良識欠乏症にうんざり

塾生のブログに大いに共感したので、「便乗」して書いてみたい。便乗ということばに過剰反応されては困る。このことばにはもともと是も非もない。中庸的な「相乗り」のことである。「街まで行かれるのなら、乗せていってもらえればありがたい」というふうな、ヒッチハイク感覚のことばだ。後で書くが、便乗商法としてセットで使われることが多くなり、便乗単独だけでも悪徳イメージの烙印を押されてしまうようになった。冤罪である。

さて、ブログで特に共感したのは、「『こういう言い方はふさわしくないかもしれないが』などという前置きは、それだけで発言者の意識を疑ったほうがいいように思う」というくだりだ。この種の前置きは、衝撃吸収のためのクッションで使われると言われているが、使い手が必ずしもそんな配慮をしているとは思えない。なぜなら、直後には、前置きと大きな落差のある「衝撃的ホンネ」が吐き出されるからだ。よく耳にするのが、「それはそれでいいのですが……」や「別にダメだと言うわけではないけれど……」や「反論するつもりはまったくないですが……」などの類である。

「それはそれでいいのですが……」は「それはよくない、もっといいのがある」であり、「別にダメだと言うわけではないけれど……」は「ずばりダメだ」であり、「反論するつもりはまったくないですが……」は「反論するぞ」と同義なのだろう。相手を害してはいけないとおもんぱって前置きするのはむしろ少数派である。ほとんどの場合、確信的に反意と挑発の地雷が仕掛けられている。手に取るように狡猾な手の内がわかるから、ぼくは逆撫でされたように「前置きごっこはやめましょう」と機先を制する。


対話と議論のセンスの無さにうんざりする。もっと言えば、なんとまあ良識の本質を知らないのかと失望する。「〈良識(bon sensボン・サンス)〉はこの世でもっとも公平に分け与えられているものである」とデカルトは言った(『方法序説』)。この際デカルト哲学への賛否を棚に上げて、ひとまずこのことばの重みを受け止めてみるべきではないか。人々を安心、安全、安寧へと導くべき地位に就いているリーダーたちは、なぜ良識を失ってしまったのか。驕りと保身と我執がしゅうと引き換えたためである。天与の良識ならば、一度失ってしまうと再び取り戻すのはむずかしい。

冒頭の便乗に話を戻す。便乗は、転じて「機会に乗じて利己的に振る舞うこと」を意味するようになった。しかし、便乗商法のすべてを裁くならば、もう経済発展や市場戦略などを口にしてはなるまい。なぜなら、話題になった商品を他社が真似たり、人気タレントにあやかって町おこしやイベントを開催するのが商売の常だからである。商売の大半はニーズやトレンドに便乗することによって成り立っている。たとえば、すべての携帯電話やスマートフォンは一号機に便乗したのである。小さな文房具店の老夫婦が、雨が急に降り出したのを見て店先に傘を並べるのをけしからんと言いうるか。

大震災の悲劇に乗って我が田のみに水を引くことや、地デジを利用してインチキ商品を売ることを「悪徳便乗商法」と呼ぶのである。被災地の人々に届かぬほど商品を大量に買い占めて高値で売るのが悪徳だ。この連中は金のために良識を売る。他方、一個でいいはずのラーメンをつい二個買ってしまうのは、不安に苛まれるからであって、悪意ゆえではない。この結果品切れが生じることを知れば、ぼくたちは普段通りに一個で済ませる良識を持ち合わせているはずだ。

いま襟を正して良識に大いなる発露を与えなければ、うんざりを通り過ぎて絶望に到る。そうならないように、ぼくたち大勢は良識を働かせるべく振る舞うようになっている。但し、楽観はできない。間に合わせにこしらえた良識の仮面を被る人間も少なくない。そして、彼らの素顔を見破るのは容易ではないのである。

旬感覚で生きる

好物のホタルイカがしゅんである。旬はしばらく続くが、この時期が一番旬なのかもしれない。北陸へ行く機会があれば食い逃さずに帰ってくる。ふつうは酢味噌で食べるが、ご当地へ行けば刺身がいい。昨年はしこたま刺身をいただいた。珍味として少々口に運んでは酒を呑むのがいいのだろうが、腹を空かした少年のように、人目を無視して卑しく頬張った。残念ながら、今年は旬の季節に訪れるチャンスはなさそうだ。

魚介や野菜や果物などがおいしくなる季節、あるいは市場によく出回る時期のことを〈旬〉という。大都市に住んでいると便利なスーパーが年がら年中何でも提供している。いや、これは大都市だけの現実ではなく、日本全国津々浦々の傾向と言ってもさしつかえない。それほど季節感が途絶えつつある現在だ。それでも、四季の風合いに恵まれたこの国では、ちゃんと生態系が機能していて、「今しかない恵み」を授けてくれる。

食材の頃合いを示す旬ということばは、転じて、物事をおこなうのに最も適した時期を意味するようになった。それは、「絶妙のタイミング」のことである。少々早いのは許せるとしても、一分一秒でも遅くなると「旬が外れる」と言わざるをえない状況や場面がある。自然の旬は来年もやってくるだろうが、仕事や人事に関する旬というものは取り戻すことはできない。いまこの瞬間を逃してしまっては二度と巡ってこないのである。


わずか数十秒遅刻しただけなのに、新大阪駅発の予約していた新幹線のぞみに間に合わなかったとしよう。これは、東京駅到着時点で半時間近い遅れになる。そこから乗り換えで、たとえば那須方面へ乗り継ぐとしよう。本数が東海道新幹線よりも減るから、現地到着時点では1時間から2時間遅れるはずである。たった12時間と甘く見てはいけない。ぼくのように講演活動をする者にとっては致命傷になる。飛行機を使わねばならない離発着の少ない地域だと、半日、いや一日遅れになることだってあるのだ。

仕事上の旬に甘い人間が少なからずいる。彼らのほとんどが、期限への目測がいい加減だ。彼らにはふつうの感覚の一週間先が一ヵ月先に見えている。明日が一週間先に見えている。「あと数時間しかない」という良識的感覚を持ち合わせず、「まだたっぷり数時間もあるさ」と鈍感に構える。そして、だいたいにおいて、仕事の旬をわきまえない連中は、食の旬にもめっぽうくらいのである。

五大にみな響きあり、十界に言語を具す、六じんことごとく文字なり、法身ほっしんはこれ実相なり。

空海のことばである。旬と関係があるのかといぶかってしまいそうだが、実は、五大(地、水、火、風、空)のすべてに響きがあって、響きは生命のすべてに現れ文字やことばにもリズムがあることを語っている。上旬、中旬、下旬という区切りで言えば、一年は10日単位で36の旬から成り立っている。そう、旬とはリズムのことなのである。宇宙や世界は大きすぎるとしても、社会や人間関係や生活・仕事の調和的なリズムが、旬への感度を鋭敏に保ってくれている。旬感覚の喪失は、生活オンチ・仕事オンチ、ひいては良識オンチを招くことになる。旬を侮ってはいけない。

推理にともなう責任

ローマ法に由来して生まれた格言に「立証の責任は、否認する者にではなく、主張する者にかかる」というのがある。ディベートでも、最初に主張する命題を肯定する者が立証責任を負うことになっている。もし証明が十分でなければ、「不確実または明白でないものは存在しない」という取り決めによって却下される。要するに、否認されるまでもなく、証明不十分の時点で責任を果たしていないのである。他方、否認する者はなぜ否定するのかと証明する必要はない。

ディベートの肯定側への点数がからいとよく指摘される。ぼくからすると、そう指摘するあなたがたが甘すぎる、ということになる。立証する側が仕事をしていなければ、極端なことを言うと、否認する側は何もしなくていいのである。自滅している相手に追い討ちをかけることはない。このことは稟議書や企画の提案書を出すことにも通じる。稟議も企画も未来の推理シナリオである。その推理に一点でも曇りがあれば、認証することはできない。少なくとも、提示され承認を求められる意思決定者にとっては、自身が設定している基準をクリアしてもらわねばならない。

論理学における〈推論〉――あるいは〈演繹的導出〉――では、「ある前提をもとにして結論が明るみに推し出されること」をいう。前提の真偽や結論の真偽はさておき、前提から結論を導く「推論という道筋」の信頼性を保証するのが論理の仕事である。これに対して、〈推理〉とは推測であり予測である。いろいろな前提――データや兆候や情報と呼ばれる諸々の与件――から真理を推し量ることだ。推理していることの信頼性は定かではないのである。


「うまくいきますか?」と聞かれて、「わかりません」とぼくは答える。但し、それでは無責任なので、「うまくいくようにシミュレーションしてはいます」と付け加える。マーケティングや販売促進でアイデアを提案するときのぼくの基本スタンスである。推論としてはロジカルに組み立て説明もできる。しかし、このアイデアが成功へと導かれるかどうかは推理の域を出ない。だから、ぼくは正直に言う。極論家だが、案外謙虚なパーソナリティでもあるのだ。

もう一年半になるが、『想定が現実を待っている・・・』というブログを書いた。今回も、マグニチュード9の大地震に対して、専門家は「想定している三陸沖地震」ではないとぬけぬけと言った。想定イコール真理であって、今回の地震は真理ではないと聞こえてくるようではないか。その3日後の静岡県東部の地震に対しても、「想定されている東海地震とは関係ない」と気象庁は言った。ぼくたちが必要とするのは専門家の想定ではない。専門家の来るべき直近の天災予知である。そこに推理を働かせてほしい。そして、推理をするかぎり、その推理がことわりを外したり予見できていない時は、素直に説明責任を果たすべきなのだ。

未来に関わる推理は、拠り所とする前提次第だ。そして、前提をどんなに読み込もうが組み合わせようが、そこから推し量れることが真理とはかぎらないのである。参考にはなるし啓発的でもあるが、彼らは真理を語っているのではない。市場動向も景気動向も、はたまた将来のIT技術動向も、語り手がたとえプロフェッショナルであっても、当てにはならないということを再認識しておこう。本物のプロフェッショナルなら、推理に見合った責任を必ず果たすはずである。

強がらない方法

失調に至るような自覚はなかったが、自律神経がやわな時期があった。もう15年も前のこと。欝や自律神経失調、あるいはストレスなどをあまり気にしない性分なので、これらを想定して現在の症状がどれに当てはまるのかを考えることはない。むしろ、今の自分がどんな状態にあるのかを直視して、疲労感があれば仕事を軽減し脳が働いていないようなら休息しようと思う。即刻そうするのがよく、手立てを先延ばししていいことなどめったにない。

但し、当時は一時的に尋常ではなかった。自律神経が軟弱で十分に機能していないと感じてからは、深刻な病気にかかっているのではないかと案じるようになった。こうなるとセンサーが外部世界に対して働かなくなる。感知不全のまま、意識はいつも自分へ、自分の身体へと向く。観念が固定化し、融通がきかなくなり、おまけに他人のことなどどうでもよくなってくる。誰かの励ましも皮肉っぽく聞こえてくる。やる気というものが滑稽に思え、ただただバーチャルな心へと己を封じ込めていく。

やや誇張して表現しているが、上記の話はおおむね真実である。このような自覚症状は、男女を問わず、早ければ四十歳前後、平均すると五十歳前後にやってくると聞いた。複数の自称「専門家」たちがそう言っていた。景気予測から地震予知、はたまた心理カウンセリングの分析に到るまで当たらないのが相場だから、病状の診断に関しても話半分で扱っておくべきか。


知人には三十代半ばから五十代半ばの働き盛りの経営者が大勢いる。ぼくが一時的に不安に陥った「自律神経失調気味の症候群」に苛まれている者もいるに違いない。しかし、外向きには虚勢を張る。「頑張ります」と自らを鼓舞し、「頑張ろう」と他者を励ます。経営もうまく行っているわけではないのに、各種会合は当然のこととして、どうでもいい飲み会にも顔を出して明るく振る舞い強がってみせる。この対社会的生き様と一人になって悩む姿の落差はとてつもなく大きい。やがて落差は実と虚を混同させ、神経を傷めていく。

別に脅しているつもりはない。ぼくは精神分析医でもなければ安定剤を売っているわけでもないから、「りんごを齧ると歯茎から血が出ませんか?」などと古いコマーシャルのような脅し文句を突きつける必要はない。ただ一言。明けても暮れても強がってはいけないと言いたいのである。疲れているなら、悩んでいるなら、黙っていないでそう言えばいいのである。どこかの誰かが「あいつは意気地なしだ、弱音を吐いている」などとケチをつけようと、知らん顔すればいい。そいつが励ましてくれても、ちっともよくならないのである。

「ピンチはチャンス」という経営者の好きな座右の銘にも痩せ我慢を垣間見る。「ピンチはピンチ」であって、それ以外の何物でもないではないか。経済不安に際してピンチはチャンスと自他ともに励ますのであれば、たとえば震災被害者の所へ行って同じことばでエールを送れるか。案に反して、空威張りのように強がる人間は周囲に迷惑をかける。できなければ「できない」と言えばいい。わからなければ「わからない」と言えばいい。心身ともに疲れ果てたら、「困った、助けてくれ」と素直に弱音を吐けばいい。そんな正直なコミュニケーションを起点としてぼくたちは手を差し伸べ合い、処方を一工夫して協働するようになる。強がることと勇気は別のものなのである。

ちっぽけなことでくよくよと落ち込んでいたら、「頑張れ、希望がある」でいいだろう。だが、頑張らなくていい、いや頑張ってはいけない状況というものが厳然とした事実としてある。絶望のどん底にあるときに不可欠なのは方策であり解決手段なのである。「小さな悩みには精神的な励ましを、大きな絶望には具体的な方法を」――これを忘れてはならない。

いつもルネサンス

軽薄は論外だが、ざっくばらんな会話を慎まねばならない雰囲気がそこかしこにある。めったに神妙にならない彼や彼女にとってはいい機会になっている。つねにふざけるのもつねに生真面目であるのも窮屈だ。ぼくたちは笑ったり泣いたりし、はしゃいだりがっかりする。喜怒哀楽とはとてもよくできた熟語である。

悩める「彼」に今朝一番にメールを送った。「自然に突き放され見捨てられ、呆然とするしかない災害の地。復興不可能と思われるこの状況から、人々は自浄し始め、やがて自立する。過去の歴史で、それができなかった時代は一度もない。人間は立ち上がれるようになっている」という書き出し。このあと数十行書いて送信をクリックした。「どんな状況にあっても人はまだまだ救われている」というぼくの信念を届けた。

ふと古代遺跡ポンペイを思い出す。都市構造、政治形態、生活様式などどれを取っても、近代の街とほとんど変わらぬ先進都市だったイタリア南部のポンペイ。紀元6225日、激しい地震が襲った。一般にはこの地震と同時にポンペイが埋もれたと思われているが、そうではない。ポンペイは大打撃を受けたが、着実に再生・復興に尽力していた。ポンペイが消失するのはこの17年後、紀元79824日である。ヴェスヴィオ火山が火柱を吹き上げ、火砕流がまたたく間に街ごと舐め尽くした。千数百年間、ポンペイは後世に知られざる存在となった。9年前のちょうど今頃、ぼくはポンペイの遺跡に佇んでデジャヴのように郷愁を覚えた。


千数百年も経ってしまえば、もはや再建に未練などない。あの遺跡はタイムカプセルから取り出された二千年前の街の姿そのものである。文明の度合いはさておき、人々の文化的生活は古今東西ほとんど変わっていない。いや、むしろ自然との調和的暮らしぶりということになれば、現代人は古代人に大いに学ぶべきだろう。巨大都市を構築するのが文明的進化である。環境にとって人類にとって、その収支決算をしてみるべきではないか。

とても幼稚で単純だが、文明と文化にはぼくなりに意味区分をつけている。前者は公的で土建的、自然利用である。人類と自然の闘いでもある。後者は私的で土壌的で自然共生的である。文明的であるとは超大なまでに発展的に生きることであり、文化的であるとはゆっくりと持続可能的に生きることである。繁栄の上に胡座をかくと人は文明的に生きようとする。時々文化的生活を思い出すのがいい。車に乗らずに歩く――ただこれだけでいい。

〈ルネサンス〉とは過去の単純な再現ではない。物的な意味合いよりも精神性・文化性が強いこのことばは、すぐれたものの進化的な刷新をも意味している。古代ギリシア・ローマの芸術と文芸の精神を引き継ぎながら、その単純再現だけにとどまらず、創生へと向かったのが本家ルネサンスだった。今日は昨日の、そして過去のルネサンスの日である。明日は今日までのルネサンス。日々ルネサンス。こう思うだけで毎日ワクワクする。こんな調子だから、青二才と揶揄されるのも納得がいく。

自然の摂理に思うこと

世の中の事件や動きに同期して書くことはあまりないけれども、今回ばかりは無言で居続けるわけにはいかない。

311日午後246分、大阪のオフィス。座っている椅子が誰かにゆっくりと揺さぶられるように動いた。次いでビルそのものが横に揺れ始めた。立ち上がって別室へ行く。立っているだけで、脳が眩暈めまいの症状を訴え始めている。大阪にいても感じるその後の余震は数回。ぼくは少々の揺れにも過敏な体質なので、日曜日の今も目の奥が重く、船酔いしたような感覚が残っている。

しばらくしてからテレビをつけると、大津波が大小の船をまるでプラモデルを扱うように岸壁に放り上げていた。怒涛の海水が街を襲っている。その凄まじさをしのぐような猛スピードで今度は水が引いていく。おぞましい、戦慄すべき光景。偶然だが、『方丈記』を再読しようと思って一週間前にダンボールから出したところだった。

行く川の流れは絶えずして、しかも もとの水にあらず。淀みに浮ぶ うたかたは、かつ消えかつ結びて、久しく止まる事なし。世の中にある人と住家と、またかくの如し。

この有名な出だしから数段後に次の文章が現れる。

おびただしき大地震おおないふること侍りき。そのさま世の常ならず。山崩れて、川をうずみ、海はかたぶきて、陸地くがちをひたせり。土さけて、水湧き出で、いはお割れて、谷にまろび入る。渚こぐ船は、浪にたゞよひ、道行く馬は、足の立處をまどはす。都のほとりには、在々所々ざいざいしょしょ、堂舍塔廟たふべう、一つとして全からず。或は崩れ、或は倒れぬ。ちり灰立ち上りて、盛んなる煙の如し。地の動き、家の破るゝ音、いかづちに異ならず。家の中に居れば、忽ちにひしげんとなす。走り出づれば、地割れ裂く。翼なければ空をも飛ぶべからず。龍ならばや雲にも登らむ。おそれの中におそるべかりけるは、たゞ地震ないなりけりとこそ覺え侍りしか。

元暦の大地震(1185年)の様子である。山紫水明の四季折々の風情に旬の食材の恵みと、ぼくたちはこの風土に育まれてきた。同時に、この国土特有の自然の振る舞い――人から見れば災害――を、いつの時代も覚悟せねばならない。八百年前の鴨長明の文体は古めかしいが、描写された自然の猛威は今もまったく同じである。


11日に帰宅すると自宅の電話に留守電が入っていた。安否を気遣うアメリカからの声だった。彼らにすれば、カリフォルニア州と同じ面積の日本だから、東北地方と大阪の距離感などあまりない。実際、その通りで、この国の地震を都道府県別に色分けしている場合ではない。すべての災害は自分の災害と認識すべきだ。一つの自治体や行政機関がまるごと壊滅する現実を突きつけられたかぎり、市町村主体の災害対策を再考せねばならない。

昨晩からずっと考えている。誰かが言った、「この世に神も仏もいないのか!?」 どうやらいないようだ。醒めた口調で言っているのではない。鹿児島に向かった一月末のあの日、直前に噴火した新燃岳の巨大な噴煙の真横を飛行機で飛んだ。あのとき、46億年前に誕生した地球の中でマグマがまだ燃え続けているエネルギーをあらためて思い知った。神仏さえも抗えない自然の力。

この世界に存在するもの・存在関係があるものは、自然、自然と生命、人間どうしの三つなのだろう。そして、忘れてならないのは、人間がこの世界を支配などしていないという真理である。人間は自然の摂理に従って生きる諸々の生命体の一つにすぎない。そして、自然はほとんどの場合、人間にありとあらゆるものを与えてよく面倒を見てくれるのである。しかし、摂理の一つとして「自然は振る舞う」。振る舞いは天罰でもなければ、人を裁くものでもない。ただ摂理である。自然のルールの中では、人間どうしが知恵を出し合って生きていくほかない。

一面だけでなく、新聞のほぼ全紙面には凝視するのがつらい大きな見出しが並ぶ。テレビの災害報道もしばらく続くだろう。知人はみな無事だったが、それとは別に、さっき耳にした万人単位の行方不明の報道に気も力も抜けてしまった。それでもなお、アメリカの新聞が見出しに書いた“sturdy”の一語に救われ励まされる。厳しい自然の振る舞いをも受容してきたぼくたちを「不屈」と形容しているのである。

脳と刷り込み

口も達者でアタマの回転もそこそこいい「彼」が、その日、人前で「あのう」や「ええと」を連発していた。宴席に場を変えて軽いよもやま話をしていても、なかなか固有名詞が出てこない。だいたい男性の物忘れは、「名前を忘れる→顔を忘れる→小用の後にファスナーを上げ忘れる→小用の前にファスナーを下ろし忘れる」という順で深刻度を増す。だから、名前を忘れるのは顔を忘れるよりも症状が軽い。それに、人の名前を忘れるくらい誰にだってある。

しかし、彼の場合、短時間に複数回症状が見られた。言及しようとしている人物の名前がことごとく出てこないのである。「ちょっと気をつけたほうがいいよ」とぼくはいろいろと助言した。最近、このようなケースは決して稀ではなくなった。ぼくより一回りも二十ほども年下の、働き盛りの若い連中に目立ってきているのである。幸い、ぼくは年齢以上に物覚えがいいし物忘れもしない。ただ、脳を酷使する傾向があるので、「来るとき」は一気に来るのかもしれない。

別の男性が若年性認知症ではないかと気になったので、名の知れた専門家がいる病院に診断予約を取ろうとした。ところが、「一年待ち」と告げられたらしい。一年も待っていたら、それこそ脳のヤキが回ってしまう。科学的根拠はないが、ことばからイメージ、イメージからことばを連想するトレーニングが脳の劣化を食い止めるとぼくは考えているので、そのようなアドバイスをした。簡単に言うと、ことばとイメージがつながるような覚え方・使い方である。但し、ことばとイメージのつながり方は柔軟的でなければならない。


習慣や知識を短時間に集中的に覚えこんでしまえば、その後も長い年月にわたって忘れない。動物に顕著な〈刷り込みインプリンティング〉がこれだ。偶然親鳥と別れることになったアヒルやカモなどのヒナが、世話をしてくれる人間を親と見なして習慣形成していく。人の場合もよく似ているが、刷り込みは若い時期だけに限って起こるわけでもない。たとえば、中年になってからでも外国語にどっぷりと集中的に一、二年間浸ると、基礎語彙や基本構文は終生身についてくれる(もちろん、個人差も相当あるが……)。

刷り込みはとてもありがたい学習現象である。このお陰で、ある程度習慣的な事柄をそのつど慎重に取り扱わなくても、自動的かつ反射的にこなしていくことができている。要するに、いちいち立ち止まって考えなくても、刷り込まれた情報が勝手に何とかしてくれるのだ。だが、これは功罪の「功」のほうであって、刷り込みは融通のきかない、例の四字熟語と同じ罪をもたらす。そう、〈固定観念〉である。刷り込まれたものがその後の社会適応で不都合になってくる。

あることの強い刷り込みは、別のことの空白化だということを忘れてはいけない。博学的に器用に学習できない普通人の場合、ある時期に世界史ばかり勉強すれば日本史の空白化が起こっている。昨日瞑想三昧したら今日は言語の空白化が生じる。ツボにはまれば流暢に話せる人が、別のテーマになると口をつぐむか、「あのう」と「ええと」を連発するのがこれである。どう対処すればいいか。自己否定とまでは言わないが、定期的に適度な自己批判と自己変革をおこなうしかない。

「五十歳にもなって、そんなこと今さら……」と言う人がいる。その通り。固定観念は加齢とともに強くなる。だから、ことば遣いが怪しくなり発想が滞ってきたと自覚したら、一日でも早く自己検証を始めるべきである。

Easy come, easy go.

わざわざ英語の諺を持ち出すまでもなかったが、かねてから気になっていたので書いておこうと思う。“Easy come, easy go.”を「悪銭身につかず」と一致させる傾向があるが、「悪銭」などという辛辣なニュアンスはここにはない。英語には「あぶく銭」や「悪銭」を意味する“easy money”という表現がちゃんとある。

手元にある諺と成句の辞典は、「悪銭身につかず」を「不正な手段で得た金は、とかく無駄に使われて残らない」と解釈している。そして、例として「競馬や宝くじで大金を得たところで、悪銭身につかずだ。いずれ一文無しになるさ」という用例を紹介している。これはひどい例文だ。競馬の大穴や宝くじの3億円を悪銭扱いするとは失礼ではないか。普段まじめに仕事をしている人間が、お小遣いの範囲で競馬や宝くじを楽しむことは公認されているのである。

あ、そうかと気づいた。人というものは他人が競馬や宝くじで得た大金を悪銭と見なし、自分の場合は都合よく良貨と考えるのに違いない。

本筋に戻ろう。“Easy come, easy go.”の本質を言い当てるのは、「得やすいものは失いやすい」のほうだ。「苦労せずに身につけたことは、いとも簡単に忘れてしまう」という意味にとってもよいし、少し危機感を募らせるなら、「楽は苦の種」が近い。すなわち、「いま楽をすれば後で苦労がやってくる」。この逆は、もちろん「苦は楽の種」である。


時々テレビで見る。読んだ本はテレビに出るずっと以前に書かれたもの一冊のみ。わかりやすい解説を売りにしている人。そう、あの人である。ぼくはあの人に代表される知識人による解説や文章のeasy化現象を〈イケガミ症候群〉と呼んでいる。当の本人への嫌味でも何でもない。あの人は人が良さそうには見える。但し、ぼくはあまり面白味を感じたことがない。

「やさしい」とか「よくわかる」ということがなぜここまで重宝されるのか。イケガミ症候群にかかってしまうと、いつまでも親鳥にエサをもらえると思って口をあんぐりと開け続けるヒナのようになってしまう。しかも、そのエサはすでに十分に噛みくだかれている。現実のヒナたちは成鳥になってやがて自ら硬い実もついばむだろうが、イケガミ症候群の人間たちは脳がなじまないかたい話に耳を傾けようとしなくなる。ごくんと飲み込めるほどまでに噛みくだいてもらった知識が身につく保証はない。いや、これこそ“Easy come, easy go.”を地で行く学び方なのではないか。

テレビのグルメ番組の「わあ、口の中に入れたとたんとろけた」というような肉ばかり食べていると、アゴが退化する。同じことが脳にも言える。ぼくたちの仕事には奥歯で必死に噛み切らねばならないような硬い肉が出てくるのだ。「むずかしくてわからない」のが常態なのだ。リハーサルが楽でやさしすぎては、本番で苦を迎えて危うくなる。やさしさやわかりやすさは束の間の幻想にすぎない。こんなことは過去の自分の学びを回顧してみればすぐにわかる。学びに負荷がかかったことが記憶に強く残っているはずだ。

「時間をかける」と「時間がかかる」

「世の中は澄むと濁るで大違い」などと前置きすることば遊びが懐かしい。ここでの濁るは「濁点(゛)」のつく濁音のこと、澄むは濁点のない清音のことだ。最初に覚えたのが「刷毛はけに毛があり、禿はげに毛が無し」。あまりにもよく知られている。他に、「福に徳あり、河豚ふぐに毒あり」というのもあった。調子もあって、なかなか粋である。

たった一字の助詞をいじるだけで、全体の文意が大きく変わる。実話らしいが、ある女性に「私とA子さんとどっちがいい?」と聞かれた男性が、「お前いい」とつい言ってしまったとか。ここは「お前いい」でなければいけなかった。「お前いい」も少々場違いだし、「お前いい」となると不幸の二択に迫られて我慢している心境になってしまう。

「時間かける」と「時間かかる」も、格助詞の一字変更で意味が大きく変わる。たとえば「手料理に時間をかけた」の場合、「を」の一字によって「かける」という動作の対象に意図的に時間が置かれることになる。「手料理に時間がかかった」なら、時間を要してしまったのは成り行きという意味になる。ともかく、たった一字、「を」が「が」に変わるだけで、意図的な行為が成り行きの状態に転じてしまった。


数年前にコーヒーの苗木を一本買って帰ったことがある。あいにくぼくの自宅のベランダは北向き。「室外だとダメですが、室内の暖かい場所なら育ちますよ」と店の人。「ほんとうに育つの?」と聞けば、「上手に育てていただければ……」と言うから、どのくらいでコーヒー豆が収穫できるのかと尋ねた。コーヒーカップを口に近づけるジェスチャーをしながら、「数年くらいで、この苗木一本でコーヒー1杯分」という答えが返ってきた。ギャグか真実か判断しかねたが、苦笑いしながら買った。

茎も葉も3年間ほど大いに成長したが、ある日を境に枯れ始め、見るに耐えなくなって葬ることにした。むろんコーヒー豆の焙煎どころか、実すら見ていない。この苗木において「時間をかける」と「時間がかかる」はほとんど同義というか、完全に両立した。一人前になるのに年月がかかる。そして、それを見守り面倒見るのに年月をかける。時間がかかることには時間をかけねばならない。

桃栗三年、柿八年は自然の作用だから、果樹の成長にぼくたちも付き合う。だから、時間をかけ、時間に象徴される手間暇をかける」。しかし、このことを一般法則化するわけにはいかない。お分かりのように、時間がかかることには、自然的なものと人為的なものがあるのだ。本来3日でできそうな仕事に一週間かかったことを、時間をかけたとは言わない。下手くそゆえに時間がかかってしまったのだ。油断すると、仕事は時間を食う。つまり、「仕事に時間がかかる」。つねに自らが主体となって仕事をしていくためには、しっかりと時間をかけることができたか、それとも何となく時間がかかってしまったのかを、仕事が一段落するごとに評価しておくのがよい。

いっそのこと「何でもあり」にしたら?

こんなジョークがある。

父親が血相を変えて校長室へやってきて、強く抗議した。
「うちの息子が筆記試験で答案をカンニングしたなんて、どうしてそんなことが言えるんです?」 さらに語気を強くして言った、「証拠が全然ないではありませんか!」
校長は冷静に言った。「そうでしょうか。息子さんはクラスで首席の女の子の隣に座っていました。そして、最初の4問にその子とまったく同じ答を書いたのですよ」
「それがどうだっていうんです!」と父親は切れかけた。「校長先生、うちの子も今回ばかりはよく勉強したんですよ!」
「そうかもしれません。でも……」と校長は大きく息を吸って後を続けた。「五つ目の問題に女の子は『分かりません』と書きました。そして息子さんは……『ぼくもです』と書いているのですよ」


入試のネット投稿問題にちなんで、毎日新聞の余録に科挙の時代のカンニングの実態が紹介されていた。いつの時代も、試験実施側が厳重なボディチェックと監視体制を強化すれば、その網の目をくぐろうとする受験生が新たな珍案・奇案をひねり出す。ITによる通信技術がここまで高度化すれば、新手が登場するのもうなずける。今回の事件には「さもありなん」と変な納得をしてしまう。

学内の中間・期末・実力試験の方法に懐疑的なぼくは、従来から、入試においても少なくとも辞書の持ち込みくらいは容認してもいいと思っている。実社会で仕事をこなすときには、時間の許すかぎり、何を調べようが誰に聞こうが自由である。あからさまに特許侵害やパクリをしないなら、仕事の出来さえよければ過程が問われることは少ない。要するに、結果さえ出せばいいのである。学校の試験もいっそのこと「何でもあり」にすればいい。

暴論とのそしりは覚悟している。でも、実力とはいったい何かを考えてみると、答えを導くために記憶した以外の情報源を用いないのは偏っているのではないか。自分の頭はもちろんだが、辞書や書物を参考にしたり、他人の意見を踏まえたり、ありとあらゆることを統合して解答することが、真の能力なのである。何を持ち込んでカンニングしてもかまわないぞ、それでもお前たちの実力をチェックしてやるぞと胸を張れるほどの良問を出題すればいいのだ。

「何でもあり」の代案もある。逆に「手ぶら」にしてしまう。紙も筆記用具も何もなし。くじでテーマを選び、それについて即興スピーチを作らせたり、二人の学生に即興ディベートをさせるのである。時間はかかるが、確実に実力がわかる。但し、ここでの実力もコミュニケーションや議論などの言語スキルに限定される。つまり、どんなテストも能力の部分テストにすぎないのだ。実力などわからない。もっと言えば、実力とは社会で残す結果に集約されるから、いまどれだけのことを知っているかよりも、これからどれだけのことをアウトプットできるかが問われる風土をこそ醸成すべきなのだと思う。