相手心理を読む交渉ゲーム

二十代前半に将棋に嵌まったことがある。自分がどう指すかという決断よりも、相手がどう指すかという読みが優先することを学んだ。当たり前だけれど、これがなかなか簡単ではない。読みはついつい自分の手を中心に組み立ててしまうからである。

 「彼を知り己を知れば百戦危うからず」はご存知の孫子の兵法だ。相手が先である。「敵の手の内を熟読せよ。敵は私たちの味方である」(エドモンド・バーグ)は、敵が貴重な情報源であることを示唆している。

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628日の私塾金澤講座のテーマは『PR戦略とネゴシエーション』。交渉の基本は敵の読み方。そこで、「ジャンケンのジレンマ」という自作の交渉ゲームを演習に取り上げた。これに似てはいるが、もっと戦略的駆け引きのいる、ぼくが自作したジャンケンゲームを紹介しよう。

1.パーがグーに、グーがチョキに、チョキがパーにそれぞれ勝つのはジャンケンと同じだが、パーで勝つと5点、チョキで勝つと2点、グーで勝つと1点と点数が変わる。これにより、リスクとリターンの含みが生まれ、通常のジャンケン以上に読みが入ることになる。

2.おあいこは引き分けではない。勝ち負けが決着した点数を2倍にする。つまり、おあいこ1回のあとにパーで勝つと10点、チョキで勝つと4点、グーで勝つと2点になるのだ。おあいこが2回になると3倍、3回になると4倍、4回になると5倍の点数になる。なお、これまでにぼくが目撃したおあいこ最高記録は14回である。

3.野球と同じようにイニングから9イニングまでジャンケンする。合計点の多い方が勝ちである。おあいこも含めて勝敗が決着した点数を各イニング欄に書き込む。つねに一方は0点になる。

4.途中のイニングの前に、負けている方が「ダブル」と「トリプル」をそれぞれ1回コールする権利を行使できる。たとえば、6イニング終了時点で、146で負けているとする。チョキ3回で勝利しても6点だから追いつかない。残り3イニングで逆転するには、おあいこを重ねるしかないのだ。この「ダブル」と「トリプル」は、いきなり2倍のおあいこ、3倍のおあいこ状態でジャンケンする権利である。仮に7イニング目にうまく逆転したら、今度は相手側が「ダブル」「トリプル」をコールする権利をもつ。

5.イニング制ではなく、先に合計30点到達で勝利という方法もある。おあいこで何十倍にも点数が膨らむ可能性はあるが、逆転無理と判断したらギブアップしてもよい。

6.「最初はグー」という調子合わせはなし。お互いの呼吸を合わせるのが望ましい。うまくいかないのなら、どちらか一方が調子合わせの権利をもつようにする。

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このゲームでは、イニング目からおもしろい現象が起こる。グーを出して相手にいきなり5点を献上したくないという心理が働く。ゆえに、チョキかパーになるケースが90%以上になるのだ。チョキはリスクなしでリターンが中、パーは中リスクでリターン大。性格が出る。イニング目からおあいこが連続することもある。

1イニング目の結果によってイニング目の戦術が決まる。その時々の点差によってグーの出番も増える。強気だった方が弱気になり、負けている側が窮鼠になって猫に噛みつき大逆転ということも。いつのまにか、自分がどうするかではなく、相手がどう来るかを読んでいる自分に気づくだろう。

さあ、紙とペンと相手を用意して一度試してみよう。 

ことば~慣用と誤用のはざま

目立ってテレビの雑学クイズ番組が増えた気がする。クイズが嫌いではないぼくはつい見てしまう。超難問に答えて一喜し、知らない事柄のおびただしさに愕然として一憂する。正解率の低いのが冠婚葬祭系のマナーだ。この齢にして、これまで実生活で慣習を受け継ぐという環境にはなかった。かろうじて知っているしきたりの一部は体験によるものではなく、本や耳学問によるものである。

相手の気分を害するほど失礼でなければいいではないか。これがホンネ。冠婚葬祭の正統流であろうと亜流であろうと、相手がすでに何とも感じていないことが多々ある。祝儀袋にまつわる小さなルールが善意をしいたげるなんて、理不尽もはなはだしい。この種のマナーはほどほどでよい。そう思っている。

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微妙なのはことば遣いのほうだ。正確で効果的な使用はあっても、絶対的な「正用」などというものは存在しない (なお、この「正用」は「せいよう」と入力したら表示されたのだが、手元にある二冊の辞書にこの用語は掲載されていない)。本来の正しい用法などと言ってみたところで、本来をどこまで辿るかによって変わってくる。語源まで遡れば、ほとんどのことばは本来から乖離している。大多数がその間違いを認知したら「明らかな誤用」とするしかないのだろう。

ディベートを指導していた頃の話。ディベートには耳慣れない用語がいくつかあって、講義で説明しても実際に使うときに間違ってしまうケースがある。

反対尋問はんたいじんもん。この読み間違いはないが、「はんたい……」まで言いかけて黙る人がいる。反駁はんぱく。「反発」のことだろうと勝手に解釈して、十人に一人くらいの割合で「はんぱつ」と言う。他の人が「ばく」と発音しているのに気づいてやがて修正する。証拠しょうこ論拠ろんきょはさほど難しくない。

ぼくのディベート指導史に残る「大笑い誤用」の一つは、肯定側と立論の合成語である「肯定側立論」。もちろん「こうていがわ りつろん」と読む。これを「肯定」と「側立論」に分けて「こうてい そくりつろん」と声高らかに読み上げてくれた男性がいる。ここまで器用に間違われると、「きみ、間違いだよ」とは指摘できない。とりあえず聞き流しておいて、講評のときに「こうていがわ りつろん」と強調して誤用した人に気づかせようとした。しかし、彼は気づかなかった。否定側でも「ひてい そくりつろん」と言ったのである。

もう一つは、これを超えた満点大笑い。同じく因縁の肯定側立論だ。この女性はちゃんと「肯定側」と「立論」に区切った。区切ったうえで、「こうていがわ たてろん」と読んだのである。ジャッジたるもの決して笑い転げてはいけない。笑いを押し殺したために喉が詰まって窒息しそうになった。立論が立つどころか、寝転んでしまった。この女性に何を悟らせる必要があるだろう。《羞恥心》の新メンバーに推薦したい。

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誤用が多数派を占めれば慣用になる。ぼく以外のみんなが「たてろん」と言い出して、「りつろんという読み方はおかしいよ」となれば、こっちが誤用扱いされてしまう。たとえば、「間、髪を入れず」を使うときは本当に勇気がいる。「かん、はつをいれず」だ。これが「間髪入れず」と表記され、「かんぱついれず」と読まれる(実際、今「かんぱつ」と入力したら変換された)。この種の類例は多数ある。

ぼくも間違い、その間違いに気づかないこともあるだろう。誤用は人の常だ。そして、かつて誤用であったものが常用になることにそこそこ寛容であろうと思う。しかし、「間髪入れず」に王座を譲ってはいけない。「間髪」などという髪はどこにもない。まるでヘアフォーライフみたいではないか。「間、髪を入れず」は「間に髪の毛一本も入れないほどすばやく対応する」というのが本来の意味だ。

「失礼ですが、さっき『かん、はつをいれず』とおっしゃいましたね。差し出がましいようですが、あれ『かんぱついれず』ですよ。立場上、お気をつけて」。いつかこんな注意を受ける日が来るだろう。「あ、ご親切に、ありがとう」のあとに、「でも、本来はですね……」と付け足すかどうかは、相手を見定めて決めることになるのだろう。   

アイデアを探るツール~入門編

「お客さま、新大阪ですよ。」 乗務員さんの声がよく聞き取れなかった。「えっ、何とおっしゃいました?」 「あのう、新大阪に到着しています。」

駅に停車しているのは、窓の外を見ていたのでわかっている。ぼくはその駅をてっきり京都だと思っていて、微動だにしていなかった。今日の午後、東京からの下りの新幹線のぞみの車中だ。名古屋を出たのは覚えているが、完全に京都が抜けている。熟睡していたのではない。熟考していたのだ。集中していて完全に我を忘れていた。新大阪止まりの列車だったので、乗り過ごさずに済んだ。

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こんなことはめったにない。複雑思考のときほど起こらない。複雑すぎると意識が散漫になって集中できなくなる。ネタが少なくて単純思考しているときほど案外のめり込む。今日は「座標軸思考」をしていた。AとBという二項対立、XとYという別の二項対立を単純に組み合わせるだけだ。

A→有言」とすると「B→不言」。「X→実行」とすると「Y→不実行」。AB軸をタテに、XY軸をヨコに十字を描けば、4つの組み合わせができる。すなわち、有言実行、有言不実行、不言実行、不言不実行。それぞれについて、真面目にかつ不真面目に思いを巡らしていたら、京都駅が抜けるほど深いところに入っていたのである。ざっと次のように……。

ちょっとひねってみたい気はするけれど、やっぱり有言実行が一番でしかたがないか。道徳論者みたいかな? でも、ことばというシナリオにしたがってアクションを起こしているのだから、他者は理解しやすいだろう。午前11時にうかがいますと約束して、その時間に来るなら、ひとまずいい人と評価できる……。

有言不実行はよくやり玉にあがる。「口ばっかり」と呆れられる。周囲にも結構いるもんだ。みんな6時に来てくれよと言っておきながら、自分だけ来ないヤツ、いるなあ。でも、評論家のほとんどはこれで生計を立てているのだからおいしい生き方かもしれん……。

不言実行。「男は黙って何々」という逞しさがあるが、思いつきやデタラメの可能性もある。約束もしていないのに、突然やって来られては困る。無断拝借というのもこの部類か。何も言わずに事を運ぶのだから、危ない匂いもする……。

約束もしないし、やって来ることもない。可否の判断とは無縁か。ちょっと待てよ、何も言わず何もしないという不言不実行は、ミスをすると罰せられる職業においては完璧な方法論ではないか。いや、死人だって何も言わず何もしないぞ。あ、そうか、不言不実行な仕事ぶりの連中は「生けるしかばね」なんだ……。

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とまあ、こんなふうに考えたわけである。アイデアが出るとはかぎらないが、アイデアマンを志願するビギナーにとっては思考習慣につながるはずだ。ABXYのそれぞれに対立または並立するキーワードを入れるだけ。就寝前にこれをやると眠れなくなるので注意していただきたい。それと、列車の終着駅周辺に住んでいない人は乗り過ごすことがあるので気をつけたほうがよい。    

なくてもよい饒舌な情報

饒舌な情報を批評すると、「お前が書いていることが一番ジョーゼツだ」と反発を食らいそうだ。言わぬが花か? しかし、言っておきたい。よく遭遇するのは、どうでもよいことについて多弁で情報過多であり、由々しきことについては寡黙で情報不足という場面である。

雄弁な虚礼というのがある。「このたびはご多忙中にもかかわりませず、また、あいにくの雨にもかかわりませず、遠方よりお越しいただき、私どものために貴重なお時間を賜りまして心より感謝申し上げます」という類の、腹の中と落差のあるメッセージ。あまり誠意も感じないが、むしろ何かのパロディのようでつい笑ってしまいそう。これを聞いているあいだは目のやり場に困る。

さらに。軽い好奇心から「これ何ですか?」と料理の隅っこにある素材を尋ねたら、地産地消の話から有機栽培の話へ、料理人になった経緯から生い立ちまで延々と聞かされ、箸はじっと止まったまま。聞きたいのは素材の名前と添える一言のことばだ。

まだある。在来の特急に乗ってから数分間続く車内アナウンス。ただいま沿線でキャンペーンをしていますとか、何とかカードをご利用くださいとかのコマーシャルメッセージはいい。営利の鉄道会社だから軽く宣伝するくらいは許容範囲としておこう。

しかし、駆け込み乗車はいけない、タバコは遠慮しろ、携帯はマナーモードだ、網棚に手荷物を置き忘れるな、トイレは何号車へ、ご用があれば車掌へ、どこどこへ行くなら次の駅で乗り換えよと続き、挙句の果ては「本日はご乗車いただきましてありがとうございます。ごゆっくりおくつろぎください」。これでは、くつろげない。

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自己責任というものがある。社会は「知っていて当然」という前提で動かねばならない面もある。すべての人々に均一なメッセージを押し付けることはないだろう。わからなければ聞けばいい。同時に、マナー違反という例外に対してはそのつど注意すればいい。

饒舌とまではいかないが、「列車は5分遅れて到着しました。お急ぎのところ、みなさまにはご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます」もなくてもよい。所要23時間のうち5分なんて許される誤差ではないか。少なくとも、ぼくには謝ってもらわなくてもよろしい。

対照的な話だが、ローマからパリへの飛行機が強風で運休したとき、カウンターで受けた説明は「ローマからアムステルダムに行ってもらう。トランジットは30分だから急げ! アムステルダムからは上海へ。上海から関空。はい、これがチケット」でおしまい。「お気の毒」と同情はしてくれたが、「申し訳ない」とは決して言わなかった。

話を戻す。饒舌のきわめつけは、「当列車はただいま三河駅を定刻通りに通過いたしました」。いらない、聞きたくない、興味がない。この情報はマイク経由客席行きではなく、どうかスタッフ間の確認で済ましてほしい。

日本人は寡黙? いや、世の中は饒舌な人々で溢れているではないか。その彼らが都合が悪くなったり、会議での決議になるとダンマリを決めこんでしまうのだ。

今日から新幹線で出張。きっとジョーゼツの旅になる。

美術とカフェと街角

今年の32日のパリは格別な日だった。正確に言うと、そんな格別な日は毎月一回やってくる。もともと常時無料の美術館があちこちにあるのだが、加えて、毎月第一日曜日は有名美術館や博物館の多くが無料なのである。美術と歴史のファンにはありがたいサービスだ。

200610月には無料でルーヴル美術館に入場した。奇しくも引退した名馬ディープインパクトがロンシャン競馬場の凱旋門賞に出走した日である。

今年は午前にピカソ美術館、夕方の閉館前にオランジュリー美術館と決めた。ピカソのほうは開館前の930分に並ぶ。ルーヴルとは違い、その時間なら列は10数人程度だ。オランジュリーは一時間近く待たされた。みんな同じ思惑だったのだろうか。モネの睡蓮に人が集まるが、ここはそれ以外にもルノワール、セザンヌ、ユトリロ、モディリアニ、ゴーギャンなどの作品が居並ぶ。日本なら、これだけで十や二十の美術館ができてしまうだろう。

ピカソ美術館の後に予定外だったカルナヴァレ博物館へ。ここは年中無料の歴史資料館だが、もともとは貴族の住んでいた館。浅田次郎『王妃の館』のテーマになったヴォージュ広場は、ここから東へ200メートルのところにある。

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閑話休題――。長い前置きになってしまった。今日はパリ美術案内ではなく、粋なカフェの話。

昨日も紹介したが、ぼくはエスプレッソびいきだ。「苦くて濃くて少量」をめぐって好き嫌いが分かれる。自宅で淹れるエスプレッソも会社近くの店で飲むエスプレッソもおいしい。それでもやっぱり美術鑑賞の後のパリのエスプレッソは格別な気がする。

 フランスではcafé”と綴り「キャフェ」と発音する。イタリア語では“caffè”となり、fが一つ増えて「カッフェ」と音が変わる。見落としがちだが、eのアクセントの向きも違う。こんな薀蓄はさておき、予定外で訪れたカルナヴァレ博物館近くのカフェの佇まいが気に入った。

ピカソ美術館近くのバール.JPGのサムネール画像

自然の緑が織り成す色合いは美しいが、人工的な緑色のコーディネーションで感嘆する場面にはめったに出合わない。このカフェの緑は抑制がきいていて落ち着く。何よりも「こちらでお召し上がりですか?」 「お砂糖は一つでよろしいですか?」などと聞いてこない。ここで注文したのは、言うまでもない、エスプレッソである。店内でも飲める。しかし、少し肌寒いながらも屋外のテーブルに座ることにした。目の前は博物館の裏庭だ。

P1010749.JPGのサムネール画像のサムネール画像

グラスに入って運ばれてきた。パリのエスプレッソはイタリアのものより量は多く、ややマイルドだ。めったにないが、このカフェでは水も出してくれた。わが国のお店には、注文から出来上がりに至るまでのつまらぬ質問などやめて、時間と空間と芳醇な味わいを提供するカフェ文化を研究してもらいたい。そっとしておいてほしい珈琲党の願いである。

はい。はい。はい。

週に一回、出社前に近くのカフェに寄ることがある。自宅でも一杯飲んでいるので、注文するのはたいてい濃くて少量のエスプレッソかカフェラテである。ちなみに、カフェラテはエスプレッソコーヒーに泡立てたミルクを注ぎ、カフェオーレはふつうのコーヒーに温めたミルクを混ぜる。今朝はアイスカフェラテを注文した。

「アイスカフェラテ、ください」 (千円札を出す)
「店内でお召し上がりですか?」
「はい」 (一度目)
「千円からでよろしいですか?」 (「よろしかったですか」よりはマシか)
「はい」 (二度目)
「シロップはお付けしますか?」
「はい」 (三度目)

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一人で来たので、さすがに「一杯ですね?」とは聞かれなかった。そう聞かれていたら、「はい。はい。はい。はい。」になっていたわけだ。四度でなく、三度で済んだことが「せめてもの慰め」とは情けない。こんなロボット仕掛けみたいなやりとりにうんざり。

職務質問時ですら、「はい」以外の会話はあるに違いない。熟年オヤジが朝から「はい。はい。はい。」を強制されて、これじゃまるで教師に諭されている小学生の気分だ。前の二つの「はい」には我慢しよう。しかし、ぼくもそうだが、ぼくの知り合いもシロップに関しては十中八九「はい」である。ホットコーヒーに砂糖を入れない人たちも、アイス系になるとシロップを使うことが多い。たぶんこの店でもきっとそうだろう。

いや、「うちでは十中八九までいかなくて、十中六七です」と言うかもしれない。それでもだ、シロップにイエスという頻度が過半数以上ならば、黙ってシロップをトレイに置けばいいではないか。そして、シロップを使わない人に「あ、それいらないよ」という一言をもらえばいい。ぼくはたまにそう言う。ぜひそうしていただきたい。これにより、ぼくは二回の「はい」で朝を過ごせるし、シロップのいらない人も「はい以外の会話」を楽しめるというものだ。

明日のブログでは、今年3月に体験したパリのカフェの粋を紹介したい。  

仕事の中の寄り道

あまりノスタルジーに浸るほうではないが、仕事に集中しつつも考えがまとまらないときには過去に遡ってしまう。何かを調べるのではなく自力で考えようとしたら、アタマに頼るのは当然だ。そして、そこにあるのは未来の情報ではなく、おびただしい過去の情報である。

過去を再生すると、切ない光景や思い出も混じってくる。すると、本題から脱線してしまって仕事が座礁する。机まわりを整理し始めたのはいいが、写真アルバムに見入ってしまう体験が誰にもあるだろう。懐かしさは仕事の邪魔になる。

脱線はよくない。特に夕方以降にこんな状態になると、精神的にも疲れる。翌朝にもストレスを持ち越してしまう。とはいえ、まったく寄り道もしないような仕事は愉快ではない。

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 その日の寄り道はキャラメルだった。時々飴を転がすが、無性にキャラメルを舐めたくなってわざわざ買ってきた。紙をめくって一個口に入れる。箱から手のひらに乗るような小さなカードが出てきた。おまけ? G社でなくM社だからおまけではないだろう。ずいぶん昔っぽい濁ったカラーの岩だらけの風景写真。写真の下には「過去と歴史の違いは、何?」と、なんだか哲学めいた問い。クイズだろうか? クイズ好きだからそう思ってしまう。

「過去は現在から切り離された時間であり、歴史とは現在に連なる時間」と自答してみた。行き詰まったあげく休憩を兼ねてキャラメルに寄り道したのに、なんというアタマの使わされ方だ。と思いながらも、カードを裏返してみる。

裏面にはキャラメル名が印刷されていて、8本の線が引いてある。メモ欄? 表面の問いに対応するような文字はいっさいない。もしかして、別紙に何か書いてあるのかもしれないと、念のためにもう一度箱の中を覗いてみた。何もない。

おいおい、何のための問いだったんだ? 岩だらけの風景との関係はどうなんだ? カードの「企画意図」は? 「これだけは言っておく」と吐き捨てて何も言わずに去っていく新喜劇ギャグとかぶる。キャラメルの箱に向かってぼやいた、「答えも教えろ!」 

ノスタルジーを色濃く練りこんであるキャラメルは気分転換によくないことがわかった。こんなことを思い出しながら、今日の寄り道は目薬にしておいた。  

謙虚なヒアリングと潔いアンサー

二十歳前からディベートを勉強し、三十歳前後から広報の仕事に身を置いた体験から、「PRと交渉」という、一見異なった二つのテーマを一本化して講演することがある。自分の中では同じ範疇のテーマとして折り合っているが、「なぜPRと交渉?」とピンとこない人もいるようだ。

PRというのはPublic Relations(パブリック・リレーションズ)のことで、「広報」と訳される。パブリックというのは不特定多数の一般大衆ではなく、「特定分衆」という意味に近い。共通の利害や関心などに応じて対象を「特定の層や特定のグループ」に絞り込むのがピーアール上手だ。だから、「広報」よりも「狭報」と呼ぶほうが本質をついている。

絞り込んだ各界各層に望ましいイメージを広めて好ましい関係を構築しておく。この点でPRはリスク回避やリスク軽減の基盤をつくるものだ。対照的に、交渉はリスク発生やリスク直面にあたっての処し方にかかわる。いずれも、企業(または行政)の対社会的組織活動である。ニコニコPRしてコワモテ交渉していたら矛盾する。一度イメージダウンすると交渉で失地回復するのはきわめて難しい。ぼくの中ではPRと交渉は一本の線でつながっている。

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「話し下手だが聞き上手」という日本人を形容する言い回しは、まったくデタラメである。同質性の高い社会で生まれ育った人間は、人の話にあまり真剣に耳を傾けない。質問にもしっかりと答えない。

謝罪のことばもワンパターンだ。不祥事の当事者の謝罪の様子を見て、テレビの視聴者は「こんなことで共感が得られるはずがないのに……」と呆れ返る。しかし、当事者側に立ったら「申し訳ありませんでした」以外に選ぶことばはない。「頭が真っ白でした」というのは、新手の苦肉の策だったかもしれない。

商売人としてブランドに安住せず、ブランドを信用の証にする。顧客より上に行かない、かと言って、へりくだり過ぎることもない。つねに人々の暮らしをよく見つめ、人々の意見に耳を傾ける。質問を歓迎し的確に応答する。謙虚さと潔さのバランス。特定顧客におもねることなく、すべての顧客に等距離関係を保つ。こうした取り組みをしていないから、一部の人々から不評が広がる。一部の人々の大半は内部の人々だ。経営者と従業員の関係もパブリック・リレーションズなのである。

「世論を味方につければ、失敗することはない」とはアブラハム・リンカーンのことばだ。常連さんの意見よりも大きな概念――それが世論だ。

一部老舗の商売道では当たり前とされる「一見さんお断り」(ぼくの自宅の近くには「素人さんお断り」というのもある)。近未来ライフスタイルや今後の市場再編を冷静に予見したら、そんな偉そうなことをほざいている場合ではないだろう。  

思考軸が変わるきっかけ

人生には方向転換する契機というものがある。それまで慣れ親しんだ思考の地軸が揺らぐ瞬間だ。ひねくれたものの見方がまっとうになる場合もあれば、「清く正しく美しく」の欺瞞性に気づいてアマノジャクにシフトする場合もある。今回の話は後者だ。

いろいろと紆余曲折はあったものの、中学生時代までのぼくは「普通に」生きてきた。ここで言う普通というのは、常識に逆らわないで、流れに掉さす生活スタイルという意味である。それまでほぼ固定していた軸が、この一件以来、タテからヨコへの大変動を起こす。

中学の卒業式。道徳と常識をこねたらこんな人物が出来上がりそうな校長先生が、挨拶のスピーチで「諸君、私とジャンケンをしましょう」と言い出す。手を上にかざして「ジャンケン、ポン」。卒業生は条件反射のようにグーやチョキやパーを出す。いったい何事が始まるのかと、戸惑ったり興味津々になったりして次の先生の「オチ」に注目する(この歳の頃からオチへの期待感をつのらせるDNAが大阪人にはある)。

校長先生 「パーを出した人。その人は、これからの人生を寛容な包容力で生きていくでしょう。チョキを出した人は、目の前の困難を切り拓いていくはずです。そして、グーを出した人は、強い意志をもって自分自身を貫くのです。」

パーが包容力、チョキが開拓力、グーが意志力。これを聞いた直後、さほど斜めにものを見なかったぼくの思考軸がアマノジャク軸へと転化したのだ。「何、それ? 占い? 人生の美学? これから高校に進学して、その後に大学受験も控えて、そんなきれいごとで生きていけるのだろうか?」 これがぼくの批判精神の最初の芽生えだった。

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 団塊世代の次世代であるぼくは、どちらかと言うとペシミスティックだった。これからの三年間は勉学の競争で明け暮れねばならないという不安心理に染まっていた。だからこそ、そんな美しい、みんなハッピーなんてありえない! と内心反発したのである。

しかし、結果的にぼくはこの転機に感謝している。他人のマネをしたり常識的考え方に安住しない発想を持ちえたからである。絵を描くのも鑑賞するのも好きだったぼくは、写実的な絵からシュールな抽象画に傾いていった。俳句から川柳へ、受験勉強から遠回りな独学へ、ベストセラーや推薦図書から一風変わった読書へ。このように正統軸から異端軸へと好奇心の矛先を変えた。

仕事柄、新しいものを次から次へと生み出さねばならない現在も、この姿勢を維持しようと努力はしている。歳を重ねるにつれ、気がつけば常識や正統側に回っていることもあるが、自らに警鐘を鳴らして、敢えて逆を行く場合もある。

中学卒業式で、ぼくはグー、チョキ、パーのどれを出しただろうか? 正直言って、覚えていない。もしかすると手を挙げていなかったかもしれない。出していたとすれば、間違いなくチョキだっただろう。理由? とっさにジャンケンを迫られたら、チョキを出す癖は今も変わっていないから。

二十年前の「異脳種交流の勉強会」

自分自身が中心となって立ち上げた最初の勉強会は〝Plan+Net”(プランネット)という、ワークショップ形式のレクチャラーズ・プログラムだった。スタートしたのは1988年で、約5年続いた。

当時と現在の時代テーマというか、関心事の相違をチェックするのに興味深い点があるので、順不同で列挙してみた。もちろんそのすべてのレクチャーをぼくが担当したのではない。ぼくが主宰したものには◎をつけておく。

人間細胞論  本当の自分と偽りの自分  僕の美術教師時代  賢い税金の話  速読のポイント  世相批評座談会  裁判のABC  ◎たとえれば楽し  女性能力開発法  ストラテジスト  生命と科学に感動  教育マーケティング  ◎ゲームのルール学  商業空間新情報  おでんパーティー  ビートルズの社会学  ◎英会話独習の秘術  バリ島の音楽論  家族関係の活性化  リカちゃん大研究  キリストと釈迦について考える  少女マンガ論  モータースポーツ文化論  フランスのロック・ポップス  お米が育つ過程  美しくボディビル  百人一首の魅力  ◎異端と正統の境界  流れを読む占星術  自己実現を設計する  ◎絵本の世界への誘い  ◎ディベートで知的武装する  無人島サバイバル報告  ◎十人十色の発想学  ダービー馬の誕生  必殺セールス術  スポーツに日米の違いを見た  意外に簡単、「個人輸入」  寺と町の栄枯盛衰  ああ、ユーゴスラビア旅情  インド、まるごと  若者心理を考える――曖昧さの研究  現代音楽史とその周辺  恐い、恐くない、成人病  1920年代の光と翳  模倣の美学  ◎大阪の下町情緒って何だろう  欧米建築レポート  人生の資金設計  ◎頭脳を爆発させる  フェミニストかく語りき  時代劇教壇  カルカッタの冒険  映画は最高!

驚かないでほしい。以上がすべてではない。総開催数のわずか4分の1である。なんと週一回というハイペースで開いた勉強会だったのである。テーマのバリエーションが豊富で、おもしろい切り口・着眼も垣間見える。会員には専門家もいればアマチュアもいた。会費はコーヒーがついて500円。レクチャラーは全員手弁当だ。あらためて、なかなかの人材に囲まれていたという実感を強くする。

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この勉強会のユニークさは、「聴く・学ぶ」もさることながら、専門・趣味・自論について小一時間薀蓄を傾けてもらうことにあった。だからこそレクチャラーズ・プログラムなのである。話の内容については質問や批評も出る。和気藹々としたムードもあったが、挑発的な一言で真剣な空気に一変する場面もあった。

話してみて初めてわかることがある。話してみてこそ己の思考が明快になることがある。レクチャラーとしての立場がもっとも大きな学びになると信じて、有志が集まってお互いに発表の機会をつくったのだ。もちろん、これだけのテーマにくらいついて傾聴するのも相当なもの。だから聞き手にはボーダレスな知への、尋常でない好奇心が不可欠だった。賛同してくれた会員も最多で100名近くなり、常時20名近くの会員が出席した。

この趣旨に近い試みは今の時代も有効だと思っている。もはや週一というエネルギーはないが、月一、二回の時間ちょっとの勉強会なら再現できるかもしれない。

ところで、ぼく自身のテーマの本質に変遷はあっただろうか? 底辺に潜む考え方はあまり変わっていないような気がするが、「十人十色の発想学」で蒔いた種は現在も育てている。第3期を迎える私塾の大阪講座は明日開講するが、そのテーマが「発想(ひらめき)の極意」というのは決して偶然ではない。