「みんなやっている」

「みんな」とは「みな」のこと。みなさんや皆様のように「さん」や「様」をつけるのならいいが、単独で「皆」は使いにくい。「皆の者」や天皇陛下の「皆の幸せ」などを連想するからである。「みな」と言えるような立場ではない、と思ってしまう。いきおい誰もが「みんな」という言い方をするようになった。「みんな」イコール「すべての人」。誰もかも。ぼくもあなたも彼も彼女も。複数にすれば、ぼくたちもあなたたちも彼らも。「みな」が「みんな」に変わるような変化は専門的には〈撥音はつおん化〉と呼ばれる。

みんなと言えば、古くは「赤信号 みんなで渡れば 怖くない」(ビートたけし)。歩行者による信号無視は始末が悪いが、大勢なら大胆にやってしまっても罪に問われにくいというふてぶてしい心理か。みんなが集まることによって、強がることができる。シェルター効果もある。自分一人でありながら、全体でもある便利さ。英語の“everybody”もそう。単数扱いながら、この語は複数の人々を念頭に置いている。あの「みんなの党」にも同じようなニュアンスを感じてしまう。

だいぶ前になるが、大阪の路上駐車違反をテーマにした総理府の広報ビデオがよく流れていた。買物から停めていた車に戻ってきたおばちゃんに警察官が違法駐車のチケットを切る。速攻の条件反射でおばちゃんが、詭弁を並べてまくしたてるのである。そのセリフが「みんなやってるやんか! 私だけちゃうやん!」だった。「みんなやっているでしょ! 私だけじゃないわ!」という標準語に翻訳しておく。


この一件だけを例外として認めさせないぞという力が「みんな」には備わっていそうだ。口実にもなるし自己正当化にもなる。しかも、説明もせず理由も示さずに説得する力も秘めている。「こちらの商品ですね、皆さん、よく買われていますよ」「こちらの料理は当店人気ナンバーワンです」(これ、すなわち「みんなの御用達」)、「どなたも、これをお土産にされています」……こんな常套句に騙されてなるものかと思いながらも、気がつけば、みんな買っている、みんな食べている、みんな土産にしてしまっている。

『世界の日本人ジョーク集』(早坂隆)という本から、一つジョークを紹介しよう。

ある豪華客船が航海の最中に沈みだした。船長は乗客たちに速やかに船から脱出して海に飛び込むように、指示しなければならなかった。船長は、それぞれの外国人乗客にこう言った。

アメリカ人には「飛び込めばあなたは英雄ですよ」

イギリス人には「飛び込めばあなたは紳士です」

ドイツ人には「飛び込むのがこの船の規則となっています」

イタリア人には「飛び込むと女性にもてますよ」

フランス人には「飛び込まないでください」

日本人には「みんな・・・飛び込んでますよ」

今では知る人ぞ知るジョークになった。それぞれの国民性が見事にワンポイントで表されている。ヒーロー、紳士の心得、規則遵守、もてる男、アマノジャクが米英独伊仏でそれぞれ象徴されている。そして、日本人と「みんな」の相性の良さ! 「自分でも特定の誰かでもなく、みんなに従う日本人」は、世界の人たちの目に滑稽に映っているのだ。「みんな」は日本人に対して〈不特定多数の匿名的権威〉という確固たるポジションを築いているようである。

指示に従わない人たち

プロ野球が開幕した。ご多分にもれず、自宅で購読している全国紙の一つが「順位予想」を掲載した。同紙のスポーツ記者5名がセ・リーグの順位、別の記者5名がパ・リーグの順位をそれぞれ1位から6位まで予想している。スポーツ記者の予想に格別の関心があるわけではないが、「どれどれ」とばかりに目を通してみた。朝食のトーストを齧りながら、ボールペン片手に少し遊んでみた。

1位に予想されたチームに5ポイント、以下、2位に4ポイント、3位に3ポイント、4位に2ポイント、5位に1ポイント(6位は0ポイント)を配分して、各リーグを予想した5人の記者の合計ポイントを足してみたのである。結果は次のようになった。

【セ・リーグ】 巨人21ポイント、中日19ポイント、阪神17ポイント、ヤクルト13ポイント、広島4ポイント、横浜1ポイント。昨年同様に、ペナントレースの予想は三強の様相を呈している。

【パ・リーグ】 楽天17ポイント、ソフトバンク16ポイント、日本ハム15ポイント、西武13ポイント、オリックス7ポイント、ロッテ7ポイント。拮抗した評価であるが、楽天予想に首を傾げ、昨年の日本シリーズの覇者の最下位予想にも少し驚いた。

ここ数年、ぼく自身の中でプロ野球離れが少しずつ起こっているので、各チームの新戦力もよく知らないし、球団勢力図もわからない。では、プロ野球の記者たちならよくわかっているのだろうか。そう思って、各記者の二行寸評を読んでみた。多分にセンチメンタル気質に突き動かされているコメントにがっかりした。優勝予想の根拠はほとんどなく、特定チームのファン心理に近い願いがあるのみだ。応援の一票を強引に正当化するために、後付けで寸評を書いたかのようである。


セ・リーグ予想を担当しているA記者は「層の厚い巨人が本命」と書いている。どの層が厚いのかよくわからないが、まあいいとしよう。問題はその次である。「開幕問題で経営者が下げたファンの支持を、選手がプレーで取り戻して」。これは巨人を優勝だと予想する根拠にまったくなっていない。まるで巨人ファンの願いそのものではないか。このA記者は2位に阪神を挙げているが、巨人ファンなのだろう。「選手がプレーで取り戻して」などという応援メッセージは、ファンでなければ絶対に書けない。

同じくセ・リーグ担当のT記者も「ヤクルトがダークホース。元気が出る好ゲームを期待します」と書いている。「期待など書くな、予想を書け」と言いたい。

いや、この二人のセ・リーグ担当記者の、予想よりも期待に傾いた程度はまだましだ。これに比べればパ・リーグの5人はひどいもので、戦力分析による予想をしていないのである。全員に占師か応援団員に転職するように勧告したい。

専門編集委員でもあるリーダー格らしきT記者: 「今年ばかりは楽天に頑張ってほしいので」。
別のT記者: 「がんばろう東北の合言葉のもと、楽天には躍進を期待したい」。
M記者: 「楽天には星野新監督効果と選手の発奮を期待します」。
O記者: 「楽天の意地にも期待したい」。
極めつけはW記者: 「予想ではなく、切望です。だって、プロ野球って夢を追うものでしょ。がんばろう! 日本」。

何たる「予想ぶり」だろうか。もう一度書くが、そのコラム中の一覧表には「プロ野球順位予想○○」というタイトルが付いているのである。「プロ野球順位希望× ×」なのではない。すなわち、パ・リーグ担当記者の全員が、順位予想という「指示=業務」を不履行しているのである。特にW記者など確信犯である。よくもぬけぬけと「予想ではなく、切望です。だって」と書けたものだ。だってもヘチマもない! 切望を書きたいのなら、本紙の読者欄に投稿すればいいのである。

こんなふうに指示に従わない連中がそこかしこに増えてきた。もしかすると、指示の意味がわからないため従えないのかもしれない。たとえばプロフィールの「趣味」という項目に、「趣味というわけではないですが……」と断りを書く連中がいる。そして、「少々演劇をやっています」と続ける。それを趣味と言うのだ。「氏名欄」には氏名を、住所欄には住所を、生年月日欄には誕生日を素直に書けばいいのである。

職業人であるならば、編集委員が記者たちに指示したであろう「プロ野球順位」の予想の根拠を記せばいいのである。仮にぼくが「たかがプロ野球」と見下げれば、記者たち全員が大声で「されどプロ野球!」と反論するに決まっている。それならば、読者のためにもう少しまっとうな分析と予想に励もうではないか。まあ、こんなことくらいで、購読を中止して他紙に乗り替えるつもりはないが……。

語句の断章(1) 五色絹布

神社の本殿でよく見かける。賽銭箱の上方に本坪鈴ほんつぼすずがあり、そこから鈴緒すずおが下がっている。鈴緒と一緒に、場合によっては鈴緒の代わりに、五色の布がぶら下がっていることがある。

あの布の名称を知りたくて調べたことがある。わからなかったので、実際に神社で一度尋ねてみた。「さあ?」と首を傾げられた。当事者なのに「さあ?」はないだろう。その一言を最後にそれっきりになっていた。

五色が陰陽五行から来ているのは想像できた。木-青、火-赤、土-黄、ごん-白、水-黒というように五行と五色が感覚対比される。この場合、五色は「ごしき」と呼ぶのが適切である。但し、ぼくがよく見るあの鈴から垂れている布に黒色はない。これら五色の上位に最高色としての紫を置いたため、そのしわ寄せで黒がなくなったらしい。黒を含まない五色は「ごしょく」が妥当だろう。なお、七夕の短冊も青、赤、黄、白、紫の五色を使うのが一般的とされる。

確信とまではいかないが、あの布、どうやら「(鈴緒の)五色布」と呼ばれているらしい。「らしい」というのも変だが、鈴と布を売っているメーカーはそのように呼んでいる。しかし、ぼくは自作の「五色絹布ごしょくけんぷ」が気に入っている。たとえ絹製でなくても、こちらのほうが高貴で雅ではないか。

利を捨て理を働かせる

喉元過ぎれば熱さを忘れると揶揄される国民性だ。立ち直りの見事さは、そこそこ反省が済めばケロリとしてしまう気質に通じることもある。凶悪犯が手記を書けば、あれだけ煮えくりかえっていた怒りや憎しみをすんなりと鞘に収め、節操もなくその手記を読んで涙する。そして、まさかまさかの「あいつもまんざらではない」という評価への軌道修正。最新の記憶が過去の記憶よりもつねに支配的なのである。楽観主義と油断主義が紙一重であること、寛容の精神が危機を招きかねないことをよくわきまえておきたい。

推理について書いてからまだ二十日ほどしか経っていない。現在遭遇している危機を見るにつけ、真相はどうなのか、いったいどの説を信じればいいのか、ひいてはしかるべき振る舞いはどうあるべきなのかについて、いま再び考えてみる。原発にまつわる事象を、現状分析、対策、権威、専門知識、情報、はては文明と人間、科学、生き方など、ありとあらゆることについて自問する機会にせねばならない。いま考えなければ、二度と真剣に考えることなどないだろう。

推理とは何かをわかりやすく説いている本があり、こう書いてある。

「理のあるところ、つまり真理を、いろいろの前提から推しはかること。(中略)推理の結果でてきた結論は、推しはかりの結果ですから、100パーセントの信頼性をもたないのです」(山下正男『論理的に考えること』)

前提を情報と考え、結論を真実と考えればいい。いったい事実はどうなっているのかと推理する時、ぼくたちは様々な情報を読み解こうとするのである。


一般的には、一つの情報よりも複数の情報から推しはかるほうが、あるいは主観的な情報よりも権威ある客観的な情報から推しはかるほうが、推理の信頼性は高くなると思われている。ぼくもずっとそう思っていた。多分に未熟だったせいもある。だが、現在は違う。毎度権威筋の証言を集めて推理するまでもなく、まずは自分自身の良識を働かせてみるべきだと思うようになった。極力利己を捨て無我の目線で推理してみれば、事態がよくなるか悪くなるか、安全か危険か、場合によってはどんな対策がありうるかなどが素人なりに判断できるのである。

原子力推進派であろうと反対派であろうと、原発がエアコンのように軽く扱えるものでないことを承知している。また、原発から黒煙が出ていたという事実を目撃した。さらに、つい先日まで放射能の汚染水が海へ流れ出ていたという情報を同じく認知している。放射能基準値の数倍が百倍になり千倍になった。何万倍と聞かされて驚き、数日後には電力スポークスマンが「億」とつぶやいた。「嘘でしょう?」と誰もが思っただろうが、たしかに瞬間そんな数値を記録したようである。やがて七百五十万倍だったかに訂正されたものの、数値が尋常ではないことは明らかだ。

利を捨てて見れば、上記の情報を前提にして好ましい結論を導けるはずはないのである。推理の結果、安全か危険かの二者択一ならば、「危険」と言うのが妥当だ。しかも、高分子ポリマーは権威的で信頼性が高そうに見えるが、おがくずと新聞紙のほうはやむにやまれぬ、自暴自棄の対策に見えてしまう。たとえ専門的に効果的な処理であるにしても、知り合いの銭湯のオヤジさんと同じ材料を使っていてはかなり危ういように思われる。

流言蜚語や噂などと権威筋のコメントが似たり寄ったりだと言う気はない。しかし、推理と伝播の構造にさしたる大差はないようにも思われる。しかるべき情報から信頼性の高い推理をおこなおうとする責任者なら、まず第一に利害や利己から離れてしかるべきである。もし専門家の意見に私利がからむとすれば、これはデマと同種と言わざるをえない。自然のことわりがもたらした惨事に対して、人類がを働かせて方策を打ち立てるべきだろう。

悲喜こもごも

阪神淡路大震災に見舞われた当時、大阪の郊外に住んでいた。まさかテポドンとは思わなかったが、その瞬間、ヘリコプターか小型セスナがマンションに墜落したと確信した。自宅から遠くない所に小さな飛行場があったからだ。収納のバランスが悪い本棚が一つ倒れた。食器棚は倒れこそしなかったが、食器類は散乱していた。しばらくしてからテレビをつけると、高速道路が破壊され、方々で火の手が上がっている神戸の街が映し出された。非力な一個人では呆然とするしかない惨状。あれは戦争だった。

神戸の大学に通っていたし、その後も足繁く訪れた街だ。壊滅状態の見慣れた光景が衝撃となって、身体じゅうが痙攣したかのようだった。とりあえずわが家にこれといった被害はない。しかし、震源地により近い大阪市内の事務所はどうだろうかと不安がよぎった。もちろん最寄駅からの電車はすべて止まっていたから、当時小学生だった二男がそろそろ廃車にしようとしていた自転車に乗って大阪市内へと走った。およそ12キロメートルだろうか。大した距離ではないが、あいにく子供用の自転車だ。初めて駆け抜ける道に戸惑う。ビルから落下した窓ガラスの破片が道すがら散乱していた。通勤客が歩いている群れをすり抜けて走るのに、かなり時間がかかった。

オフィスは中央区の天満橋にある。大阪城の大手門まで徒歩5分という立地。嘘か本当か知らないが、「大阪城の近くは岩盤が硬い」とよく聞いた。周辺から南方面は上町台地と呼ばれ、大阪府を南北に走る上町断層が走っている。この断層の活動スパンは数千年に一回と言われているので安心なようだが、実は比較的危険なクラスに色分けされている。そうそう、ビルのエレベーターは止まっていたが、オフィス内にはまったく異変がなかった。机の引き出しが少し空いていたのと、ドイツのお土産だった小さな人形が倒れていた程度だった。


オフィスから西側へ一駅、徒歩にすれば10分の場所に、大阪証券取引所で有名な北浜が位置している。このあたりはかつて砂州を陸地に開墾した場所なので、天満橋に比べれば地盤がゆるいと言われていた。案の定、知人の会社ではスチール製の保管庫などがすべて倒れていたと聞いて驚いたが、震度6はあったと思われるから、無理もない。むしろ、近接しているぼくのオフィスに被害がまったくなかったのが不思議なくらいであった。

悲惨な光景は記憶の中でおびただしい。印象的だったのは、長田の住宅地で、「お金が燃えてしまう!!」と叫んで自宅へ駆け寄ろうとする老女を止める別の老女のことばだった。彼女は言った、「お金みたいなもん、働いたら、またできる!」 生き地獄のさなか、こんなにたくましいことばは簡単に口に出るものではない。生き様とことばが一つになる、生命いのちの叫びのようであった。

この震災から半月経った頃、ぼくよりも一回り年上の紳士が突然オフィスにやって来た。知人である。学生時代から銀行の管理職になるまでエリート街道まっしぐらだったが、五十過ぎに子会社の部長として出向して以来、気の毒な立場にあった。その人が、厳寒の二月初めにコートを身に纏わずにやって来た。「コートなしですか?」と聞けば、「いえ、コートは着てきました。汚れているので……」と口ごもる。肩越しに廊下を見れば床にたたんで置いてあるではないか。「何をしているんですか!?」と少々語気を強め、拾い上げてハンガーにかけた。

その紳士は芦屋在住であった。早朝目覚めた直後に激震に遭い、洗面所にいた奥さまを案じてとっさに廊下を駆け抜けたという。二人で自宅の外に出てしばらくしたら、裸足であることに気づいた。ガラスの破片の上を走ったので足の裏は血まみれだった。「あのとき、動物になってたんですね。野性が蘇ったんですね。痛くも何ともありませんでした。おまけに、傷はみるみるうちに治りましたよ」と微笑まれた。切なかった。

うな重をご馳走することにした。この人は日本の頂点に君臨する大学の法学部を主席卒業している。知的で聡明で静かな紳士が雄弁に身の上を語り始め、やがて喉を詰まらせるように涙声になった。「岡野さん、私ね、鰻が好物なんです。こんな幸せにしてもらって……」と大粒の涙を流し始めた。ぼくの会社から見れば外注先にあたるのだが、「できるかぎり仕事を作ってお願いできるよう努力します」と約束して見送った。その後、退職されてからは仕事の縁はなくなった。経理学校で講師をしていますとの年賀状をもらってはいたが、再会の機会はついになかった。数年前に訃報が届いた。亡くなってから半年後のことである。

大きな災害があるたびに、きまって長田の老女と芦屋の紳士を思い出す。悲哀の象徴ではあるが、生きる歓びのよすがとしている。

記憶の掃除と棚卸し

誰もが記憶の倉庫を所有している。それを掃除したり棚卸ししたりすれば、アタマの働きが回復できると思われる。ディスクのクリーンアップやデフラグみたいなものである。気分転換程度の掃除や棚卸しでいいから一ヵ月に一回程度お薦めする。少なくとも効能の概念的根拠は、『論語』に出てくる〈温故知新〉としておこう。先人の学問や昔の事柄を学び直して再考してみれば、新たな発想や今日的な意義が見い出せることを教えている。原典では「そうすれば、師にふさわしい人物になれるだろう」と続く。

温故を「ふるきをたずねて」と読み下すが、温にはもちろん「あたためる」という意味が潜んでいる。また、故は自分の記憶であってもよい。つまり、自分のアタマを時々チェックしてみれば、そこに「おやっ」と思える記憶が見つかって、気分一新して気づかなかった知が甦ってくるかもしれないのである。現在の小さな断片をきっかけにして過去につながっているシナプス回路を遡ってみると、脳が歓喜し始めるのがわかる。


一昨日『アートによる知への誘い』というタイトルで文章を書いた。その後、「誘い」という一語がするするっと5年前に吸い込まれていった。まるで不思議の国のアリスが穴に落ちていった時のように。当時、ユーモア論について研究していて、笑いのツボを語りに内蔵させるコツについて話したりしていた。講演は『愉快コンセプトへの誘い』だった。ここでの「誘い」は当然「いざない」と読む。みんなそう読むだろうと思っていたから、ルビなど振らずに、講演タイトルと簡単なレジュメを主催者に送った。

講演当日、会場に着いてしばらくしてから、タイトルに何か違和感を覚えた。ぼくが持参した手元にあるレジュメの表紙とどこか違っている。目をパチクリさせてもう一度バナーの演目を見た。そこには『愉快コンセプトへのお誘い』とあった。「いざない」が「おさそい」に変更されていたのである。次第はこうだ。レジュメを受け取った担当者は、誘いを「さそい」と読んだ。これを少し横柄だと感じた。この感覚は正しい。そこで思案した挙句、丁寧な表現にするべく「お」を付けて「お誘い」とし、本人は「おさそい」と読んだのである。たまたま「愉快コンセプト」とケンカしなかったのが何より。これが『交渉術へのお誘い』になっていたら、たぶん合わなかった。それどころか、お茶会気分になっていたはずである。


「誘い」ということばからもう一つ別の情報が記憶庫で見つかった。土曜日に鑑賞してきたクレーが発端になって、これまた5年ほど前だと思うが、別の展覧会を思い出した。通りがかりにその展覧会開催を知り、強く「いざなわれ、さそわれた」。この時に『クレー ART BOX  線と色彩』(日本パウル・クレー協会編)という小さな画集を買った。クレーは好きな画家の五指に入る。たしか安野光雅はクレーを「色の魔術師」と称した。ところが、ぼくはクレーの作品の大半を凡作だと思っている。ほんとうに気に入っている絵は全作品の数パーセントにすぎない。しかし、それでいいのである。極端に言えば、芸術家は「たまらない一作」を完成させてくれれば、あとはどうでもいい。そして、その一作だけでこよなく愛せるのである。


Fabio Concato.jpgどういうわけか、クレーの記憶の隣にファビオ・コンカート(Fabio Concato)がいる。これは記憶の構造だけに留まらず、現実もそんな構造になっている。リビングルームの一カ所にクレーのポストカードを6枚飾ってあり、そこからほんの数十センチメートルのところにCD600枚ほど収納できる棚がある。そこに10年前にミラノで買ったコンカートのCDがある。あるはずだった。しかし、ここしばらく聴いていない。見つからなかったからである。一枚一枚何度探しても見つからなかった。

それが昨日見つかった。まったく予期しなかった場所で。別個に仕分けしていた数十枚のCD群の中で見つかった。腹ペコ少年のようにバラードを聴いた。メロディーが記憶に響く。音楽は記憶庫の棚卸しに絶好である。おびただしいイメージを背負っているからだろう。バラード系のカンツォーネに興味があるなら、YouTubeでコンカートが聴ける。このジャケットの一枚しか持っていないが、この一枚で十分堪能している。

アートによる知への誘い

ピカソやモーツァルトだけにアートを感じてすまし顔していては鈍感である。アートはそこらじゅうに潜んでいる。たとえば、テレビで『世界街歩き――シエナ』を見ていて、街の城壁に、坂のある広場に、コントラーダ(地区)のいもむしの図柄に五感が反応した。その街の詳細が記憶の中で蘇ったのは、まったく無知ではなく、二度訪れたことがあるからだ。海外に出掛けるというのは〈ハレ〉の行動だから、経験は強く記憶され懐かしくも機敏に再生される。

いま、芸術ではなくアートと呼んでいるのは、術の外へと目を見開き、ハレのみならず〈ケ〉にも敏感になりたい気分だからである。たしかに、アートへの覚醒は、術とは無縁の日常茶飯事でもつねに起こる。感覚を研ぎ澄まして日常を暮らしていたら、朝の空気に、青空の雲に、民家の壁の汚れた模様に感応することがある。パスタの旬の具材、菜の花にさえアートへのアンテナがプルプルと反応する。

物語を追いすぎると表現やアートが見えず、表現やアートを追うと物語を見失ってしまったりすることがある。ぼくの場合、たとえば映画などがその典型になる。映画観賞は小説を読むほどのキャリアを積んでこなかったので、統合的に愉しむ器用さを持ち合わせていない。しかし、物語を必死に追っていても、アートが一緒に伴走してくれる映画もある。『ニューシネマパラダイス』がそうだったし、最近観た作品では『英国王のスピーチ』がそうだった。


ロゴスとパトス、あるいは理性と感性を対立や背反の概念としてとらえる習性が世間にまだ根強い。だいぶ見方が偏っているし、ステレオタイプでもある。もう口はばったいことは言わないようにしているが、人はロゴス派やパトス派のいずれかの単色だけに染まるほど単純にできてはいないのである。「私は感性人間です」という知人が少なくないが、そもそも人類にそんなカテゴリーなどない。知情意それぞれの成分配合は異なるだろうが、誰もが理性的でもあり感性的でもあり、あと一つ付け足せば、良識的でもあるのだ。

かつては本を読んだり話を聞いたりして刺激を受け、アートに入っていった。ぼくの場合、ベートーベンの伝記を読んでクラシック音楽へ、抽象画の話を聞かされてミロやカンディンスキーへ、古代史を読んで明日香散策へという具合に。ファーブルを読んでから昆虫好きになるのも同じだろう。だいたい学校はそんなふうに知識を手ほどきしてくれているのである。ところが、今では逆である。たまたま美術館に行ったり小さな旅に出掛けたりして、それがきっかけになって好奇心から本を読むことが多い。

本を読んだからといってアートに赴くとはかぎらない。怠け者がそんなふうになるはずがない。しかし、アートに触れ合ってから本を読むのはさほどむずかしくない。こちらのほうが流れがスムーズである。この半月で『大英博物館古代ギリシャ展』『法然――生涯と美術』『パウル・クレー――おわらないアトリエ』を観てきた。またしてもギリシア文明やギリシア神話の本を本棚から取り出したし、お気に入りのクレーの画集をめくったりしている。本棚に『選択せんちゃく本願念仏集』はあるが、読んでおらず、法然についてはほとんど知らない。この機会に少し勉強しようと思う。「思い立ったが吉日」とよく言うが、先に動いて鑑賞して感じ入ってきているから、このことばには誘導力がある。

学校の国語、実社会の国語

いきなりだが、次の二つの段落にお付き合い願いたい。「次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい」という国語の問題ではないのでご安心を。

英語には、「自然」という言葉がある。ネイチュア nature がそれである。このネイチュアにあたる言葉は、日本語では「自然」という他、何も言いようがない。中国語やヨーロッパ語から借り入れたものではない、もともとの日本語をヤマト言葉と呼べば、ヤマト言葉に「自然」を求めても、それは見当たらない。何故、ヤマト言葉に「自然」が発見できないのか。

それは、古代の日本人が、「自然」を人間に対立する一つの物として、対象として捉えていなかったからであろうと思う。自分に対立する一つの物として、意識のうちに確立していなかった「自然」が、一つの名前を持たずに終わったのは当然ではなかろうか。「申す」と「言う」の観念の区別がない所では、その言葉の区別がない。「自然」が一つの対象として確立されなければ、そこにはその名前がない。

上記は大野晋『日本語の年輪』からの引用である。これらの段落の後に続く6つの段落までをテストとして出題したのが、今年の大阪府立高校の国語の入試問題だった。出題文全体を眺めて、「ほほう、中学三年生がこれを読解させられるとは、学校の国語、まずまずレベルを高く設定しているものだ」と感心した。但し、ぼくたちから見れば――表現やスタイルの好みを別とすれば――上記の大野晋の文章は論理的で明快な「標準的日本語」という見立てでなければならない。つまり、中学生なら少々苦労はしても、「標準的社会人」ならさらりと読み込んで当然のテーマと文章である。


ところで、ぼくの研修テキストも大野晋の難易度で書いているつもりなのだが、よく「難しい」と指摘される。高校入試級の国語を難解だと感じるようなら、ちょっと困った話である。ぼくの文章から寸法を測ると、少なからぬ現役の社会人たちが、大野晋の文章を難しいと感じ、取り上げられているテーマになじめなくなっていると推論できそうだ。高校か大学を離れてから「実用的な国語」に親しみすぎたせいか、安直なハウツー本ばかり読んだせいなのかは知らないが、かつて十代半ばのときに試験問題として出題された文章にアレルギー反応を見せる。興味のないテーマを疎ましい難解文として遠ざけ、「もっとやさしく、たとえば小学生新聞の記事のように書いてくれたら読んでもいい」と言いかねない。

ぼくらの大学受験時代、試験問題の花形は小林秀雄や丸山真男だった記憶がある。難しかった。何度読んでもわからなかった。設問に答えられずに半泣きになっていた。十年後に読んでも相変わらずわかりにくかった。この間、文章・テーマともに手ほどき系の本を多読していたから、国語の成長がなかったのだと思う。こんな反省から、二十年前、仕事に直結するだけの実用書を読むのをやめて、アタマを悩ませる書物や骨のある古典に転向する決心をした。するとどうだろう、しばらくすると、小林秀雄がふつうに読めるようになった。

かつて読めなかった文章が読めるというのは、実は当たり前の進化にほかならない。古語辞典片手に謎を解くように取り組んだ古典文学も、その後に学習を積み重ねたわけではないのに、辞典がなくても七、八割がた読めるようになっている。「知の年季」が入った分、ご褒美として推量も働くし文脈に分け入ることもできるようになっている。思考受容器の大きさと文章読解力はおおむね比例する。

実社会の国語にわかりやすさだけを求めるのをやめるべきである。中学生や高校生の時に格闘したはずの難文への挑戦意欲を思い出してみるべきだ。骨抜きされたわかりやすさにうんざりしようではないか。アタマを抱えもせず知的興奮もないような文章ばかりで脳を軟化させてはいけないのである。〈学校の国語>実社会の国語〉という構図は、コミュニケーションにとっても思考力にとってもきわめて危うい状況である。耳をつんざくほど警鐘を鳴らしておいてよい。

最高と最低の話

えー、毎度ばかばかしいお話でございますが、今日もいつもの連中の談義を一つ。いやー、談義なんてほどのもんじゃありません。ていやんとコーちゃんと流行はやらない居酒屋の主人がぐだぐだ言う、ただの与太話です。


主人     いつものやつ、やらないの?

ていやん    やれと言われりゃ やってもいいわー。

コーちゃん   なんだそれ、どっかで聞いたことのある演歌だな。

主人    ていやんから行きますか?

ていやん      はいはい、では……。FAで巨人に行くアニキ金本!

主人    わあー、そりゃ最低だわ!

コーちゃん   安いトレードマネーでダルビッシュを獲得する阪神!

ていやん      それ、めっちゃ最高やん! ついでに斎藤もつけといたれ。

主人    二人とも、ただの阪神ファンじゃないの。

ていやん   東京から新幹線を乗り継いで鹿児島まで視察に行く国会議員!

主人    最低だね! この時期、特に最低! でも、実際にいそうだな。

コーちゃん   国会議事堂と議員宿舎を避難所に!

ていやん   その通り! それ最高! ええこと言うなあ。

コーちゃん  大将も一つ、最高のやってよ。

主人      いきなりですねぇ……ええっと。はい、京都で花見!

ていやん  あかん、それふつうや。感動ないわ。

コーちゃん  大将ね、ていやんはそんなので、はしゃがないよ。ていやん好みは……喫茶店でモーニングを頼んだら、厚切りトーストにゆで卵2個!

ていやん  ツボ知ってるなあ。そんなんあったら、最高に決まってるがな。ほな最低をもう一つ。喫茶店の優待券持っていったら、コーヒー代が倍になった。

主人     最低に決まってるじゃないですか!


主人      いつも思うけどね、最高と最低という具合にやれば案外あるもんですね。逆に、オレの言った京都で花見のような、ふつうのほうがあまりないんじゃないの?

コーちゃん   そんなのいくらでもあるさ。阪神に来ないダルビッシュ。これふつう。

主人      さっきの裏返しただけ。

ていやん     薄切りトーストにゆで卵1個のモーニング。

主人     それも同じ! ほら、二人ともふつうに苦戦してるじゃないっすか。ふつうがなかなか見つからない時代なんだなあ。

コーちゃん     ちょっと作戦タイム。

ていやん    ふつうなんか、なんぼでもあるで。朝起きてメシ食べる。蛇口から水出る。それで顔洗う。電車に乗って会社に行く。もよおしてきたからトイレに行く。昼は安いうどんを食べに出る。機嫌の悪い上司に怒られる。怒られるけど、こましな仕事したら褒められる。夕方になって、「一杯行こか?」と聞かれて、「いや、今日はやめとくわ。明日の朝は早いねん。子どもとな、山登りに行くねん」て言う。山に行って、おいしい空気を吸う。歩いたら汗が出る。野鳥が鳴いてる。それから……

主人     わかりました。ふつうがいいなあ。ある種感動的。

コーちゃん  ふつうはいくらでもあるけどさ、オレたち、気づいてないよな。

ていやん    よっしゃ、終わろか。食い逃げという最低もせえへんけど、チップという最高もないで。大将、ふつうのお勘定して。

主人    はいよ。それで、コーちゃんは週末どうするの?

コーちゃん    そりゃ、京都で花見でしょ。

“Don’t give up”と「がんばれ」

日本人は何かにつけて「ネバーギブアップ」と言う傾向がある。和製英語ではなく、れっきとした英語(“Never give up!”)だから問題はない。しかし、もう一つ、“Don’t give up!” という表現があるのをご存知だろう。313日付の英国紙 The Independent ではこちらのほうを使っていた。

 “Don’t give up!” ではなく、なぜもっと強そうな語感をもつ “Never give up!” のほうを使わないのかと疑問を呈した知人がいた。この記事の英語を見て、同じような違和感を覚えた人は少なくないかもしれない。

The Independent.jpgこれがその記事である。日本に対しても東北に対しても「ドントギブアップ!」と呼びかけている。これを「がんばれ」と訳したのか、「がんばれ」という日本語を「ドントギブアップ!」に訳したのかはわからない。「がんばれ」についてコメントしたいことがあるが、その前に英語のニュアンスの勉強を少々。

「ドントギブアップ」と「ネバーギブアップ」の違いについて、マーク・ピーターセン著『心にとどく英語』の「英語の時間感覚」という項目の箇所に興味深い記述があるので、少し長いが引用しておこう。

とある日、東京でテニスの試合を観ていたとき、相手の速いサーブに圧倒されていて勝負をあきらめてしまいそうな外国人の選手を励ます掛け声として “Never give up!” というのを聞いて奇妙に感じたことがある。当然、いま頑張っているこの試合を「あきらめちゃいかん! がんばれ!」という励ましのつもりだとは分かったのだが、それなら、英語では “Never give up!” ではなく、“Don’t give up!” と言うのが普通である。“Never give up!” “Never” (=not ever)は、この力強い励ましを一般論にしてしまう。「人生は、やることを最後まであきらめずにやるものだ」と、試合中に言われても、選手の方も困るだろう。

いうまでもなく、never は、「いつであろうと~でない」という意味を表わす時間的表現である。“Never” をここで使ったのは、おそらく強調、つまり「絶対に」といったくらいのつもりだったのだろうが、このごく些細な例は、「時」に対する柔軟性に富む日本語と、「時」に対して神経質な英語とのすれ違いを象徴的に現しているように思えるのである。


“Never” にすると普遍的な教えになってしまうというニュアンスがわかるだろうか。「人生、何があろうとも、未来永劫、あきらめてはいけない」という教訓を、いまこの事態の最中で垂れるのは場違いなのである。直近の苦難を受けてのメッセージ、たとえば「おぞましいほど大変なことがあったけれど、あきらめないで! 応援しているから」という気持ちを速やかに伝えるには、“Don’t” のほうがふさわしい。

ところで、ぼくには「がんばれアレルギー」がある。つい先日も書いたのだが、ことばを失うほど深刻な状態にいる人々に「がんばれ!」などとは言えないのである。幼い子どもがフーフー言いながら階段を上がろうとするとき、「もうちょっとだ! ほら、がんばれ!」などと励ます。しかし、政治家の「がんばろう!」はしっくりこないし、周囲で叫ばれる「明日からがんばります」の声も醒めて聞いている。なぜだろうかと考えたら、「がんばる」と誓う人ほどあまり頑張ってくれず、また他人に「がんばれ」と声を掛けているわりには本人が頑張っていないことがわかった。要するに、「がんばる・がんばれ」があまりにも空虚なスローガンに終わっているのを見過ぎてきたのだ。

少なくとも、英語の “Don’t give up!” はそのまま「あきらめないで」でいいと思う。口癖のように、社交辞令のように、安易に「がんばれ!」と言う舌を慎みたい。では、ぼくがアレルギーになっている「がんばれ」に代えてどんな表現がいいだろうか。残念ながら、オールマイティな適語が思い浮かばない。ただ、「がんばれ」よりも実体がよく見える、志向的なことばを適時適所で使いたいと思っている。