わけあり考

ワケアリ

「わけあり」と言うかぎり、わけが分かっているはず。わけが分かっていながら、そのわけの子細を敢えて明かさないのが「わけあり」のようだ。いや、分かっているわけを敢えて説明する「わけあり」もある。すると、わけが分かろうが分かるまいが、明らかにしようが隠蔽しようが、わけがあれば「わけあり」なのか。漢字をまじえて表記すると【訳有り】。訳とは理由や意味のこと。理由や意味があっても内容を示さない場合はふつうによくある。ちなみに、『広辞苑』では「男女間の情事」という語釈も示して「わけありの二人」という例文を載せている。どういうわけなのかは人それぞれの解釈に委ねられる。

念のために『新明解』もひも解いてみたら、「意外だと感じられる物事の背後に何か特別な事情がひそんでいること」とある。何か特別な事情とはいかにもわけありな言い方だ。意外だと感じられるのは、実際は1万円くらいしそうなのに半額の値になっているぞという場合か。ここでの例文は「わけありの品だからこんなに安いのだ」。定義と例文は合っていそうだ。なお、「訳有り」と書くと理が優るような気がする。「ワケあり」と表記すれば胡散臭さを嗅ぎ取ってしまう。

通例としてどんな定義があるのか。楽天市場を覗いてみた。「正規品として販売できなくなった規格外品」とちゃんと規定している。正規品として販売できなくなった理由があり、それが「わけ」であり、そのわけを背負っているものが規格外品、つまり「わけあり商品」ということになる。楽天ではこのわけを次のように説明している。

1.商品の形が不均一や汚れがあるもの
2.パッケージやラベルに問題があるもの
3.製造過程で出る余りや切れ端を集めたもの
4.商品にワレやキズ、破れのあるもの
5.最新の機種から見て旧型になった型番
6.賞味・使用期限が迫っているもの

以上6項目を挙げている。細かくジャンルに分けていることに変に感心してしまった。


わけありの「わけ」をここまで詳らかにしてしまったら、わけありが持つ不透明感ゆえの引き寄せ効果が薄れてしまわないか。「背後に特別な事情」をひそめているものの、そのことを取り立てて問題視せずに不問に付すのがわけありのわけありである所以ではなかったか。わけありの「わけ」が合理的に説明されればされるほど、1から6の規格外品が、実は最初から企図されたものだったのではないかと詮索の一つもしてみたくなる。

もっとも、わけを知りたくなるのは買い手一般の習い性かもしれない。わけあり商品の「わけ」とは予想に反した安値がついていることの理由である。その理由を尋ねるのは、規格外品が正規品と同等であるかどうかを確かめたいからだろう。

「ところで、この商品はなぜわけありなの?」
「そのわけは、言えません」
「わけが分からなければ、値打ちがあるかどうか判断できないじゃないか」
「気になさるほどのわけじゃないんで……」
「そんなこと言われたら、余計気になるよ」
「まいったなあ……。教えますよ、その代わり誰にも言わないでくださいよ。実は、全然売れないというわけなんです」

売れないから安くしているというのも一種のわけありである。楽天市場の1から6のどれにも該当しない正規品であっても、売れないという理由を持つわけあり商品に成り下がることがある。

「わけありシェフのわけありレシピ」などにはどう反応すればいいのだろう。シェフはバツイチ? 調理師免許なし? 何がしかの過ちを犯した? レシピは名店料理のパクリ? 化学調味料だけの味付け? すべて冷凍食材? わけが何であるかを想像していくとわけが分からなくなる。「ぼくわけありシェフなんです」と自白したシェフには、わけを尋ねてはいけない。「へぇ~、そうなのか」とやり過ごすのがマナーである。わけを聞いて欲しそうな顔をしたら、「ところで、わけって何?」と聞けばいい。

「訳」には道理という意味もあるのだが、わけありという場合のわけに胸を張って答えるようなものはない。あれば「特徴」として大々的な売りにしているはずだ。わけありはつねに「言いにくいこと」であり「聞かれたくないこと」でなければならない。わけありの「わけ」を事細かに説明する背景には、わけありブランドを作ろうとする魂胆が見え隠れする。

感応と響き(一冊の本を巡って)- 3 –

201110月にフェースブックで知り合い、翌年3月に一度会い、その後一年近くメールでやりとりをしていたNさん。去る8月に五十歳の若さで亡くなった。弔いの意味も込めて、そのやりとりの一部を三回にわたって再現している。感応と響きによって人は好奇心を逞しくし知を悦びとするというテーマである。

マルティン・ルター 岩波新書

ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』を巡る彼の疑問とぼくのフィードバックが止んだ直後に、「次に読むべき本を何か推薦してほしい」と言ってきた。ちょうど当時発行された『マルティン・ルター』(岩波新書)を読んだところだったので、「読書には好みというものがあるけれど……」と断って勧めることにした。そして、こう付け加えた。「今年に入って200冊くらい本を買っていますが、古典も含めていい本はいくらでもあるものです。Nさん、読みたい本は歳をとるにつれて加速的に増えるから大変です。うかうか死ぬわけにはいきませんよ。お互いに。」 

一週間後、「先生、マルティンを三冊注文しました。ありがとうございます。ことばに生きた革命者ですね」というメールがあった。なぜ三冊なのかはわからない。推薦した本を三部買ったのか、あるいはマルティン・ルター関係のものを三冊まとめ買いしたのか聞きそびれた。それからまたすぐにメールが来た。「先生、お疲れ様です。ルターは素晴らしい人です。もっと読んで咀嚼したい。自分は薬のせいもあるのですが、理解するのに何度も読まなくてはなりません。自分の能力がもどかしい。ですが、ルターなる人物を自分のものとしたいので頑張ります。すごい人物に出会わさせていただき感謝しております。」 ルターとは面識はないし、別に引き合わせたつもりはないのだが……。


レオナルド・ダ・ヴィンチ、モーツァルト、ガウディは「すごい」と思っている。けれども、ルターに「すごい」という表現は使わない。実際、この本も小躍りするように読んだわけではない。いや、この本だけに限らず、ぼくの読書姿勢は憎たらしく映るだろうが、根が冷静なのだ。それに比べて、Nさんは、『論考』がそうであったように、本を読むことに熱いのである。熱く読めば冷静に読むのとは違う何かが見えるに違いない。彼がこの本を必ず再読するという確信があったので、別の読み方の参考になればと思い、問われもしていないのにお節介な薀蓄をすることにした。

Nさん、あなたにお会いしてから4か月が過ぎました。この短い期間に急速に知の世界に染まっていく姿が垣間見えます。さて、マルティン・ルター。当時のヨーロッパの歴史の文脈を心得ておくと、また別の読み方ができると思います。
ルターという人物を浮き彫りにする上で知っておくほうがいいことがあります。アメリカ大陸が発見された1492年、彼は9歳でした。また、同時期にグーテンベルグの活版印刷が発明されたことに運命を感じます。活版印刷によって、それまで希少だった聖書が民衆に普及するようになりました。聖書のことを知りたければ教会に行って神父の話を聞くしかなかったのですが、ここから先、大衆は、聖書を教会で司教から聞くか自分で聖書を読むかという選択ができるようになりました。カトリック教会でなくてもいい、キリストの教えの源泉は聖書にあるとルターは考えました。それがプロテスタントの始まり。ご存知の宗教改革です。プロテストとは反抗という意味です。
極端に言えば、教会に行かなくても個人として聖書を学べばいいということになった。これは、「顧客」が減ることになるからカトリック教会にとってまずいことです。だから、この後、カトリックは信者の奪還を図ろうとしました。反宗教改革です。信者を取り戻すためには、ゴージャスで魅力的な教会がいる。それが絢爛豪華なバロック様式。この様式が教会建築に取り入れられるようになりました。一人で聖書を読むよりも、大勢でかっこいい教会に出向くほうが楽しいですからね。
カトリックプロテスタントのせめぎ合いは、ぼくのような非キリスト教信者には理解しがたいものがありますが、近世~近代ヨーロッパ史を読み解く上で欠かすことができません。

このメールの末尾に、読んでおもしろそうな本をいくつか紹介しておいた。Nさんから返信があった。

 ありがとうございます。本当に印刷の発明におけるルター、讃美歌におけるルターなど、まことに深く、坂本龍馬にも共通しているとこがありますね。何事にも深く、広く、自らの利得を考えぬ正義が素晴らしいと思います。新しい本のご紹介もありがとうございます。必ず読みます。先生と早く再会できる日が楽しみです。

ルターから坂本龍馬に飛ぶ発想はぼくにはない。さて、その後頻度はめっきり低くなったものの、思い出したようにいくばくかのやりとりはあった。しかし、再会する機会はついになかった。最後のメールは20137月。ぼくがいついつだったら時間が取れると連絡したら、「ありがとうございます。了解しました。ただ、自分は今月末からしばらく海外なのでよろしくお願いします」と返事があり、これが最後のメールになった。

三回にわたって400字詰め原稿用紙に換算して二十数枚書いてきた。ある男性からの問いにぼくが答えるというメールの形式を再現したのだが、薀蓄も含めてやりとりのほとんどがぼくの文章である。知識をひけらかす新しい手法などではない。それどころか、素朴な問いのおかげで、通り過ぎていたはずの本のくだりに立ち戻って再考する機会を得た。ぼくはつくづく思うのである。若い人が年上に、知的下位者が知的上位者に遠慮しすぎてはいないか、と。知的刺激を受けるに際して、恥ずかしいだの照れくさいだのという心理や、その他もろもろの屈折したコンプレックスなどかなぐり捨てればいいのである。問われて馬鹿にする上位者もいるだろう。そんな輩は捨てておけばいい。

分からないこと知りたいことを、自分より少しでも分かり知っていそうな人間に素直に聞けばいい。「満額回答」が返されるはずもない。しかし、何らかのヒントや刺激になるだろう。打てば響く人に――意見の相違とは無関係に――ぼくは共感する。そして、問われることによってぼく自身も背伸びをし、新しい知の地平を広げることができる。二人の間に知的格差があるとき、知の刺激は上位から下位へと流れるだけではない。下位から上位へと逆流もするのである。遅疑逡巡などせずに、手始めに問うことだ。ウィトゲンシュタインから始まった話をウィトゲンシュタインで締めくくろう。

「およそ問いが立てられるのであれば、この問いには答えることができる。」 

《終》

感応と響き(一冊の本を巡って)- 2 –

五十歳で他界したNさんとやりとりした膨大なメールがある。やりとりとは言うものの、文章のほとんどはぼくが書いている。彼の素朴だが勢いのある問いに乗せられて、ぼくが脳内探索をして書き連ねた記録だ。ある日、しばらく間が空いたので、ぼくからご機嫌伺いのメールを送った。「おはようございます。案じています。『Nさんはしんどいときほど雄叫びを上げる』とKさんが言っていました。それを言わなくなったのは元気になったせいか、それとも、それすら言えなくなったのか、心配しています。尋常な病気じゃないのですからね。」 案の定、ぼくの予感は当たっていた。彼は以前一か八かに近い手術をしていたのである。

Nさんからメールが来た。「ありがとうございます。実は、この三、四日間、字も打てないほどボロボロに。薬のせいで惚けていました。ほんまのアホになるのではないかと……。今は大丈夫かな、という感じです。」

論理哲学論考

ほどなくして、またしても『論理哲学論考』のあるくだりについて質問があった。

「先生、質問です。論考の五・一三四の問題は、結局五・一三六一が答えになるんでしょうか?」 こういう問いはとても困るのである。実は、「私はこれについてこんなふうに考えるけれど、どうでしょうか?」のほうが答えやすく、「ABなのか?」という命題形式の問いは「投げられた感」が強く、打ち返すのにエネルギーを要するのだ。

「えらく難しいところに目が止まったものですねぇ……」というつぶやきから始めて次のように私見を書いた。

五・一三四  ある要素命題から他の要素命題が導出されることはない。
野矢茂樹の『論理哲学論考を読む』によれば、野矢はこの箇所を四・二一一と併せて捉えるべきだと言います。ぼくは、その前段の四・二一も引きたいと思います。
四・二一   もっとも単純な命題、すなわち要素命題は、一つの事態の成立を主張する。
四・二一一  要素命題の特徴は、いかなる要素命題もそれと両立不可能ではないことにある。

要素命題はシンプルに一つの事態だけを示します。そして、その一つの命題と一つの事態は密接に関わることを特徴とします。もし、要素命題Aと要素命題Bの間に何の接点もなかったら、AからBも、BからAも導けませんね。五・一三四を強引に解釈すると、そういうことを意味しています。たとえば、「大阪市は大阪府に含まれる」という命題からは、いくら頑張って推論しても「京都市は京都府に含まれる」は導けません。要するに、命題Aと命題Bが一部でも重なっていることが条件なのです。互いに無関係なABの間に因果連鎖などありえないのです。ここから五・一三六一が導かれるわけです。五・一三四と並べてみます。
五・一三四   ある要素命題から他の要素命題が導出されることはない。
五・一三六一  現在のできごとから未来のできごとへと推論することは不可能なのである。
以上から明らかですね。重なりのないABにおいては、AからBBからAも導くことはできない。ゆえに、現在のできごとと未来のできごとは重ならないのですから、推論不可能というわけです。現在のできごとはわかっているけれど、未来のできごとはわからないからです。もしそこに連鎖があるのなら、未来は事前にわかることになります。事前にわかる未来とは確実に起こる未来ですから、すでに未来なんかではないでしょう。

最後に一例を挙げておきます。
「卵は割れやすい。硬い床に落とすと割れるだろう」などという推論は、「割れることがわかっている」から言えるのです。論理学というのは「わかっていること、わかりきったことだけを論理図式に当てはめる学問」です。ほとんどの現実において、ぼくたちが見ている現実からありとあらゆる方向に推論しても、未来を言い当てることはできません。できたとすればマグレです。だから、ノストラダムスも他の預言者も数多く預言したのです。下手な鉄砲も数撃てば当たります。ウィトゲンシュタインは論理哲学と現実社会をつなごうとしたのでしょう。だから、既成の論理学に対してアンチテーゼを唱えることになったのだと思います。


上記のぼくのメールに早速Nさんから返信があった。「体調の悪い時にありがとうございます。こんな簡単なことやったんですね。先生は天才ですね。お大事になさってください。ありがとうございました。」 言うまでもなく、ぼくは天才ではない。なけなしの知識と推論努力で、彼の問いに対して断章を関連付けて、ひとまず自分自身を納得させるように考察したにすぎない。それを彼に伝えただけである。

その日の夜遅く、またメールが入った。「先生、夜分すいません。五・四五三は当たり前のようではありますが、はたしてそうなんでしょうか? 論理には特別扱いされる数など存在しないと言っていますが、はたして今の数学ではほんとうにそうなのでしょうか? フレーゲやラッセル、ホワイトヘッドも読みたくなってきました。おもしろい世界ですね。おやすみなさいませ。」 とにかく疲れていたので、「また時間があるときに返事します」とだけ書いて送り返した。

日を改めて返事したのが次の文章である。

五・四五三   論理に数が現れるとき、それは必ずしかるべき理由を示されねばならない。あるいはむしろこう言うべきだろう。論理には数など存在しないということをはっきりさせねばならない。〔論理には〕特別扱いされる数など存在しない。
この断章は、たぶん次の六・一三、六・二一で説明がつくのだと思います。

六・一三  論理学は学説ではなく、世界の鏡像である。論理は超越論的である。
六・二一  数学の命題はなんらかの思考を表現するものではない。

自信はないけれど、ぼくの解釈は次の通りです。
論理学は世界そのものであり普遍である、世界を超越しながらも、なおかつ世界について超越論的に語ることができる、それに対して数字は特殊である、しかし、論理学は特殊な数字を扱わない、ということでしょう。実際、論理的な証明では数字を使いません。数字を使った瞬間、特殊な計算がおこなわれたことになります。数学命題は等式ですから、型と個々の数字があるだけで、特に思考表現をしているわけではない。しかし、論理命題は世界の何かに関して一つの考えを示しているのです。論理学と数学の関係は、〈論理学⊃数学〉という関係なのでしょうね。「でしょうね」と言うのは確信が持てないからです。また考えておきます。

以上のメールを送ると、「ありがとうございます!! 郷に入れば何とかで、今回の本はおもしろすぎ、収穫もどえらいものになりました」という返信があった。まるで一仕事をしたかのように大きく息を吐いたのを覚えている。疲れたのである。複数の翻訳本で『論理哲学論考』をおそらく数回以上読んできたが、連なった断章を筋を通して追いかけたことはあったものの、こんなふうに飛び飛びの断章を関連付けて考えたことはなかった。Nさんはよく読んでいたと言うしかない。これにて一件落着と思いきや、紹介した別の本に彼が食いついてきた。そして、新たな問答が始まることになる……。

《続く》

感応と響き(一冊の本を巡って)- 1 –

三回に分けて書こうと思うが、分割しても今日の文章は長くなりそうだ。一読して、少しでも気に入っていただけたなら、近いうちに書くつもりの続編にも目を通していただければ幸いである。

さて、ものを考えて人に話を聴いていただくのがぼくの仕事の一つである。考え話す素材のほとんどは、自分の経験をまさぐってあぶり出すか、読書や他者との交流を通じて新たに見つける。この他者との交流の中で軽視できないのが学び手からの学びである。ぼくから学んでくれる人々からぼくもまた多くのことを学ぶ。自分一人では考えようともしないことを学び手からの刺激によって考え気づくようになる。打てば響く学び手からの問いに答えようとして考えるし、打てども響かない学び手からも「なぜ彼らが機を見て敏ならぬのか」を考え、それもぼくの勉強になっている。

四年前にフェースブックでNさんという46歳の男性と知り合った。半年後の20123月、彼は友人のKさんとぼくのオフィスに遊びに来た。食事をし、場所をバーに移し、夜遅くまで談論風発が続いた。ぼく以上の饒舌家はあまりいないから、例によってほとんどぼくが話していた。合間にNさんは不器用な――時には粗野な――表現で、好奇心旺盛な子どものように目を輝かせて問いを投げ掛けてきた。ぼくのことばにペンを構え、そしてすばやくメモを取り続けた。問いと学びの姿勢に久々にオーラを感じさせる人物だった。タクシーに乗る彼らを見送った。NさんとKさんは京都へ帰らねばならないのに、大阪駅でプラットホームを間違えて三宮方面に行ってしまった。話し込んでそうなったのか、居眠りをしていたからなのかは知らない。翌朝、Nさんにメールを送り、返信も受け取った。

おはようございます。なかなかの夜でした。あなたの打てば響く機敏な反応ぶりと霊性(精神的純度)の強さが伝わってきました。ほぼ想像通りの粗っぽい性格の人物でしたが、未完成の「知軸」もお持ちでした。ぼくの口癖の 「知は力なり、知は愉快なり」が証明できた夜でした。人は感情的になって頭に熱が上ると措置を誤る。己の乱れを宥めるのはつねに知の力だろうと思います。整体があるなら、「整知」があって当然。まあ、このあたりに自分より若い人にしてあげられるぼくの役割があると思うわけです。 ごきげんよう、また会いましょう。

先生、 ありがとうございます。最高に学び、喜びを得た日でした。なんか、身に覚えのない世界にタイムスリップした感じです。ふだんメモを取らない自分があんな風に自然とメモをとり必死で貪る姿が不思議でもありますが、新しい自分の芽生えを感じております。これからも貪欲に学ばさせて貰います。会社からお借りしました本はやはりおもしろいです。

最後の一行。別に返却してもらうつもりのない本だったが、貸し出したスタッフが一応本棚に貸し出しメモを貼り付けていた。偶然だが、そのメモが一昨日目に入り、ふと「そう言えば、ぼくのブログの熱心な読者なのに、最近フェースブック上で見てくれている気配がないなあ」と気になり、彼のウォールを覗いてみたのである。そこに複数の方々からのご冥福のことばや弔辞を見つけた。Nさん、享年五十。去る8月末に亡くなっていた。昨日そのことを知った。あのタクシーに乗るのを見送ったのが最後になった。

彼からは読書や勉強について実にたくさんの質問をもらい、ぼくも響く人への面倒見がまずまずいいほうなので、分かる範囲で答えるように努めた。数か月ほどの間におそらく50往復以上のやりとりがあった。ぼくがブログで哲学者ウィトゲンシュタインとその著『論理哲学論考』のことを書いて以来、それを読んだ彼は一変したかのように考えることのおもしろさにのめり込んで行ったように思う。ウィトゲンシュタインと言えば、知的ダンディズムをくすぐる名言を数多く残している。「私の言語の限界が私の世界の限界を意味する」「思考しえぬことをわれわれは思考することはできない。それゆえ、思考しえぬことをわれわれは語ることもできない」「世界と生はひとつである」「論理学の命題はトートロジーである」……。

ウィトゲンシュタイン 論理哲学論考

哲学などとは無縁だったはずのNさんが早速『論理哲学論考』を読み、ある日唐突に「先生、三・〇三二一がよく分からないんです」というメールを送ってきた。ちなみに、この本は断章的に書かれた哲学書で、アブストラクト構造を持つすべての断章に番号が振られている。三・〇三二一とは「なるほど物理法則に反した事態を空間的に描写することはできよう。しかし、幾何法則に反した事態を空間的に描写することはできない」という断章だ。彼の「よく分からない」に対して、やや独善的で極論かもしれぬと承知の上で下記のようにヒントを授けたのである。


三・〇三二一から来ましたか……驚きました。本書の翻訳者の野矢茂樹も、『ウィトゲンシュタイン入門』を書いた永井均も、『ウィトゲンシュタインはこう考えた』の鬼界彰夫も、あなたが着眼した項目には触れていないようです。ぼくも分かったような気がして読み飛ばしていたかもしれない。『論考』はいろんな翻訳で何度も読んではいますが……。結論を急ぐ前に、この断章の前段を考察してみたいと思います。

三・〇一  真なる思考の総体が世界の像である」。これは、ぼくたちの考えていることのすべてが世界の見え方そのものということですね。たぶん。
「三・〇二  思考は、思考される状況が可能であることを含んでいる。思考しうることはまた可能なことでもある」。思考できることをぼくたちは思考と呼んでいる、だから思考と思考可能はイコールだ、と言っているようです。
「三・〇三  非論理的なものなど、考えることはできない。なぜなら、それができると言うのであれば、そのときわれわれは非論理的に思考しなければならなくなるからである」。思考は論理そのものなので、非論理的なことは思考しえない。非論理的思考などというものはそもそも存在しないのです。
「三・〇三一  かつてひとはこう言った。神はすべてを創造しうる。ただ論理法則に反することを除いては、と。――つまり、「非論理的」な世界について、それがどのようであるかなど、われわれには悟りえないのである」。神は論理法則にのっとったものなら何でも創れる。神が創りえない非論理的な世界をぼくたちごときが語ることなど到底できない、ということでしょう。ここまで来れば、次の三・〇三二は自明ですね。
「三・〇三二  「論理に反する」ことを言語で描写することはできない。それは、幾何学において、空間の法則に反する図形を座標で表わしたり、存在しない点の座標を示したりすることができないのと同様である」。論理に反すること、すなわち非論理的なことを言語表現することはできません。空間法則に反する図形が描けないというのもわかりますね(言語にはすでに論理構造が内蔵されている、とぼくは考えています)。
そして、いよいよお尋ねの三・〇三二一です。「なるほど物理法則に反した事態を空間的に描写することはできよう。しかし、幾何法則に反した事態を空間的に描写することはできない」。難しく考える必要はないかもしれません。物理法則に反した事態、たとえば「リンゴが地面から木に上がる」というような事態を空間的に描写、たとえばアニメにして表現はできますね。でも、物理と幾何学は違いますから、「図形の法則に反した事態を空間で図形描写することはできない」。そう、当たり前のことを言ってるんですよ。このことを導くために、思考と世界の見え方、思考とその可能性、論理的であることなど、三・〇一から三・〇三二までの前提を置いたのですね。以上がぼくの説明です。


 何度読んでも難解なのである。こんな話に食いつくのは、ある意味で変人なのである。正直なところ、ぼくは理解してやろうなどとは思わず、思考訓練として『論考』を読んできた。だから、こんな説明でいいのか、今読み直してみて十分に自信はない。しかし、それまでの人生でまったくこういう本を読んだことのないNさんの腑に落ちたらしかった。「なるほど! わかりやすい~。スカッとしました!! これからの考察が見えて来ました。ありがとうございます!!」というメールが来た。大量の文章を書いたのはいつもぼくであった。しかし、感謝しなければならないのはむしろぼくのほうなのかもしれない。彼がぼくに感応して響き、ぼくに考える機会を与え書かせてくれたのだから。

《続く》

言語の五技能

他に適語が見つからないので、一般的な「技能」という用語を使っている。機能や働きでもいいのかもしれないが、分かりやすさと語調の良さから技能を選択した。言語学者ソシュールは、言語をシニフィアン(能記=記号表現)とシニフィエ(所記=記号内容)に分けて言語の本質に迫った。今回はそれとは違って、言語活動面から五つの技能について考えてみる。

言語の五技能

五技能としたものの、まずは四技能から話を始めよう。ぼくたちは、ことばを音声にして話し、音声として聴く。音声を用いない時は文字にして書き、文字として読む。これらの〈話す・聴く・書く・読む〉の四つの技能は、表現と認知に分けることができる。すなわち、話す・書くという表現系技能と、聴く・読むという認知系技能である。

知っている語彙は、認知はできるが使えないものと、認知も表現もできるものとに分類できる。たとえば、「渺渺びょうびょうたる」が果てしなく広いという意味であることはわかるけれども、会話や文章で自ら使うことがない場合、これは認知語彙ではあるが表現語彙になりえていない。認知語彙はつねに表現語彙を含み、表現語彙よりも多い。だいたい〈認知:表現=3:1〉と言われている。ところで、知識や経験は表現のための原資と言うよりも、他者が話し書くことを認知するために用意されるものだろう。ある程度知らなければ、また、ある程度類推を働かさねば、ぼくたちは他者のメッセージを理解できはしない。表現というのは、知識や経験の多寡とは関係なく、その気になれば、知っている範囲内でこなせるものである。千語もあれば話すことはできるが、千語程度では他人様の言うことや書いていることはよく分からない。


これら四技能の関係図の上に「考える」という技能を加えて五技能としてみると、言語と思考のつながりが見えてくる。四技能はいつでもきちんと機能するわけではない。必ず誤作動を起こす。言い間違い、書き間違い、聴き間違い、読み間違いである。ところが、考え間違いというのは自分も他人も気づきにくい。なぜなら、思考という技能は他の四技能に比べて共通項が少なくパターンが多いからである。つまり、個別であり多様なのだ。では、どんな時に考え間違いに気づくのか。書いてみて気づき、他人が書いたものを読んでみて気づくのである。音声の技能だけでは思考の精度を見極めにくいのだ。議論でディスコミュニケーションが生じやすいのも頷ける。

「考えていることを文字で表わせばいい」とまことしやかに語られるが、ぼくはここに書いている文章のようにあらかじめ考えているわけではない。書こうとしていることが頭に浮かびはしているが、それは輪郭のない茫洋としたものである。書かずに考えることがないわけではない。しかし、「言語的に思考していること」と「いまここで書いている言語的表現」はまったく同じではない。考えていることはここに書いているほど明快ではなく、また、考えている時の語彙は文章を綴っている時の語彙ほど豊かではない。書くという表現行為によって、思考に形を与え、考え間違いを検証し修正していくのである。

思考することが表現をもたらす温床であり細胞核であることを認めるにしても、考えていることを紙の上に単純に書き写しても文章の体を成すことはない。書かなければ考えたことにはならないとまで極論しないが、ほとんどの場合、書いてはじめて思考はその姿を現わす。書かなければ、考えるということは実に摑みどころのない虚ろな状態にとどまる。腕を組んで考えても、その考えはひ弱で無定形な感覚の域を出て来ない。ぼくの主張に説得力がなければ、最後に次の一文を参考にして考察していただきたい。

思考が、言葉となったり他人に伝達されたりする際のわずらわしさを避けて、ただ自分に対してだけ存在することに満足してしまっていたら、そんな思考は生れるや否や、たちまち無意識に陥ってしまうだろうし、自分に対してさえ存在しないということになってしまうだろう。」
(メルロ=ポンティ『知覚の現象学』)

語らないと始まらない

事実に反すると知りながら虚偽を語ることは好ましくない。もし事実に反していることが自明で、しかもそのことを弁じたければ、手っ取り早く創作として仕上げればいい。事実に反することが許容され、しかも責任を負わなくていいのが創作の利点だ。はなから虚構が担保されているのである。これに比べれば、自論を語る責任のほうは重い。事実であるか事実に反しているかもわからない、また、事実の解釈にも二義性がありそうだという場面に必ずぶつかる。さあ何を語るかと遅疑逡巡した挙句、つい慎重を期して黙することになる。こうして意見を言わない小心者や保身家ばかりが増える。

ギリシアについて、安保について、専門家と言えども知悉して論評しているわけではない。極端に言えば、誰もが一部の事情通なのであり、限られた既知から推論して意見を述べているにすぎない。知が「ある程度」に備わるまで口を開かないのなら、生涯意見を開示する機会はやって来ないだろう。言論の自由、表現の自由があるのだ、「程度」を低めに設定しておけばいいのである。ほんの少し分かれば、その小さな知識に自分の経験を照らし合わせて推論する。馬脚が露わになって知識不足や論の甘さを指摘されることになる。しかし、このことは問題であるどころか、テーマを深読みし別読みする機会を与えてくれるのだ。問題を引き起こすのは、対話を成り立たせている批評・検証・反論に耳を貸さず、不十分な知見をひたすら守ろうとする姿勢のほうなのである。

対話

浅い考慮かもしれない、視野も狭いかもしれない、しかし、考察途上でそのつど意見を構築する習慣と勇気を持たねばならない。さもなければ、世論の大勢や影響力のある人物の意見に棹差すばかりで、思いもよらぬ方向に流されていくことになる。自論というのは、基本が変わらなくても形や強度が変わるものである。変容のきっかけの大半は、異種意見の論者との対話を通じて生まれる。二者間の対話においては知識に格差があるのが常である。下位の者が格差を恐れていたら、いつになっても上位の者に挑発的議論を挑めない。しかし、対話は知識と論考の合戦である。往々にして論考は知識の多寡よりも優勢になりうる。


対話において話し方がうまいなどということは決定的ではない。つまらぬことを流暢に――あるいは扇動的――大言壮語してもしかたがないのである。話し上手などと言うけれど、何を以て「上手」なのか、誰も決められないだろう。そんな当てのない上手の幻想に縛られず、日々の経験の内に熟成させてきた語りたいことと語るべきことを語ればいいのである。もっと正確に言えば、精細な自論が最初からあるはずもない。あるはずもないのに、事前に丸暗記して人前で再現してみせるのは学芸会だ。学芸会に表現と演戯はあっても、伝えることにまで意識は回らない。あどけない子どもたちのパフォーマンスには拍手を送ろう。しかし、一人前の人間が、そこに居合わせる相手に眼差しを向けることもなく、今しがた覚えてきたことをあたかも独言のように再生し、それを対話と呼んで知らん顔するならブーイングである。

つぶやくように自分の心理を吐露するXがいる。つぶやくXからは他者への視点が抜け落ちている。Xのことばは対話に求められる伝達や説明の機能を失う。下手なりにも意味を明らかにしようとする情熱のかけらもない。共有と交換という対話のていを成していない。対話をしないのではなく、対話ができないのである。自分が次に何を語るかに気を取られて、人の話など聞いていないのである。聞かなければ、その時々にしかできない、打てば響くような反応ができるはずもなく、応答はつねに的外れになり、ことばがだらしなく虚ろな表情を見せる。言語を自然学習して事足りると考える風土で対話が育つはずもない。

吐露するだけのことばに描写力は宿らない。論理は不毛であり、説得力も芽生えない。他者に向かって語られていないXのことばに傾聴する忍耐が揺らぐ。Xの自分だけに捧げることばは色褪せ、やがて他人を退屈させる。思考交流としての対話と居酒屋の泣き言・戯言との違いがわからぬX。ぼくの周囲にもあなたの周囲にもXがいる。対話から逃げるXは、早晩〈言語エイジング〉という症候群を患う。言語からの脱却なら悟りだと見立ててあげてもいいが、言語の劣化以外の何物でもない。言語エイジングが晩年の最大の不幸だと言う自信はないが、不幸の一つであることは間違いない。

理由のあること、ないこと

行為に理由を付けなければならない場面がある。たとえば、「何となく読んでいる」では済ませられない類の本や読書行為がある。なぜこの本を読むのかという自己説得なしには手に取ることさえできない本である。もちろん、何となく読むという本があってもいい。飲食についても同じことが言える。何となく何かを食べ何となく何かを飲むことがあり、そこに理由や目的などあるはずもない。しかし、宴席に顔を出すとなると話は別だ。暇だから宴席に出るなどということはぼくにはない。必ず理由がいる。では、病院に父を見舞うのはどうか。見舞いに行くのに理由はない。見舞いたいから見舞うのである。これに敢えて理由を付けようとすると、どんなにうまく表現しても偽善臭が漂う。

本人は軽い気持ちだったのだろう。「ある本を読んだので、話を聞いてもらっていいですか?」と言ってくるから、ランチを共にした。彼は決して話が上手ではないが、ぼくは真摯に耳を傾けた。話が途切れたところで「なぜその本の感想をぼくに聞いてほしかったのか?」と切り出した。こういう場面ではつねに理由を尋ねることにしている。彼は口ごもり、説明しようとすることばがよどみ、結局理由はわからなかった。何となくという動機と付き合う気はない。こんなぼくを意地悪だと言う向きもあるが、当人に迷惑をかけているとは思わない。それどころか、理由を述べるという学びの機会さえ提供しているのだ。主義でも主張でもない。目的や理由の必要な場面とそうでない場面をぼくなりに分別しているにすぎない。

目的を共有せねばならないのに、わざわざ言わなくてもいいだろうと個人の気分で決めてはならない。「気が向かなかったから遅刻の理由を上司に言わなかったんだ」などという言い分は通用しないのである。けれども、どんな行為にも理由があるわけでもなく、理由がいるわけでもない。「なぜ」と聞かれて、目的を共有する必要がなければ、理由を告げる義務はない。仮に理由があるとしよう。そして、それを示す意欲もあるとしよう。それでも、うまく言い表せなければ理由は語れない。語れない理由を共有することはできない。


散歩に理由や目的があるはずがないと思っていたが、健康のために散歩する人がいると聞いて驚いた。Wikipediaに「娯楽として、あるいは健康増進に歩く行為全般を指す言葉」と書いてあったから、もう一度驚いた。世間一般では散歩に理由や目的があるのだ。念のために『新明解』を引いたら、「(行く先・道順などを特に決めることなく)気分転換・健康維持や軽い探索などのつもりで戸外に出て歩くこと」とある。大事な箇所が丸括弧に入っていて、その後に続くのがやっぱり散歩の目的なのである。「いっさいの理由や目的なく、ただ何となく歩くこと」というすっきりとした定義ではだめなのか。

『「散歩学」のすすめ』という本がある。ずいぶん以前に買って拾い読みし、これは衒学趣味だと即断して放置した。ウォーキングに興味のある人が読みたいと言うから貸してあげた。返してもらうつもりはなかったが、読了して返しに来たその人は「とてもためになった」と言った。なるほど、「何かのために別の何かを理由づけるタイプ」、あるいは「何かにつけて目的がいるタイプ」には受ける本なのだと思った。散歩学などいらない。いるのは散歩道である。

散歩は、長く続ければ結果として暮らしを豊かにするかもしれない。ここまでならぼくも同意するが、ここから先、散歩がなぜ暮らしを豊かにするかという推論を捻り出す気はない。くだんの本には、血行がよくなると書いてある。これは、歩いた後に体験的にわかることだ。しかし、血行をよくしたいという目的のために散歩をするのではないだろう。目的や理由がなくても散歩したいから散歩するのである。散歩は〈理屈に先立つア・プリオリな経験〉なのである。ところが、散歩が「学」として捉えられると、過剰仕様の定義が施され、免疫力や発想力の向上という理由または目的が論考される。勘弁願いたい。「学」や「力」などという概念の対極にあるのが、そもそも散歩ではなかったのか。

そぞろ歩き

散歩を言い換えれば「そぞろ歩き」である。そぞろとは「漫ろ」と書く。「気もそぞろ」とは何かが気になって落ち着かない様子のことだが、「そぞろ歩き」はその正反対。これといった理由もなく何となく漫然と歩くことだ(「漫歩まんぽ」ということばもある)。散歩にはゆとりに満ちている姿がある。目的がないから追われるような気分にならない。道すがら光景は目に入ってくるが、それは散歩しているからである。光景を見るために散歩をしているのではない。

散歩中に知り合いに会ったことがある。「お出掛けですか?」と聞くから、「散歩です」と答えた。「どちらまで?」と続けて聞くから、「散歩です」と答えた。「お買い物?」とさらに聞くから、「いえいえ、散歩です」と答えた。不愛想な男だと思われただろう。たいていの人は目的のない散歩に納得がいかないようである。

喜劇と悲劇

喜劇と言うと、バカ笑いのように思う向きがある。喜んで笑うだけが喜劇ではない。喜劇を観て涙を流すこともあるのだ。同様に、泣いて悲しむのが悲劇でもない。悲劇を観て満足すれば、それはある意味で喜びでもある。喜劇にせよ悲劇にせよ、観劇者の泣き笑いに本質があるのではない。同じ主題を喜劇的にも悲劇的にも仕立てることができる。演出の喜劇性、悲劇性という話なのである。

劇から離れて現実に立ち戻っても、ぼくたちは喜劇的、悲劇的という表現をよく使う。この時、喜劇的とは「高尚な笑い」ではなく、もっぱら低俗な滑稽だと見なす傾向がある。そして、悲劇的という形容のほうに道徳的なものを、人生に真摯に向き合う姿勢を感じ取る。講師が自らの悲劇的体験を語る講演会の訴求力は侮れない。悲しかったことを悲しく脚色し悲しく語る話に聴衆は共感し涙を流す。このステレオタイプを傍観して滑稽に思う。逆説のない生真面目だけの悲劇はぼくの目にはパロディとしてしか映らない。

(……)人間は自分の親をはなれたときに、はじめて親一般についての理解をもつことができる。失恋は恋愛についての知識を深め、死は生の意味を教え、絶望は希望への道を開き、歴史は今日に価値を与えているのだ。真の知識を得ようと思えば、人はまずその対象のもとを立ち去るのがいい。道徳は二宮金次郎であらわすようなこだわりからは、早く抜け出さねばならない。道にこだわりすぎるものは、かえって道を失う。そうした道徳的偶像をすすんで破壊することのほうが、いつもはるかに道徳的な行為なのである。
(安部公房『砂漠の思想』)

このエッセイが書かれてからまもなく半世紀。何も状況は変わっていない。ある価値を学ぶのに相反する価値を重ね合わせるのが有効なことは分かりきっている。にもかかわらず、相反価値に目をくれないのが人のさがある。特定の価値観だけを信奉すれば想像力に乏しくなる。そんな人間は、自ら意見を語ることよりも過去の偶像に手っ取り早く代弁させる、いや、突然ポツンと偶像をそこに置いて、自分の思いを安上がりに象徴させる。


一見オープンな社会のように見えながら、同調者が群れる閉鎖的気密性の高いグループが随所に形成されていく。これらの集団に共通するのは、ユーモアとエスプリの絶対的な欠如である。彼らは褒め合い、慰め合い、馴れ合い、悲しみと道徳を共有し、外部に対してはつねに排他的である。メンバーたちはその小グループの価値観に染まるから、自らの滑稽さに気づきにくい。要するに、自己検証の手段すら持ち合わせていないのである。類が類を呼んで同病相憐れむ集団に進化はない。そんな集団が現代でも泡沫のように結ばれては消えていく。何度も歴史で繰り返されてきた失望と失意の終幕しかないと言うのに。

“Life is a tragedy when seen in close-up, but a comedy in long-shot.” (人生は近づいてみれば悲劇、遠くから眺めれば喜劇)。

チャップリン

チャールズ・チャップリンのことばである。まったく個人的な経験になるが、映画、脚本、小説を問わず、若い頃はよく悲劇系のものを読んだ。やがて、ただでさえストレスの溜まる仕事に従事し、人間関係でも苦労し、異種意見間で論を交わさねばならない立場になって、本来慰みものであるはずのエンターテインメントになぜわざわざ悲哀を求めなければならないのか懐疑し始めた。悲しみを悲しげな表現で描くのは短絡的な写実主義だ。悲劇的な物語にこそ人生のエッセンスがあると考えるのは一つの主観にすぎない。

チャップリンは喜劇の中に悲劇を描いた。あるいは、悲劇の中に喜劇を持ち込んだと言ってもよい。人間行為の中には笑い飛ばすしかない愚かさが垣間見えるのであり、それは遠映しという冷徹な目線によってのみあぶり出される情景である。接写してありのままに悲しみだけを描いても、そんな常套手段で悲しみの本質が伝わるものではない。近づいて見る時点で、すでに感情が優勢になり対象に移入されている。他方、遠巻きに見ているかぎり、人は冷静さを失っていない。世間一般の思惑に反して、喜劇のほうが悲劇よりも理性的であるというぼくの根拠がここにある。どちらがいいとか正しいとか言うつもりはない。悲しい話が好きか、ひょうきんな話が好きかという違いである。そして、悲しい余韻だけを残す悲しい話などには付き合ってはいられないというのが正直な心情なのである。

机上と現場

ふと6月上旬のことを思い出した。珍しく出張が少なく、ほとんど大阪にいた。休みの日に出掛けてもなるべく近場で済まし、散歩もいつものお決まりの経路、毎朝毎夕の自宅とオフィスの行き来もほぼ同じ道を辿っていた。こういう日々が半月ほど続くと発想やものの見方が変異するのがわかる。感じること、語ること、書くことののことごとくから現場感覚が引き算されてくるのである。行為する自分――状況や物事に接する自分――の観察眼が弱まっていく。道すがら光景を見ているはずなのに、実は見えてなどいない。旅先なら、出くわすものを頭で考える前に条件反射的に観察できるというのに……。

装飾的な感じ方や書き方をもう何十年も遠ざけてきたから、今さら嘆くには及ばない。現場に居合わせて写実しているつもりが装飾過多になり、やがては心象の描写にも転移して自己満足に陥ることを知っている。けれども、このことを差し引いても、あの6月前半は変調だった。オフィスと自宅の机に交互に向かいながら、現場とつながる感覚がもっとあってもいいはずだと反省しきりだった。出張や旅に出掛ける時の、あの「しばしそこに佇む」という余裕がなくなっていた。〈いま・ここ〉に集中せよと人に言っているくせに、今ではなく「次」がいつも頭のどこかに引っ掛かっていた。大袈裟に言えば、形而上学的なまなざしだけを机上に向けていたような気がする。

その6月の中旬に一泊二日で検査入院することになった。翌週の診察時、病院の待合室で小林秀雄の『平家物語』の一節を久々に読む機会があった。

(……) 整然とした秩序のなかで、細々とした自然描写は無用であろう。伊吹山が見えたら、見えたと言えば足りる。大磯小磯を打過ぎてで充分だ。動いていく重衡の肉体は、もうしっかりと動かぬ自然に触れている。(……)
自然の観照について、細かく工夫を凝らした夥しい文学に比べてみれば、「平家」は、まるでその工夫を欠いているように見える。あの解り切った海や月が何とも言えぬ無造作な手つきで、ただ感情をこめて摑まれる。


この一節を読んで、現場感覚の量が減ってきたとか、物事に接しての描写が不器用になったなどと神経過敏にならなくてもいい思い、少し気が楽になったのである。よくよく考えれば、現場に身を置いて感じているつもりがまったく感じていないことがある。数え切れないほどの現場経験を積んでも、その経験が茫洋としたままのイメージでしか再現できなければ威張れない。では、イメージの代わりに飾り立てることばをふんだんに用いればどうか。いや、それでもなお、言いえぬ思いは空回りするだけだ。現場での経験を過剰に粉飾しなくてもいいのだろう。むしろ感覚を想像力で抱擁し、素直なことばで仮止めしておくことに意味があるのだろう。

木漏れ日

木々の中をそぞろ歩きする……樹間から射してくる光、繁る葉で狭められる空、名も知らぬ鳥の啼き声三つ、四つ。そこでは、静寂であるだとか深閑であるだとかの観念的な表現は浮かんでこない。二次的に処理されたことばに出る幕はない。しかし、部屋に戻って文章を書き始めると、徐々に現地の印象が希薄になり、加工しようとする意識が優勢になってくる。現場での視聴覚体験から机上の思考へと軸足が動く。机の前に座る時間が長くなると、必然机上の空論を弄することになるのである。

おびただしい形容詞で細密描写したからと言って経験が生かされているわけではない。たとえ机に向かっていても、現場とつながっていれば思うことの表現は簡素かつ平明であってもいいのである。むしろそのほうが再現性に優れていると言えるだろう。ところで、このように一文を結んで知らん顔して終えるのに苦はないが、現場の経験と机上のことばを簡潔につなぐには高級な知が働かねばならず、ぼくごときにとっては道は険しいと言わざるをえない。

未来へ逃げる人々

先月に書いた「明日はあるのか?」の続編。

現実逃避は現実を苦しいもの、厳しいものと考える人たちに生じるのであって、現実に向き合い、過去の経験を振り返る人たちにとっては無縁である。では、現実から逃避する人たちはいったいどこへ行くのか。酒に手を伸ばして陶酔の世界に向かう人がいるだろう。また、感情の水面をたゆたいながら自分世界に引きこもる人もいるだろう。そして、大多数は今日の結果を見届けずに未来という仮想世界に手っ取り早く心を馳せる。いずれの世界へ逃れても、行く末が見えないという点では不安は残る。だが、その代償として何も見えないからこその安らぎが手に入る。酔いはいずれ醒め、引きこもりも続かない。現実逃避者にとっては定まらぬ未来こそが永遠の安息場所に見えてくる。

生きることができるのはこの瞬間だけである。英語には、今に生きるという意味の“live in the present”という表現と並んで、“live in the past”という言い回しがある。過去に生きるという意味だ。昔ながらに生きるというニュアンスがある。過去を引きずり、思い出に浸って昔のことばかり考えて生きるという意地悪な解釈もできる。そんなふうに生きてくよくよばかりする人に“Stop living in the past!”と励ます。「今を生きなさい」という助言である。過去を生き直すことはできないし、いつまでも懐かしんだり執着したりしてもしかたがない。しかし、過去を生きたことは事実であり過去は経験を通じて思い起こすことができる。個別な経験として振り返り今日に生かせる教訓を拾い出すことはできる。その過去と現在は間違いなくつながっている。

では、未来はどうか。未来は生きることも知ることもできない。未来に期待できるのは、過去からも現在からも逃げずに生きている人に限られる。ところで、トーマス・ジェファソンは「私は過去の歴史よりも未来の夢を好む」と言った。身の程を顧みずに異議を申し立てたい。未来志向と言えば頼もしいが、こういう考えが人を反省なき楽天家にしてしまうのだ。少なからぬモラトリアム人間を間近に見てきたぼくは、過去にも現在にも知らん顔して将来にツケを回す彼らの性癖にうんざりしている。ジェファソンのことばは己の励みになるかもしれないが、そんなふうに生きる者は周囲に迷惑をかけていることにほとんど気づかない。


人は未来を知りたがる。しかし、社会、科学、経済、文化……どの分野でもいい、どんな未来が出現するかを見通した先人がどれだけいたか。何百何千という予言のうち一つや二つは後々に偶然現実になったことはあった。だが、まぐれあたりに期待はできない。未来をいかに洞察しようとも、洞察の材料は現実と過去の記憶以外にはない。未来を知る有効な方法はそれだけである。ろくに今の現実を知りもしないぼくたちが未来を知ろうとするのは大それた話だ。ニコラス・ファーンの「人間を知ることができると主張するのは、無数の神話を信じ込んでいる人だけだ」(『考える道具』)という指摘は的を射ている。人間を知らずして未来を知ろうなどとは厚かましい。

過去・現在・未来という文字をじっくり眺めてみると、それぞれの本質がよく見えてくる。過去は「過ぎ去った日々」であり、現在は「うつつる日々」であり、未来は「いまきたらぬ日々」である。現実逃避とは、確実な過去の経験に見向きもせず、さらに確実な今に目をつぶり、一寸先の闇に逃げる生き方だ。言い換えれば、確実なものを信じもせずに不確実を信じる生き方である。今の自分を見失えば、未来に頼るしかなくなる。こうして、意思決定を迫られない子どものようなモラトリアム人間が出来上がる。

タブレット世界の未来

モラトリアム人間は、過去から現在に至る経験というなけなしの貯金を、未来行きのチケット代に使い果たしてしまう。しかし、そんなチケットが存在するはずもない。行先不明のチケットを誰が販売できるだろうか。未来は絵に描いた餅であり、今風に言えばタブレット画面上に錯視する幻影に過ぎない。わざわざ未来へ逃げるには及ばない。何もしなくても、未来は現実になろうとしていつも待ち受けているのだから。