却下する側、される側

仕事柄、企画書をしたためて企業に提案してきた。入札の場合、競合相手がある。競合に勝ち負けは必然。この30年、勝率は8割を超えているから上々の出来である。それでも2割は負けている。勝ち負けが逆になっていたら、たぶんこの仕事の今はなかった。

企画の規模にもよるが、短くても一週間、長ければ一ヵ月近く案を練って準備をする。不幸にして、却下の憂き目に遭うと心中は穏やかではない。しかも、ほとんどの場合、却下の理由は明かされず、またコンペを勝った競合相手の案の優れた点は知らされない。敗因分析しようにも、他の案がわからないので失望をなだめるすべはない。

昨年の今頃、コンペ参加の依頼があった。得意分野の研修テーマの実施計画だったので、余裕綽々、どんな相手でも勝てると踏んでいた。意に反して、結果は負け。研修会社経由の依頼だったので、プレゼンテーションはその会社がおこなった。案は良かったがプレゼンが下手だったと思うことにして、負けを引きずらないようにした。

入札する側を何度も経験し、また入札審査する側にも立つことも多い。審査し合否を決定する側のほうが気楽である。採用案に対しては評価点が最高点だったことを示し、その理由を型通りに告げればいい。しかし、却下された案にはほとんど却下の理由は示されない。数案のうち一案だけが選ばれるわけだから、却下された他の案には「ダメでした」という結果さえ伝えれば済む。


『まことに残念ですが……』という本がある。「不朽の名作への不採用通知160選」という副題が付いている。現在超名作とされている錚々たる小説が、書かれた当初は出版社に拒絶されていた。その不採用の旨を作家に送った手紙が収録された本だ。

「まことに残念ですが、アメリカの読者は中国のことなど一切興味がありません。」

『大地』を書いたパール・バックはこのように告げられた。本のタイトルとなった、「まことに残念ですが……」とあるだけでもまだましなほうである。

アンネ・フランクの『アンネの日記』の場合はこうだ。

「この少女は、作品を単なる“好奇心”以上のレベルに高めるための、特別な観察力や感受性に欠けているように思われます。」

『タイム・マシン』でH.G.ウェルズは次のようにこき下ろされた。

「(……)たいして将来性のない、マイナーな作家だ。この作品は、一般読者には、おもしろくなく、科学的知識のある者にはもの足りない。」

却下する側の気楽さが窺え、却下された側のやるせない思いが伝わってくる。人が他人を評価するとはこういうことなのである。ある人間の評価と世間一般の評価が同じであるはずもない。諾否を決める評価者が人それぞれの基準を持っているのは当然のことである。

しかし、今から見れば理不尽かつ滑稽な断り状だとしても、これらの不採用通知には理由が書いてあった。理由があれば、それを読んで絶望すると同時に、立ち上がる勇気の種も手に入れることができるかもしれない。“No!”の言いっ放しで済ませている当世コンペ実施側の良識と応募者への敬意はどうなっているのか。切に問う次第である。

書名から考えた

三日前に年賀状をすべて投函した。テーマは〈架空図書館〉、書いた文章は2,246文字。一度は企画されたものの出版を見送られた本、途中まで書いたが絶筆になった本などを11冊紹介した。もちろん架空である。受け取る方は楽しみにしていただきたい。残念ながら、住所の知らない人にその年賀状は届かない。

配達される年賀状から派生しそうな話を「スピンオフ」として書いてみた。年始の本編に先立つ年末のスピンオフというわけだ。架空ではなく「実在の本」を取り上げた。暮れのこの時期、本腰を入れて批評しようと思い立ったわけではない。ぼくの本への――正確には書名への――常日頃の接し方である。書名を見て考えて、読んだことにしている。

『苦手な人もスラスラ書ける文章術』
熟読も完読もしていないが、拾い読みしたところとても読みやすい本である。ところで、文章を書くのが苦手なのは、これまで書かなかったからである。そんな人がこの本を読み一念発起して書き始めることができるだろうか。仮にできるとしても、書く習慣をこれからも続けるとは到底思えない。得意としている人でもスラスラ書けないのが文章というものだ。この本は苦手な人のためになるのではなく、書くのが好きな人のためになると思われる。

『企画書は一行』
言いたいことをシンプルかつコンパクトに言い表せという意図だとわかる。一枚ならぼくも実践しているからありえると思うが、どう考えても一行は無理ではないか。企画書の一番上に「○○企画」と書いたら、もうそれで一行だ。いや、表題無しにいきなり骨子に入るとしよう。唐突に一行だけ書いた一枚の紙を誰が企画書だと思ってくれるのか。「いきなりのこの一行、何のことかさっぱりわからん」ということになりかねない。

『困った人たちとの付き合い方』
一番最初に思いつく方法は付き合わないことだが、それでは本として成り立たないから、たぶんあの手この手で指南しているに違いない。「困った人」はおおむね理不尽である。「付き合い方」は理屈である。書名に理不尽と理屈が並んでいる。経験的には、困った人が変わってくれる可能性はきわめて低い。だから、こちらが折れて変わることになる。そんなことまでして、その困った人と付き合う必要があるとは思えない。

『すべてはネーミング』
ネーミングの重要性については大いに共感する。すべてと極言したい気持も理解する。しかし、やっぱりすべてではない。名付ける対象あってこそのネーミングなのだ。商品やサービスやイベントの企画以前に名称が先行することが稀にあるが、名称だけが一人歩きできるわけではない。ネーミングだけして知らん顔できるのなら――それで仕事になるのなら――ぼくなどはとうの昔に楽々億万長者になっていただろう。

おもてなし考

「お・も・て・な・し」は2013年度の流行語大賞であった。以前から使われていた普通のことばが大賞に選ばれて、特別な意味が付加された。意識せずともできていたことが、わざわざ意識しなければならなくなったのである。ことばや道具や行為は、習慣的に用いていれば板に付いてくる。敢えて意識する必要はないから、不自然さを感じない。しかし、あらためてクローズアップされた瞬間、そこにこれまでと違った意味が備わってしまう。

当世、「飲み放題付きコース5,000円」を謳う食事処はどこにでもある。通勤途上のある店は、大衆居酒屋よりもほんの少しグレードを上げたようなコンセプトで営業している。飲み放題の種類はおよそ70種類用意されているが、制限時間は長めの2時間半。「元を取っていただくという考えではなく、ゆっくりとくつろいで飲んでいただきたいから」とメニューに書き添えてある。ゆっくりくつろいで飲むとくれば、料理への期待も高まる。

さて、そのメニューである。いろいろな一品料理、コース料理、ドリンクの種類よりも先に、つまりメニューの最上段に、飲み放題にまつわる五カ条の注意書きが記されている。

一、グラスは交換制。
二、一気飲み禁止。
三、泥酔客への提供お断り。
四、テーブルを汚すと即退席。
五、場合によってはクリーニング費用請求。

メニューの一番目立つ箇所に、よくも思い切った文面を置くものだと呆れたが、よほどたちの悪い客で迷惑した経験があるようだ。グラス交換の件、了解である。客のマナーとして当然だ。しかし、あとの四カ条はどうか。客の全員を性悪説的に見なしている。良識ある客にとっては、言わずもがなの心得ばかりである。一気飲みしないし泥酔しない、きれいに飲食するマナーを心掛けて飲食する者にとっては、こんなメッセージを目にしてから料理を注文する気にはなれない。飲食メニューの前にクリーニング代の弁償などと恫喝するのはどういうつもりなのか。


テーブルに備えてあるメニューと同じものが店の前に掲げられている。実は、ここに入店したことはないのだが、そのメニューの威嚇的な禁止事項のせいである。メニューの下段には店の方針が書かれている。「あくまでも仕事帰りの軽い飲み」がコンセプトだと言う。先の「ゆっくりとくつろぐ」を併せてみれば、飲み放題と相反していることに気づく。飲み放題などという仕組みは、そもそもおもてなしなどとは縁遠いのである。

極めつけは「美味しくて手間の掛からない料理」という一文。手間が掛からないというのは客目線ではなく、店の自己都合である。もちろん、手間を掛けずにうまいものは調理できる。有名ミシュラン料理店のシェフがそういうお手軽レシピをテレビで紹介することもある。しかし、それはあくまでも家庭向けであって、実際の客に向かって堂々と「手間の掛からない料理」と宣言するのとはわけが違う。美味しいは当然として、なぜわざわざ手間の掛からないことに胸を張っているのか、まったく解せないのである。

手間を掛けないのなら、ぼくなどはわざわざ店に来ない。自宅でささっと作れるのと同じ料理に、その何倍もの金額を払う気にはならない。缶詰を開けてつまんでいればいいのだから(最近の缶詰は三百円も出せば、かなり美味しくいただける)。

言うは易し行うは難しがおもてなしである。なぜ人は、自宅ではなく、外で料理をつまみ酒を飲むのか。いろんな事情があるだろうが、値段や味とは関係なく、何がしかのおもてなしに期待するからだ。すなわち、自宅での調理者兼実食者ではなく、客としてひと時を過ごすためなのである。当然、料理人の手間にも期待している。

続・賞賛と批判

ぼくの周囲にも「褒め上手」がいる。中には、人間関係のため、ひいてはそのほうが自分が楽だからという理由だけで褒めている人もいる。決して他人の行為や能力、仕事ぶりをつぶさに観察しているわけではない。「いいですねぇ」を機械的に連発したり平凡な成果に過剰反応したりと、かなりいい加減である。賞賛とはほど遠い、形式的な辞令であることがほとんど。ゆえに彼らの賞賛を真に受けてはいけない。

構成メンバーがお互いに褒め合う集団を想定してみればいい。のべつまくなしに褒め合うのだから、暗黙のうちに「合格ライン」が低く仕切られている。甘く点数をつけ、またつけられることに慣れてしまうと、辛い点数がつけにくくなり、また受け入れがたくなってしまう。これではごっこ集団である。ぼくの知るプロフェッショナル集団は点数の水増しをしないし、批判すべきところを賞賛にすり替えるようなことはしない。

賞賛と批判を「信と疑」に置き換えれば、おおむね信が疑よりも受けはいい。信じる者は必ずしも救われないし、懐疑する者がいつも否定的とはかぎらないが、一般的には疑うよりも信じるほうが良さそうな風潮がある。懐疑や批判が出てこない組織や社会はリスクマネジメントに問題を抱える。組織の潤滑性を重視しても問題が解決するわけではない。先送りした批判のツケはいずれ回ってくる。ツケの弁済に追われる頃には、競争力を失うことになる。棘を無視しても棘は残る。棘は早めに抜くに越したことはない。


褒めるという道理だけではいかんともしがたいのである。賞賛に批判は含まれない。しかし批判の後には賞賛もありうる。大は小を兼ねるに従えば、批判こそが大で賞賛が小ということになる。誤解を招かないように書こう。批判というのは、当面の対象に対して「あるべき姿」を想定してこそ成り立つ。それはあくまでも一つの代案に過ぎないが、その代案によって検証するには真摯さと覚悟が必要なのだ。あるべき姿を思い浮かべながら、対象を検証する。批判は検証であって、非難や破壊ではない。なぜなら、検証をくぐり抜けたら合格の判を押すからである。

問題解決への意欲があるからこそ、批判と検証をおこなうのだ。問題解決を諦めてない証拠である。自己批判と自己検証も同様である。それが甘くなれば、どこかの大企業のようにデータの捏造が平然とおこなわれる。問題を要素に分けて丹念に検証し、厳しくふるいをかける。その結果、合否を判定する。10項目のうち7つをクリアして合格とする場合もあれば、全項目クリアしなければ合格にならない場合もある。一つクリアしただけで良しとするのが節操のない褒めまくり体質の特徴だ。

褒めることを過剰に推奨する風潮に批判を加えてきたが、褒められて有頂天にならず、さらなる努力につなげる人もいるが、褒められるとひとまず自己満足してしまうのが常だ。「絶望的な仕事に見えても、いきなり批判せずに、まずは褒める」と言った大企業の部長がいたが、褒めた後に、いつどのタイミングで批判に転じるというのか。何とかハラスメントにならぬようにと自己保身する無責任もはなはだしい。面倒を見るという責任が負えるからこそ批判ができる。そして、批判の毒気をやわらげるためにユーモア精神を忘れてはいけない。

賞賛と批判

プレゼンテーション、ディベート、企画コンペなどの審査員として年に何度か出番がある。公的な性格のイベントもあれば、私的な会合の場もある。利害関係があろうとなかろうと、一切忖度や贔屓をせず、また先入観にもとらわれず、内容と説明だけを勘案するように努める。忖度や贔屓、先入観を抜きにして評価をするのは難しい。だから、強く意識して「努める」。

異業種交流会などの企業プレゼンテーションでは、仲間が発表者の準備努力を知っているので、心情を汲み取って辛口コメントを控えがちだ。実際は内容にも大した見所がなく発表も拙いのだが、主催者や同志が表立って批判することはめったにない。異口同音にねぎらい褒めるのである。歯に衣着せず批判するのはゲストとして招聘されているぼく一人ということがよくある。よほどのことがないかぎり、出来が良くなければぼくはお世辞で褒めない。まずい箇所を指摘し、今後の改善努力を促す。とことん硬派である。

褒めるの対義語は「そしる」や「けなす」。響きはよろしくない。褒めないからと言って、別に謗ったり貶したりするわけではない。そんな否定的な責めをしても、成長は望めないからだ。褒めるを「賞賛」と言い換えれば、「批判」という対義語が浮かび上がる。良ければ賞賛し、かんばしくなければ批判する。ここに何の問題もないはずだが、人間関係だの言いづらさだのがあって、批判の場面はめっぽう少ない。賞賛と批判。賞賛のほうが批判よりも上手な人間関係を築くという考えがあるが、説得力のある根拠はない。


上司や周囲の人たちがあなたを褒める。あなたは別にファインプレーをしたわけではない。ふつうに仕事をして、その出来も目を見張るほどのこともない。それを自覚していても、褒められて気分が悪いはずがない。こうして60点程度なのに、あたかも80点くらいの過分な評価を受ける。これにすっかり馴染んでしまったあなたはよほどのことがないかぎり、現状に甘んじる。

さて、そんなあなたが、出向いた顧客先でこっぴどく叱られるとする。理不尽な仕打ちではなく、あなたの仕事ぶりが期待外れだったことに対する当然の指摘である。しかし、批判されることへの免疫をすっかり失ってしまったあなたは、批判される辛さに耐えられない。褒めることを推奨し、自らも他人を褒めることを実践している人たちは、こんなに落ち込んだあなたの面倒まで見てくれない。彼らは当事者ではないから、深く関与できないのである。あなたの落胆ぶりを見て、彼らができること。それは、励まして再び褒めることでしかない。

褒められることに慣れたあなた。先輩や仲間内に信じられ面倒をよく見てもらっているあなた。早晩、あなたは褒めが「褒め殺し」の一変形でもあることに気づく。褒める人たちの誰もが誠意の人とはかぎらない。楽だから褒めている人もいるのだ。褒める人たちが賞賛の責任をどこまで負ってくれるのか、はなはだ疑わしい。むしろ、批判の内に見落としてしまいがちな思いやりと寛容に目を向けるべきだろう。

「諸問題」という問題

20世紀の終わり、積み残した問題のほとんどは21世紀初頭に解決されるだろうと楽観的に語った人たちがいた。世紀の変わり目ゆえに、次の世紀への期待が大きかったようだ。しかし、さしたる根拠があったわけではない。開けてびっくり玉手箱。世紀が変わっても、ほとんどの問題は名と形を変えて散在したまま。散らばっているならまだしも、積み上げてしまって解きようがなくなった。積み上げるのは煉瓦であって、問題ではない。

問題というのは抱えて悩むものではない。問題は解決すべきものである。問題解決技法などとたいそうなことば遣いをするには及ばない。さて、どうするかと思案する時間を短くしてさっさと着手するに限る。たとえば、ぼくのオフィスは10月半ばまで外装工事がおこなわれる。今朝からランチをはさんで午後までスタッフが得意先を迎えて会議をしているが、工事の騒音で集中できない。声を拾うのも大変な状態である。どうするかと考える余地はない。騒音を消してもらわねばならない。と言うわけで、現場監督に掛け合って部屋周辺の工事時間帯をずらしてもらった。一件落着。簡単に解決できる。規模の大小ではない。解決マインドの根底にあるべきものはさほど変わらないのである。

築地移転の問題は想像以上に長引いた。三ヵ月前、都知事が「築地を守り、豊洲を生かす」と明言した。豊洲に移転はする、しかし五年後をめどに築地を再開発する。そして、市場移転の切り札として〈アウフヘーベン〉という、止揚と訳される小難しい哲学術語を持ち出した。築地がテーゼか豊洲がアンチテーゼか、あるいはその逆かは知らないが、両立しづらい事案を調整してやり遂げようという含みがある。うまく行けば問題を統合して解決できるかもしれないが、あれもこれもという未練ではないか、苦肉の妥協策ではないかと批判されてもしかたがない。


問題が長引くと「三方よし」というような発想に向かうことが多い。みんなの顔を立てねばならなくなるのだ。うまく行けば手腕は誉められる。しかし、「築地―豊洲」の統合理念を掲げることと実際に結果を出すことは同じではない。熱く語られ繰り返されても、理念は往々にして空回りし、理念で謳うほどの成果がもたらされることはめったにない。社会貢献だの人をたいせつにする精神だのと叫んでも、理念を実行するには、理念策定とは異なる能力とエネルギーが必要なのだ。

アウフヘーベンという美名のもとの妥協策は、二者択一を決断できないリーダーの「あれもこれも」の表れか。優柔不断の共存プランの落としどころは、いずれか一方の決断よりも見えづらい。都民でもなく、築地も豊洲もよく知らないが、築地は日本が世界に誇れる数少ない市場ブランドの一つであることを知っている。実は、築地ブランドは、東京が進んで世界に発信して有名になったと言うよりも、世界のほうが先に価値を見い出したのである(ドキュメンタリー映画『築地ワンダーランド』を観れば明らかだ)。単なる流通拠点ではなく、稀有な専門性と歴史によって培われたブランド。どれほど深刻で多岐にわたる難しい条件があろうとも、築地を守る、いや、より強固に世界ナンバーワンかつオンリーワンの地位を確立するのがごく自然な理念だったはずだ。移転というオプションなどは市場再構築の当初から論外にしておくべきだったのである。

現在の築地で築地市場を再構築する、そしてそれに伴う諸問題を極力集約して解決すべきであった。豊洲という新たなオプションによって諸問題は膨らみ多岐にわたってしまった。ここに至って今、共存プランが登場した。一つ所でさえ厄介なのに、二か所で統合的にものを考えねばならない。視野狭窄で統合失調気味の専門家らは頭を抱えて悩み、実行策はさらに混迷を極めるだろう。二者択一の際に生じる諸問題と二者併用から派生する諸問題はまったく異質のものである。経験や専門性を生かしにくい諸問題が新たな問題と化すだろう。仮にアウフヘーベンがうまく行ったとしても、築地のブランドの世界的価値はいったいどうなるのか。まったく読めない。

慣れの功罪

経験を重ね場数を踏んでいくうちに、仕事も趣味も手の内に入ってくる。人前で喋ることなども、初心の頃と違っていちいち緊張しなくなる。これを「慣れ」という。慣れることは一見良さそうに見えるが、実は、習慣が形成されることには功罪がある。だから、もし良し悪しを語るなら、良い習慣、悪い習慣というように言わなければならない。

すっかり手慣れてしまえば熟練だ。熟練の腕前とは、見事にやってのけること、すっかり身についているさま。あまり深く考えなくてもできてしまうこと、つまり暗黙知の獲得。慣れたら慣れたで次の段階や別の対象に目が向くから、必ずしも苦がないとは言い切れないが、未熟だった頃に比べれば、雲泥の差で行動が楽になっている。

他方、慣れには好ましくない惰性も伴う。鈍感やマンネリズムに化けるのだ。一度や二度は緊張もした、驚きもした、そしてしばらくは感覚が張りつめていた……しかし、何度も経験するうちに、やり慣れた、見慣れた、聞き慣れたと言う感覚になり、新鮮味が失われる。やがて徐々に対象に響かなくなる。そのことに気づいている間は反省してリセットもできる。だが、鈍感やマンネリズムは、気づかなくなることによって常態化し、判断や行動に巣食い始める。


パリで、ブリュッセルで、ロンドンで、ハンブルクでテロが発生し、これらの都市と無縁の人たちも驚き悲しみ、そのつど哀悼の念を示した。その後も各地でテロが相次いでいる。昨年や一昨年のような国境を越えてのメッセージはSNS上で目立たなくなった。明らかにテロの惨事慣れが起こっているのだ。もっとも、このことは今に始まった話ではない。ずっと以前から垣間見えた現象である。ヨーロッパのテロに敏感だった世界も、多くのテロ実行犯の出身地であるアラブ系国家での日常茶飯事の事件には、「またか」程度のリアクションを示すにとどまっていた。

ぼくが2011年に旅した街で、その後テロが連続的に発生したのは偶然にほかならない。パリで10日間ほど滞在したアパートの近くで惨事が起きた。日帰りの旅をしたブリュッセルでもテロ事件があった。そして、つい先日、これまた訪れたバルセロナで車による暴走テロが起こった。このことを周囲に話すと、ぼくの行った街への旅は避けないとね、という冗談が返ってくる。

旅で街を訪れたら、そこに何がしかの親近感と体験記憶が生まれる。その感覚と記憶は、訪れずに空想するのとは異なる。バルセロナの、あのランブラス通りを何度行ったり来たりそぞろ歩きしたことか。途中ボケリア広場を覗き、カウンターで惣菜をつまみながらワインを飲んだ。ミロの地面モザイクを眺め、ゴシック地区にも迷い込んだ。港に足を運んでコロンブスの像を見上げ、タワーに上って市中を展望した。それがこの写真。右上の方向には建設中のサグラダファミリア教会が見える。

地元民と観光客で賑わうあの平和な通りの記憶と、テロの凄惨なシーンがまったくつながらない。数年経っても懐かしい記憶のほうは脳裏に焼き付いている。しかし、テロ事件はと言えば、他市のテロがそうだったように、一ヵ月、半年、一年と経たぬうちに消えそうな気がする。「またか」とつぶやくたびに、惰性と鈍感が増幅し、ニュースはあっという間に揮発する。慣れによって喉元過ぎれば熱さを忘れるのである。

匿名から実名へ

個性の時代などと言うが、名も無き存在として身を潜めているのも一つの生き方だ。また、多様性の時代とも言うが、画一的にその他大勢に紛れておくのは楽かもしれない。大衆の時代が終焉したらしいことに気づいている、しかし、いざ個性的存在を自覚して生きていくとなると、それ相応の覚悟がいる。自分らしくありたいと言いながら、そして、それが許される環境にありながら、願いが叶わぬ選択肢のほうに傾くのも人の性である。

たとえ個性と自由が担保されるようになっても、習性は易々と変わるものではない。長いものに巻かれ、大樹の陰に寄り、小異を捨てて大同に就いておけば無難だからだ。こうして、何がしかの意見を持つ者でも、類は類を呼んで、十人一色のやるせなさに耐えて生きる道を選ぶ。「所詮サラリーマンですから」とタテマエで笑い飛ばしているうちに、それが習い性になってホンネになってしまう。買い手のつかない魂を売っているような図である。

やっとのことで口を開いて意見を述べるかと思いきや、あれこれと「条件」が付く。意見の精度を期しての条件ならそれもいいだろう。しかし、ほとんどの条件はリスク回避、わが身を守るためである。そんな条件付きの意見に強度と本気が備わっているはずもなく、おいそれと与するわけにはいかない。会議が茶番に終わるのはおおむねこのせいだ。


立場上、仕事柄、分相応という逃げ道がいつも用意されている。立場上言を差し控え、仕事柄言うべきことを言わず、しかし、分相応にだけ言い回しておくなどは、体裁のいい言い訳にすぎない。意見の適用範囲を制限するような物言いに頻繁に出くわすたびに、会議に出たことを大いに後悔する。意見の多様性を求めたはずの議論の場が、式次第優先の手打ちの会と化す。本来、意見とは穏やかならず、極論的な意味合いが強い。立場、仕事、分などの諸条件を差し置いて、また列席の面々との力関係に左右されずに、唱えられるものでなければならない。

意見に肩書が求められるケースもある。専門分野のテーマならその道の専門性の程度が少なからず問われる。しかし、一度専門分野から離れれば、一個人が述べる意見に肩書は不要である。肩書が不要だからと言って、匿名でいいというわけではない。意見は実名によって示されなければならない。芸術作品に作者不詳はあっても、意見に仮名や無名はない。大量の匿名性の情報や意見が流される今日、意見の身元証明のすべは実名以外にはないのである。

公的な入札コンペの民間審査員として招かれることが多い。審査結果に到るプロセスは誰にでも公開され、「岡野勝志」の名前が審査員一覧に出る。「匿名の審査員数名による結果」などと発表されたら、入札業者は結果を受容しがたいだろう。審査員の資質の証である肩書も重要だが、それ以上に実名であることに意味がある。

匿名ブログの的を射た意見よりも、実名の的を外した意見に耳を傾けたい。道徳教科書の、「にちようびのさんぽみち」の店がパン屋から和菓子に変えられた。文科省の誰の検定意見だったのか。パン屋が「伝統と文化の尊重、国や郷土を愛する態度に照らして不適切」だと意見した人物を、一人であろうと複数であろうと、実名で公表すべきだ。この検定意見には大いに異論があるのだが、相手が匿名であってみれば、いくらこっちが実名で頑張ってものれんに腕押しなのである。

新聞の対価

二ヵ月前に「新聞という旧聞」で書いた通り、新聞を定期購読している。毎月4,037円の新聞代を払って、いったい何を対価として得ているのだろうかと思うことがある。記事のほとんどは無料のメディアでも読める。だから、対価は情報だけではなさそうだ。紙に印刷されたものが自分にとって不可欠ならまだしも、必ずしもそうでもない。長年の一つの習慣、別の言い方をすれば、疑義を挟まない惰性なのではないか。

朝刊のページ数を30面としよう。そのうちテレビ・ラジオ欄の2面を差し引いた28面の編集コンテンツをざっと眺めてみた。約半分のスペースの13面分が広告で占められている。広告はインターネットが登場する前とはすっかり様変わりした。かつては一流企業が全面広告を大々的に掲載していた。人材募集案内もかなり多かったが、今はほとんど見当たらない。名になじみのない企業の商品や旅行関係の広告ばかりが目立つ。

さらに調べてみると、広告の70パーセントはサプリメントや食品、日用品の通販だった。これは新聞スペース全体の3分の1に相当する。つまり、毎月2,000円分で広告を有料購読し、その大半を欲しくもなく関心もない通販商品の広告につぎ込んでいることになる。広告は読まないので正真正銘の記事だけを2,000円で売ってくれと言いたいところだが、そうもいかない。新聞や雑誌などの定期ものは広告収入なくして成り立たないのだから。


仕事柄、広報紙や情報紙に目を通すようにしている。紙面編集やコンテンツ探しにアイデアを提供したり評価したりする機会もあるので、ポスティングされる地域の情報紙はゴミ箱に即ポイ捨てせずに、まずまず熱心に読む。広告にも目を通す。

大阪市中央区民なので「広報ちゅうおう」は毎月投函される。大阪府の広報紙「府政だより」も届く。他に地域ならではの情報誌「うえまち」がある。すべて無料である。行政の広報紙は広告スペースが小さいから気にならない。「うえまち」は紙面のおよそ60パーセントが広告なのだが、無料配布しながら経営を維持するにはやむをえない。

「うえまち」は月刊で上町台地の地域情報誌という位置付けだ。広告の隙間をぬって地元ゆかりの話題や歴史を辿る読みごたえのある記事も編集している。繰り返すが、無料である。広告を読むためにお金を払っているわけではない。これに比べると、定期購読している新聞から得ている対価のほどはどうなのか。新聞危うしの思いが現実味を帯びてきた。

かと言って、来月から購読を止めると決心できないのは、先にも書いたように、半世紀以上にわたる新聞読みの惰性なのだろう。しかし、一年で5万円弱の購読料を浮かせるべきだといつ思い立つともかぎらない。以前のように美術展の招待チケットを復活させ、藤井聡太四段や北朝鮮ミサイル発射の号外が出た翌朝に、その号外を朝刊に折り込んでくれるなら、思い止まるかもしれない。

ゆるい暗証番号

何をするにしてもパスワードがつきまとう時代になった。煩わしいとつくづく思う。さすがに生年月日や電話番号、身元から類推できそうなアルファベットは使わないが、1種類では危険、また定期的に変更するのが望ましいなどと専門家が言うので、安全強度の高いものにしている。

ところが、そんなことをこまめにしていると煩雑になって覚えられなくなる。忘れないようにと一覧表を作る。一部同じパスワードを流用しているが、一覧表には20いくつかのパスワードが並ぶ。その紙を紛失するとまずいからPCにデータを取っている。パスワードそのものの安全性は確保できていても、すべてのパスワードが漏洩したり誰かの目に触れたりという脆弱性は逆に増す。

ぼくのパスワードのうち最長は23桁である。もう覚えてしまったからいいが、入力には少々手間取る。数字と記号とアルファベットを複雑に組み合わせている。もちろんパスワードは自作。しかし、任意に自作のできない、あてがわれる暗証番号もある。番号だから数字だけ、しかもわずか3桁という危うさ。ダイヤル式郵便ポストがその典型だ。


そもそも暗証というのは、今から何かをおこなおうとする人間が、本人であることのアイデンティティを証明する暗号である。文字であれ数字であれ、装置に記録された符号とあらかじめ本人だけが知っている符号が一致すれば認証され、その先の行為が実行できる。通常は本人のみが知っているのが暗証番号だが、オフィスの郵便ポストの番号はスタッフ全員が知っている。その気になれば、退職した人間が容易にアクセスできる。

郵便ポストのダイヤルの暗証番号はオフィスも自宅も数字が3つ。最初の2つは同じ数字だ。たとえば番号が➌➌➐だとする。オフィスも自宅もこれまた同じく、右へ回してに合わせ、さらに右に回してもう一度に合わせ、最後に左へ回してのところで止める。これで扉が開く。ダイヤル式郵便ポストに切り替わった頃、「↻ ➌ ↻ ➌ ↺ 」みたいなメモを書いて出退勤ボードに貼り付けていた。当社はワンフロアー3室を借りているので、3つのポストが割り当てられている。3桁の暗証番号はすべて違うが、どれも最初の2つの数字は同じで、回し方も右右左である。

ずっと律儀に手順通りに操作していたが、ある時、右に回してに合わせ、手抜きして左に回してに合わせたところ、開いたのである。残りの2つのポストで試したら、どちらも開いた。自宅のも開いた。3桁の数字がゆるい甘いと思っていたが、実際はもっとゆるく甘い2――↻ ➌ ↺ ➐――だった。理論上、100回試みれば開くことになる。かなりの回数のように思えるが、ほんの5分もあれば十分だろう。