幸せに形はあるか、ないか(3/3)

幸せを人に見せることはできないと書いた。幸福は見えたり見えなかったりするものではないとも書いた。つまり、「幸福に形などない」と大胆に宣言したのである。誕生日のプレゼントも豪邸もデートも幸せの形ではない。少なくとも、プレゼントや豪邸やデートの属性として幸福は存在しない。幸せを感じる時が幸せで、幸せを感じない時は幸せではない。幸せは、それを感じる時間そのものであると考える。

ところが、不幸に形はある。不幸は現象として目に飛び込んでくる。不完全な幸福をぼくたちは見てしまう。理想と現実もそうだ。アタマに思い描く理想は形として見えないが、現実は形として見えてしまう。理想にほど遠い現実を見てがっかりしたりもする。秩序と混沌、完全と不完全も同じような関係にある。秩序と完全は見えず、混沌と不完全ばかりが見える。プラトン流に言えば、〈イデアとしての点〉は位置を示すだけで目には見えない。しかし、実際にぼくたちが紙の上に書く点は面積のある、偽物の点なのだ。

すべての不幸は幸福を対抗概念としている。幸福という形を掲げるから、その形と異なる形を不幸と考えてしまうのだろう。冷静に考えれば、幸福に形を求めなければ、不幸にも形はないはずなのだ。百点満点をアタマに描くから70点が不完全になってしまう。幸福をそのような尺度という形でとらえなければ、不幸も形になどなりえない。


学習に関してぼくは安易な促成を嫌う。迂回することも覚悟して極力時間をかけるべきだと思う。しかし、こと幸福に関しては、そんな遠回りの必要などさらさらない。不幸や混沌や不完全の内にあっても、幸せを感じるようにすればいいのである。「どうすれば幸せになれますか?」と聞かれれば、「今すぐ幸せを感じなさい」と躊躇なく答える。

誰かの本に載っていた話。うろ覚えなのでいくぶん脚色することになるが、趣旨だけは間違わないように紹介しよう。

ある日本人の商社マンが南太平洋かどこかの島に駐在させられた。高度成長時代の日本の商社は、どんなものでも商材やビジネスチャンスになりそうなら、極端に言えば、草木も生えない場所に社員を派遣したものである。社命に忠誠を誓い、休みもなく朝から晩まで、島じゅうを駆け巡る商社マン。島民たちは浜辺に寝そべって、そのハードワークぶりを呆れるように毎日眺めていた。

ある日、島民の一人が商社マンに尋ねた。「なぜそんなに働くのか?」「業績を上げるためだ」「何のために?」「給料が上がるからだ」「それでどうなる?」「暮らしが豊かになる」「それで?」「別荘の一つも建てて、のんびり優雅に暮らせるようになる」「たとえば、どこで?」「ええっと、たとえば、そう、この島で」「あんたね、おれたちはろくに働きもしないが、すでにそうして暮らしているぜ」

他人との比較や客観的尺度や形などというものに影響されなければ、誰もが今すぐに幸せになれる。幸せに形などない。幸せを感じる時間を持つことが、どんな名誉や財力にも勝るのである。

《完》

幸せに形はあるか、ないか(2/3)

幸福について、一昨日書いた文章ではカミュ、ジイド、アリストテレスの相互参照ができた。こんなふうに記憶を辿ってリファレンスを見つけると愉快な気分になる。書いたり話したりする醍醐味の一つである。そして、いつだって愉快なことは幸せなことなのだ。その幸せを「ほら、これが幸せだよ」と言って人に見せることはできないし、手に取って確かめることもできない。

幸福というのはつくづく不思議な概念である。世界のどこかにオアシスやパラダイスのような具体的な形として存在しているものではない。自分の外を追い求めても幸せが見つかる保証はない。チルチルミチルの青い鳥を持ち出すまでもなく、幸福――または幸福の象徴――が自分の手の届くところにあったりすることをぼくたちは知っているはず。いや、あるとかないとか、見えたり見えなかったりするのではなく、幸福とは感じるものにほかならない。ただ感じるのみ。幸福の真のありかは、おそらく感じることの内にしかない。

幸福論から敢えて少し脱線することにする。次の文を読んでほしい。

Aを達成するために、Bを講じる」

この文章が妥当ならば、対偶の関係にある「Bを講じないなら、Aを達成できない」も妥当である。簡略的に言えば、「Bがなければ、Aはない」ということ。Bが原因(手段)でAが結果(目的)という構造であり、BAに先立って「行動手順的に重要」であることを示唆している。しかし、見落としてはいけないのは、Aという目的を定めなければBに出る幕などないという点。つまり、「構築手順的に重要」なのはAのほうなのである。戦略や政策の構想につきまとう悩ましい問題だ。


上記の「Aを達成するために、Bを講じる」の具体的な例として、くどいが、もう一文。

「知を広げるために、本を読む」

「知を広げるという目的のために、本を読むという手段を講じる」のだが、すでに明らかなように、これは「本を読まなければ、知を広げられない」をも意味する。ここであることに気づく。ぼくたちが目的と呼んでいるものは、ある手段によって獲得する価値でもあるということだ。知を広げるという目的は、本を読むことによって得られるメリットでもある。

では、「本を読むために、知を広げる」は成り立つか。たいていの人にとって成り立ちそうにない。なぜなら、行動手順的には《本を読む→知を広げる》が正しく、また、読書というものは何かそれよりも大きな目的のための手段にすぎないと、多くの人が考えているからである。けれども、「本を読むために、お金と時間をつくる」なら承認するだろう。この時、本を読むは目的であり、お金と時間によって得られる価値になっている。

話を幸福に戻してみる。お金と時間をつくる、本を読む、知を広げる……これらは何のためなのか。「人生や人間関係を豊かにするため」と答えた瞬間、大きな目的を語ったことになる。大きな目的は大きな価値である。さっきメリットとも言った。でも、価値とかメリットというのは、やっぱりその先に何かが想定されている。それが幸せなのだろう。そして、おそらくすべての営みは幸福につながろうとしている。幸福は価値でもメリットでもなく、その向こうに何もない。すべては幸福止まり。もしそうであるならば、いつでも幸せだと感じればいいだけの話である。 

《続く》

幸せに形はあるか、ないか(1/3)

アルベール・カミュの『異邦人』を読んでから40年近く経った。再読していないのでほとんど内容を覚えていない。但し、読むに至った経緯ははっきりと覚えている。

今でこそフランス語は少し読めるが、学生時代は第二外国語のフランス語をろくに勉強しなかった。単位を落とすことがほぼ確定的になったある日、担当教授から直々に自宅に電話があった。「日本語でいいから、カミュの『異邦人』を読んでレポートを書きなさい。そうすれば……」という、温情的なオファーであった。促されるまま『異邦人』を読んだ。

しかし、結局レポートを提出することはなかった。当然ながら単位は取れなかった。正確に言うと、単位を取る気がなかった。できもしないのに、合格認定してもらう厚かましさを持ち合わせていなかったのである。とは言え、潔さに胸を張った分、単位のツケは先送り。同時に、それ以来、まんざらでもなかったカミュとの縁も切れてしまった。『シーシュポスの神話』は読んだが、他の作品ときたら少し読んでは途中でやめる癖がつき、やがてついに手に取ることすらなくなった。

ところが、縁というものは再び巡ってくるものである。オフィスの本棚を眺めていたら、かつて勤めていたスタッフが置いていった本の中にカミュの『直観』があった。何十年ぶりかで手に取るカミュだ。ページをめくれば、「ぼくは、他になりたいものが何もなかったかのように、ひたすら幸福になることをねがった」という文章に出合う。アンドレ・ジイドからの引用である。そのジイドの、青春時代に読んだ『狭き門』では、幸せと聖なるものが葛藤する場面があったのを覚えている。


ちょうどその頃、アリストテレスの幸福論について考えていた。と言うのも、知人の「幸せは……のためである」という、手段としての幸福の位置づけに大いに疑問を抱いたからである。魂が幸福以上に聖なるものを求めるというのならまだしも、幸福が名誉や快楽や知性などの手段になるはずがないではないか。何でもアリストテレスにたのむのも考えものだが、『ニコマコス倫理学』には次のように記されている。

「われわれが幸福を望むのは常に幸福それ自身のゆえであって決してそれ以外のもののゆえではなく、(……)」

「(……)幸福こそは究極的・自足的な或るものであり、われわれの行なうところのあらゆることがらの目的であると見られる。」

「何のために仕事をしているのか?」「収入を得るためです」「何のために収入を得ているのか?」「家族を支え生活を営むためです」「何のために家族を支え生活を営んでいるのか?」「幸せになるためです」「何のために幸せになるのか?」「……」

「何のため」という目的探しの問いはエンドレスに続きそうだ。うん? はたしてほんとうに続くのか!? ちょっと待てよ、「……」は無言の苦悶の様子ではないか。そこまで順調に答えてきても、誰もが「幸せの向こう側」にあるものを訊かれて、ことばを失う。これがアリストテレスの言わんとすることである。幸福が別の何かの手段になることなどない。幸福の向こう側に目的などない。つまり、「何のための幸福か?」という問いはなく、問いがなければ、当然答えもない。 

《続く》

続・万年筆のサバイバル

万年筆のペン先は紙質にうるさい。もちろんペンが紙に対して優位ではないから、紙側からすれば万年筆を選ぶということになる。しかし、ペンと紙の相性は両者だけで折り合うのではない。媒介となるインクの存在が欠かせないのだ。インクの色合いや「液性」について豊富な表現力を持ち合わせないが、さらっとしたインク、やや粘りのあるインク、粒子の微細なインクなどがあることくらいは、長年書いてきたからわかる。

「このインクの色がぴったり」と確信しても、文具売場の照明と自宅やオフィスの照明が違う。ペン先の硬さによってはインクの出方や滑り方が違うし、紙質によっても色はデリケートに変化する。ましてや、ここに紹介するような下手な写真では数分の一も写実的に再現できない。それでも貧困な語彙を補う足しになればと思ってお見せする。

Fountain pen ink.JPG濃いめのセピアは栗色に近い。こげ茶とは違うが、よく目を凝らしてもわからない。同じ栗でも赤ワインに近い色を買った。実際は紫がかってはおらず、文字の書き終わりのかくで濃い赤が出る。このペンはセーラー。
Kobe INK物語の「長田ブルー」と生野区の加藤製作所の万年筆という、ディープな組み合わせ。だが、ブルーグレーとも言うべき繊細な色だ。
パイロットの月夜というインク。万年筆はペリカン。
モンブランの万年筆にペリカンのロイヤルブルー。


黒インクはカートリッジで持っているが、ほとんど使ったことがない。黒しか使わなかった時代もあるが、今は青。現在はボトルで5種類あるが、すべて違う。先にも書いたが、ペンと紙を変えれば、インクの色が変化する。

ぼくは18歳のときに英文タイプライターを使い始めた。そのくせ、万年筆でも英文をよく書いていた記憶がある。日本語のワープロを使い始めたのが1987年。つまり、それまでは公私ともに書くときは手書きだった。仕事では原稿用紙も使っていたし、若い頃からの習慣であるノートはすべて手書きである。手書きを少しも苦にしないが、1990年頃からは画面に向かってキーボードを打つほうが多くなった。刷り上がりと同じ体裁で見えてしまうために、文の完成度の高さと錯覚してしまう。やがて推敲に手を抜くようになる。

最近は原点に戻って、コンセプトの出発点はすべて手書き。論理から離れて偶発的なアイデアを期待するときは万年筆。そして、色を変えることによって気分や発想を変える。証明などできないが、つねに同じ形で現れるフォントとは違う文字の形、その文字のインクの滲みが、これから書こうとする表現に影響を与えそうな予感がする。いや、それは表現などではなく、思考そのものを誘発しているのかもしれない。

大した文章を書けるわけではないが、万年筆を使う時はこの一文字を軽んじてはいけないと気が引き締まる。カーソルで不要な文字を消すのとは違って、書き損じに抹消の線を入れるときも文字を挿入するときも、人を扱っているような気になってくる。万年筆そのものの重さに加えて、紙に滲むインクを通じて文字の重みが掌から伝わってくる。

万年筆のサバイバル

「紙の本ははたして生き残ることができるか否か」という議論が現実味を帯びてきた。他方、ペーパーレスが叫ばれてからも紙のドキュメントはオフィスから消えていない。それどころか、社内でやりとりしたメールをわざわざ紙にプリントアウトして打ち合わせしている始末。紙は根強く執拗に生き長らえている。いや、死滅することはないと断言できそうだ。少なくともぼくは、紙と電子をうまく併用していこうと思う。

仮に千年前にUSBCDなどの記憶メディアが開発されていたとしよう。度重なる戦争や略奪を経てもなお、そこに記録された情報は無事に現在まで持ち堪えているだろうか。インフラはデータを守りきってくれただろうか。紙の場合はどうか。おびただしい文書が散逸したとは思うが、幸いなことにぼくたちは古代からの書物を今も読むことができる。幾多の戦乱期を経た古文書の類を今も読むことができる。これに比べると、ぼくたちが依存している電子メディアはたかだか四半世紀ほどの保存力しか証明していない。電子メディアには一触即発で消えてしまう怖さがある。

紙に印刷された事柄のほうが、画面から頭に入ってくる情報よりも、よく記憶に定着する。これはぼくの実感であるから、普遍化するつもりなどない。ぼくは紙の威力をひしひしと感じている。紙がITに追放されることなく、それどころか、十分に併存できているのに比べると、紙と一番相性がいいはずの万年筆は頼りない存在になった。このクラシックな筆記具が奇跡的に復活して、キーボードに拮抗できる見込みなどとうの昔に消えてしまったかのようだ。


長く愛用してきたシェーファーの万年筆を20年前に紛失してから、主に水性ボールペンを使い、ここ数年は書き味なめらかな油性ボールペンでノートやメモを書いている。10本ほど持っている万年筆の出番はきわめて少ない。気に入った万年筆を折々に買ってきたが、メーカーがいろいろ。つまり、インクカートリッジが違う。メーカーによってはインクまで指定される。これに、黒いインク、ブルーのインク、ブルーブラックなど好みに応じて取り揃え、インクを変えるたびに手入れをするのも面倒だ。

万年筆と言いながら、結構ケアせねばならず、万年にわたって使いこなすのはむずかしいのである。山田英夫『ビジネス版悪魔の辞典』では、【万年筆】は「調印式のために、出番を待ち焦がれている筆記具」と位置付けられている。また、別役実『当世悪魔の辞典』では、「手に合ったものになるまでに時間がかかるから、たいていその間に失くしてしまう。失くさずにたまたま持っていると、手に合ったものになったとたん、寿命がくる」。いずれも、万年筆の使用場面には言及しておらず、惨めな身の上話になっている。

決して安っぽい存在ではない。高価かつ高級品である。知的な筆記具として他を寄せつけない存在だ。それなのに、あまりにも軽い扱いしか受けていない。とても不憫である。10本の万年筆を前にしてぼくはノスタルジックになった。小学校か中学校卒業のときに買ってもらった万年筆。今は手元にあるはずもないが、あの時の大人になったような知的高揚感は今も忘れない。サバイバルすら危うい万年筆にもはやリバイバルはないのだろうか。

ぼくは自分一人の万年筆復活プロジェクトを起ち上げた。きっかけは、色と滲みの再発見。大したプロジェクトではないが、一歩踏み出して手持ちの万年筆を再活用することに決めた。この話の続きは一両日中に書いてみたい。

問題とモンダイモドキ

問題を解決すればすっきりする。苦労した末の解決なら爽快感もいっそう格別である。では、問題解決という満足を得るための第一歩――あるいは、欠かせない前提――が何だかわかるだろうか。

答えはとても簡単である。問題を解決するための第一歩、あるいは必要な前提は、問題が存在することだ。発生するのもよし、抱えるのもよし。いずれにしても、問題がなければ解きようがない。つまり、問題に直面したことがない人は問題を解いたことがないのである。また、問題解決能力のある人は、問題によく出くわすか問題が発生する環境にいるか、よく問題を投げかけられるか任されるかに違いない。断っておくが、詭弁を弄しているのではない。変なたとえになるが、自分の風邪を治すためには、風邪を引いていることが絶対条件と言っているのである。

問題とは困り事であり難しいものでなければならない。さもなければ、困りもせず難しくもなければ、解決などしなくて放置しておけばいいからだ。緊急であり、放っておくと事態が深刻化しそうで、しかも抱えていると非常に困る――問題はこのような要件を備えなければならない。問題解決も容易ではないが、問題を抱えるのもさほど簡単ではないことがわかるだろう。


本格的で真性の問題など、そこらに転がってなどいない。ぼくたちが「問題だ、問題だ」と称している現象のほとんどは、そのまま放置しておいてもまったく困ることもない「モンダイモドキ」にほかならない。モンダイモドキを問題と錯覚して右往左往している人を見て、内心、次のようにつぶやいている。

「きみ、そんなもの問題になりそこねた単なる現象なのだよ。問題に値しない、可も不可もない現象。きみは問題と言いながら、ちっとも困ってなどいないじゃないか。ただの現象を問題に格上げするきみの見誤りに気づいたぼくにとっては、きみ自身が問題ではあるけれどね……」

本物の人間などという言い回しがあるように、本物の問題というのがある。器が大きくて威風堂々とした問題、どっしりとして根深い問題、人を魅了し、かつ困惑させてやまない問題……「速やかに鮮やかに巧みにスパッと斬ってくれないと、大変なことになるぞ!」と挑発してくる問題。こんな「出来のいい問題」に遭遇できているだろうか。自称「問題で困っている人たち」をよく見ていると、みんなモンダイモドキに化かされてしまっている。付き合う甲斐もない似非問題に惑わされている。

さあ、しこたま抱えてきたモンダイモドキをさっさと追い払おう。一見絶望させられそうな難問を抱えたり呼び込んだりできることは一つの能力なのである。そして、難問こそが、「解決」というもう一つの能力を練磨してくれる。強い相手を見つけて練習する。これはスポーツ上達と同じ理屈だ。いや、練達や円熟への道はそれ以外にありそうにない。

数字に一喜一憂

学力テストの成績順やFIFAランキングが上下しただの、業績がどうのこうのだのと、数字に一喜一憂する根強い国民性。どんなことでもそうだが、頑張って順位を上げようとしているのは自分だけではない。他人も他社も他国も頑張っているのだ。たとえば超一流どうしが最大限の努力をしてぶつかり合っても、一方が上位になり他方が下位になる。同様に、広い世界で様々なジャンルで凌ぎを削れば、ランキングの順位が変動して至極当然なのである。

「負けられない試合がある!」などと川平慈英がいくら叫んでも、負けるときは負ける。その試合は相手にとっても「負けられない試合」なのであり、相手も必死なのである。企業だって同じだろう。シェアナンバーワンを目指すかどうかはともかく、どんな会社も負け組であってもよいとは考えない。企業努力に応じた成果を期するのは当たり前である。会社は数字に一喜一憂する場ではなく、「よい仕事」を実践する場でなければならない。その結果としての数字であり順位であるはずだ。

にもかかわらず、「中国に抜かれた」だの「43年ぶりに3位に転落」だのとがっかりするのはどういうわけか。時事通信が214日に配信した、「日本の名目GDPが世界2位から3位に転落して、中国に2位の座を明け渡した」というニュースのことである。居直るわけではないが、抜かれて何がまずいのか。真にまずいのは、他国にGDPで抜かれたことではなく、デフレ傾向で経済が長期的に低迷している状況であり、政府も国民も方策を講じる熱気に包まれていないことである。


よく考えてみるいい機会だと思う。世界一の人口133千百万の国が、世界10位の人口127百万の国をGDPで上回ったという事実がそこにあるのみ。よくぞこんな小さな国土の日本が43年間もドイツやフランスや英国よりも上位の2位を維持してきたものだ。驚くべきはむしろこちらのほうである。去る22日に更新されたFIFAランキングで日本は過去最高の17位となったが、この数字を誇らしく思うのなら、GDP世界3位を百倍以上誇っていい。いや、GDPなどどうでもいいと割りきっても別にかまわない。

人口相応に世界の10位くらいの経済力で結構、生活の質や幸福度さえ高ければそれでよし、という価値観もありだ。「2位じゃダメなんですか?」と問うた蓮舫女史は、このGDPの結果に対して「2位でなければいけないんですか? 3位じゃダメなんですか?」と言ってくれるだろうか。与謝野氏が記者会見で「中国経済の躍進は隣国として喜ばしい。地域経済の一体的に発展の礎となる」と語ったが、負け惜しみでないことを希望する。

「数字に強くなれ」とか「数字に弱い経営者は失格」などと説教するコンサルタントがいる。数字信奉者のほとんどは、数字以外の諸要素で価値判断ができないから、明々白々の数字に「逃げている」のである。数学は楽しい学問だが、数学と数字は違う。プロセスなどに見向きもせずに、結果としての数字だけに一喜一憂するのは幼いと言うべきだろう。質の話をするたびに、それを数字で示せと驕り高ぶられるのはやるせない。

時代は重厚長大ではなく軽薄短小と言われて久しい。これは、GDPに象徴される量から、数値化不能な質への転換を意味したはず。わかってはいるけれど、頭の中で数量が依然と支配的なのは、質の指標を示す側の想像力不足にほかならない。世界幸福度ランキングや住みやすい街ランキングのような、質の表現を数字に依存しているようでは話にならない。脱ランキング発想して初めて見えてくるものを探求せねばならないのだ。

検定流行現象

いろんな出版社が読書人に向けた無料の小冊子を発行している。ずっと以前から岩波の『図書』や講談社の『本』や筑摩書房の『ちくま』などを愛読している。書店のPRコーナーなどに置いてあって、お持ち帰り自由だ。先日、いつもの書店で手に取って立ち去ろうとしたら、棚の下段にずらりと並んだ検定の案内パンフレットが目に止まった。適当に持ち帰ったものが手元にある。

日本仏像検定(第1回)
「立ち止まって、仏像を見てみると、新しい発見がありました。」

日本さかな検定(第2回)
「さかなの国、ニッポンの検定」

家庭菜園検定(第3回)
「めざせ! 野菜づくりの達人」

インドネシア検定(第1回、ASEAN検定シリーズの一つ。他に第2回タイ検定、第1回ベトナム検定がある)

会議力検定(第1回、正式名「会議エキスパート認定試験」)
「乗り遅れるな。10万人の会議革命。」

キャッチフレーズらしき文言を付け足しておいた。いやはや、「検定」と入力してツールバーをクリックすれば、現在わが国で実施されている検定が果てしなく登場するに違いない。しかし、敢えて検索しないでおこう。検定流行現象を語るのに上記の5種類もあれば十分である。

なかでも「会議力検定」に注目だ。パンフレットの中面を開けば「会議が変われば、日本が変わる。」と書いてある。そして、本文の末尾には「あなたから、変わりませんか?」の呼び掛け。いったい何から変え始めればいいのか混乱してしまう。「人が変わる→会議が変わる→日本が変わる」という流れだろうか。大仰に日本を変える話にまで発展させることはないと思う。もし「人が変われば会議が変わる」なら「人間力検定」が先だろう。


人間力検定では、いったい誰が出題して誰が採点することになるのか。「人間力有段者」か。そこらの胡散臭いマナー講師にだけは評価されたくない。冗談はさておき、人間力を検定するような問題作成も採点もできるはずがないのである。同様に、会議力も、それが「コミュニケーション力」の評価であるならば、できそうもないのである。パンフレットの別の箇所にちゃんと「会議力=コミュニケーション力」と書いてある。このイコールが曲者だ。なぜなら、会議は上手だが、コミュニケーションが下手という手合いも大勢いるからである。どう考えても、「コミュニケーション力⊃会議力」という関係が正しいと思うが、どうだろう。

パンフレットに書いてある「人と人が向かい合い、何かを決める、アイデアを出す。」ということを実践しようと思えば、会議のファシリテーション・ノウハウを学ぶ必要などない。ただひたすら、そのように毎日の人間関係を生き仕事に臨めば済むことだ。「あなたから、変わりませんか?」という呼び掛けがホンネなら、会議の上達の前に、行き詰まっている人は自分が真っ先に変わればいい。会議が本番の仕事よりも難しいということなどありえないのだから、ちゃんと仕事をしてコミュニケーションしていれば、会議はうまくいく(それどころか、会議の数を減らすことができる)。

一定の基準さえ設けることができれば、どんな対象も検定として制度化できる。正しい息のしかたを評価する「呼吸検定」や散歩にまつわる薀蓄の力を認定する「散歩検定」もありうる(冗談のつもりが、実在していても何ら不思議がない)。総元締めは「検定力検定」だ。以前、ぼくもディベート検定を手伝わされかけたので、これ以上の主催者批判を控えたい。いや、それどころか、どんな検定でも趣味や学習の動機づけとして試行してみてもいい。

課題はむしろ受験者側にある。そもそも検定というものはことごとく、知識の多寡しか採点できないことを心得ておくべきである。家庭菜園1級や会議力2級が意味するものをよく考えてみるがいい。現実に「できる・できない」とは無関係だ。この国には、無理やり覚えたことを紙の上で再現するのが好きで、それを他者によって採点されることを喜びとする人々が大勢いる。この種の検定が受験勉強の構造と酷似していることを思うだけで、ぼくなどはうんざりしてしまう。社会で重要なのは、自分で出題し自分で白紙に解答を書き自分で評価するという「仕事検定」や「人生検定」である。こちらを忘れてはいけない。

コンメディア・デッラルテ

金曜日にやっと雪らしい雪が降った。京都や奈良や兵庫で降っても、大阪市内ではまず降らない。ちらちらすることはあっても、めったに積もらない。その雪がわずかだが屋根や路面を覆った。いつもの散歩道を辿れば、高さ30センチメートルほどのミニ雪だるまが道路に面して一つ、公園の中にもう一つ、置かれていた。静かな正午前、雪はまだふぅわりと降っていた。

明けて土曜日。この日も雪模様との情報があったが、空気は前日と同じくらい冷たいものの、雪は降らなかった。先月マークしていた映画は、交通の便が悪い一館を除き近畿一円ではすでに上映が終了していた。これを吉とする。なぜなら、同じくチェックしていたのに、すっかり忘れていた「公演」を思い出したからだ。運良く気づいたのはいいが、それがまさに当日。大阪能楽会館に問い合わせ、チケットがあるのを確認して足早に出掛けた。『狂言 対 伊太利亜いたりあ仮面劇』がタイトル。開場を待つ数分間のうちに雨風が強く吹き始めた。

狂言は何度か観劇しているし本も少々読んでいる。趣味に合うのでもう少し親しんでみようと日頃から思っているが、ままならない。狂言のいいところは、あらすじを知っていても楽しめるし、知らなくてもそれなりにシナリオが類推できる点だ。しかも、650年の長い歴史がありながら、話しことばにほとんど違和感がないのがいい。現代流に言えば、笑いのショートコントだろうか。しかし、道具による実際的な場面の演出がない。つまり、演じられる舞台は抽象的な空間であり、その空間の中に観客は自分なりに状況を想像する。感じ方が一様でないのが、これまた楽しい。


狂言の舞台にイタリア伝統の仮面劇が融合する。そんな新しい劇の形を観た。『はらきれず』は狂言の『鎌腹』を翻案化した夫婦喧嘩もの。頼りない夫に扮して演じたのはイタリア人俳優、「わわしい(ガミガミとうるさい)妻」の役には日本人女性。これに狂言師の小笠原匡が夫の友人で絡む話。狂言ではなく、「コンメディア・デッラルテ(Commedia dell’arte)」の手法で演出した新作である。

Masks for commedia dell'arte.JPGコンメディア・デッラルテは16世紀半ばにイタリアで興った即興喜劇である。舞台は狂言同様に簡素で、4m×3m程度とさらに空間が狭い。筋書きには定型があり所作がコミカルという点で狂言によく似ているが、強いアドリブ性で観衆を楽しませるのが特徴のようだ。狂言でも仮面を使うが常時ではない。むしろ素顔の演目のほうが多い。これに対して、コンメディア・デッラルテは仮面劇と言われるだけあって、ほとんど仮面を被っている。仮面は顔をすっぽり包むものではなく、鼻から上の半仮面だ。太郎冠者や翁のような登場人物がいる。たとえばアルレッキーノは召し使い、パンタローネは年老いた商人という具合。それぞれに仮面の体裁が決まっている。

この劇を観てイタリア民族音楽を思い出した。もう78年前になるだろうか、「タランテッラ(Tarantella)」というナポリ発祥の舞曲の大阪でのコンサートだ。マンドリンやタンバリンを結構速いテンポで奏で、スカッチャと呼ばれる口琴も使う。タンバリン奏者の手のひらと指先づかいのテクニックに魅了され、初めて聴いたにもかかわらず、中世の南イタリアが目の前に浮かんできたのを覚えている。

イタリア仮面劇とイタリア民族音楽。それに狂言も加えよう。これらに共通するのは、素朴で演出控え目。だからこそ、イマジネーションが刺激されるのだろう。

ダジャレの人々

自分ではダジャレの一つも作れないくせに、他人のダジャレを小馬鹿にする連中がいる。しかし、ダジャレ人間を侮ることなかれ。ダジャレを吐くには語彙力がいる。語彙力だけではない。音と状況をかぶらせるためには、膨大な情報を脳内検索せねばならない。語彙力と検索力。少なくとも、ダジャレを小馬鹿にしながらダジャレを作れない者よりは、下手なダジャレを矢継ぎ早に繰り出す者のほうが頭はいい。ぼくはそう考える。

呆れるくらい下手で場を凍らせる人もいるが、ダジャレが出てくる気さくな場に居合わせていることを喜ぼうではないか。ぼく自身はジョーク大好き人間だが、ダジャレの熱心な創作者ではない。ただ、他人が当のダジャレに辿り着くまでの発想過程にはすこぶる強い関心がある。たとえば、数年前のコマーシャルで、唐沢寿明がエレベーター内でつぶやいた「君、コート裏」。これが「足の甲と裏」のダジャレ。その箇所に膏薬を貼れというわけである。

スポンサーか広告スタッフの誰かが膏薬を足の甲と裏に貼ったらすっきりした。これはいいということになり、そのままストレートに表現してもよかった。しかし、別のスタッフが「甲と裏」を何度か口ずさんでいるうちに、「コート裏」を見つけた。ここから「コートを裏に着ている」シチュエーション探しが始まる。コートを裏返しに着ている人物が遠くから見えているよりも、突然見えるほうがいい。いろんな候補からエレベーターが選ばれ、ダジャレを生かすシナリオが書かれた……まあ、こんな誕生秘話だろう。当たらずとも遠からずだと思う。


注目してほしいのは、ダジャレ人間は「ことばの音」を追いかけるという点である。無音の漢字を浮かべてもしかたがなく、同音異義語をアタマの中で響かせる必要がある。同音異義語が多いのが日本語の特徴だが、無尽蔵にあるわけではないから無理やり音合わせをこじつける。ここがウケるか寒くなるかの分岐点だ。ダジャレ、ネーミング、「整いました」のなぞかけ、語呂のいい金言などの底辺には同じ発想の構造がある。

昔、結婚式を「かみだのみ」、披露宴を「かねあつめ」、二次会を「かこあばき」とルビを振って紹介したら、ウケたことがある。神、金、過去が「か」で始まる二文字、続く動詞が三文字、合計五文字となって、別にダジャレでも何でもないが、語呂が合う。どこで仕入れたか読んだか覚えていないが、「結婚とは、男のカネと女のカオの交換である」というのがあった。単純だが、なかなかの切れ味だ。

結婚ネタついでにもう一つ関心したのがある。「最近、家庭内で夫婦病が流行の兆しです。症状は、熱は冷めるのですが、咳(籍)だけは残ります」。世間には結婚があり離婚がある。他にどんな「◯婚」があるか。ことばの演習問題にもなりそうだ。実体のない「空婚くうこん」、結婚式の日から始まる「苦婚くこん」に「耐婚たいこん」。辛いことばかりではない、いつまでも幸せな「甘婚かんこん」も「恋婚れんこん」もあるだろう。

ところで、ダジャレも含め、ことばを遊ぶユーモアを楽しむ集まりを三ヵ月に一度開亭している。その名も〈知遊亭ちゆてい〉。雅号、あるいは笑号と言うべきか、ぼくは「知遊亭粋眼すいげん」を名乗って席主を務めている。昨夜のR-1グランプリを途中から見たが、一度も笑う場面がなかった。あのレベルのピン芸人には負ける気はしない。