雑感三題

愚直

希望という名の野望が絶望になるだろうとつぶやいたら、まあ、だいたいそんな結果になった。交渉術でもそうなのだが、計算や策略を練るよりも愚直主義を貫くほうが強みになることがある。

誰かや何かのためなどと特定の配慮に偏らず、素朴に振る舞うこと。これがきわめて難しく、ゆえに平均値以上の価値になる。「きみにしかできないことは?」と聞かれて、「愚直であることかな」と言えれば幸せだし、誇らしく思える。

しかし、愚直は誰にでもできることではないので、愚直であることを理解する者もまた少ない。そんな愚直などありえない、きっと裏があるに違いない、こいつの愚直はポーズであり、きっと綿密な計算が働いている……などと勘繰られてしまうのだ。

ところで、愚直と天然は似て非なるものである。前者は疲れるが、後者は疲れない。

書物

先日ディベートの講義を依頼された。理屈を聞くだけでは初心者は理解しづらいので、聴講生の中の経験者二人に即興でデモンストレーションしてもらった。論題は『電子書籍は有益である』。これは紙の書籍を否定するものではないから、証明するのにさほど苦労はいらない。むしろ、検証・反論する側の荷のほうが重い。

電子書籍は合理的な読書メディアである。読書の目的を「読む」ということだけに限定すれば、なるほど有益で便利なツールに違いない。しかし、もし本が読むだけのものであるなら、書物にまつわる諸々の付加価値は生まれなかったに違いない。書斎の必要もなかっただろう。

書物の装丁は実に見事である。さらに読者の知らない用語がいくらでもある。天、地、小口、ノド、表紙、ひら、背、背文字、ミゾ、扉、つか、見返し、耳、花布はなぎれ……。用語の豊富さは実体の奥深さを現わす。本づくりはまさに総合芸術と呼ぶにふさわしい。

いつぞや行きつけの古書店でショーケースに入った特別展示を見る機会があった。造本作家の武井武雄の作品群である。本とは、読むだけにあらず、見て、触り、繰って、携え、並べ、蔵書するものだとあらためて思い知る。タブレットにインストールした聖書で祈りを捧げるのは滑稽だ。

三昧

先月、三年ぶりに高知に赴いた。仕事を兼ねていたが、「三昧」の二泊三日だった。何の三昧かと言えば、何を差し置いても仕事柄「話」ということになる。仕事を離れても、ご当地の知人と晩餐しながら雑談に興じた。よほどの話好きだと思われるが、一人でいる時はもちろん寡黙である。

もう一つの三昧は鰹である。六回の食事のうち四度が鰹。たたきが二度、漬け丼が二度。ごぶさた感を埋めるには十分な量のご当地名物をたいらげた。鰹に合わせたのは四万十川の栗焼酎ダバダ火振。晩餐は男どうしであったが、男と女ということにしてノートに歌を走り書きした。

火振飲め男と女ダバダバダ たたいて喰らえカツオとウツボ / 岡野勝志

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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