モノクロ映画と陶芸

《五感な街・アート・スローライフ》のカテゴリに関連するテーマを三ヵ月近く取り上げていない。必ずしもアートに無縁の日々ばかりではないが、これまでそうしてきたように、このカテゴリではできれば写真を入れたいと思う。ところが、掲載したくても写真がない。カメラが壊れたわけではない。秋が深まってからは手ぶらで出掛けていることに気づいた。光景や体験をカメラに収める余裕がなくなったのか、それともしっかり即時的にマインドで取り込めるようになったのか。後者であってほしいが、単に持ち運びが億劫になっただけかもしれない。

年に四回のハッピーマンデー。正月が明けて三日ほど働いたら、いきなり最初の三連休がやってくる。新年早々にこんなに心身を緩めていいのかと一抹の不安を覚える。少なすぎると愚痴をこぼすが、大型連休や三日働いて三日休みなどというのはご褒美過剰ではないか。若い頃はきつい職場にいたので休みを歓迎した口だったが、今では休日にも少々仕事を入れる。そのほうが「衰脳化防止」には効くような気がしている。とか何とか言いながら、新年最初のせっかくのハッピーマンデーだ、遠慮なく活用することにした。現金なものである。


ドイツ映画(2009年)『白いリボン』を観た。ドイツ・オーストリア・フランス・イタリアの合作である。モノクロ映像のせいか、あるいは時代考証がよくできているせいか、20世紀初頭の、第一次世界大戦前夜のドイツの小村の空気や人間関係、階級社会の生活がよく描かれていた。生真面目だが陰湿、虚勢や強がりに生きつつも徐々に心のどこかが疲弊していく。悪しき、そして捨てがたき封建制度。禁欲的日々には誇りと鬱憤が重なり合う。随所に〈二項対立〉を見て取った。二項対立なのに、どこかで妙に折り合っているような不思議な共同体の姿……この頃からドイツの歯車が狂い始めていった。映画評論は苦手なので、これ以上立ち入らないでおこう。

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翌日、大阪市立東洋陶磁美術館に赴いて『ルーシー・リー陶芸展』を見た。中央公会堂のすぐそば、ぼくのお気に入り散歩コースの途上にある。自宅から歩いて半時間、少々寒い昼前だったが、会場を後にする時には気分がとても浄化されて、逆に温まって帰ってきた。

単独展になると世界に散らばっている陶芸品を一堂に集める。そんな機会はめったにあるものではない。どちらかと言うと、陶芸は疎いジャンルなのだが、とてもわかりやすい作品群であった。上品であり形状も色も清廉なセンスなのである。写真は図録の表紙。日本商工会議所会頭賞を受賞しているらしく、とてもいい出来映えのカタログだ。

妙なもので、いい器を見た直後の一週間は食事処の食器にも目が向くものである。アートは居心地の良し悪しがはっきりするものだが、遠ざけ気味の名作を時折り鑑賞しておくことは、日々の感受性に少しは役に立つものである。もちろん、仕事の仕上げにあたってもう少し凝ってみようと意識が働いてくる。さて、週末はどんなアートスポットに出掛けるか、文章を書いているうちに少々愉しみになってきた。

寡黙から失語へ

「ことばの実感」。少し奇異な表現だけれど、どんなものだろうか。ことばを使っているという実感。「読む・聴く」は認知系なので受け身のように思われるが、獲物を追うように読んだり聴いたりすることもある。そんな時は、こちらからもことばの矢を放ちことばの網を張っている。反応的ではあるが、かぎりなく「ことばを使っている」という状態に近い。とは言え、その状態が可能になるのは、「書く・話す」という主体的・能動的言語活用があってのことだ。

少々背筋が寒くなる話だが、丸々一ヵ月間一人で暮らし、まったく言語を使わない状況を想像してみる。実際にやってみてもいいのだが、おぞましい人体実験になるような予感がする。新聞や本を読んでもいいし、テレビを観たりラジオを聴いたりしてもいい。しかし、ことばを書いたり発したりする行為は一切禁じられる。誰かと話すというのもダメである。この時、わずか一ヵ月ではあるが、ぼくたちにどんな変化が起こるだろうか。実は、パソコンに向かう日々はかぎりなくこれに近い。

文字を読んだり音声を聴いたりしているので、完璧に非言語的環境に隔離されるわけではない。しかし、日記やメモを書いたり独り言を喋ったりすることができないのである。つまり、読んだり聴いたりすることに対してリアクションが許されない。ただ読みっぱなし、聴きっぱなしである。こんな状況で、ぼくたちはことばの実感を持ち続けることができるのだろうか。「考えるという行為にはことばの使用実感がある」と思いたいが、残念ながら、ことばを使用するからこそ思考実感が起こるのである。ことばを書き話すことが制限された状況で、はたして考えることができるのだろうか。


直前の段落で「~だろうか」と二度問いはしたが、答えが「できない」であることくらいはわかっている。一人だったら、人はことばを使わなくなる。使わないからことばが磨かれることもない。デリケートな意味合いも徐々に失われていくだろう。読んだり聴いたりするだけでは、自分に向かってくる道の意味は形成されるが、こちらから世界に出て行く道の意味は生まれてこない。ことばは、インプットとアウトプットという頻繁な出入り、自他間の活発な意味の往復運動によって鍛えられる。そうして、やがて思考も強靭になっていく。

寡黙が美談だったのも今は昔。そんなことでは、情報化社会を生き抜けるはずがない。いや、いつの時代も、人間関係の第一要件は「おしゃべり」だったのだ。言語と思考の不可分な一体性を思えば、語ることをおろそかにしてはならないのである。空理空論に雄弁であっても、日々のコミュニケーションに手を抜いてダンマリを決めこんでいては行動が伴わない。日々の寡黙は失語を招く。ちょうど、毎日歩かないとやがて歩けなくなるように。

話さない者は話せなくなる。現実の世界を無批判的に生き、疑念の一つも抱くことなく、時間を流し時間に流されて生きていく。こうしてことばの実感が失われていく。ことばの実感とは自己の実感である。自己が感じられなくなれば、いっさいの可能性も消失する。いや、可能性が残るとしても、その有無を誰かと論争する必要があるだろうか。昨日と同じ今日、今日と同じ明日でいいのなら、言語は影に隠れ、やがて不在となる。そして、言語に不要のラベルを貼った瞬間、もはや思考は起動しなくなる。

人が話さなくなるきっかけはいろいろある。成人の場合は、都合が悪くなったりジレンマを抱えたりしてうろたえ、やがて口を閉ざすようになっていく。遅疑逡巡するとことばの出番が少なくなるのである。

類似性への気づき

論理思考の研修経験は豊富であるものの、何もかも承知しているわけではない。ある程度詳しい分野もあるが、きっちりと誰かに説明する段になると話は別である。他者に説明できないのは十分にわかっていないからなのだと自覚している。だいたい論理学で扱われる、〈演繹〉や〈帰納〉などの用語につきもののペダンティック臭が気になる。と書いて、この「ペダンティック」などということばがその最たるものだと気づく。これは衒学的という意味。やれやれ、日本語で説明してもやっぱり鼻につく。「オレは知識があるぞと、ひけらかすこと」である。

未だによくわかっていると胸を張れないのが、最重要語である〈論理)、そしてその形容詞である〈論理的ロジカル〉の意味である。論理学で扱う論理という用語になじむ前に、「あの人(またはあの人の話)は論理的ではない」というように日常的な使い方を身につけてしまっている。ここから、論理が「筋の通っていること」、ひいては話の中身にまで立ち入って「矛盾していない、理路整然としている、明快である、わかりやすい」などと理解する癖が身についてしまっている。これはこれで必ずしも都合が悪いわけではないが、論理学では論理という用語をもっと素っ気なくとらえてしまう傾向がある。

ついこの間も、〈推論〉と〈類推〉の違いについて聞かれた。専門用語辞典のほうが精度が高いのはわかっているが、この質問を誰かにしなければならない人が辞典を読んで細密な定義の相違を理解できるはずがないのである。論理学者が耳にしたら怒るかもしれないけれども、手ほどきというものはおおむね大づかみなものなのだ。「推論は一つまたは複数の前提から結論を導くこと。類推は、この前提のうちに別の確証性の高い何かとの類似を見い出して結論を導くこと」と説明した。

そして、「論理というのは、中身のことではなく、推論の型のこと。前提を認めたら結論を認めざるをえないような型ならば論理的と言える」と一言付け加えた。これが余計なお世話で、質問者を混乱させてしまったかもしれない。わかりやすく解説しているつもりだったが、やっぱり「ペダンティックで衒学的で内包的定義」に過ぎる。ほんとうに嫌になってしまう。隙間なく規定された体系というものは、用語を精密部品のように操ることを強制するのである。


Xという前提からYを導く推論」を論理学で学ぶときはたいてい答がわかっている。「生卵を硬い床に落とすと(X)、割れてしまう(Y)」という具合だ。この推論は、Xという原因からYという結果が生まれるという因果関係を扱っている。論理の前に経験でわかってしまう。ところが、現実世界ではこうはいかない。「この広告を掲載すれば(X)、売上倍増になるだろう(Y)」のように、XYという結果をもたらすには、X以外にどんな前提が必要かという点まで考え抜かねばならないのである。

差異がわかっているから類似に気づき、類似がわかっているから差異に気づく。類似と差異はワンセットだ。AというパンとBというパンの味がよく似ている。Aに使用している小麦の産地がCなので、Bのパンもそうかもしれない――これが類似による類推(あるいは類比アナロジー)である。推論の蓋然性、つまり、「ありそうなこと」は定まらない。

「いま確かなことは三つだけである。一つ目は顧客の価値観が多様化していること。二つ目は顧客の願望が高度化していること。そして、三つ目は、この二つ以外に確かなことは何一つないということだ」。

これはフィリップ・コトラーのことばだが、要するに、確かなことは二つしかないということをデフォルメしたものである。ところで、ポンペイの遺跡で有名なヴェスヴィオ火山の噴火で亡くなったプリニウス1世(紀元23年-79年)に「唯一の確かなことは、確かなものなどないということだ」というのがある。コトラーはこのことばをもじったのか。それとも偶然の類似性か。いずれにしても、類似性に気づくためには、ある事柄を既に知っている別の事柄と照らし合わさねばならない。差異も同様である。気づくとはそういうことなのである。

二つの問題と知の分母

問題発生や問題解決などの四字熟語は、問題が歓迎されるものではないことを明示している。「問題が起こりました!」はいい知らせではなく、「問題が解決しました!」はいい報告である。「発生すると困り、消え失せるとうれしくなるもの、なあ~に?」というなぞなぞに「問題」と答えれば正解になる。もっと具体的に、シロアリの巣または借金またはシミ・ソバカスなどと答えてもよい。と言うよりも、{シロアリの巣、借金、シミ・ソバカス、クレーム、犯罪、凡ミス、etc.}を外延的要素として束ねる集合を〈問題〉と呼んでいるのである。

しかし、ここで少し冷静に考える必要がありそうだ。問題は頭を抱えるような困りごとばかりなのだろうか。いつも煩わしい事態を招くものばかりなのだろうか。実は、問題とぼくらが呼んでいるものは、正確には二つの種に大別できる。一つは〈プロブラム(problem)〉で、排除したり解決したりすべき原因を含むもの。そしてもう一つは〈クエスチョン(question)〉で、わからぬことを疑ったり新たな方法を問うたりすることである。便宜上、前者を〈P問題〉、後者を〈Q問題〉と呼ぶことにする。

「胃が痛い状態」はP問題である。P問題ではあるが、素人である本人には原因不明であることが多い。そこで専門家である内科医がその原因を診断し、原因を取り除くべく胃薬を処方したり養生の方法を指南する。P問題で困っているなら、問題の原因を排除する。それによって問題が解決する。原因を究明できれば問題は解決するが、原因が一つであることはほとんどなく、たいていの場合複数因が存在する。


Q問題がP問題とまったく異質であるわけではない。「胃が痛い」と感知した時点ですぐさま医院に駆けつければ、問題はP問題に留まる。「なぜ胃がしくしく痛むのだろう? 昨日食べた何かがよくなかったのか? それともここ最近の暴飲暴食のせいか? いやいや、仕事のストレスで胃が衰弱しているのか? これから胃腸を強くするにはどうすればいいのだろうか?」などと問うことによってはじめてQ問題へと発展し、少しでも推理したり振り返ったりする動機が生まれる。問いを発したからといって答えが見つかるわけではないが、問うことは答えに向けて考えるきっかけを誘発してくれる。

以上のように、Q問題はP問題の原因のありかと関わることがあるが、注意は、原因とは無関係な発見や創造に向けられる。そして、発見や創造への展望は、Q問題に入ることから開き始める。「言い表わすことのできない答えには問いを言い表わすこともできない。謎は存在しない。およそ問いが立てられるのであれば、この問いには答えることができる」(ヴィトゲンシュタイン)という至言を本ブログでも何度か紹介しているが、太字のように断言できるかどうかはさておき、問うことなくして答えが見つかることは到底ありえない。

混沌や無知蒙昧の中から問い(=Q問題)は生まれない。それどころか、P問題にすら気づかない。問題が問題であることに気づくためには、〈非問題〉に関する膨大な知のデータベースが前提になるのである。非問題の知識とは、平常の秩序的・共通感覚的なパターンのライブラリーだ。〈参照の枠組みフレーム・オブ・リファレンス〉としての知の分母と言い換えてもいい。問題意識はここから顕在化してくる。たとえ外部からやってくるトラブルであっても、それがトラブルであることを頭と照合しなければならないのだ。無知にあっては、PであろうとQであろうと、問題が生まれる余地などないのである。ゆえに問題を抱え問い続けているのは、知が健全に働いていることの証左と言える。悩むには及ばない。

短時間と行数制限の負荷

リテラシー能力や思考力を鍛えるために様々な方法があることを知っている。そして、どんな方法にも必ず大量と集中が関わっているのを体験してきた。「ただひたすら」の境地、只管三昧の世界に通じる方法論である。最近社会人を対象とした講義を受け持つ准教授の話を聞く機会があったが、大学院においてさえ徹底的に大量に読ませ、「なぜ」を考え抜かせ、議論を尽くさせることが必須トレーニングであるという趣旨であった。

その昔、日本とアメリカの国語の教科書を比較して何よりも驚いたのは、内容編集などではなく、分厚さの違いであった。アメリカの国語(つまり米語)の教科書のボリュームを見れば、大量インプットが学習コンセプトであることが一目瞭然。学習と言うものの、まさに「習うより慣れろ」なのだ。つべこべ屁理屈をこねずに、何度も何度も繰り返してパターン認識せよ、というわけである。これは、読み・書き・聴く・話すという言語四技能の”オートマチック化”にほかならない。これに対して、ぼくが義務教育であてがわれた国語の教科書のページ数は貧弱であった。名作の数ページを抜いてきて精細に吟味させ、人それぞれの鑑賞であってもいいはずの文学作品の解釈に「しかるべき模範解答」を発見させようとしたのである。

膨大なルーチンワークの積み重ねの末に運よく〈偶察〉があるというのはよく知られた話だ。もちろんルーチンワークの中身は決して穏やかな取り組みの連続ではない。混沌あり失敗あり絶望あり、なのである。天才を除外すれば、発明や発見における競争優位の原理は明らかに分母の量だろう。分母の膨大な量が分子の一粒の実をらせれさせる。しかし、大量集中の鍛錬に耐えることができるのは若い脳ゆえである。残念ながら、齢を重ねるごとにこうした鍛錬はきつくなっていく。


だが、絶望することはない。幸いなことに、大量集中の代替トレーニング法があるのだ。それは、量の代わりに質へ、集中の代わりに分散へと対極にシフトすることではない。大量に伴うのは長時間であるから、それを短時間に変えればいいのである。短時間に変え、しかも難度を上げるのである。これによって集中密度も高まる。長い時間をかけてルーチンをこなす代わりに、短時間で難度の高いトレーニングを積むのだ。

言いたいことが山ほどある時、到底こなせない時間内で要点を説明しようと試みる。取捨選択にともなう負荷は大きい。また、10010にするというのは、抜き出しだけで事足りるものでもないし、単なる要約で片付く話でもない。たとえば、メッセージの本質を簡潔な概念で――しかも30分ではなく――わずか3分以内で言い表わすのである(なお、ここで言う概念の説明としては、中島義道著『観念的生活』の「言語によって捉えられたものであり、概念的把握とは言語によって捉える把握の仕方である」という一文が適切である)。

書くことにおいても同様である。『企画書は一行』というような本があるが、さすがに極論だとしても、原稿用紙30枚を5枚にしてみるような急進的な削ぎ落としを試みるのもハードルを上げる効果がある。本ブログの行数が長いという意見をいただくが、ぼくにすれば本来200行くらい書きたいところを340行に制限しているのである。安直に書いているようだが、短時間でそれなりにプレッシャーをかけているつもりだ。ともあれ、中熟年世代には、時間と行数の縮減によって難度の高いテーマを語り書くことをお薦めする。

明快表現のパラドックス

「意味の共有」はコミュニケーションの重要な原義の一つであった。他者に自分の意図を伝えて理解してもらうことであるから、現在もなお必要不可欠なコミュニケーションの機能である。言うまでもなく、言語を通じて共有化する意味は、不得要領ふとくようりょうであるよりは明快なほうが望ましい。丁寧で遠回しな表現では意味理解に時間を要する。むしろ、少々露骨であっても単刀直入な言い方のほうが意味は伝わりやすいのである。

対象や現象をものの見事にピンポイントで表現できればどんなに気持ちがいいことか。しかし、百万言を費やしてもそんな気分になれることは稀である。語彙が豊富な表現上手にとっても、最適語でメッセージを言い表わそうとする課題はおそらく生涯つきまとうに違いない。対象や現象なら、文字通り、ある程度「かたどどられている」が、観念や感情の意味となると、つまびらかに語り尽くし書き留めるのは難業である。

繰り返すが、ある事柄の輪郭を鮮やかにとらえてその内実を浮き彫りにするのは容易ではない。だが、自分と他者が意味を共有するためには避けて通れない試練である。にもかかわらず、ぼくたちはなぜその試練に立ち向かわないのか。好球を必打するようにことばを駆使しようともせずに、なぜ敢えて表現を迂回させようとするのか。迂回とは持って回った婉曲的語法のことである。差し障りのないよう、穏やかに、また露骨にならぬよう「ぼかしことば」を頻繁に用いるのはいったいどうしてなのだろうか。


人にはトラウマがあったり語りえぬ苦悩があったりする。社会には触れてはならぬタブーがあり、他者の心情や人権への配慮が求められる。今さら肝に銘じるまでもなく、まずまずの良識を備えていればわかることである。そう、良識ある人々は差別的表現を遠ざけようと意識する。差別的なことばは具体的で直接的な表現の一種なのである。ある意味で、名と実が近接して関係が明快なのだ。明快であるからこそ具合が悪い。したがって別のことばに言い換える。ここにぼかしことばの出番がある。

数年前からボケや痴呆症を「認知症」に言い換えようと厚労省が主導してきた。言い換えても実体に影響を及ぼさないが、従来の表現で苦痛を覚えてきた人たちの気持ちをやわらげることはできる。それでも、『ボケになりやすい人、なりにくい人』という書名の本は存在するし、普段の会話では「痴呆症」ということばを耳にする。差別語論はさておき、痴呆のほうが明快であり事態の深刻性を醸し出している。認知症を病だと「認知」していない人もいる。「認知していればそれでいいではないか」というわけである。

言い換えられた新語で傷つく人もいる。人にはそれぞれの痛みの「ツボ」があり、すべてのことばが万人に快く響くわけではない。婉曲表現のそのまた婉曲表現などということになれば、意味を共有するどころか、会話そのものがなぞかけ合戦と化してしまう。表現をぼかせば通じにくくなり、これではいけないとばかりに明快な表現を用いると相手に棘が刺さってしまう。これが明快表現のパラドックスである。パラドックスではあるが、別に悩むことはない。綱渡りさながら明快な表現を探し工夫することに躊躇する必要などさらさらないのである。

「知っている」の意味

すっかり身近になった用語の一つに〈パラダイム〉がある。起源はギリシア語だが、ラテン語“paradigma”を経由して英語の“paradigm”へと変化した。接頭辞“para-“には「並べて」という意味があり、この語根をもつ単語はけっこう多い。パラダイムはもともと「範例、模範、典型」などのことだが、一般的には「ものの見方」や「知の枠組」という意味でも使われるようになった。ものの見方や知の枠組は自分に固有なものと思いがちだが、発想や知識は、時代と文化の制限をかなり強く受けている。

あることを部分的に知らないという理由だけで、その人を無知呼ばわりすることはできない。知識の無さや知恵の無さをひっくるめて意味するのが無知だ。ゆえに、無知は無知以外の何物でもなく、その状態に程度というものはないのである(無知な人は自らが無知であることすら知りえない)。これに対して、「知」はいろんなレベルの階層に分かれる。ピンからキリまでの「知っている」がありうるのだ。ほとんど内実を知らないくせに「知っています」と見栄を張ることもできるし、よく承知していても「少しだけ知っています」と謙遜することもできる。

W.V.クワイン著『哲学事典』の「知識(knowledge)」の項に、「『知る』という語は『大きい』と同じように、程度の問題として受け入れる方がいい」という記述がある。教訓的な助言だ。「知識とは真の信念である」ものの、信念の背後にある裏付けには確実性と曖昧性がつきまとうから、真なる信念の確からしさによってのみ「何かを知る」ということがありうるのだろう。「私は政治を知っている」という主張そのものは政治の知識の程度を示してはいない。知の多寡は精細な裏付けの検証によってようやく判明するものかもしれない。


前掲書の当該項目の後段に「いかに・・・を知ることとできる・・・ことが交換可能である」という行がある。「知る」と「できる」が同じ意味で使われるのは、ヨーロッパ諸言語に顕著な事例である。たしかに方法を知っているということは「できる」ということになるのだろう。英語で“I know how to swim.”は、ほとんどの場合“I can swim.”を意味している。もっと言えば、「~の方法を知る」とは「~を知る」ことにつながり、それは自ずから「~ができる」ことでもあるのだ。ゆえに、“I know chess.”は十中八九“I can play chess.”と同義になる。

「チェスを知ってる?」
「うん」
「じゃあ、やろうよ」
「いや、できない」
「なんだ、知らないじゃないか!?」
「名前は知っているけど、駒の動かし方はわからないんだ」
「それを知らないと言うんだ!」

ありそうなやりとりだが、不自然な会話にも聞こえてくる。ぼくたちも英語圏の人たちと同様に「知る」や「知っている」を使う。「チェス? 知っていますよ」と日本人が言う時、ゲームの名前、ゲームの方法、ゲームの道具のどれについて語っているのかは即座にわからない。もっと神妙に考えてみると、仕事や読書や趣味についても、いったいぼくたちは何をどのように知っているのだろうか、と不安になってくる。パラダイムが「並べて示す」であるなら、胸を張って知をずらりと並べることなどできそうもない。


仕事を知っていると言うのは簡単だが、プロフェッショナルの程度はどのくらいか。その本を知っているのなら、何をもってそう言いうるのか。こんなふうに自分が知っていると信じていることを順に問い詰めていくと、ほとんどの事柄に関して「聞いたことがある」や「名前だけ知っている」に変更せねばならないことに気づく。知識が真の信念の域に達しているのならば、誰かに説明できるはずである。もし暗黙知の次元に達していてことばにできないのなら、「できる」というお手本を示せるだろう。

knowkncancnを比べて見よ」とクワインは言う。なるほど似ているが、同一語源かどうかまでは不明だ(もしかすると、こじつけかもしれない)。しかし、「ドイツ語ではもっと明白で、kennenkonnenという語になっている」と言われてみると、「知る」と「できる」の酷似性が際立ってくる。少なくとも、知には「行動知」という要素があることを認めざるをえない。「知っているけれど、できない」を容認してはいけないのだと思う。できないことは知らないことに等しいのである。

時間を創る生き方

去年一年間、Kはずっと「忙しい、忙しい」と言っていた。会うごとに、電話で話すごとに、メールをやりとりするごとに。先週会った時も同じことを言っていた。仕事がどんなに多忙なのかつぶさに見る機会はないが、会った時の振る舞いからは普段の慌しさが漂ってこない。話し方も悠然としているし……。にもかかわらず、ご機嫌をうかがうたびに、「時間がない、時間が足りない」とよくこぼす。

Kとは誰か? ぼくの回りにもあなたの周辺にもよくいる人物、それがK。そう、Kはどこにでもいる。もっとはっきり言っておこう。時々誰もがKになってしまうのだ。Kというイニシャルに特別な意味はない。多忙を言い訳にする象徴的な人間を他意なくKと呼んでいる。Kは、K自身が多忙だと思っているほど、仕事に追われてもいないし多忙でもない。Kよりも物理的に仕事の負荷が大きくても、余裕綽々に日々を送っている仕事人も世間には少なからずいる。

「忙しい」を口癖にしたまま定年退職していったK先輩たちをぼくは何人も知っている。同輩にも年下にもKはいる。集まりがあればほとんど確実に遅刻し、約束を直前になってからキャンセルするくらいは朝飯前だ。丁重に謝り「次こそ絶対に先約を守る」と誓っても、急な仕事やトラブルが発生する巡り合わせになっている。冠婚葬祭出席の頻度も高い。ぼくはいつも疑問に思う、Kは仕事ゆえに多忙なのか。Kに「忙しい」と言わせているのは、仕事以外の諸々のゴミ時間なのではないか。


多忙だから趣味に打ち込めない、仕事続きでゆっくり落ち着いて本も読めない。あれもしたいこれもしたいと願いながら、一年を振り返れば雑事に忙殺されてきた。しかも、時間を食った割には仕事の達成感はない。何だか薄っぺらな仕事ばかりしてきた感覚が自分を支配している。このようなワークスタイルとライフサイクルは、放置しておけば生涯続く。そして、K本人は言い訳と口癖の「忙しい」を相変わらず言い続けることになる。どこかでケリをつければいいのだが、環境も態度も変容しそうな気配はない。

多忙感には避難所に似た構造がある。「忙しい」というのは口実でもあり幻想でもある。もちろんK自身はそれが口実であるとか幻想であるなどと思いもしていない。言い訳しているつもりもなければ口癖になっているとも気づいていない。毎日がとても窮屈で自由気ままにならないと確信している。だが、Kは間違っている。Kは仕事で忙しいのではない。時間ののりしろを作れないため、不器用に仕事をしているにすぎない。

電話、来客、会議、トラブル対応、先延ばし、人付き合い、優柔不断。ブライアン・トレーシーはこれらが「ゴミ時間」の要因であると指摘する。多忙解消のための電話ではなく、電話に時間を食われて忙しくなっている。来客との会話、会議、人付き合いの大半は、終わってから後悔の念に苛まれる。トラブル対応はパスできないが、マイナス作業であることを心得ておかねばならない。先延ばしと優柔不断は身から出る錆である。

時間欠乏にからんでくるのは、いつも「人」である。人間関係は微妙であって、ある境界線を越えるとプラスがマイナスに転じる。やりがいにもストレスにも人は関与するのだ。Kよ、多忙が好きなら金輪際「忙しい」と言うなかれ。多忙が嫌なら、愚痴を言う前にゴミ時間を減らしたまえ。時間を創れない人間がいい仕事をやり遂げたためしはないのである。

二つの対処法

謹賀新年

元旦の早朝、散歩がてらにいつもの神社に行っておみくじを引いた。「置渡す露にさがりをあらそひて さくかまがきの朝がほの花」という歌が書いてあった。「小凶」とある。この神社に「吉」の神占があるのかと怪しむも、怒らず騒がず、「奢らずに慎み深く生きなさい」というメッセージとして拝読し、備え付けの紐に結んで境内を後にした。

外出の前に、窓を開けたら風が冷たい。部屋が必ずしも暖かいわけではないが、外気との温度差は優に10℃はあるはずだから、窓枠にもガラス面にも結露がびっしりの状態。大晦日の昨日はたぶんもっと寒かった。寒風の中を一路卸売市場へと向かった。午前10時過ぎには小雪が舞い始めた。実は、十二月中旬に塾生の一人から、大晦日の日に正月用の食材を買い出しに行かないかとの誘いがあった。拒否する理由がないので快諾した。てっきり車に乗せてもらえると思っていたら、「自転車で行きましょう」と言う。

彼の自宅から拙宅までは自転車で半時間弱だから、何ということはない。けれども、風の強い日の自転車はきつい。大晦日の前日の天気予報を見たら、「午前中の最高気温4℃、雨から雪に変わりそう」とあった。「明日は自転車日和ではなさそうだが」と伝えたが、悪天候でも決行の決意は変わらなかった。と言うわけで、ある程度寒さに耐えられる格好でサドルにまたがった。拙宅は彼の自宅と目的地のほぼ中間なので、ぼくの往復走行距離10kmに対して彼はその倍近くを走ったことになる。


さて、平均体温が1℃下がると免疫力が30数パーセントダウンするなどと、体温と免疫力の関係が昨今注目される。体温を上げたり保ったりするには大晦日や元旦は自宅で温まっておくのがいいのだろう。理屈ではそのほうが免疫力もつくはず。体温を下げないことは防寒対策、ひいては風邪引き対策にもなるに違いない。ぼくらのように、わざわざ寒い外気の中へ飛び出して風をまともに受けてペダルを漕ぐことなどないのである。

しかし、暖かい部屋で過ごすことと体温を上げることは同じではないだろう。寒いからといって暖房のきいた室内に閉じこもっていたら、逆に免疫システムが甘やかされるのではないか。これは、暑いからといって冷房をガンガンきかすのと同じだ。ぼくの場合、まったく逆の、寒気を迎え撃つ方法を選択することが多い。寒ければ、寒いほうへと舵を取るのである。だから昨日もそうしたし、今朝も億劫にならずに2時間以上外気に触れた。暖房していない部屋に戻ってきても、数時間は身体が温かいのである。

寒さを防ぐか寒さに馴れるか。これはもちろん窮屈な二者択一ではない。いや、いずれか一方だけに偏るのは免疫によくないだろう。あるときは防寒、別のときは耐寒という対処法を上手に選択すればいいのである。と、ここまで書いてきて、これは頭脳の使い方のアナロジーになっていることに気づく。適度な負荷がかかるからこそ、知的満足感も膨らむというわけだ。

勝って驕らず、負けて倦まず

大学生・社会人のためのディベート団体〈関西ディベート交流協会(KDLA)〉を立ち上げてから20年になる。10年ほど前に後進に運営を譲って名ばかりの顧問に退いていたが、ここ数年間実質的な活動が途絶えていたと知り、それならということで「里帰り」させることになった。任意団体ではあるが、西日本では草分け的存在だし、かつては頻繁にユニークな活動をしていた。この会や研修などでぼくがディベート指導した人たちは千人規模になる。

上級の腕前と認定できるディベーターはそうそう多くはないが、ディベートを審査できる人材を数十人育ててきた。ディベート普及の前に立ちはだかるのは人材難、とりわけ試合経験のある審査員不足だ。審査員さえ揃えば場は作れると考えて、ディベート研修では審査も体験してもらい審査についての話も網羅してきた。こうして、常時20人くらいの審査員が集まる体制を整えている。おもしろいことに、審査員のディベート観や哲学は実に多様である。必然、半数の試合で判定が割れる。

ところで、たいていのスポーツ上達への第一条件は身体能力の高さだろう。けれども、人には好き嫌いがあるので、どんなスポーツでもこなせるという保証はない。同じことがことばについても言える。言語能力が高くても決してオールマイティとはかぎらない。読み書き聴く話すの四つの技能に凸凹があったり、一方通行の弁論は巧みだが、当意即妙を要する議論はお手上げという場合もある。能力以外に適性を配慮する必要があるのだ。つい先週も《向き・不向き》について書いたが、もしかするとこれは能力以上に意味深長な成功要因になるのかもしれない。


知識・論理・言語が三拍子揃っていても、ディベートに向かない人がいる。ディベートは体操やフィギュアスケートなどと同じく、審査員が評価するゲームである。より正確に言えば、一本勝ちのない柔道、ノックアウトのないボクシングに近い。つまり、当事者どうしで決着がつかず勝敗を第三者の判定に委ねるのである。当然、ディベーターはディベートが審査員によって評価され勝敗を判定されることを承知して参加している。

競技後にあの採点は変だとか解せないだとか公言してはいけない。判定を不服とする性向がある人は、ディベート大会に出場すべきではないのだ。また、審査員が同僚の審査員の採点を非難したり異議を申し立てたりするのもご法度である。クレーマーの癖が抜けないようなら、不向きだと悟って出場も審査も諦めるべきである。「審査員の見方がおかしい」と捨てぜりふを言うディベーターがよくいるが、後の祭りの文句を垂れるなら、見方のおかしい審査員から一票でも取る工夫をすべきだろう。

悔しがる敗者を見て勝者の前頭葉にどんな変化が起こるかという実験があった。たしか、自己愛の強い勝者ほど変化が大きい、つまり強い快感を覚えるという結果だったと思う。共感と逆の作用なので「反共感」と呼ばれるらしい。だが、試合が終わり余韻が醒めてからの表彰式で勝者がガッツポーズをしてもさほど気にならない。そのときのガッツポーズを驕り高ぶりと見る向きは少ない。

これとは逆に、惨めな敗者を睨みつけてガッツポーズするのはいただけない。これは何も相撲や「道」としてのスポーツにかぎった話ではなく、すべてのスポーツ、そしてディベートや将棋・チェスのような知の競技にも当てはまる。勝利快感をあらわにする勝者ほど、敗北を喫すれば人一倍の不快感を募らせる。そして、ディベートにおいても、勝利しておごり高ぶるディベーターほど、負けると文句を言う傾向が強い。けれども、文句を言ってどうなるものでもない。負けた時こそまずたゆまずでなければならない。つまらぬ擬似プライドをさっさと捨てればよろしい。