甘いプロ

昨年12月、某新聞の夕刊にプロについて書かれたコラムを見つけた。結論から言うと、実に情けないプロ礼賛であった。

ちゃんぽんコラムを書いた本人が昼下がりにラーメン店に入りちゃんぽんを注文した。「うまい!」と唸り、気分よく半分ほど食べた頃に女性店員が近づいて来て言った。「お客様、食べていただいているところに申し訳ありません。魚介を入れ忘れました」。

エビやイカを炒めて作り直そうとしたらしいが、あいにく昼の営業時間も終わり、火を落としてしまっていた。ここから先は文章をそのまま引用する。

言われなければ、まったく気がつかなかった。女性店員が続けた。「お代は要りません」。「えー!?」。850円。味が格段に落ちたとも思えない。「払いますよ」と答えたが、女性店員は言い切った。「本来の商品とは違いますから」。
プロの気概とプライド。(……) 偽りのない味と心意気に引かれ、この店ののれんをくぐっている。

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あ~あ。この一文を読んで、ぼくは呆れ返ったのである。正直なところ、作り話か過剰に脚色したのではないかと思ったくらいだ。何百杯、何千杯とちゃんぽんを作ってきて具材の入れ忘れはないだろう。注文を受け、ちゃんぽんを作り、そして客に出した。その時点で料理人が気づいていない。運んだ店員も気づいていない。「偽りのない味」と筆者は言うが、本来の内容と違うという点で無意識の偽りである。

客である書き手には店側以上に呆れる。凡ミス以下のミスに謝罪してお代を受け取らないということに、世間一般の良識とかけ離れたところで勝手に高揚し感動してしまっている。しかも、本人は言われるまで気づかなかった。「味が格段に落ちたとも思えない」とは、かなりのバカ舌なのだろうエビとイカに失礼である。ちゃんぽんに少しでも食べ慣れていれば、「今日はカマボコとキクラゲの量が少ないこと」までわかるものだ。

ミスをしてそのミスの詫びの入れ方がお代の850円を受け取らないということに、なぜプロの気概とプライドを見い出せるのか。プロも甘ければ客も甘い。いや、客側のハードルの低さが甘いプロに助け舟を出している。お笑い芸人しかり、クリエーターしかり、プロスポーツ選手しかり。打席に20回立ってノーヒット、通算で打率2割にも満たない打者がサヨナラヒットを打って万雷の拍手を受けるのも滑稽だ。サッカーにもそんな選手がいる。喉元過ぎて熱さを忘れてはいけないのはアマチュアである客のほうだ。実力以上に過剰評価をせず、プロとして飯を食っている者にクールなまなざしを向けてしかるべきである。

「この一球は二度とない」
「プロはミスをしてはいけない」

王貞治のことばである。ハードルが高く、己に厳しい。この時間、この仕事、このお客は二度とないという覚悟。これこそがプロの気概とプライドではないか。プロでも、ミスはありうる。しかし、プロだからこそ、ミスをしてはいけないと自らに言い聞かせねばならないのである。

習慣形成について

「プロフェッショナルにとってもっとも重要な要素は何か?」と聞かれて、「はい、これです」と安直に即答できるはずがない。枚挙にいとまがないので、一つに絞るなどは不可能なのである。だが、もし三つまで許されるなら、「習慣形成」が確実に入ってくる。

習慣形成ビジネスの場合は顧客から見て、行政の場合は市民から見て、プロフェッショナルはピンと際立って見えなければならない。もっとも、仕事に就く前から、誰もプロフェッショナルに恥じないスキルやノウハウを携えているわけではない。また、言うに及ばないが、仕事に就いた直後にいきなり身につくものでもない。

しかし、スキルやノウハウに先立って、日々習慣的に培ってきた何らかの資質が備わっている必要がある。たとえば、面倒臭がらないという資質(料理のプロ)、細かな気遣いという資質(たとえば建築のプロ)、手先の器用さという資質(外科医)などである。

もちろん、個人差があるから、他の資質であってもいい。重要なのは、どんな資質であれ、覚えたり聞いたりしたものではなく、日常生活で習慣的に繰り返してきた経験に裏打ちされているという点である。ピンととんがったその資質が自分の仕事の骨格を形成しているという自覚であり自信である。

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専門スキルやノウハウは、生活習慣から独立しているのではない。仕事と生活は不可分の関係にある。それゆえ、プロフェッショナルとしての能力は、生活スタイル、癖、繰り返しによって培養される。つまり、日々の習慣形成された資質が高度な専門性の基盤になるのである。習慣と能力の相関性についての教えはおびただしい。数ある名言から二つ引用しておこう。

「習慣は第二の天性なり」(古代ギリシアのことば)

「成果をあげることは一つの習慣である。習慣的な能力の集積である。習慣的な能力は修得に努めることが必要である」(ピーター・ドラッカー)

いずれも「ならせいと成る」ことを教えている。身についた習慣は無意識のうちに暗黙知として身体に浸み込む。まるで生まれつきの性質のように才能になるのである。

分析的知性

edgar allan poe小難しいことを書く気はまったくないが、引用する文章の書き手が曲者だ。エドガー・アラン・ポー、その人である。

推理作家の江戸川乱歩えどがわらんぽの名を聞いたこともない人が、エドガー・アラン・ポーの名をもじったことを知るはずもない。乱歩はポーを敬愛していた。あやかって名前を拝借したのである。

ポーの作品を二十歳前後に読んだが、たぶんあまりよくわかっていなかった。その証拠に78年後に別の文庫全集を買って再読している。『モルグ街の殺人事件』という題名で読んだ小説は、二度目には『モルグ街の殺人』に変わっていた。新しい翻訳に興味が湧いたので、最近光文社文庫版を買い求めた。

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『モルグ街の殺人』の冒頭は、いきなり分析的知性の分析から始まる。その例としてチェスやホイスト(ブリッジのようなカードゲーム)の話が数ページほど続いた後に、次のくだりが出てくる。

(……)分析家の技量が発揮されるのは、法則を越えた領域だ。そういう達人はいつのまにか大量の観察と推論をこなしている。いや、分析家でなくても観察や推論はするだろうが、どこが違うかというと、推論の当否というよりは観察の質によって、得られる情報量に差がついている。ここで必要なのは、何を観察の対象にするか知ることだ。限定するわれはない。またゲームという目的のためには、ゲーム以外の論拠も活用すればよい。

興味深い一節である。分析においては観察と推論がものを言う……しかし、観察の質が重要だ……そのためには観察対象を知らねばならない……。さらに、自分の思考に縛られない……当面のテーマ以外にも目を向ける……。

この十数年後に、ぼくは企画研修という仕事を請け負うことになるのだが、研修用に編著したテキストの第1章は今もなお「観察と推論」である。この小説からそこへ直行したのではないが、大きな影響を受けたのは間違いない。あれこれといろんなスキルアップの学習に手を染めることなどない。他の動物同様、人も環境適応しなければならない。環境適応にあたってもっとも重要なのが現象の観察であり、その観察のやり方が選択・活用できる情報を決定する。推論の当たり外れを心配する前に、機会あるごとに、様々なものをよく観察すればいい。観察が推論の蓋然性を高める。そして、分析力・判断力の拠り所を与えてくれるのである。

請われる仕事人

彫金5月下旬、たまたまBSの『ヨーロッパの空中散歩』にチャンネルが合った。数か所の街巡りを終えて、最後の訪問地はイタリア北部のヴィチェンツァだった。

ジュエリーの工房にベテラン彫金師を訪ねる。彫金師は言った。

「こんなものが欲しいんだけれど、作ってもらえますか?――こう言われる時が一番幸せな時だ。自分にしかできない仕事を頼まれているのだからね」

固有名詞で指名される職人はそこらじゅうにいないし、「あなたでなければいけない」と言われる存在に誰もがなれるわけではない。しかし、かけがえのない存在になるのは、仕事人にとって最大のテーマであるだろう。もちろん、そうであっても、不特定多数に指名されることは望めそうにないが……。

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産業革命が加速させた大量生産方式は、消費を刺激し経済を爆発的に発展させた。他方、売り手と買い手、作り手と使い手は匿名の関係へと変貌した。大量生産型の日用品の売買では、売り手は自分たちの商品を誰が買っているのかをよく知らず、買い手も誰が作っているのかを知らない。特定の誰かの代わりがきくことは経済発展に欠かせない条件だったのだ。

そして今日、辞表が出され誰かが職場を去っても、ビジネスは遅延せず業績も悪化しない。「あなたがいなくなると困る」とか「あなたでなければならない」と言われる人は激減した。他方、わずかに存在する請われる仕事人は、ヴィチェンツァの彫金細工師のように、その地域・その分野において優位を誇るが、それに見合った報酬を必ずしも手にするわけではない。ただ、誇りに満ちて幸せな日々を過ごすだけである。そして、それで何か不都合があるはずもない。

「一人の時間」の意味

暇がある時に、時間について語られたことばに目を通してみるのもいい。名立たる偉人が実に多くの名言を残している。

充実の時間、優雅な時間、くつろぎの時間、共食の時間、今日という時間、過ぎゆく時間、今刻まれる時間……。時間はどんな修飾表現にもなじむ。試してみればわかるはず。時間は包容力のある概念なのである。

けれども、「○○の時間」と表現できるからと言って、その時間が実現する保証はない。また、歓迎したい時間もあれば、遠慮したい時間もあるだろう。とりわけ「一人の時間」は微妙である。嫌だけれどそうなっているのか、あるいは求めてそうなっているのか……意味は大きく違ってくる。

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夏草(緑地公園)ぼくにとっては一人の時間は「プライムタイム」だ。一日のうちに、たとえわずかな断片であっても、一人の時間を求めてやまない。ふだんは立場上・仕事上複数の人々との時間に生きている。人々と過ごす時間では人々のことを考える。それはとてもたいせつなことなのだが、その時間はみんなとの時間であって、自分の時間ではない。

やむなく過ごす一人の時間ではなく、意識して創り出す自分の時間に浸ると、時間を忘れたり止めたり早めたり遅くしたり、自由自在である。

「わたしは気の向くままにからだを反らしてのんびりし……夏草の葉をじっと見つめている」――ウォルト・ホイットマン

大都会の宿命

都会大都会と聞いて何を連想するか? 友人の一人は「♪ あー 果てしない 夢を追い続け あー いつの日か 大空かけめぐる」と口ずさんだ。クリスタルキングが歌って30数年前に大ヒットしたあの曲。

もちろん知っている。知っているが、ぼくがいの一番に連想するのは違う。そのヒットソングのはるか昔に読んだリルケの『時禱集じとうしゅう』、その中の大都会が脳裡に強く刷り込まれているからだ。

なぜなら 主よ 大都会は
失われたもの そして分解したもの
最も大きな都会は焔からの潰走に似ています――
そして都会を慰め得る慰めは何ひとつなく
その区々たる時が流れ去ってゆきます

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強い悲壮感を漂わせて、大都会に失望しているかのようだ。リルケは別の一篇でも、大都会の欺瞞性を訴える。大都会が昼、夜、子供を欺き、沈黙で偽り、騒音や従順な事物で偽ると断じるのである。

リルケ(1875-1926)が生きた時代と現在とでは、同じ大都会と呼んでも、桁違いだろう。それでもなお、リルケはよく言い当てているような気がする。今の大都会にも多分に喪失があり、分解分裂があり、慰めはわずかで偽りと欺きがおびただしい。

生まれてこの方、ほんの二、三年を除けば中都会または大都会暮らしをしてきたぼくだ。けれども、埃と騒音にまみれながらも、厭世的に時の流れを見つめて何もせずに指をくわえているばかりではなかった。そうならずに済んだのは、ほかでもない、十代の終わりに読んだこの大都会観を現実にしてなるものかと反発して都会を生きたからだ思う。都会生活者への警鐘として読めば、この詩は間違いなく名言なのである。

さあどこから始めよう?

ロダンの言葉で忘れられない一文がある。

「私は毎日この空を見ていると思っていた。だが、ある日、はじめてそれを見たのだった」

ぼくたちは毎日見聞きしているものをちゃんと見聞きしているとはかぎらない。そのことに気づかされるのは、ある日突然これまでと違った次元の見聞きが起こるからである。

フランスの聖堂今日の夕方、ロダンの古色蒼然とした一冊を古書店の200円均一コーナーで見つけた。

「堂聖のスンラフ」と表紙に書かれている。昭和十八年十一月の初版発行だから右書き表題。もちろん『フランスの聖堂』である。

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さあどこから始めよう? という問いに次のように続く。

始めなんてものはない。到着した所からやり給へ。最初君の心を惹いた所に立ち停り給へ。そして勉強し給へ! 少しづつ統一がとれて来るであらう。方法は興味の増すにつれて生れて来るであらう。最初見た時は、諸君の眼は諸々の要素を解剖しようとて分離させてしまふが、それらの要素はやがて統合し、全體を構成するであらう。

いつも見ていたはずの空をいま初めて照見するのに通じるようだ。経験の程度に応じて、分析から統合、部分要素から全体へとシフトするのは、ほぼすべての学習において真であると思う。

色彩

「絵本から飛び出たような景色」という比喩が時々使われる。鬼の首を取ったかのように威張れる比喩とは思わない。元はと言えば、景色を絵本に閉じ込めたのだから、絵本のページを開けたら景色が飛び出してくるのは当たり前だ。

「絵はがきみたいな風景」も同様である。記録に留めようとして風景を絵はがきにしたのであって、風景が絵はがきの後を追ったのではない。「絵になる水辺」とか「水彩画に描いてみたい街角」などと表現したいところである。

対象の構図もしくは形、そして色が、絵本のようであり絵はがきのようであると言わしめているのだろう。

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色彩

『色彩――色材の文化史』という本を読んでいたら、ドゥニ・ディドロのことばが紹介されていた。

「存在に形を与えるのはデッサンだ。生命を与えているのは色彩である。そこに、生命の崇高な息づかいがある」

こういうことばに出合うと無性に絵を描きたくなる。けれども、この数年間というもの、たまに鉛筆を滑らせる程度でほとんど彩色していない。筆に向かう指先がなまくらになっている。

日付のない紙片

百円だった、その本は。古本屋で。百円とは驚きだ。気づけば買っていた。手に取ってペラペラ捲ると、あの古本独特の日陰の干草のような匂いが少し鼻をついた。初版が昭和262月。誰かさんとほとんど誕生年月日が同じ。但し、今手元にあるそれは昭和43年8月の改訂重版だけど。

やれやれ、昭和で時を語るには無理がある。西暦に「翻訳」できない連中が増えてきたから。知っての通り、いや、知らないかな、昭和○○年の○○に25を足すと、西暦19□□年の□□になるんだね。東京オリンピックは昭和39年で、3925を足すと64だから、西暦1964年というわけ。

その本を書いたのは、1960年代に日本でも哲学ブームを巻き起こしたあの人。そう、サルトル。猫も杓子もサルトル。なんて言われたかどうか知らないが、とにかくサルトル。ぼくの尊敬するY氏が嵌まった哲学者サルトル。実存主義をもっとも有名にした、パリ生まれのジャン-ポール・サルトル。少しくどいか。

屁理屈をこねるとキリがない。大雑把に言えば、実存主義というのは「人間存在の独自のあり方」だ。そこらにある道具や事物と同じように人は存在していないぞ、というわけ。で、その本の題名? そうそう、その話。それは、サルトル33歳のときの長編小説『嘔吐』だ。

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小説は日記風になっている。詳しくは書けない。なぜかって、途中で読むのをやめたから。サルトルの哲学書を読んだ知り合いはそこそこいるけれど、この『嘔吐』の最終行まで辿り着いた奇特な読者は回りにいない。未来の読者のためにあらすじは書かない。いや、書きたくても書けないし……。

少し抜き書きすると、こんな調子。

きのうどうして私はつぎのような愚劣で得意気な文章を書くことができたのか。「私はひとりぼっちだ、しかし空から街へおりてくる一群のように歩いている」と。文章を飾ることは必要ではない。私はある種の情況を明瞭にするために筆をとっている。文学を警戒すべきである。ことばを捜すことをせず、筆の走るままにすべてを書くことだ。

さらに読み進んだ別の箇所には次の一行がある。

記すことなし。存在した。

不条理で不思議な空気が充満してくる。異様なほどの精細な描写もあるし……。小説の冒頭で、どんなふうに記すべきかを書いている。プロローグと言えばいいのだろうか、それが「日付のない紙片」という見出し。出だしはこうだ。

いちばんよいことは、その日その日の出来事を書き止めておくことであろう。はっきり知るために日記をつけること。取るに足りぬことのようでも、そのニュアンスを、小さな事実を、見逃さないこと。そして特に分類してみること。どういう風に私が、このテーブルを、通りを、ひとびとを、刻みタバコ入れを見ているかを記すべきだ。なぜなら、変ったのは〈それ〉だからである。この変化の範囲と性質を、明確に決定しなければならない。

この書き出しだけでも、読んだ意味があった気がしないでもない。いつか辛抱して完読しようとは思うけれど……。いや、その時間があれば別の本を読むほうがいいか。どうだろう、『嘔吐』。よければ、読んでみる? えっ、読む前から吐き気がするって? それは正しい感覚かもしれないね。

刻一刻の「追思考」

「追体験」ということばはすっかり定着していて、みんなよく知っている。誰かが体験したことを自分なりに解釈して、あたかも自分が体験したかのように再現してみせることだ。たとえば芭蕉の『奥の細道』やゲーテの『イタリア紀行』を読み、自分なりに解釈しながら旅を疑似体験してみるのが追体験。旅程を辿って実際に旅をするという意味は含まれない。あくまでも、誰かの体験を想像上ないし机上で追うことが追体験である。

ほとんど聞かないのが「追思考」というマニアックなことばだ。実を言うと、追体験よりも追思考のほうをぼくたちは日々頻繁におこなっている。今夜の会読会でぼくは小林秀雄を取り上げるが、読書という行為はまさしく追思考そのものなのだ。著者の考えたところをなぞるように、あるいは追っかけるように考えていく。原思考者と追思考者の間に絶対能力の差があれば追いつくことはなく、原思考をそっくり再現できるはずもない。結局は、自分の理解力の範囲内での追体験ということになる。

昨日「できる人の想像力」について書いた。その後、夜になって自宅でそのことについて考えてみた。偉い人の思考を辿るのも追思考なら、自分の考えたことをもう一度自分自身がトレースするように追ってみるのも追思考の一種だろう。なぜなら、今日考えている自分からすれば昨日考えていた自分はどこか他人のようでもあるからだ。自分による自分の追思考をしてみると、結果的に「再考」することになるが、いったんきちんと思考経路を追ってみて再生しようとするところに意味がある。

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昨日はプロフェッショナルを賛美するようなタッチで書き、専門性の源泉に想像力を求めた。自分で書いた記事を読み直し追思考した結果、想像力は源泉ではあるものの、それだけではやっぱり一流にはなれないことに気づいた。想像力豊かな専門バカもやっぱり存在するからである。日々良識をもって真偽や是非を感知する能力を実践しなければ、想像も根無し草のごとき空想で終ってしまうのだろう。

めったに先行開示はしないが、今夜ぼくは小林秀雄の『常識について』を取り上げることを敢えて明かしておく。そして、小林秀雄にはもう一編『常識』というエッセイもあることに気づき、本棚から引っ張り出して読み始めた。そこに次のような文章がある。

常識を守ることは難しいのである。文明が、やたらに専門家を要求しているからだ。私達常識人は、専門的知識に、おどかされ通しで、気が弱くなっている。

ここから読み取れるのは、専門家の知識によく見られる「良識の不在」への批評精神だ。

この時点で、ぼくの考えは想像力から離陸して、同じエッセイの中の別の箇所を追思考していた。少し長くなるが丸々引用するので、興味のある方は小林秀雄の追思考をしてみてはどうだろう。

生半可な知識でも、ともかく知識である事には変りはないという馬鹿な考えは捨てた方がいい。その点では、現代の知識人の多くが、どうにもならぬ科学軽信家になり下っているように思われる。少し常識を働かせて反省すれば、私達の置かれている実情ははっきりするであろう。どうしてどんな具合に利くのかは知らずにペニシリンの注射をして貰う私達の精神の実情は、未開地の土人の頭脳状態と、さしたる変りはない筈だ。一方、常識人をあなどり、何かと言えば専門家風を吹かしたがる専門家達にしてみても、専門外の学問については、無智蒙昧であるより他はあるまい。この不思議な傾向は、日々深刻になるであろう。

昭和34年のエッセイゆえ、言葉の狩人にいちゃもんをつけられそうな表現が一部あるが、そんな些細はさておき、プロフェッショナルと想像力と常識に関してぼくの眼前の視界はだいぶ広がったような気がしている。小林秀雄の炯眼には感服する。