守破離と型

芸道や武道、茶道には型がある。いつの時代も、師から弟子への型の伝承は文化創造の要とされる。型を単純継承するだけでは発展はおぼつかない。それゆえ、師匠の型の模倣から始まって最終的には自分の型を生み出さねばならない。ここに〈守破離しゅはり〉という考え方が生まれる。ところが、守破離は「(師匠の)型を守り、それを破り、そして型から離れて自由自在になる」と一般的に理解されてきた。はたしてそうか。

問題は、守破離の〈離〉のステージの解釈だ。脱型して自由自在になる状態だと言われる。しかし、そのステージに達したとしても、型が消えてしまうわけではない。誰かが「ついに型から離れた」と悟ったかのように言っても信用しかねる。師匠クラスの技や振る舞いに何がしかの型を知覚するからである。〈離〉は型の不在ではない。ある型から離れて辿り着く先が型無き混沌の状態であるはずもなく、そこには進化した別の型が姿を現わす。〈破〉のステージも同様である。型を破るにしても同時に別の型が生まれるのである。

守破離

守破離とは一つの固定した型を巡っての熟練化概念ではない。端緒を開くのは守るべき型だが、それを破ったとしても次に「型破りな型」が育まれるのであり、そこから離れても次に「型離れした型」が現れるのである。「守り破り離れる」を弁証法的に繰り返し、つねに新しい型を創造していく修行の過程を守破離は説いているのではないか。


何々道だけの話ではない。おこなうことも考えることも模倣から独創への過程を踏む。たとえ独創的な次元に達しても型なき行動も思考も想像することはできない。おそらく人は型に縛られて生きる宿命を背負っているのだろう。これは、しかし、一つの型に縛られるということではなく、つねに型から型への〈変態メタモルフォーゼ〉を免れないという意味である。ぼくの知る名人達人は誰もが型を持つ。微動さえしない型ではなく、自在性と可塑性を併せそなえる型を持つ。型のないものをそもそも認識することはできないのである。道を究めた技を「自由自在」だとか「暗黙知」だと言っても、型がそういうふうに形容されたにすぎない。

型はヤドカリの住まいに似て、入型と脱型という新陳代謝を繰り返す。こうして身の程や技や力量に応じた型が研ぎ澄まされていく。守破離は型が洗練されていく道程であり、それは究極のシンプリシティへと向かう。「シンプリシティは究極の洗練である」というレオナルド・ダ・ヴィンチのことばが思い浮かぶ。こうしてみると、離れるとは技における余分の引き算ではないか。雑味を除いて純度を上げると言ってもいい。

「無用の用」ということばがある。無用も「用」である。そうであるなら、無型に見えるものも「型」に違いない。その型は絶対精神にも似た究極の洗練、シンプリシティを目指す。言うまでもなく、一人の人間の生においてそのシンプリシティを見届けるのは叶わないだろう。未来永劫、代々続く師弟関係においてこその守破離なのである。「芸術は長く人生は短し」というヒポクラテス由来の言がこのことを物語っている。

先近後遠

「先近後遠」などという四字熟語はない。造語である。何と読もうか。訓読すれば「近きを先に遠きを後に」だが、一応「せんきんこうえん」としておく。

数年前、ある大学院の准教授が“Near first, far second”という表現を使った。「直近に迫っていることや身の回りのことを先に済ませ、時間的場所的に遠いものは後に回す」という優先順位の話だった。念のためにいろんな辞書や書物で調べてみたが、ついにそんな英語の成句は見当たらなかった。調べようが足りなかったのかもしれないが、その先生の造語だと推測する。別に和製英語だからと言って問題があるわけではない。意図するところは十分にわかる。英語が造語なら、ついでに日本語も造語でいいだろうと思った次第である。

様々な遠近がある。時間の遠近なら、遠い将来と現在(または近い将来)、場所の遠近なら遠方と自分のいる所(あるいは周辺)、間柄の遠近なら疎遠と親密である。いずれでも、まずはよりよく見えるもの、手を伸ばせば届きそうなことを優先せよというのが先近後遠の考え方だ。なるほど、これを習慣化すれば先送りしなくなるし、仕事もテキパキと片付くに違いない。しかし、必ずしもいいことづくめでもない。中長期的展望や構想が後回しになりかねないからだ。仕事は日々のルーチンが中心となり、緊急の業務が優先される。グズ防止の処方箋ではあるが、目先の戦術ばかりで戦略がお留守になる危うさもある。

腹が減ったら目の前の食事にありつこうとする。当たり前だが、空腹時に次の誕生日の晩餐メニューにまで思いを馳せない。直近の物事に目を凝らし、ひとまず差し迫った事態に反応するのは、人も動物だからだ。ちゃんと先近後遠がDNAに仕込まれているのである。動物は目の前のエサに反応し、近くにいる天敵に怯え、先のことなど考えずに交配する。種の保存を強く意識して行為しているという説は滑稽である。たとえば「巣作り→抱卵→生育」などと書くと、そこに時系列の流れを感じ取ってしまうが、そんなものは概念上の理屈に支配されているからだ。どの過程もその時その場の行為であって、深慮遠謀の目的が意識されているはずもない。


人が動物と異なるのは、手段と目的の分別をしている点においてだ。目的を達成するために手段があり、また、諸々の手段は目的につながるものであると考えている。そして、しばしば手段と目的を取り違えたり目的よりも手段が気になったりするのは、時間的に手段のほうが目的よりもつねに手前にあるからだ。こうして、だいたいにおいて目的よりも手段が優先されることになる。本来は目的あっての手段だったはずなのに、本末転倒の誤りをおかしてしまう。小事と大事の関係も同様で、小事ほど具体的に見え、大事ほど輪郭がぼやけている。だから小さな仕事が大きな仕事につねに優先される。理不尽にして小さなクレームなのに緊急に対応してしまうなどはその最たるものである。

呼出と流す

ところで、二つの事柄に遠近の差がないとどうなるか。たとえば、よく使うものは先近、めったに使わないものが後遠のはずだが、両者が空間的に同じように扱われ近接している場合である。先日泊まりで検査入院した折りにこれを経験した。個室のトイレの〔流す〕と〔呼出〕ボタンがそれである。

病の身でないから、よほどのことがないかぎり〔呼出〕に用はない。下剤を服用し水分を十分に補給しているから、出番があるのは〔流す〕のほうだ。にもかかわらず、二回に一回はつい〔呼出〕に手が伸びてボタンを押しかけた。幸い一度も誤作動させずに済んだが、こういう状況に置かれると、ぼくたちは遠近や先後に、ましてや手段や目的に意を払うどころではなくなってしまうのである。

と、ここまで考えてきて、ふと気づく。頭の中でやれ手段だ目的だ、これが先であれが後、これが近であれが遠だなどと思い巡らしてみても、結局のところ、今何が重要なのかという判断は個人に委ねられる。ちょうど病院やトイレ設計者が自らの思惑で〔流す〕と〔呼出〕を同等に扱って近接させたように、ぼくたちも日々の仕事において勝手な思い込みで先近後遠を判断しがちである。ならば、いっそのこと先の先まで考えずに、その時その場で環境の変化に対応すべく日々を営めばいいのではないか。遠望を捨てる代償は小さくないが、とりあえず目先の小さなことをこつこつとこなしていくほうがうまく行くこともある。少なくともグズな人には有力な処方箋と言えるかもしれない。

「任せる」の多義性

角川の『基礎日本語辞典』に「任せる」という見出し語が収録されていない。これはかなり重要な動詞なのに。意外だった。実は、一般の辞書では解き明かしてくれないこと――信頼、自由、放置、諦念などのニュアンスの重なり――を調べてみたかったのである。

「ここまではぼくがやった。後はきみに任せる」という時は、きみへの信頼ときみの裁量を含む。「想像にお任せします」なら、自由と放任、すなわち、勝手気ままにお好きなように、である。「成り行きに任せる」なら放置と諦念、「神の思し召しに任せる」なら信頼と諦念。「あいつは何事も他人任せ」は無責任と甘えという具合。

どこかの牛丼店じゃないが、自分がやってみるよりも「うまい、安い、早い」なら適材に任せる。自分ができないことを、見事にやってのける人がいれば、その人の才能やエネルギーに期待すればいい。但し、自分がやってみるほうが「うまい、安い、早い」という場合でも、早晩任せるつもりなら、先物買いよろしく誰かに役割を委譲すべきだという意見もある。

小さな記念日(ワイン)

一杯のワインが欲しい時、素人が自分で作ってみようなどと思うのは暴挙である。ぶどう畑を手に入れ、苗から木を育て、秋に収穫、破砕、圧搾して発酵させ、再び圧縮し樽で熟成させて濾過し、やっと一杯のグラスに注げる。その一杯が世界一うまい保障はないが、世界一コスト高のワインになることは間違いない。最高級のロマネコンティを買うほうがずっと安くつく。蛇の道は蛇、餅は餅屋、ワインは蔵だ。上手・安価・迅速の三拍子が揃わないなら、アウトソーシングするに限る。


何かにつけて親に頼り、判断は人に委ね、流れに身を任せて生きていけばどうなるか。子どもならともかく、成人してもなおこのようなモラトリアムが根を生やした「必殺任せ人」に必殺仕事人はいない。日常生活でも、どこに遊びに行くかは友人任せ、焼肉の塩・タレ・素焼きの味付けも料理人任せ。仕事においても、上司任せで指示待ち。その上司にしても部下に任せっぱなし。権限委譲と言えば聞こえはいいが、それもお任せの一つの亜流にすぎない。「 任せ任され  うまくは行かぬ  ドジを踏んだら  きみのせい」と都都逸の一つで皮肉りたくなるのが、当世の会社事情である。

生れてからある時期まで、人は生きること、すべきこと、学ぶことなど、ほとんどすべてを他者に依存し、他者に判断を委ねる。依存とは任せるということだ。そして、任せておけば真剣に考えないで済む。考えないとは疑念を抱かないことでもある。何事かを疑い自ら別の判断を捻り出さないのは、一個の人間として未成熟、未完成の証である。

しかし、幼さを脱皮して青年期に差し掛かれば、何事かを誰かに任せながらも、そのことを納得してばかりいられないという内的動機が生まれてくるものだ。かくありたい、かくあらねばならないという意識への目覚めから、他者への依存が弱まり自助自立への意志が強まる。「他人に任せる」から「自分に任せる」へ……考えることも生きることも判断することも……これを「責任」と呼ぶ。それは、任せることと任せっぱなしの峻別をともなう能力でもある。

視覚とエッシャー

滝、上昇と下降、反射球体と手、メタモルフォーゼ、メビウスの帯、空の城、解き放ち、モザイク、鳥で平面を埋めつくす、バベルの塔、相対性、凸面と凹面、メタモルフォーゼ、爬虫類、魚とうろこ、蝶、蟹のカノン、三つの世界、露滴、もうひとつの世界、メビウスの帯、昼と夜、表皮片、水溜り、さざ波、ラーメスキータ、三つの球体、立方体とマジックリボン、蟻のフーガ、秩序と混沌、上と下、龍、カストロバルバ、描いている手と手、プリント・ギャラリー、言葉。

以上はエッシャーの版画やスケッチに命名されたタイトルである。

エッシャー2

ここに拾ったタイトルの図版は、ダグラス・R・ホフスタッター著『ゲーデル、エッシャー、バッハ――あるいは不思議の環』に収録されている。これは750ページを超える大作で、いったい何についての書物かを説明するのに戸惑う。一応科学に分類されるのだろうが、かなり多岐にわたっている。お勧めする気はまったく起こらない。それにしても、エッシャーの絵画には、まるで短編小説を思わせるようなタイトルが並ぶ。

エッシャーは版画家である。しかし、「だまし絵」と称される一連の作品は、科学や哲学など芸術以外の分野の考察対象にもなっている。自然法則上の構造に対して独創的なアンチテーゼを呈したのがエッシャーだ。彼の作品には空間の有限世界を無限化してみせるというテーマが横たわっている。


エッシャー

エッシャーの図録を何冊か持っている。ページを繰って眺めていると、ありきたりだが、視覚の不思議に気づかされる。視覚はおそらく知覚の代表格である。人は長きにわたって「一見いっけん」の力を信じてやまなかった。しかし、視覚は「錯視」という誤動作をしばしば起こす。手品のネタを明かされても手さばきの鮮やかさに見惚れてしまうように、エッシャーの版画の構成の正体を承知してもなお、何度見ても錯視が生じてしまうのである。

エッシャーの作品には幾何学や物理学の法則が本来あるべき姿として存在していない。だから、不安定で不気味で落ち着かなくなるはずである。しかし、なじんでしまうと、しかるべき現実の空間のほうにむしろ違和感を覚えることがある。うまく表現しづらいので、『共通感覚論』から中村雄二郎の視点を拝借する。

「(……)一面幾何学的な冷やかさをもちながら、同時に人間くさく、宇宙的感覚に充ちている」
「(……)視覚の逆理が単なる知的遊戯として示されているのではなく、作者のうちに内面化され、いわば触覚化されている(……)」

この文章からぼくが想起するのは、バルセロナで眺め、そして会堂に佇んだ、ガウディのサグラダ・ファミリア教会である。それはまさに〈人間的ミクロコスモス〉であり〈宇宙的マクロコスモス〉であった。作意が鑑賞者の内面にも響き、視覚の限界を超えてしまうのである。エッシャーの作品も同様だ。視覚の逆理を遊ぶ「だまし絵」というジャンルに振り分けられているが、騙されることを了解した上で鑑賞しているのである。こうしてみると、今ぼくたちが目の前にしている現実が――そこにあるモノや構造物が――「だましのない、見えるがまま、あるがままの存在」と言い切れない気がしてくるのである。

ここはぼくの場所だ

大きな世界地図を手に入れた。かなり精細に作られている。この一枚をトイレの壁に貼ることにしたわが家は狭いが、トイレの壁面積はまずまずなのである。その地図の、陸地ではなく、大西洋、インド洋、太平洋の海に浮かぶ小さな島々を目で追った。島と島を空想的に巡っていくと、点と点が結ばれ、地図上には引かれていない線が浮かび上がってくる。

Outre-mer_en

フランス領の島々がかなりあるので、インターネットで調べてみたら《フランスの海外県・島々》と題した地図が見つかった。フランス領の島々が他国領の数を凌いでいるように見える。これは新しい発見だ。南太平洋、インド洋、北大西洋のメキシコ湾に仏領の島々が点在している。もちろん、スペイン領の島……イギリス領にアメリカ領の島……オーストラリアやニュージーランドにも島が多い。

大航海時代に遡ってみる。これらの島々の一部は無人島だったかもしれない。しかし、アメリカ大陸発見と同じ経緯も多々あったと推測できる。つまり、航海者や探検家にとっての「発見」であって、たいていの島では原住民が古来住み続けていたはずだ。領土と宣言するに到る過程の血生臭いシーンが浮かぶ。先住権よりもよそ者の横領による占有権がものを言った。「ここはオレの国の島だ!」


と、ここまで書いて、パスカルの警句を思い出した。

ぼくのもの、きみのもの。
「この犬はぼくのだ」と、あの坊やたちが言っていた。
「これは、ぼくが日向ひなたぼっこする場所だ」
――このことばに地上のすべての簒奪さんだつの始まりと縮図がある。

(パスカル『パンセ』295

既得権のある者が領域侵犯者に告げるのではない。簒奪ということばが示すように、のこのこ後からやって来た者が既得権者に対して「そこはオレの場所だ!」と縄張り宣言をして横領したのである。日向ぼっこというたわいもない習慣で終わらないのが強欲な人間の常であり、覇権をねらう国家の魂胆も別のものではない。日向ぼっこの席がベンチ一つ分へ、ベンチの周辺へ、さらには公園、地域へと拡張していく。

「オレの、私の、ぼくの、われわれの」という一人称所有格は厄介である。かと言って、「みんなの」と言い換えたところで共有意識が高まるとはかぎらない。その名を持つ政党が崩壊したのは記憶に新しい。人間生来の欲望だろうか、自分のものは自分のものであり続けて欲しい。そして、垣根を一つまたいだところにある誰かのものも、できれば自分のものにしてしまいたい。ギャグめいた常套句、「ぼくのものはぼくのもの、みんなのものもぼくのもの」がこうして生まれる。

小さく威張ることに慣れると、やがてエスカレートして大きく威張るようになる。小さな権利を手に入れれば暴走気味に大きな権利を欲しがるようになる。ぼくの小学生の頃、教室の机は一卓二人掛け。机の中央に線を引く男子がいた。その線を消しゴムが越境すると、「ここはぼくの机だ」と主張した。やがて、「こっちに入ったら返さない」と言い始めた。中央に引く線が引き直され、男子は机上の領土を広げた。これが簒奪の始まりであり縮図であるなら、その後の人生で彼はかなりの数の消しゴムや鉛筆、その他諸々の物品や土地を手に入れたに違いない。

哲学のすすめⅢ

今でこそEUのお荷物的存在のギリシアだが、古代は思想、芸術、科学、都市、文化、スポーツなど万般において花盛りであった。今から二千数百年前の話である。東洋の古代思想界もギリシア同様に百花繚乱であった。これ以降の人類が、技術に実績を残してきたものの、知的進化、とりわけ人間性の鍛錬においてどれほどのことを成し遂げてきたのか、大いに懐疑しなければならないだろう。試みに東西を代表する哲学者・思想家を生年順に置いてみた。錚々たる顔ぶれをこうして並べてみると、末席のアリストテレスや孟子が若く見えてくるから不思議だ。

ピタゴラス          (前582年~496年)
孔子                   (前552年~479年)
ソクラテス          (前469年~399年)
釈迦                   (前463年~383年)
プラトン              (前427年~347年)
アリストテレス  (前384年~322年)
孟子       (前372年~289年)


哲学 アリストテレス

アリストテレスの『哲学のすすめ』の第四章と第五章では「技術」が一つのキーワードになる。目覚ましく進展する技術を開発当事者が持て余し気味の現代社会。アリストテレスの示唆にヒントがあるかもしれない。

技術によって生じるものはすべて、何かのために生じるのであり、この何かは技術にとっての最善の目的である。これに対して、偶運によって生じるものは、何かのために生じることはない。

最先端技術を駆使したドローンは「何か」のために開発された。その何かは元々攻撃や偵察であった。では、攻撃や偵察は最先端技術の最善の目的であるのか……こんなふうに考えてみる。いや、違う。誰の手でも制御できるように小型化した時点で、善用されるべき目的――普遍的な目的――を明確にすべきだったのである。意義深い目的のために開発されたものであっても、濫用に到れば偶然の産物と化す。偶然の産物に善なるものもあるだろうが、理知が働くことは稀である。アリストテレスは続ける……「技術は自然を補助し、自然がやり残したことを埋め合わせるためにあるのだ」。


第六章と第七章。これまでの繰り返しに近い内容である。もっとも、アリストテレスがこの一冊をこの順で書き下ろしたのではなく、「哲学・知識・知性・善」などを主題として断片メモを後世の人間が編纂したのであるからやむをえない。

「知る能力や知識を持ち合わせること」は必要である。しかし、これは可能性または潜在性のものであって、理知的であると言うには不十分である。「知識を用いること」が真の理知であり、現実性を帯びて顕在してはじめて必要十分となる。たとえば健康を目指して学ぶ健康の知識や摂取するサプリメントは可能性に過ぎない。健康になることそのものがより高位の善なのである。実践の知は読書よりも、また、幸せな現実の生活はインフラよりも、それぞれいっそう善に近く尊いのである。

哲学書を読むことよりも、哲学する日々の生活に意味がある。考えることは特別なものではなく、身近であり愉快であること、衒学的な知を格納するのではなく、生活の知としてユーモアを交えて楽しむこと……こんなふうに『哲学のすすめ』の着地点をぼくなりに定めた次第である。最後にアリストテレスのことばで締めくくっておくことにする。

「哲学することは幸福に深いかかわりをもつ」

「最も支配的なものは卓越性〔理知〕であり、すべてのものの中で最も楽しいものである」

《完》

哲学のすすめⅡ

ルネサンス時代のイタリアの画家ラファエロに『アテナイの学堂』という大作がある。どの人物が誰なのかすべて特定されていないが、ここにはギリシアの哲学者や門弟たちが描かれている。そして、それぞれの人物像にルネサンス当時の著名人がモデルとして対応しているらしい。

2アテナイの学堂(ラファエロ)

絵の中央部分を拡大すると、そこにソクラテス、プラトン、アリストテレスが描かれている。ソクラテスとアリストテレスのモデルは不詳だが、プラトンのモデルはㇾオナルド・ダ・ヴィンチというのが定説だ。興味深いのは、師弟関係にあったプラトンとアリストテレスのポーズである。イデアを哲学の原点に据えたプラトンの右手人差し指が天をついているのに対し、アリストテレスの右手の手のひらは地に向けられている。二人の様子から、「つまるところ、イデアだろ?」というプラトンに、「いや、あくまでも現実です」とアリストテレスが応じているような雰囲気が漂う。

閑話休題。さて、そのアリストテレスの『哲学のすすめ』の第二章と第三章を読解してみよう。第二章は第一章を小さく敷衍する形になっている。次の文章が主題文である。

もし人間が本来多くの能力から合成されてできているとすれば、人間が本性上成し遂げることのできるもののうち、最善のものがつねにその固有の働きであることは明らかだ。たとえば、医者の固有の働きは健康であり、舵手の働きは安全であるように。

どんなに複合的な能力が自分に備わっていても、単なる足し算では話にならない。自分にとって最も重要なコミットメントに独自に働きかけなければならないのである。自分が何業であるかという職分の意識を持ち、理知と賢慮を最高善のために働かせるということだ。「あなたの仕事はどんな善の実現のために存在するのか?」と問われて、一言で即答するのは容易ではない。


第三章では理知を欠くことを嘆く。今の時代に幅をきかせ始めた反知性主義、あるいは現代人が陥りがちな思考停止状態への警告としても読める。2400年前の指摘なのに、色褪せているようには思えない。

たとえ人が一切のものを持っていても、思考する力に欠陥があり病的であるとするなら、その人の生は望ましいものではない。(……) 観照的に哲学すべきである。そしてできるかぎり、知識と知性に則した生を生きるべきである。

いかに専門性の高い技術を身につけたとしても、あるいは人脈や財産に恵まれたとしても、自分の頭で考えていないのなら幸せな人生にはならないという。思考が主体的に生きることを可能にする。その他のすべてのものは思考を核としてはじめて固有の価値になる。「観照」とは聞き慣れないことばだが、「感情的にならずに、あくまでも冷静に人生や自然や美などの抽象概念について思索すること」を意味する。当然、こんなことは面倒だから、人は安易に反応的で受動的な感性にすがりたくなる。「線の思考」よりも「点の思いつき」で生きれば、誰だって幼稚なモラトリアム人間のまま大人になっていくだろう。

考えるということを本を読んだり調べたりすることだと錯覚している人がいる。ぼくの仕事である企画は思考行動以外の何物でもないのに、調査や情報収集だと思っている人がいる。自称「考える人」も、思考というものは独り沈思黙考することだと信じて疑わない。しかし、ぼくたちは腕を組んで独りで考えることなどできないのである。人は対話を通じてよりよく考える。哲学することと対話することは不可分の関係だ。対話不足の職場に思考の広がりや深まりを期待できるはずもない。

人には〈センスス・コムニス〉が備わっている。共通感覚のことである。共通感覚によって人は他者のことを顧慮することができる。自分自身を他者に置き換え、他者を自分に置き換えることができる。これが人間関係の基本だ。このことを踏まえれば、感情的にカリカリせずに理性的に対話することは可能なのである。 

《続く》

哲学のすすめⅠ

「デカンショ」と言えば、デカルト、カント、ショーペンハウエル。哲学青年の間で合言葉になり歌になった時代がある。近代哲学の人気御三家というところか。ギリシア哲学の古典的草分け御三家となると、「ソプラアリ」で異論はあるまい。ソクラテス、プラトン、アリストテレスは「同門の直系三代」である。ソクラテスの本は一冊も読んでいない。読んでいないのはぼくだけではない。誰も読んでいない。なぜなら著作がないからである。ソクラテスの思想についてはプラトンの一連の著作によって知りうるばかりだ。

アリストテレス『哲学のすすめ』

さて、「哲学のすすめ」というタイトルにしたのはぼくの動機ではない。アリストテレスの『哲学のすすめ』について紹介する機会があったので、そのまま流用した次第。どんな哲学の本を読めばいいかと知人に尋ねられ、ぼくが答えていいものかどうかも考慮せず、入門の一冊として紹介したのがこの本だった。二年前に書評会で取り上げた、比較的とっつきやすい一冊のつもりである。但し、買うには及ばないと思い、「ぼくがまとめた文章があるから、これを読んでみたら」と告げて書評を差し出した。

小説を耽読していた反動だと思うが、三十数年前から哲学を読むようになり今もその遍歴が続いている。書かれていることを覚えることにさほど関心はない。では、何のために読むかと言えば、考えるヒントにするためである。あくまでも個人的な読書習慣であって、他人様に哲学書を勧めることはほとんどしない。デカンショのカントが「人は哲学を学ぶことはできず、哲学することを学びうるのみである」と唱えた通り、哲学すること、つまり、知を尊んで考えることに意味を見い出す。アンチエイジングの一手段かもしれない。『哲学のすすめ』の書評をもとに3回に分けて書いてみることにした。


アリストテレスの著作はやさしくない。哲学の専門家に向けられた論文や講義草稿の大半は形而上学的な理屈で書かれ、時には閉口し本を閉じてしまいたくなることさえある。一般向けに著された書物はほとんどなく、この一冊が唯一の例外と言ってよい。本書は、前4世紀頃に書かれた断片メモを掻き集めて後年編纂されたもので、原題は『プロトレプティコス』。まるで恐竜の名前のようで、うっかりすると舌を噛みかねない。ギリシア語で「勧告」という意味らしいが、さしずめ「やさしい哲学(知恵への愛)入門」というところだ。

われわれの対話の相手は人間であって、その神的な生の分け前を意のままにできるような方々ではない。だから、この種のすすめの言葉には政治的実践的な生への忠告を混ぜ合せなければならない。

これが第一章の冒頭である。凡人相手に哲学を語るときは、政治や有益な生の過ごし方をからめるべきだと言う。政治をからめたら余計に難しくなるのではないかと危惧するが、現代と違って、この時代のギリシアでは政治が(そして対話が)生活に身近な存在だったのである。では、どんな知識が存在し、どの知識が特に重要だとアリストテレスは説いたのか。

① 生活に便利な知識  vs  その知識を活用する知識
② 奉仕する知識  vs  命令する知識

このように対比した上で、①と②のいずれも下線部のほうに軍配を上げている。①では何が語られているか。生活に便利な知識を、たとえば「料理に関する知識」としてみよう。これは蓄えた知識である。この蓄えた知識を「実際においしい料理に仕上げる知識」こそが重要なのである。後者の知識はもはや「知っている」ではなく、「実践できる」という意味に限りなく近い。②はどうか。提供するだけに止まらない知識、つまり、人に指示し人を動かす知識の優位性である。「主体的で統率的な力を持つ知識」と言ってもいいかもしれない。

アリストテレスによれば、このような実践性にすぐれた知識の内においてのみ真の意味での「善」が存在する。善はアリストテレス哲学の重要なキーワードである。人は理性を発揮して正しく判断しなければならない……そして一切の感情を捨てて冷静に善について思索しなければならない……これを一言化したのが《フロネーシス》なのだろう。理知または賢慮と訳されるこの概念は、幸福と並んで、最高の善と見なされた。アリストテレスにおいては、フロネーシスこそが優れた人物の証だったのである。 

《続く》

心と言葉と

漢字の「言葉」を使うことはめったにない。若い頃に何かの拍子に刷り込まれてしまったのか、言葉と書くと「ことのは」という響きとともに情念が勝るように感じてしまう。思惑に反して文脈の情念が強くなりそうな時、「ことば」と書き表わすか、いっそのこと「言語」と言い換えるようにしている。ここでは敢えて漢字の「言葉」を使う。理由は簡単で、近くの寺院の今月前半の標語「心病むとき言葉が乱れる」を引用して文を綴るからである。実物は達筆でふるわれていたが、ここでは文意に則して書体に「ゆらぎ」を加えてみた。

心病むとき言葉が乱れる

命題の形をとる標語である。命題には証明がつきもので、こういう形式に出くわすたびに真偽のほどをチェックしたくなる。命題「AならばBである」の是非を考え始めたものの、行き詰まったり堂々巡りしたりして判然としない時に、いい方法がある。命題の対偶から眺め直して検討するのである。「AならばBである」の対偶は「BでないならばAではない」だ。したがって、「心病むとき言葉が乱れる」の対偶は「言葉が乱れていないとき心は病んでいない」である。命題が真ならその対偶も真という論理法則があるので、対偶が真なら命題も真ということになる。

ところで、命題の証明に先立って術語の定義を明確にしなければならない。法律ではないが、証明にあたって気配りすべき暗黙の約束事だ。現場ではなく机上で物事を考えるなら、個々の語の意味を疎かにしてはいけない。しかし、この標語では定義すべきキーワードは「心」、「病む」、「言葉」、「乱れる」と手強いものばかり。しかも、短文命題であるから、用語の意味を明らかにすることと命題を証明することがほぼ同じになってしまいそうである。と言うわけで、回りくどく書いてきたが、対偶や定義から考えるのを諦めて、標語通り素直に「心が病む⇒言葉が乱れる」を検証することにした。


〔心病む〕
心とは厄介な概念である。心がどこにあるかについてはいろんな見解がある。「きみ、心の問題だよ」と言って胸のあたりを指差す人がいるが、そこにあるだろうと想像できるのは乳房か心臓である。まさか〈乳房イコール心〉や〈心臓イコール心〉はありそうもない。しかし、もしその人が指差しもせずに「心はね……」と言うなら、この心のありかはいったいどこなのだろうか。現在、最も有力なのは〈心イコール脳〉であり、ぼくも同意する。心とは脳の神経機能や作用の内的現象的な捉え方(表現)という見方だ。したがって、心病むというのは、脳の神経機能や作用が健全でない状態を意味する。

〔言葉が乱れる〕
脳が演出した心がそんな状態にあったとしても、もしきちんと書かれた原稿を棒読みしていれば、一応言葉は乱れていないように聞こえる。では、きちんと書かれたとは何か。それは、規範文法上不適切な言葉の使い方や誤用が見当たらないということだ。だが、寺院の今月の標語が規範文法に照らして言葉の乱れを指摘しているはずもない。おそらくもっと単純な辻褄の合わない言葉遣いや論理療法的な意味での思考表現のズレに近いと思われる。つまり、言っていることが考えや現実に一致していない場合のことである。こんな場合、言葉は曖昧になり、極端になり、過激になり、粗野になり、乱暴になる。

〔心と言葉〕
心を脳だとすれば――そして、それが健常でないならば――感じることや考えること、さらには現実を観察し認識するなどの処理は困難になる。言語はそんな処理に欠かせないから、言葉の用い方にも乱れが生じる。言語を司る脳が病んでいるのなら、言語を乱れなく司ることができなくなるのは当然である。ここに到って、「心病むとき言葉が乱れる」は類語反復であることが分かる。ついでに対偶である「言葉が乱れていないとき心は病んでいない」に戻ってみよう。常識的には成り立っていそうだが、一つ条件を付けなければならない。それは、その言葉が誰かに強制されたものではなく、自発的に用いられていることだ。この条件が担保されるなら、この類語反復標語はどうやら真らしいと言えるだろう。

最後になって書くのも気が引けるが、心が病んでいるとか言葉が乱れているとかを判断し指摘するのは、自分自身ではなく、他人である。そう判断し指摘する他人が「心病み言葉が乱れている人」ならば、心や言葉のありようについて、ぼくたちはその真相をどのように知ることができるのだろうか。

「百聞は一見にしかず」なのか?

「百聞は一見にしかず」。聞き上手が褒められるわが国でこの諺は生まれにくかったに違いない。同じことを百回も聞く人は聞き上手に決まっている。この諺は和製ではなく、戦地に赴くことを宣帝に願い出た趙充国将軍の言に由来する(『漢書』)。何度も人から聞くよりも、自分の目で実際に見るほうが確実であるという意味で今も使われる。ここで確実と言うのは「確実に知る」ということ。何かを理解し分かるためには、聴覚よりも視覚のほうがすぐれている、見るは確実に知ることにつながる、と言う教えである。

百聞は一見にしかずか?

英語では“Seeing is believing.”がこれに相当することになっている。「なっている」というのも変だが、そう書かなかったら英語のテストで誤答とされたから、しっくりいかないけれども、そう答えるしかなかった。しかし、どう考えても、「百聞は一見にしかず」と同じではない。英文は聞くことについては言及しておらず、「見ることは信じること」と言っているだけであり、見ることの確かさについても保障してなどいない。「見たら信じられるか?」と聞かれて、ぼくは即答できない。幻覚には見落とし、見損じがあるからだ。

見ること――この目ではっきりと見ること――は、はたして物事が確かに分かることなのか。しかも、「一度見る」だけで十分なのか。自分自身のこと、周囲にいる知り合いのことを思い浮かべてみればいい。一度見ることが百回聞くよりも優るのは常ではない。人次第、正確に言えば、理解力次第である。ある人が一度だけ聞いて分かるのに、別の誰かは百回聞いても、そして百回見てもさっぱり理解しないことなどはよくある。ぼく自身、一度聞いて分かることもあるし、何度聞いても分からないことがある。ならば、聞くのをやめて、見たら分かるか。いやいや、一回見て分かることもあれば何度見ても分からないことは、聞くのと同じ程度に起こる。


この諺に異議を唱える諺がある。「心ここにらざれば、視れども見えず」がそれだ。心ここに在るとは集中力だ。集中力を欠いてぼんやりと見ているだけでは何も見えてこないだろう。ロダンの、「私は毎日この空を見ていると思っていた。だが、ある日、はじめてそれを見たのだった」という述懐には、ある時、突然集中のギアが入った印象がうかがえる。

「我々の感覚は見ていても、見えていないのである。ノートル・ダム正面玄関のロザース〔薔薇窓〕辺の石の壁面の美しさは、見ていても多くの場合、我々には見えていないのである。窓の間の壁面の美しさを何十何百とある建物の中に気がつくようになって、或る日ふとノートル・ダムを眺める時、今まで見えていなかったものが、突然見えるようになって来るのである」
(森有正 『遠ざかるノートル・ダム』)

あるものが見えるためには場数が必要である。同時に見る対象の付帯状況に身を置き、対象と一つにならねばならない。野次馬のように、対象と自分を切り離されたものとして凝視しても易々とは見えてこない。なぜなら、ものは外からのみ見るのではなく、そのものの内面からも見えるからである。内面から見えるとは、感覚を研ぎ澄まして想像力を働かせるということだ。それなら、見ることに限った話ではない。聞くことには、音によって視覚を補おうとする想像が蠢く可能性がある。

見るにせよ聞くにせよ、対象が鮮明に確実に分かるためにはある程度の時間をかける必要がある。一度や二度で分かろうなどとは調子が良すぎるのだ。ロダンにしても森有正にしても、何回も何日も熟知に至る時間を費やした。もちろん、何事かを即座に直観的に分かることもある。しかし、百聞して分からぬことはおそらく一見しても容易ではない。視覚の聴覚に対する優位性をかたくなに信じる向きもあるが、ぼくはエッシャーのだまし絵を鑑賞して以来視覚を過信しなくなったし、身近では、毎日の散歩道で日々新しい視覚的体験に驚いている。人は、聞いているようで聞いていないし、見ているようで見ていないのである。だからこそ、全身を耳にしてことばを傾聴し、全身を目にして対象を注視しなければならない。