。しかし、グルメタレントは異口同音に「おいひぃ~、や~はか~い、とほけそ~」と変体ハ行活用してコメントする。たぶんお説の通りなんだろう。

一枚200グラムのステーキに10万円~20万円の値打ちがある? 一切れ20グラム1万円の肉が秒単位で溶けるのですぞ! 「どのくらいやわらかい肉?」と聞かれたら、「やわらかさ毎秒2,000円、とろけ度毎秒4グラム」とでも答えるか。そこにはゆったりとした深い滋味などない。なにしろすぐに溶けてしまうのだから、「秒味びょうみ」なる造語がぴったりだ。

ねたみや負け惜しみではない。なぜなら、そこまで値は張らないけれど、きれいなサシの入ったロースやバラの焼肉はほどほどに食べるし、たしかに他の部位の肉にくらべてやわらかいと思う。サシの入った肉の刺身が醤油とワサビといっしょに舌の上で溶けるからといって、「けしからん」と腹を立てるわけでもない。ぼくの論点はただ一つだ。口当たりがやわらかくてとろける肉がなぜここまで絶賛を浴びるのか――それが不思議でならない。

農耕民族だからアゴの筋肉も噛む力も弱いからなのか……。肉をブロックで調理せず、薄く切ってすき焼きにしたり、こま切れにして野菜炒めにしたりしてきたから、やわらかい肉を食べ慣れているのか……。あるいは、「肉と言えば赤身」の時代がずっと続き、それが当たり前だったが、近年になって「禁断のサシ」の味を覚えてこっちのほうがうまいぞという固定観念が刷り込まれてしまったのか……。よくわからない。

パリとローマで毎日いろんな市場や肉屋に足を運び、半月間肉三昧をしてよくわかったことがある。おいしい肉の価値が日本と決定的に違うのだ。日本で高級な肉が手頃な値段であり、日本で安い肉が想像以上に高価なのである。日本で好まれるサーロインのようなサシ入りステーキなら一枚200グラムで150円~200円だろう。それに比べて赤身は上等である(これは肉にかぎらない。パリの市場ではマグロも高い赤身から売れ、安いトロが残っている。日本人居住者や留学生にとってはありがたい話である)。なお、高いとか安いとか言っているが、フランスやイタリアでは肉類は無茶苦茶安い。ユーロ高に苦しんだ今年の3月であっても驚くほど安かった。


歯ごたえをアゴで感じ、噛めば噛むほど広がる肉独特の風味を久々に楽しんだ。来る日も来る日も。風土になじめば肉食が続いてもまったく問題はない。野菜少々であっても決して偏食とは思わない。野菜さえ食べていれば「ヘルシー」なんていうのは欺瞞とさえ思えてくる。牛肉だけではない。豚肉も羊肉も日本で食べるよりもワイルドな匂いと味がする。サシの入ったロースを日本独特の「精緻なる工芸品」と称するならば、あちらの国の肉はちと粗削りだが「野趣あふれる天然もの」だ。

美味への飽くなき追求心には文句はない。牛肉に対する日本人独特のこだわりが世界でも稀な肉食文化を形づくっているのも悪くはないだろう。だが、「やわらかい」と「とろけそう」という賛辞によって「やわらかくてとろけそうな肉」を最高品質に祭り上げるのは発想の貧困である。もっとも、口内滞在時間数秒の肉に対するコメントはむずかしいだろうと同情はする。

粒の大きい胡椒と相性がよく、独特の臭みがほんのりあって、噛んでいるうちにアゴがだるくなり、そろそろ飲み込もうとするその前にもう一度喉元で重厚な肉汁を確かめる。アゴも歯もいらない肉との差異も噛みしめる。肉を頬張ったパリとローマの日々、ぼくはテーブルに向かう狩猟民になっていたのかもしれない。以来、ぼくの中では「うまい肉」の価値は確実に変わっている。  

タイトルは悩ましい

二十代後半から三十代前半の数年間、コピーライティングの仕事に携わった。企業や商品のコンセプトを煮詰め、見出し(ヘッドライン)を数語か一行そこそこで表わす。ダラダラと文字を連ねる看板などない。同じく、見出しもことば少なく簡潔でなければならない。言いたいことはいっぱい、しかし、メッセージはかぎりなく凝縮しなければならない。

ストレスのたまる仕事である。英文ライターゆえ、ことばのハンデもあって表現もままならず、もどかしい時間と闘わねばならなかった。ブログのタイトルと記事本文との関係同様に、見出しを決めてから本文を書く場合と、本文を書いてから見出しを練る場合がある。見出し→本文の順だと主題を落とし込む演繹型(トップダウン)になり、本文→見出しの順では集約や切り取りの帰納型(ボトムアップ)になる。前者の場合でも、再度見出しを見直すことになるので、いずれにしても最後に仕上げるのはタイトルになる。

このタイトルをつける作業が悩ましい。コンセプトや方向性が決まってからも微妙な表現のニュアンスに四苦八苦する。今日のブログタイトルにしても、『悩ましいタイトル表現』『タイトルづくりの悩み』『タイトルの苦悩』などいくらでも候補案がありうる。どこかで踏ん切りをつけないと、文章など書くことはできない。


昨日の夕方にオフィスの本棚を見渡していたら、何年も前にぼくが自宅から持ってきてそのまま置いてある本を何冊か見つけた。そのうちの一冊が特に懐かしく、文庫本で22ページの短編を一気に再読した。フィリップ・K・ディックの「地図にない町」という小説だ。この小説が収録されている本の書名は『地図にない町 ディック幻想短編集』。全部で12の独立した短編が収められている。

この本は、12の短編のうちもっとも代表的な作品名をそのままタイトルにしている。ちなみに、原作のタイトルは“THE COMMUTER And Other Storiesとなっている。直訳すれば『通勤者 他短編』。想像するに、翻訳者は「通勤者」ではインパクトがないので、小説のエッセンスを切り取って「地図にない町」をタイトルにしたのだろう。“Commuter”は「定期券または回数券の電車通勤者」を意味する。実際、この小説の冒頭のシーンは駅の構内の窓口であり、「次の方」という出札係に対して、小男が5ドル紙幣を差し出して「回数券を一冊下さい」という会話から始まる。

この本のタイトルのつけ方は、「シアトルマリナーズの選手たち」ではなく、「イチロー 他マリナーズの選手たち」と言っているようなものだ。この本と同じタイプなのが、プラトンの『ソクラテスの弁明』。「エウチュプロン――敬虔について」「ソクラテスの弁明」「クリトン――なすべきことについて」の三つの作品が収められているが、著名な「ソクラテスの弁明」を切り取ってタイトルにしている。

これら二冊と異なるタイプのタイトルをつけているのが、エドガー・アラン・ポオの『ポオ小説全集3』だ。17の短編をまとめてこう名づけている。これら短編には名作「モルグ街の殺人」が含まれている。にもかかわらず、「ポオ小説全集」としたのは、おそらく個々の作品名を表に出すよりも、全4巻のうちの3巻目であることを示す点に意味があると判断したからに違いない。


一つの記事や作品の見出しをつけるとき、伝えたい意図をタイトルにするのか、それとも代表的なキーワードをタイトルにするのか、悩ましい。複数の作品や記事を束ねて名づけるとき、すべてを括って上位のタイトルを付すのか、それとも一つの目玉を選んでそれをタイトルにするのか、これもまた悩ましい。

ぼくの場合、タイトルのつけ方や表現の巧拙はさておき、まったく同じ主題・内容の記事などないのであるから、どこかで自分が一度使ったタイトルをなるべく繰り返さないようにしている。これは講座や講演のネーミングにあたっても意識するようにしている。同じタイトルを使わない――これがタイトルづくりの悩ましさを増幅させる。  

アイデアが浮かぶ時

「アイデアはいつどこからやって来るかわからない」と教えられたジャックは、その夜アパートのドアも窓も全開にして眠った。アイデアはやって来なかったが、泥棒に侵入されて家財道具一式を持ち出された。ジャックは悟った。「いつどこからやって来るかわからないのはアイデアではなく泥棒だ。アイデアはどこからもやって来ない。アイデアは自分のアタマの中で生まれるんだ。」

アイデアは誰かに授けられたり教えられたりするものではない。アイデアの種になるヒントや情報は外部にあるかもしれないが、実を結ぶのはアタマの中である。アイデアと相性のよい動詞に「ひらめく、浮かぶ、生まれる、湧く」などがある。いずれも、自分のアタマの中で起こることを想定している。アイデアを「天啓」と見る人もいるが、そんな他力本願ではジャックの二の舞を踏んでしまう。


デスクに向かい深呼吸をして「さあ、今日は考えるぞ!」 あるいは、ノートと筆記具を携えてカフェに入り「ようし、ゆっくり構想を練るぞ!」 時と場所を変え、ノートや紙の種類を変え、筆記具をいくつか揃え、ポストイットまで備えても、アイデアは出ないときには出ない。準備万端、「さあ」とか「ようし」と気合いを入れれば入れるほど、ひらめかない。出てくるのはすでに承知している凡庸な事柄ばかりで、何度も何度も同じことを反芻して数時間が経ってしまう。

ところが、本をニ、三冊買ったあとぶらぶら歩いていると、どんどんアイデアが浮かんできたりする。まったく構えずにコーヒーを飲んでいるときにも同じような体験をする。だが、そんなときにかぎって手元にはペンもメモ帳もない。必死になってアイデアを記憶にとどめるが、記録までに時間差があると大半のアイデアはすでに揮発している。

意識を強くすると浮かばず、意識をしないと浮かぶ。なるほどアイデアは「気まぐれ」だ。しかし、気まぐれなのはアイデアではなく自分のアタマのほうなのである。

ノートと筆記具を用意して身構えた時点で、既存の発想回路と情報群がスタンバイする。アタマは情報どうしを組み合わせようと働き始めるが、意識できる範囲内の「必然や収束」に向かってしまう。これとは逆に、特にねらいもなくぼんやりしているときには、ふだん気にとめない情報が入ってきたりアタマの検索も知らず知らずのうちに広範囲に及んだりする。つまり、「偶然と拡散」の機会が増える。

アイデアは情報の組み合わせだ。その組み合わせが目新しくて従来の着眼・着想と異なっていれば、「いいアイデア」ということになる。考えても考えてもアイデアが出ないのは、同種情報群の中をまさぐっているからである。新しさのためには異種情報との出会いが不可欠。だから場を変えたり、自分のテーマのジャンル外に目配りすることが意味をもつ。

ぼくはノートにいろんなことを書くが、アイデアの原始メモはカフェのナプキンであったり箸袋であったり本のカバーであったりすることが多い。つまり、身構えていないときほどアイデアが湧く。というわけで、最近はノートを持たずに外出する。ボールペン一本さえあれば、紙は行く先々で何とかなるものだ。

イタリア紀行18 「オンリーワン体感」

サン・ジミニャーノⅡ

トスカーナ州の都市を一ヵ月ほどかけて丹念に周遊すれば、それぞれの個性を繊細に感知できるだろう。同じ中世の佇まいであっても面影の残り方は異なっている。西洋中世の時代の建築や都市の専門家なら現場で即座に街の差異を認知できるに違いない。

ぼくなんかはそうはいかない。万が一細い通りが交差する街角に突然投げ出されたら、そこがフィレンツェかシエナかピサか即座に判断できる自信はない。もっと知識を深めたいと思っているものの、残念ながら、トスカーナ地方全般、とりわけ都市の歴史や建造物に関してぼくはまだまだうとい。しかし、投げ出された場所がここサン・ジミニャーノなら、おそらく言い当てることができる。それほど、この街はトスカーナにあってオンリーワンの様相を呈している。

地上にいるかぎり、煉瓦の建物や壁の色や石畳をじっくり眺めても街の特徴はよくわからない。わからないから、高いところに上って街の形状を見たくなる。だから、塔があれば迷わず上る。高いところに上るのは何とやらと言うが、塔は無知な旅人の視界を広くして街の全貌を知らしめてくれる。

だが、現存する塔のほとんどは700年以上の歳月を経て老朽化している。市庁舎の博物館と並立するトーレ・グロッサは安全を保証された数少ない塔の一つだ。高さはわずか54メートルなのでトーレ・グロッサ(巨塔)とは誇張表現だが、小さなサン・ジミニャーノの街全体はもちろん、周辺の田園や丘陵地帯を一望するには十分な高さである。そこの切符売場でもらった『サン・ジミニャーノの宝物』と題されたB5判一枚ものの案内。何となく気に入っているので額縁に入れて飾っている。

見所を一ヵ所見逃した。と言うか、見送った。中世の魔女裁判をテーマにした『拷問・魔術博物館』である。当時使った拷問装置がそっくりそのまま展示されていると聞いた。残酷・残虐のイメージを前に好奇心は萎えてしまった。「生爪剥がし」や「鉄釘寝台」を見ては、その日の夕食に影響を及ぼしかねない。ここはパスして城壁周辺を散策することにした。

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トーレ・グロッサの塔から眺める三本の重なる塔。
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現存する塔の数は15本、14本、13本と資料によって異なる。教会の鐘楼も数えるのか。
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いびつに形を変えた鐘が無造作に置かれていた。
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 光景におさまっているのはわずか3本の塔だが、13世紀の頃には72本あったとされる。現在の高層ビル群になぞらえて、天へと聳立を競った塔の街を「中世のマンハッタン」と呼ぶ人もいる。
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トスカーナの田園地帯という言い方をするが、平野部は少なく、牧草地も起伏の波を打っている。この写真のような風景が街の周辺の丘陵地帯でよく見られる。
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塔のほぼ真下に見える広場と住宅。
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中央やや下に井戸の見えるチステルナ広場。街のすぐ背後に緑が迫っている。古色蒼然と言うしかない。

お手本の御手並

研修のレジュメを書く。基本的には象徴的なエピソードを踏まえたり引用したりして自論を展開するようにしている。他にも踏み込んで事例を紹介する場合もある。学び手にとってそこに「サプライズ」があるかどうかが、ぼくの事例を選ぶ基準になっている。

来週の私塾のテーマは『ブランド』。小さな会社にとっては、羨ましくもなかなか手にすることができない「品質と信用の記号」である。商品やサービスは大きく分けて「機能的価値」と「記号的価値」から成り立つ。たとえば、喉を潤すだけなら水は機能的価値を有していればいい。無性に渇いているならペットボトルの天然水であるか水道水であるかは問題にはならない。このとき、天然水と水道水の間には飲料水としての機能的価値に大差はない。

ところが、健康や安全や生活スタイル、あるいはボトルのデザイン要素やネーミングやメーカー名などの記号的要素が加味されると、そこに大差が出てくる。ペットボトルに入った天然水なら150円になるが、水道水にそんな値段はつかない。機能的価値に加えて記号的価値が大きくなればなるほど「ブランド力がある」ということになる。

このブランドの話をわかりやすい事例で紹介したい。小さな会社に属する塾生が多いので、小さな会社のブランド事例が身近で参考になる。しかし、そこに意表をつかれる発見や驚きがなければ、ぼくは取り上げない。手を伸ばせば届く範囲のお手本や同規模・同業種の先行事例を学べば確かに「よくわかる」だろうが、学習効果には見るべきものがないのだ。とても参考になりそうもない一流ブランドの事例であっても、そこに想定外の題材があるならば、ぼくは積極的に取り上げるようにしている。


ウィリアム・A・オールコットは『知的人生案内』の中で次のように言っている。

「自分の行動の基準を高すぎるところに置くのは危険だという考え方がある。子供には完璧な手本を習わせるよりも、やや下手な手本を与える方が、ずっと速く字を覚えるという教師もいる。完璧な手本を与えられると生徒はやる気をなくしがちだが、生徒よりちょっとうまいという程度の手本なら、自分もすぐにこのくらい書けるようになると思って、やる気を出すというのである。しかし、その考え方は絶対まちがっている。手書きのものなら、子供にはできるだけ上手な手本を与えた方がよい。子供は必ずそのお手本をまねるはずである。どんな子供でも、少しでもやれる可能性のあることなら、自分でやってみようという向上心をもつはずである。」 

ぼくの意見とはだいぶニュアンスは違うが、できるだけよい手本を目標にすべきという主張には賛同する。ぼくの考えはもっと過激だ。選択肢が二つあるとき、まねできる可能性がまったくなかろうが、手本と自分の実力の差に愕然としてショックを受けようとも、レベルの高いほうを手本にすべきである。自分に少し毛の生えた程度の手本に満足してはならない。なお、二つの手本が同じレベルなら、ぼくは愉快なほうを選ぶ。

初心者だから先輩の素人が描いた絵をお手本にするのがいいのか、初心者といえども古今東西の一流の作品を見せるべきか……。「わかりやすくマネしやすい」をお手本選びの判断基準にしてはいけない。構図であれ色調であれタッチであれ、ある種「太刀打ちできない印象」を与えるものをお手本にするべきだろう。二流を参考にして上達しても一流にはなれない。結果的に一流になれずとも、目指すべきは一流でなければならない。そうでなければ二流にもなれない。

手本に学ぶ。手本通りにいかないし、手本のレベルにも到達できないことが多いだろう。それでもなお、手本を一流のものにしておけば「御手並拝見力」はつく。絵は上手に描けなくとも一流の鑑賞眼を身につけることができる。  

あんなこと、こんなこと

とてつもなく何でもない話、三題。


本の話。と言っても、読み方ではない。買い方である。週に一回ペースで散歩がてら書店に立ち寄って、書評でチェックした本を見たり、抱えているテーマに関係ありそうな本を探したり。しかし、たいてい書物との出会いは偶然に任せている。

何冊かまとめ買いをするとき、日によってぼくは相反する消費行動をとる。ある日、「この一冊で終わり」と踏ん切りをつけカウンターに向かう途中に発作的にもう一冊買い足す。別の日は、勘定直前に引き返して本棚に一冊を戻す。一冊の加減で読み方が変わったりはしない。

言うまでもなく、買わなかった一冊に後悔することはない。必要だったら次に買えばいいからである。では、余計な一冊を嘆くかと言うと、そうでもないのだ。衝動の一冊が愛読書になったり、とても役に立ったりすることがよくある。ちなみに、この前の土曜日は一冊買い足した日。その買い足した一冊を鞄に入れて出張に出ている。


その土曜日。本屋の帰りにコーヒーを飲みたくなって、チェーンのカフェに入った。そこで買った本のすべてにざっと目を通した。わずか30分ほどだったがけっこう読めるものである。ちょっぴり満足げにぶらぶらと帰路についた。若い男性が前から歩いてくる。ふいにぼくの方へ近づいてきた。人通りが少ない夕暮れ時、ほんの少し身構えるか、もしくは心構えをしておくのが正しい。

「すみません、このあたりにケンタッキーかマクドナルドありませんか?」

よりによってなぜこの齢のぼくを指名する? 若い人に聞けばいいし、若い人が歩いていないなら、若い人に出会うまで歩き続ければいい。そのうちチキン屋さんかハンバーガー屋さんに行き着くだろう。だが、彼はラッキーだった。なぜなら、さっきまでいたカフェのすぐ近くにマクドナルドを発見していたからだ。指を示し、ことばを添えて教えてあげた。とはいえ、子どもに「この近くにショットバーある?」と尋ねないほうがいいのと同様、中高年にバーガー店への道案内は期待しないほうがいい。


出張3泊目の今夜、さっきホテルにチェックインした。住んでいる人に悪いので固有名詞は伏せるが、こんな殺風景な駅前も珍しい。ほとんど何もない。無機的な空気が張りつめている。駅に着いたら何か腹ごしらえしようと思っていたのに、店がない。駅売店は店じまいの最中。まったく食欲をそそらない売れ残った弁当が一つ。これは買えない。

やむなくホテルの方向に歩く。背広姿の若い男性が前から歩いてきた。ぼくの「すみません」に彼は身構えた(ように見えた)。

「この辺りの方ですか?」
「いいえ。何か?」
「あのう、近くにコンビニないですかね?」
「コンビニなら、そこにありますよ。」 彼が指をさした道路向うにコンビニが見えた。

コンビニで、駅売店の遠慮のかたまりよりはましな弁当を買った。土曜日の道案内の一件と重なった。彼の目にはコンビニ頼りの気の毒なオジサンに見えたに違いない。